24 休日
高貴な百合に頼んだ依頼期間は、計六日。
本当はぶっ通しでも構わないのだが、それでは疲れるだろうとのサブマスの計らいで、中日に休日が設けられた。
つまり、今日はレベル上げもお休みだ。
こちらに来てからというもの驚くほど体調が良く、寝れば疲労もきちんと回復するため大して疲れは感じていない。レベリングにしても、高貴な百合がHPを削ってくれた魔物を遠くから攻撃するだけの簡単な作業であるため、正直疲労とは無縁だ。
しかし、うっかり風邪でも引いてアリア達に迷惑をかけるわけにはいかない。
そのため、今日はきちんと休むことにした。
ラウラの相手はワラビがしてくれているため、自室でのんびりと過ごす。
といっても、家事くらいは手伝わなければ落ち着かない。
特にレベリングを始めてからは午後のお手伝いをできていなかったため、何かすることはないかとイズミはダイニングへ顔を出した。
「アリアさん、何かお手伝いすることはありませんか?」
休憩中だったようで、ダイニングでお茶をしていたアリアと目が合うとニッコリと微笑まれた。
「ありがとう、イズミちゃん。こっちは終わったところだから……あ、良ければエリーゼさんのお手伝いをお願いしてもいいかしら? 今たぶん倉庫にいると思うの」
「分かりました。行ってみますね!」
「ええ、お願い」
ダイニングを出ると、真逆に位置する倉庫へ向かって廊下を歩く。
ここがイズミの家であったなら、ごく一般的な広さの一軒家であるためキッチンから倉庫まではあっという間の距離なのだが、やはりサブマスの家は広い。ダンジョン都市がどんどん発展していることもあって、今この土地を買おうと思ったらかなりの額になるらしいことも納得だった。
てくてく歩いて倉庫に向かっていたところ、
「!? な、なに!?」
女性の短い悲鳴と、何か重い物が落ちたような鈍い音が聞こえ、イズミは慌てて倉庫へと駆け込んだ。
「エリーゼさん!?」
「! イズミさん?」
どうやら物音は倉庫からで合っていたようで、室内を見るとエリーゼが床に座り込み、辺りにいくつかの荷物が転がっていた。一体何事かと急ぎ駆け寄ると、エリーゼの背を支える。
「どうしました!? 大丈夫ですか!?」
「え、ええ、大丈夫です。ごめんなさいね、ご心配をおかけして……ちょっと驚いて転んでしまっただけなの」
「そうでしたか。とりあえず回復スキルをかけておきますね」
「わざわざごめんなさい、ありがとうございます」
一見ケガらしきものは見当たらないが、手や足首を捻っているかもしれないと、継続回復をかける。
ある程度の体力を一気に回復させる既存のスキル、回復と違い、継続回復は三十秒間で自身の体力の三割程度を徐々に回復させるというものだ。軽症にはちょうどいいスキルである。
「それにしても、何に驚いたんですか? 何かいた……とか?」
あの黒光りする生物とか?
考えてイズミはぞっとする。
父の営むラーメン屋は、店舗兼住宅であった。そのため、どれだけ気を付けていてもヤツらはどこからともなく現れる。キッチン、リビング、トイレ、倉庫……。イズミも何度遭遇したことか……思い出すだけでげんなりする。
と同時に殺意が湧く。
幸いにも男ばかりの才神家ではイズミ以上にヤツを苦手とする者はおらず、遭遇時にはイズミが頼まずとも誰かが丸めた新聞紙で葬り去ってくれたが、サブマス一家は逆に女性ばかりだ。ヤツを倒すのも一苦労だろう。
レベル上げも、ヤツくらい殺意を持てる魔物がいれば苦労しないのに……と思う。
「ええ……。どうもネズミが入り込んでいたみたいで、荷物を取ろうとしたら目の前にいてびっくりしてしまって。それで転んでしまったのよ、恥ずかしいわ」
「ネズミでしたか……。いえ、目の前に出てきたらビックリして当然ですよ」
ヤツらではなくホッとしたものの、ネズミはネズミで厄介だ。
寧ろヤツらより知恵がある分、駆除は容易ではない。あと、単純に見た目的に駆除が心苦しい。見た目だけなら普通に可愛いと思えるイズミにとって、ネズミはある意味ヤツらより厄介だ。
実家が飲食店ゆえ仕方のないことだとしても、粘着シートに囚われたネズミを見た時は衝撃のあまり三日は落ち込み、家族に心配をかけたことは懐かしい記憶である。
「三区は治安もいいし、きちんと整備もされているからこれまでネズミなんて出たことがなかったのに、ここ半年くらいで急に出るようになったのよ。一体どうしたのかしら」
「そうなんですね。んー、ご近所で引っ越しでもあった……とか」
引っ越しや改修があったりすると、そこに住み着いていたヤツらが逃げ出して近所の家に出没する、という現象はままあることだ。が、そもそも三区にあまりいなかったはずのネズミが出るようになったとすれば、近所の引っ越しや改修は関係ないのだろう。
原因があるとすれば一区や二区のはずだ。何か大掛かりな工事でもあったのかもしれない。まあ、今考えたところで詮無きことなのだが。
一先ず、散乱した荷物をエリーゼの指示で元の場所に戻すと、ネズミは自分がどうにかするからとエリーゼをダイニングへ帰らせる。倉庫の整理はまた今後だ。
しかし、引き受けたは良いものの具体的な解決策は浮かんでいない。
ここには粘着シートもないし、殺鼠剤もない。あったとしても使いたくないが。
倉庫を見回しどうしたものかと考えたところ、
「あっ、そうだ!」
ふと閃いたイズミは倉庫を出て庭へと向かった。
気持ちのいい晴天の下、青々と茂る芝の上ではラウラとワラビが追いかけっこに興じている。すっかりレベルの上がったワラビの動きはもはや下手な犬猫より速く、今も鬼役らしいラウラから大人げなく逃げ回っていた。
これから頼もうとしている仕事には打ってつけの素早さなのだが、子供相手にはちょっと加減しなさいと思う。
「ラウラちゃん、わらび、ちょっとごめんね! わらびにお仕事を頼みたいんだけど、いいかな?」
声をかけると二人はその場で立ち止まって、イズミを見た。
ワラビはピンピンしているがラウラは息も絶え絶えで、膝に手をつき肩を上下させている。かなりいい運動になっているらしい。
『お仕事っ! 任せて!!』
「いいよー。ワラビちゃん、足が速すぎて全然追いつけないんだもん! 疲れちゃったからちょっときゅーけーする!」
「あはは、ごめんね……。また後で遊んであげてね」
「うん! 次はつかまえる!!」
リビングへ戻るラウラを見送って、ぽよぽよと近寄って来たワラビを拾い上げるとその足で倉庫へ戻った。
「さて、わらびさん。重大な任務です」
『はいシャチョー! なんでしょーか!』
「今からわらびさんには、この家に入り込んだネズミを追い払ってもらいます!」
『ネズミ? ネズミってあの、チューチュー言う美味しーやつ?』
「おい…………そう、そのネズミです!」
聞き捨てならない台詞があった気がしたが、深く考えるとドツボにはまりそうだったため華麗にスルー。
人の手が届かない隙間や穴を伝って家の中を縦横無尽に移動するネズミは、人間ではどうしたって隅々まで追い駆けることは適わない。そのため、通常捕らえるには粘着シートのような罠を仕掛けて待つしかないのだ。
しかし、ワラビであれば待ちに徹する必要がない。
スライムの武器とも言える変幻自在なボディーを利用すれば、隙間にでも穴にでも入り込みネズミを追い駆け回すことができる。しかも今しがた見た通り、急激な成長によって恐るべき敏捷性を身につけているワラビだ。あれならネズミの足にだって負けないだろう。
まさに打ってつけの仕事と言える。
とはいえ、何故ネズミを追い払うことが仕事なのか、いまいち理解していなさそうなワラビさん。簡単にこの家の食料がピンチなのだと伝えれば、分かりやすくやる気を出してくれた。自分の従魔がチョロ可愛くてイズミは心配になった。
そうと決まればさっそく作戦会議だ。
ワラビにはイズミが作ったほぼ全てのスキルを覚えさせているが、逆に数が多すぎて自発的に使えるものは限られている。現時点でのワラビのお気に入りは【粘着液】と【空中散歩】、【無限胃袋】の三つだ。
粘着液はベッタベタの液体を飛ばして敵の動きを封じるスキルで、対人戦を想定して創造したワラビ専用スキルである。粘着液自体には殺傷能力がない(口や鼻に向けて使ったらダメ、絶対)ため、基本的にこれを使用するよう言いつけてある。
空中散歩は先日イズミが使った際、大いに興奮していたため自分でも使えるようにと覚えさせた。使い方に関しては絶賛練習中らしい。
そして、無限胃袋はワラビ版の亜空間収納だ。体内に取り込んだものを取捨選択して、亜空間に保存することができる優れモノである。
基本的には空間収納と同じで時間経過はないものの、生物は入れられないという制限はあるが、容量はかなり大きいようで相当数のドロップ品を回収しても余裕があるらしく、何かと重宝していた。
とまあ、ワラビが自発的に使うのは大体この三つであるため、基本的にはイズミが指示を出すようにしている。今回もイズミが指示を出すことにして、攻撃系のスキルは厳禁と釘を刺した。
ワラビが元々習得しているスキルには酸攻撃があるが、レベルの上がったワラビの酸攻撃であれば、ネズミくらい一撃で倒せるだけの威力がある。家の中、それも人の手が届かない場所で使われては大惨事になるからだ。
しかし、単に追いかけ回して追い払うだけでは効果が薄いかもしれない。
そのため他に使うべきスキルを指示する。
「わらび、【変色】で黒に、【擬態】で猫の姿に!」
『ラジャー!』
スキル【変色】と【擬態】もワラビ専用スキルだ。
変色も擬態も文字通りのスキルで、色と形態を自由に変化させる。ただし、色も形もワラビ自身が見て、触れたことのあるものに限るため、流石に出会ったこともないドラゴンに化けたり、といったことはできない。
今のところは、だが。
うにょうにょと体を動かしたワラビは、指示通り透明の体を黒く染め、まんじゅう型のボディーを猫の姿へと変える。瞬く間に姿を変えたワラビはどこからどう見ても黒猫そのもので、これならネズミも慌てて逃げ出すに違いなかった。
『シャチョー、どう? ネコさんに見えるー?』
「うん、完璧だよ。これならネズミもビックリして逃げるよ、きっと!」
イズミが力強く肯定すれば、ワラビは『ふふーん!』と得意気だ。
スキルレベルの問題か、やはり感触までは再現できないようで、触れるといつものワラビの感触そのものだった。が、モチモチした感触の猫というのも何だかぬいぐるみのようで、気持ち良くて思わずワラビをモミモミしてしまう。
そんな癒されモードのイズミへ、
『いっぱいいたら少し食べていいー?』
「たべ…………、いや、えっと……美味しくないと思うよ? 人のご飯に慣れたあとだと余計に……」
『あ、そっかー。ニンゲンさんのご飯、とっても美味しいもんね!』
ワラビがとんでもない爆弾を投下。
イズミは一気に現実へと引き戻された。
キッパリと禁止したいところだが、姿が変わってもやはりつぶらなワラビの瞳に見つめられると、どうにも弱いイズミである。
もちろん、何かしら害があればハッキリとダメ! と言えるのだが、魔物に動物の病原菌など効きやしない。寧ろ、下手に逃がすより食べてもらった方が三区の住民にとってもありがたいはずだ。
ネズミはあっという間に増えるから。
『でも、ちょっと気になるから食べてみる! じゃあ、いってきまーす!!』
「あ、はい……」
イズミの腕からスルリと抜け出すと、ワラビは目にも留まらぬ速さで駆けて行った。
まあ、考えてみれば野良猫だってネズミやスズメ、カエルなどを食べるのだ。その事実を知ったとて猫の可愛さが失われることにはならないのだから、捕食シーンさえ見なければワラビも大丈夫、無問題とイズミは自身に言い聞かせる。
結果的にサブマス宅に平和が戻ることは間違いないのだから……。
数時間後。
リビングでアリア達と紅茶を楽しんでいたイズミのもとへ意気揚々と戻ってワラビは、やはり人間の食べ物に慣れたあとだったからか、『美味しくなかったー』と零していた。もちろん、何が? とは聞かなかった。
肉体的には休めたが、精神的には何だか疲れた一日だった。




