27 調査
翌日の早朝。
サブマスと共にイズミとワラビがギルドを訪れると、エントランスには慌ただしく動き回るギルド職員の他に、青の騎士服をまとった騎士達と、白の騎士風装備に身を包んだ高貴な百合の面々が集まっていた。
全部で二十名近くいるだろうか。
想像していたよりも大所帯で、しかも高貴な百合はもちろん、冒険者よりも凛とした雰囲気を持つ騎士達の影響で、何時になくギルドが華やいでいる。と同時に、色んな意味でイズミの場違い感が凄くて落ち着かなかった。
最終確認を行っているのか、両者は地図らしきものを手に話し込んでいたり、装備の確認を行っていたりと、イズミ達の到着には気づいていない。このまま回れ右したいような気持ちを抑えて、サブマスと共に輪の中へ入っていく。
するとミカエルがこちらに気づき、顔を上げた。
カツカツと踵を鳴らし歩み寄ってきて、
「イズミ嬢、来てくれてありがとう」
「もっ、もちろんです。約束しましたから!」
恭しくイズミの手を取り、甲に柔らかな唇をそっと押しあてた。
途端に心拍が爆上がりして、頭の中が真っ白になりかけるイズミ。
しかし、ここ数日でできたミカエル耐性(過剰なスキンシップの影響)により何とかキリリとした表情を保つと、力強く頷いた。
「ミカエル、イズミのこと頼むぞ」
「勿論です。ご安心ください」
そんな反応に苦笑するサブマスが、イズミの肩をポンと叩き告げた。
さっそくとばかりにミカエルに肩を抱かれたイズミは、促されてとある男性の前へ進み出る。
すると、ミカエルは男性への紹介を始めた。
「クレイン、こちらが調査に協力してくれるイズミ嬢だ。ラウラ嬢の件で知っているとは思うが、会うのは初めてだろう?」
「ええ。イズミさん、初めまして。私は王国騎士団西部第七支団副団長の一人で、クレイン・メルネスと申します。今回は私が調査隊の指揮を取ることになりましたので、よろしくお願いします」
胸に手を当て軽く頭を下げたのは、二十代半ばくらいの男性だ。
金の長髪を後頭部で纏め、青色の知的な瞳を柔らかく細めてイズミを見下ろしている。一つ一つの振る舞いから品性が窺えることに加え、高貴な百合の面々に負けず劣らずの整った容姿も相俟って、騎士というよりか王子様のような印象だ。
華やかでいて凛とした空気を纏っており、イズミはその眩しさ(幻視)に思わずたじろいでしまう。
とはいえ、クレインの対応は完全に仕事のそれなので、イズミも気を引き締めた。
「初めまして、イズミ・サイガミです。どこまでお役に立てるか分かりませんが、お世話になっている高貴な百合のみなさんのために全力を尽くします」
「一般市民である貴女のご協力に感謝を」
イズミが挨拶を終えるとクレインが見事な敬礼をし、後ろに控えた騎士達もそれにならう。
一糸乱れぬその所作に感心する一方で、イズミは慌てて「いえ!」と頭を下げて応えた。
「それでは出立しましょう。手掛かりは刻一刻と失われていきますから」
既に準備は万全らしい。
クレインの指示で、みなが動き出す。
大きく手を振り「気を付けてなー!」と叫ぶサブマスに手を振り返しながら、ミカエル達と共にギルドを出る。と、イズミは隣を歩くミカエルに問いかけた。
「あの、ところで移動手段は?」
「機動性重視のため馬になるね。イズミ嬢は乗れるかな?」
「……すみません」
新スキル創造時に乗馬スキルも作ろうとしたのだが、当然既存。
妄想力に自信のあるイズミでも乗馬スキルの下位互換は思いつかず、渋々諦めたのだった。
「フフ、だよね。サブマスに恐らく乗れないだろうと聞いていたから、私の馬へ一緒に乗ってもらおうと思っていたんだけど、いいかな?」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。フフ、麗しい女性と相乗り出来るなんて役得さ」
そう言って手本のような見事なウインクするミカエルは、今日もブレなかった。
騎士も高貴な百合も、ここまで馬で来ていたらしい。
ギルドにも厩舎があるのか、裏口の方から職員達に連れられ馬がやって来ると、各々が手綱を受け取って馬へ飛び乗る。イズミも手を借りてどうにか馬上へ乗せてもらうと、後ろからしっかりとミカエルの腰に抱き着いた。
余談であるが、ミカエル達高貴な百合の面々は女性にしては背の高い者が多い。が、持病ゆえに睡眠時間のたっぷりとあったイズミも、そこそこの身長がある(165)ため、前に乗るとミカエルの視界を塞いでしまう。
そのため相乗りするなら後ろ一択だった。
前に乗るとなると後ろから抱き締められる形になることもあって、後ろでホッとしているのが正直なところだが。女性と分かっていてもドキドキしてしまうのだから始末に負えない。
高貴な百合、恐るべし。
「よし、行くぞ!」
クレインの声を合図に出発して、早朝で人通りの疎らな街中を駆ける。
持病により長年引きこもっていたイズミにとって、乗馬はもちろん初めての経験だ。
街中ゆえに控え目であろう速度にも関わらず馬上は想像以上の揺れで、イズミは目を白黒させる。舌を噛むからと必要な時以外は喋らないよう言われたが、忠告されるまでもなく喋る余裕などなさそうだ。
一応VRゲーム内での乗馬経験はあったものの、やはり現実のそれとは全く違う。
あまりの揺れに馬の頭上に陣取ったワラビが落っこちないかと心配になるほどで、しかし前方を覗き込む余裕もなければ、『わーい、たのしー!!』と、ご機嫌な念話が聞こえてくるため大丈夫なのだろう。
なので素直に自分の心配に専念することにした。主にお尻の。
西門を顔パスで通過して街の外へ出ると、一行はいよいよ本気で馬を走らせる。
乗馬でも酔う人は酔うそうで少し不安だったが、幸いにも乗り物酔いには人並みの耐性があるイズミは平気なようだった。乗馬中で喋る余裕はないものの、手綱の操作も何もなくヒマであったイズミは、現場へ到着するまで【乗り物酔い耐性】を含むいくつかのスキルを創造しながら過ごした。
そうして、馬で駆けること数十分。
思いついたスキルも作り終え、代わり映えのない森の景色に飽きてきたところで不意に馬が減速を始め、余裕の生まれたイズミはミカエルの肩越しに前方を覗き込んでみた。
先頭を並走するラファエルと騎士、そのさらに前方では豆粒ほどの大きさの人々が手を振り存在を主張している。どうやらあそこが目的地らしいと分かって、イズミは密かに息を吐いた。
少し手前で馬を止め、現場で待機していた騎士と冒険者の下へ徒歩で向かう。
そうして周囲一帯の景色を見て、唖然とした。
周囲の木々は広範囲に渡ってなぎ倒され、一部は炭化し、綺麗に均されていたはずの街道は大きく抉れ、突出し、人が通るのも憚られるほど荒れ果てている。まだ調査が終わっていないからか、血が染み込んでどす黒く変色した土もそのままで、苛烈な戦闘の跡が伺えた。
「イズミ嬢、大丈夫かい?」
荒れ果てた街道を眺めていると、ミカエルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
初めて見る生々しい戦闘の跡に思わず動揺してしまったが、今は一分一秒が惜しいのだ。頭を振って気を取り直すと、イズミはミカエルとラファエルに視線を戻して尋ねた。
「……はい、大丈夫です。さっそく調べても構いませんか?」
「ええ、それはもちろん。しかし、無理はなさらないでくださいね」
「ありがとうございます」
辛いのは自分達だろうに、こんな時までイズミに気を遣う高貴な百合の面々に胸が詰まる。
王国には刑としてのみ、奴隷堕ちが存在する。絶対に犯人を見つけ出して鉱山送り(犯罪奴隷の一番重い罰らしい)にしてやると改めて心に誓い、イズミは荒れた街道へ歩を進めた。
改めて見回した現場は荒れ放題で、確かにここから襲撃犯の跡を辿るのは難しそうだ。目ぼしい遺留品もなく、鼻の利く従魔達による追跡もダメだったとなると、遠くない内に調査が行き詰まるであろうことは明白であった。
しかし、それは既存スキルに頼った場合である。
イズミが昨晩創造した新たなスキルの数々なら、現状を打開できるはずだ。
高貴な百合と騎士達の視線を痛いほど感じつつ、イズミは戦闘の被害を受けなかった近くの木々へ歩み寄ると、スキルを使用するべくその幹へ手を当てる。
そうして目を瞑り、
「同調」
と、小さく呟いた。
新たに作った【同調】は、動植物に触れることで対象が見聞きした記憶を読み取ることができるスキルだ。動物はさて置き、植物に関しては正確に言うと、植物に宿るとされる“精霊”が見聞きしたものを読み取るということになる。
この世界では、どんなに小さな植物にも精霊は宿っているらしい。
そのため、例えその辺に生えている雑草からでも情報を得ることができる。
しかし、雑草のような個として弱い植物に宿る精霊は微弱で、蓄積できる記憶量にも限界があり、精々が数時間程度だ。一方、何十年と成長してきた森の木々であれば相応の記憶を保持できるため、昨日の今日の情報程度は余裕で引き出せる。
動植物の少ない街中よりも、自然豊かな環境下でこそ効果を発揮する。それが同調スキルだった。
木の記憶を辿って昨晩の情報を探る。
録画の早送り、巻き戻しをする感覚でスキルを操作して木の記憶をさかのぼると、時間があまり経っていないこともあって直ぐに昨晩の襲撃現場の記憶に辿り着く。
今必要な情報は襲撃犯の足取りだ。戦闘シーンは一先ず無視して襲撃犯が逃走する現場を確認すると、イズミはスキルを終えて側にいたクレイン、ミカエルとラファエルを振り返った。
「木から昨晩の記憶を読み取りました。襲撃犯は森の中へ逃げて行ったようなので少し進んだところでまたスキルを使用したいのですが、移動しても構いませんか?」
「もちろん構わないが……この木から情報を読み取ったのかい?」
傍らに控えていたミカエルは、直前までイズミが触れていた木を見上げて目を瞬かせる。
イズミが創造できたということは、当然その手のスキルはこの世に存在しなかったということだ。ミカエルが驚くのも無理はなかった。
「はい。同調と言って、動植物から記憶を読み取るスキルを使用しました。襲撃犯は二手に分かれて森へ逃げ込んだみたいですけど、リーダー格らしき人物がこちら側の森へ逃げ込んで行ったみたいなので、一先ずこちらの跡を辿ってみようかと」
イズミがそう告げればラファエルが目を見張り、ミカエルに頷きかける。
昨晩は時間がなかったため最低限の話しか聞けなかったイズミだが、だからこそ聞いていないはずの内容を口にすることでスキルの力を証明することができる。ラファエルの反応を見る限り、イズミの読み取った記憶は正しかったのだろうと内心かなり安堵した。
仕方がないとはいえ、毎度この手のスキルをぶっつけ本番でやるのは心臓に悪いのだ。もっと入念な準備をしてから臨ませてほしいのだが、事件がこちらの都合を考慮してくれるはずもなかった。
ミカエルのハンドサインで馬を引きつれた調査隊の面々がやって来ると、
「分かりました。それでは先導をお願いできますか?」
「はい!」
クレインの許可を得て、さっそく森の中へ進むことになった。
森の中は生い茂った木の葉が空を覆って薄暗いが、地面は割と平坦で、馬が軽く駆けるくらいはできる。
しかし、度々木へ触れる必要があることと方向を上手く指示できる自信がなかったため、イズミは疾走スキルを使って駆けることにして乗馬を断ると、木の記憶を頼りに進んで行く。
暫く進んだ先で木に触れて記憶を読み取り、また暫く進んでは木の記憶を読み取って進む。
それを何度も繰り返して着実に襲撃犯の足取りを辿り、かれこれ三、四十分ほど経過した時だ。
「イズミ嬢。そろそろ森を抜けて別の街道へ出てしまうと思うのだけれど、このまま進むのかい?」
「はい、このまま進めばもう直ぐです。記憶では……あ、あった!」
もう間もなく街道へ抜ける、その少し手前で。
少しばかり開けた場所に出て、イズミは足を止めた。
街道からほど近いこともあって度々野営に使われている場所なのか、イス替わりと思しき切り株が数株並び、その側には焚火をした跡が、少し離れた場所にはテントを張った跡が残っていた。
ここで再び同調を使用して記憶を読み取ると、少し離れた位置にある大きめな木の下へ向かう。木の周辺は一見、何の変哲もないように見えるが、イズミはそこへ屈み込むと地面を掘り返そうと手を伸ばした。
しかし慌ててミカエルに止められ、代わりに騎士と高貴な百合のメンバーが進み出る。マジックバッグから取り出したらしいシャベルで両者が軽快に、それでいて慎重に土を除けると、そこには防具の山があった。
「これは……!」
高貴な百合のメンバーがそれを手に取り、広げてみる。
土で湿気り汚れてしまっているものの、原型は留めている。見たところデザイン性の低さや簡素な装飾から、どこの街でも売られている下級冒険者が使用する量産品のようだった。
しかし、注目すべきは防具の痛みである。
浅く斬りつけられたと思しき裂け目と、その周囲に滲む血痕と思しき黒いシミ。どう見ても戦闘によってついた傷だ。それも、この周辺に生息する魔物によって受けた傷とは違い、明らかに人との戦闘によってついた綺麗な斬り傷だった。
「……間違いありません。襲撃犯が身に着けていた物です」
暫し防具の山を観察したラファエルがそう証言すると、調査隊の面々から「おお……!」と感嘆が漏れた。
高貴な百合はリーダーであるミカエルがイズミを信用していることもあってどこか納得したような表情であったが、ここまでほとんど関わっていない騎士達はイズミの能力に懐疑的だったのだろう。純粋に驚愕していた。
「なるほど。ここで装備を処分し、何食わぬ顔で街道へ出たという訳ですか。計画的ですね」
「恐らく、反対側へ逃げ込んだ者達も同様の手筈で逃げたのでしょうね」
クレインの言う通りだ。
記憶をさかのぼったところ、襲撃犯は街道からこの場へやって来て量産品の変装用装備に着替え、奴隷を引きつれ襲撃現場へ。襲撃を終えこの場に戻ると隠していた元の装備に着替え、変装用の装備を処分。そうして何事もなかったかのように街道へ出て去って行ったのだ。
自分達の足跡も装備の処分も、地魔術で上手くカモフラージュしていた。
明らかに計画的な犯行である。
埋められていた防具を回収しながら話すクレイン達を横目に、イズミは次なる行動へ移る。
手頃な切り株に腰をかけ、リュックの中からラウラに譲ってもらったスケッチブックとえんぴつを取り出す。そうして膝を机代わりにスケッチブックへ向かうと、目を瞑って新たなスキルを使用した。
「転写」
瞬間、えんぴつを握ったイズミの手が自動で動き始める。
紙にサラサラと絵を描きつけていき、瞬く間に人物画ができ上がっていく。
それはまるで写真のような精密さで、イズミの頭上で眺めていたワラビはその出来栄えに『わー、すごーい!!』とはしゃいだ。
新スキル【転写】は、文字通り見たものをそっくりそのまま転写することができるスキルだ。
襲撃犯一行は身バレを恐れてか、布で顔を覆ったり仮面や兜をかぶったりと、みな一様に顔を隠していた。そのため、木々の記憶でもここに来るまでは一切顔が見えなかったのだが、着替えるとなると当然それらを脱ぐことになる。
この場にある木と同調したところ、案の定、襲撃犯一行の顔がハッキリと拝めたため、作っておいた転写スキルで全員の顔を転写しているのだ。
イズミが最初の同調で確認した襲撃犯の数は、合計で三十七。うち、二十名ほどがこちらへ逃げ込んで来ていたため、その顔を余すことなくスケッチブックへ転写してやる。これだけいれば聞き込みで一人や二人は引っかかるだろう。
「す、凄い……!」
「なんて緻密な絵でしょう……」
側にいた騎士と高貴な百合のメンバーが呟いた。
イズミは絵に関して、特別上手くも下手でもない。
しかし、持病で時間を持て余していたこともあり、見る側としては色々な絵を見てきた。だからこそ、転写されたこの人物画がどれだけ高レベルか分かる。現代にはえんぴつで写真のように精緻な絵を描くアーティストがいたが、まさにそのレベルだった。
スキルレベルが四もあると転写はあっという間で、防具の回収を終えるよりも先に二十名の顔を全て転写し終える。さらにイズミは同調で気になったものを転写していき、スキルを終えるとスケッチブックを手にラファエル達の下へ向かった。
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