25 深夜の凶報
少々残酷な描写が入ります。
ご注意ください。
中日にゆっくりと休み体力が満タンになったイズミとワラビは、四日目の本日も高貴な百合とレベリングに励み、イズミは五十、ワラビは六十六まで上がった。
やはりスキルの影響で成長速度が異常らしく、あっという間に狩場である四十層代よりもレベルが上になってしまったため、ここからはレベルが上がり辛いらしい。
本当はさらに下層へ進めば効率も上がるのだが、五十層代は四十層代とはがらりと変わって雪原の広がる寒冷フィールドらしく、レベリングには適さないのだそう。しかも、防寒対策や氷系の魔物対策必須で準備に金もかかるため旨味がなく、一度攻略した者は避ける階層なのだとか。
イズミはどちらかと言えば暑い方が好きだ。
寒いとお腹が空くし、服を着こんだ分だけ肩はこるし、動きづらいし、理由もなく何だか寂しい気分になるから。ゆえに五十層代に行ってまでレベリングする気にはなれなかった。
見事な雪景色らしいので、一度見てみたいとは思う。が、そこで何時間もレベリングをするとなると話は別である。冬の北海道は観光で行くくらいが丁度いいのと同じだ。
とはいえ五十層代へ行かない理由は寒さだけではなく、現時点で目標であった五十レベルまで到達して、既に割と満足してしまっていることも大きい。加えてスキルレベルがオール四のイズミなら、S、Aランク相当の相手でもない限りは自衛できるだろう。
残り二日でワラビがキリ良く七十に到達すれば儲けものだった。
今日も高貴な百合にサブマス宅まで送ってもらい、挨拶をして別れる。
ダイニングへ顔を出すと夕飯の仕度は既に佳境に入っており手伝えることもなく、促されたこともあって先にラウラ、ワラビと入浴を済ませると、いつもの時間になってもサブマスが戻らないため先にみんなで夕食を終えた。
「今日はずいぶん遅いわねえ……どうしたのかしら」
洗い物を済ませ、アリアとエリーゼも入浴を終えて暫くリビングでの団らんを楽しんでいたが、それでもサブマスは帰って来ない。うっかり女子トークに花が咲き気付くのが遅れたが、時刻は既に二十三時を回っていた。
ラウラは流石にお眠のようで、少し前からアリアの膝を枕に寝ている。
遅くなる時は事前に告げて行くし、急な仕事が入っても知らせを寄越す、案外几帳面で家族思いなサブマスだ。そんなサブマスが連絡の一つも寄越さないのだから、流石にイズミも心配になってくる。
こんなファンタジー世界では、いつ何時不測の事態が起きても不思議ではないのだから。
「何かあったんでしょうか?」
「どうかしら、ただ仕事が忙しいだけだとは思うのだけれど……」
そうは言うものの、アリアの表情は優れない。
長年の勘でいつもとは違う空気を感じているのかもしれない。
と、ラウラが目を覚まし、目を擦りながらアリアに問いかけた。
「んん……。おとーさん、帰ってきた……?」
「まだよ。お仕事が忙しいみたい」
「……、えっ? もうこんな時間なのにまだなの……?」
アリアの言葉で時計を確認したラウラの表情が曇る。
ただでさえあんな事件に巻き込まれたばかりなのだ。口では何だかんだと言いながらも、頼りになる父親が連絡もなく帰って来ないとなれば不安になるのも当然だろう。
イズミもこのままでは気になって眠れそうにない。
ソファーから立ち上がると、重くなってしまった空気を払拭するように軽い調子で告げた。
「私、ちょっとギルドを見て来ます」
「危ないですよ! こんな時間に出たら!」
「そうよ、あの人なら大丈夫だから。イズミちゃんに何かあったらその方が一大事だもの!」
間髪を入れずにエリーゼとアリアからストップがかかるが、電話もネットもないこの世界ではこちらから出向かない限り、遠く離れた場所にいる相手の安否を知る術はない。ワラビの念話も流石に一区までは届かないのだ。
そして、出向くとしたらイズミが一番適任である。
ラウラとエリーゼは言うまでもなく、残るアリアもかなりの美人なので夜道を歩かせるには心配だからだ。
「大丈夫ですよ。ほら、私変わったスキルが使えますから! それにワラビもかなり強くなってますし!」
『ふふーん! もう戦えるもんね!』
どうにか許可をもぎ取ろうと、イズミがその場で迷彩を使って見せる。
アリアとエリーゼはイズミが賢者であることを思い出したのか、一瞬感心したように目を丸めたが、それでもやはり心配なようで直ぐに表情が曇る。やはり異世界での夜道はそれだけ危険がつきものなのだろう。
何せ街中で普通に武器を持ち歩けるのだから。
それでもめげずにスキルのプレゼン(疾走や空中散歩など)をしたところ、イズミが折れないことを察したのか、非常に渋々ではあるもののギルドへ行くことを了承してくれた。
二人の気が変わらぬうちにと、急いで自室へ戻り外着に着替え、頭にワラビを乗せて玄関へ向かう。玄関ホールではアリア達が落ち着きなくウロウロしていたが、今の時間ならまだ馬車が使えるからと教えてくれて、イズミは勇んで家を出た。
流石に深夜は本数が少ないらしい。
時間がもったいないと思いつつも暫し停留所で馬車の到着を待ち、一区行きが来たところでさっさと乗り込む。他に客もおらず、乗って来る人もいなかったためいつもより早く到着して下車すると、流石に冒険者の多い一区だけあってこんな時間でも街中は賑わっていた。
ここからは人が多い分、絡まれでもしたら厄介だ。
物陰で迷彩を使って姿を隠すと、真っすぐにギルドへ向かう。
既に見慣れた冒険者ギルドの入口には未だに煌々と灯りが点っていて、営業中であることを示している。これなら裏に回る必要もないと、ギルドの直ぐ側で迷彩を解き、そそくさと駆け寄って大きな扉を押し開けた。
瞬間、
「っ!? な、何ごと?」
『わあ、ボーケンシャがいっぱい!』
深夜にも関わらず人でごった返すエントランスに、イズミは唖然とした。
お祭り騒ぎが好きな冒険者のことだ。
一瞬、飲めや歌えやの大宴会でも催されているのかと思ったが、広いエントランスに響く怒号は明らかに宴会のそれとは違う。冒険者達の表情には鬼気迫るものがあり、一気に不安が募ったイズミは慌ててカウンターへと向かう。
しかし、カウンター周辺は特に混雑していて、屈強な冒険者達の壁に阻まれてイズミは中々近づくことができない。どうしたものかとウロウロしていたところ、
「あっ、すみません!」
隣の店舗と繋がる通路から顔馴染みの女性職員が出て来て、駆け寄った。
「! イズミさんじゃないですか。こんな時間にどうしました?」
「サブマスさんの帰宅が遅いので心配で来てみたんですけど、これは……何事ですか?」
女性職員はイズミを認めるや驚きに目を丸めたが、直ぐに「実は」と表情を曇らせた。
「街の外で冒険者が襲撃される事件がありまして、その対応に追われているところなんです。多くの冒険者が情報を求めて押しかけて来ていることに加え、一般人を含む多数の死傷者がギルドへ運び込まれているため、ご覧の通り戦場と化しております。サブマスターも現在は騎士団と共に現場へ出向いており不在でして……人手が足りないため連絡を控えたのだと思います。私も今は救護に当たっておりまして」
「そんな……」
何か起きたのかもしれないとは思っていたものの、事態は想像以上に深刻らしい。
サブマスが無事なことには安堵したが、直接顔を見るまで帰る気はないし、何よりこんな緊急時にのほほんと待っていられるほど無神経でもない。
「それならサブマスさんの帰りを待つ間、私にも救護のお手伝いさせてください! 微力ですけど回復スキルも持ってます!」
「! では、こちらに」
猫の手も借りたいほどなのか、迷う素振りもなく提案が受け入れられた。
女性職員に促されカウンターの脇を通り、扉をくぐって駆け足で建物の奥へ向かう。どうやら負傷者達は正面玄関よりもさらに広い裏口から搬入されたらしく、裏口直ぐのところにある広めの一室に到着すると、
「これは……」
中は想像以上に過酷な状況だった。
床にはその身を血で染めた十数名もの人々が横になっていて、苦痛に呻き、藻掻いている。窓が開け放たれているにも関わらず室内には薬品と血、それと肉の焦げたような匂いが充満しており、思わず口元を覆ってしまうほどだ。
そんな中でも治癒士と思しき冒険者やギルド職員達は顔色一つ変えず、ただただ必死に治療に当たっていた。
しかし、そんな光景の中で何よりもイズミの目を奪ったのは、
「な、なんで……」
横になった人々の服装だ。
服の大部分が血で赤黒く染まっているが、所々に見える元の色は、白。騎士服のようなカッチリとした型のその装備は、この数日で随分と見慣れた【高貴な百合】のメンバーが身につけているものと全く同じデザインだった。
その事実に気づいた瞬間、イズミの頭からすーっと血の気が引いていく。
まさか。
そんな。
数時間前に笑顔で別れたはずの彼女達が、こんな目に遭うはずは――
「私はポーションを配ってきますので、イズミさんは軽症者に回復スキルをお願いします!」
「はっ、はい!」
女性職員の声で我に返る。
呆けている場合ではない。
今はとにかく、余計な思考を放棄して救護に当たらなければ。
こんな時間では人手も集まらないのだろう。治癒士と思しき人々は重症患者にかかりきりで、軽症者までは手が回らないらしく放置されている。といっても、軽症と判断された人達ですら結構な流血をしているのだから急がなくては。
端に寝かされ呻いている人へ駆け寄ると、急ぎ継続回復をかけようとしてはたと止まる。
回復スキルを使う機会が全然なかったため忘れていたが、この手のスキルはレベルが上がれば効果範囲も広がるのだ。レベルが四もあれば一度で複数人にかけられるはずで、目を瞑ってスキルの範囲を確認したイズミは、この室内程度なら全員いけると確信を得て、
「継続回復!」
スキルを発動。
選別が面倒だったため全員にかけたところ、室内全体が淡い光に包まれる。何事かと一瞬人々が手を止めたものの、回復スキルをかけた際の発光は見慣れているのか、直ぐに治療を再開した。
継続回復は三十秒で効果が切れるため、懐中時計でタイミングを計りながら二度ほど追加でスキルをかける。これで軽症者のケガはほぼ回復したはずだ。
しかし、傷が臓器に達するレベルのものや、欠損のあるもの、深度の深い火傷までは治せない。悔しいが重傷者はベテランの治癒士達に任せるしかなく、あっという間にやることを終えてしまったイズミは、その後雑用に専念することにした。
職員の指示で軽症者を別室へ移したり、水を飲ませたり、血に濡れたタオルを片づけたりと本来の目的と時間も忘れて雑用をこなしていたところ、
「イズミ!」
聞き慣れた声に呼び止められ、顔を上げた。
「サブマスさん! 良かった、無事だったんですね!」
「おう。悔しいが襲撃犯はとっくに逃げてやがるし、俺は事件後に現場を確認しに行っただけだからな。何も危険なことはねえよ。……それより、手伝ってくれてありがとな」
サブマスは苦笑いを浮かべながらイズミへ歩み寄ると、労うようにポンポンと頭を撫でた。が、ほぼ雑用をこなしていただけであるため、イズミは「いえ」と視線を落とす。もっと効果のある回復スキルを創造できていれば役立てただろうにと、つい無力感に苛まれる。
「イズミが来てるのを知ったギルマスが呼んでてな、悪いが一緒に来てもらってもいいか?」
「分かりました」
防汚スキルをかけているお陰で、服や所持品は全く汚れていない。
手だけをしっかり洗わせてもらってサブマスについて行くと、辿り着いたのはギルマスの執務室で。中に入るとそこにはギルマスの他に、青の騎士服に身を包んだ騎士が数名とミカエル、それと初めて見る高貴な百合のメンバーの姿があった。
ミカエル達と同じ白の装備を纏い、水色の長髪に灰色の瞳を持つその人は、やはりというべきかイケメンだ。戦闘で傷ついたと思しきボロボロの服でさえ様になっていて、こんな時でも「流石は高貴な百合……」と感心してしまった。
とはいえ、そんな感想も室内に満ちる重い空気で直ぐに霧散する。
「わざわざ足を運んでもらって悪いね。しかし、丁度良いところに来てくれた」
ギルマスの言葉に「いえ」と短く応えたイズミの前に、ミカエルが進み出る。
ケガどころか汚れ一つない、数時間前と変わらぬその姿にイズミが安堵した一方で、ミカエルは不意に真面目な面持ちで頭を下げた。
「仲間の救護に当たってくれたそうだね。ありがとう、イズミ嬢。貴女には助けられてばかりだ」
「いえ……高貴な百合のみなさんが助かったのは、治癒士とギルド職員のみなさんのお陰です。私は全然お役に立てませんでした……」
ハッキリ言って、イズミは油断していた。
奇跡のような回復スキルが必要になる事態などそうないと、心のどこかで高を括っていたのだ。こんな世界ではいつ何時、何が起こるか分からないと理解していたはずなのに。
現状、レベル制限により既存の回復スキル以上のものは作れない。
とはいえ、こうした緊急時に役立つスキル――例えばそう、一瞬で傷を癒すことはできずとも、治癒士の手が空くまで苦痛を取り除いたり、延命できるようなスキルを作っておくことはできたのではないか。
そう考えずにはいらない。
「そうではないよ、イズミ嬢。確かに、強力な回復スキルがあれば多くの命を救えるだろう。しかしそれも、心が伴ってこそ成せることだ。我々は、貴女達の他者を慈しむ“心”に感謝しているのだから」
「ミカエルさん……」
「その通りですよ。ですから、顔を上げてください」
つい俯いていたイズミの前へ、水色の髪のイケメン――もとい美女が進み出る。
名は体を表すとは言うが、まさに天使のような微笑みを浮かべた女性を前にイズミが目を丸めると、女性は優美な所作で胸に手を当てて頭を下げた。
「初めまして、イズミ嬢。私は高貴な百合のサブリーダーの一人でラファエルと申します。多くの仲間と一般市民の命が救われたのは、救護活動に当たってくれた貴女方のご助力があってこそ。本当に、感謝の念に堪えません」
「は、初めまして、イズミと申します。お話はミカエルさんから伺ってます。あの、ラファエルさんは大丈夫ですか? おケガは?」
「ふふ、聞いた通りイズミ嬢はお優しいのですね。残念ながら数度に渡る魔力切れで離脱することになりましたが……私はこれでも治癒士ですから、最低限の処置はしておきましたので問題は有りません。お気遣い有難う御座います」
「そうでしたか、なら良かったです」
治癒士であるラファエルが救護の場にいなかったのはそのためか、とイズミは納得をした。
スキルを使用すると魔力が消費されるが、魔力は限界まで使うと“魔力切れ”を起こして具合が悪くなるらしい。頭痛や眩暈、吐き気といった様々な症状が出るそうで、高ランク冒険者でも耐え難いものなのだとか。
もちろん、回復薬で魔力を補うことは可能なのだが、短時間で何度も魔力切れを起こすと命に関わる場合もあるため注意が必要――と、報酬でもらった資料には書かれていた。
そのため、戦場で既に何度も魔力切れを起こしたらしいラファエルが現場から外されたのも当然だった。
加えて、敵の攻撃にも晒されたのだろう。装備のあちこちに破損が確認できたが、ラファアエルの挙動にぎこちなさは見受けられない。
心配をかけまいと多少は無理をしているかもしれないが、概ね大丈夫そうだとイズミがホッとしたのも束の間、ギルマスが何時になく厳しい表情で切り込んできた。
「イズミ、君の能力を見込んで頼みがある」
「それはこの件に関して、ですよね?」
「ああ。とりあえず話だけでも聞いてもらえるかな?」
イズミがコクリと頷くと、「ありがとう」と微笑んだギルマスが執務机を離れ、ソファーへと移動する。その対面へイズミを促して、イズミが腰を下ろすと早速口を開いた。




