22 レベル上げ
『わーっ! なにここー!?』
真っ青な空に映える入道雲。
眩しいほど白い砂浜。
日差しを反射して輝くターコイズブルーの海。
そして、心地の良い波音と、鼻をくすぐる潮風の香り。
「う、海…………海だよ、わらび……!」
『これが海なのー!? すごーい、おっきい水たまりだねー!! あっちが見えないよー!』
そんな光景を前に、イズミは唖然として呟いた。
初めて見る海にワラビのテンションも急上昇して、頭の上で高速でぷるぷると震えている。
「フフ、ダンジョンにしては中々の景色だろう?」
「はい、すっごく綺麗です!」
どうやらこの層は一面が海のフィールドらしい。
どこまでも続く砂浜の一本道に、澄んだ波が打ち寄せていた。
持病により旅行など叶わなかったイズミだが、海には持病が悪化する前の幼い頃に何度か行ったことがある。とはいえ、それも十数年以上も昔のことだ。こうして美しい景色を再び見ることができて、イズミは心から嬉しかった。
つい気持ちがはやって波打ち際へ駆け寄ると、驚くほど澄んだ水へ手を浸ける。海水はいい塩梅にひんやりと冷たくて、久し振りの感触に増々テンションが上がった。
頭から飛び降りたワラビも、手? を伸ばし、恐る恐る海水を触っては『わー、つめたーい! 気持ちいー!!』と声を上げている。
「気に入ってもらえたようでこちらも嬉しいよ! イズミ嬢とワラビ君のレベルを考えると、本当はもう少し上の階層が良かったんだけれど、三十層代は砂漠のフィールドでね。そこまで過酷な環境ではないんだが、やはり慣れていないと厳しいだろうからこちらにしたんだ。特にワラビ君はこちらの方が活動しやすいだろうしね」
「そうだったんですね。色々と考えてくださってありがとうございます」
「なに、冒険者として依頼者の諸事情を考慮するのは当然の務めさ。単純にこの景色を見せたかったこともあるしね! 愛らしい女性と美しい海、最高の景色だろう?」
そう言ってミカエルは手本のようなウインクをする。
動作が一々演技がかっていてイズミは思わず苦笑するが、それがまた似合っているから何も言えない。あと、イズミから見ても男装の麗人と海という組み合わせは絶景なので、心の中で深く同意した。
イズミだって女子だ、イケメンは目の保養である。
まあ、口には出さないけれど。
「それじゃ、先へ進みながら敵を倒していこうか!」
「はい!」
『おーっ!』
ワラビを頭へ乗せ直したイズミは、前後を高貴な百合の面々に挟まれる形で、白い砂浜をサクサクと踏み締めながら進んで行く。
長いこと縁遠かったためすっかり忘れていたが、やはり砂浜は足場が安定せず歩きにくい。イズミは魔術スキルで遠距離攻撃であるため問題ないが、仮に近接戦闘職を選んでいたらこの環境に慣れるまで大変だっただろう。
まあ、その場合はミカエルが別の階層を選んでいたかもしれないが。
と、少し進んだところで、さっそく魔物が現れた。
大きな巻き貝を背負ったヤドカリのような魔物で、そのサイズはちょっと引くくらい――具体的に言うと、ドラム式洗濯機くらいの大きさだった。あんな大きさのヤドカリに体当たりをされたり、鋏でチョキンとされたら間違いなく死ぬだろう。
その姿はまごうことなき魔物だった。
呆気にとられるイズミをよそに、高貴な百合の面々はさっそく戦闘態勢に入る。
「アレは【オオアカヤドカリ】と言って、四十層代のどこにでもいる魔物だよ。先ずは我々の方で弱らせるから、指示をするまで待ってくれるかい?」
「了解です」
『はーい!』
イズミとワラビが頷くと、赤の短髪で大きな盾を装備した【ヴェルケイル】というメンバーが進み出て、オオアカヤドカリへ歩み寄って行く。敵とある程度の距離を詰めたところで立ち止まると、僅かに腰を落として盾を構えながらスキルを使用した。
「さあ、かかって来い!」
途端に赤いオーラ? が、ヴェルケイルを包む。
盾職が敵を引きつける際に使用する既存スキル【咆哮】だ。
これを使用することで敵を挑発し、憎悪値を取ることができる。敵は憎悪値の高い者から狙うため、盾職が敵の攻撃を引き受けることで他のメンバーが攻撃に専念できるというわけだ。MMOゲームなどでよく使われる手法である。
案の定、オオアカヤドカリは大きな鋏を振り上げ、怒ったような仕草を見せる。
かと思うと、巨体に似つかわしくない素早さでもってヴェルケイルへと突っ込んで来て、彼女の大盾と激突。ドカン! と派手な音を立てた。
「うわあ……、結構な衝撃音……」
しかし、当のヴェルケイルは一歩も後退せず、悠然とその場に立っている。踏ん張りが効き辛い砂浜だというのに、だ。
呑気にも、流石は盾職だなぁと感心してしまう。
そんな彼女に次いで動き出したのは、大槌のような武器を装備した【トゥアル】というメンバーだ。茶色の短髪を揺らして駆け出すと、それを察知したヴェルケイルが盾で豪快に敵を弾く。
女性としては大柄な、しかし、男性には遠く及ばない、しなやかな体のどこにそんな力があるのか。盾で弾かれた敵はバランスを崩してヨタヨタと数歩後退、それに合わせてヴェルケイルがバックステップで距離を取った。
その隙を百戦錬磨の冒険者が見逃すはずはない。
瞬く間に距離を詰めたトゥアルが飛び上がって、敵へ大槌を振り下ろす。
「ハアァァアッ!!」
衝撃。
巨大な巻貝は大部分が粉砕され、オオアカヤドカリの中身が露わとなる。
今の攻撃は中身まで逝ったのでは……? と思えるほどの衝撃だったが、貝はかなりの硬度だったようで、オオアカヤドカリ本体は健在だ。とはいえ、ご自慢の貝が破壊され慌てふためいており、かといって急に軽くなった体ではバランスを取れず、逃げることも適わず、ヨタヨタと左右に揺れている。
そこへさらに、黄緑色のセミロングヘアの【サクルフ】というメンバーが、長杖を構えてスキルを使用。すると、宙にラグビーボールくらいの火の玉――既存スキルの【火球】が一つ出現し、杖を振るうと同時に発射された。
「行きなさい!」
既に距離を取っていた前衛二人の間を、火球は矢の如き速さで飛翔。防御の要である貝を破壊された敵には成す術もなく、それはオオアカヤドカリの露出した本体部分へと着弾して、ボンっ! と音を立てた。
本体は魔術攻撃に弱いようで、ギュー! だか、ギョエー! という可愛くない悲鳴を上げながら、砂浜の上でゴロゴロと悶えている。その動きも見た限りかなり鈍く、残りの体力が少ないであろうことは明白だった。
その様子にイズミはつい目を逸らしたくなるが、ヤドカリだからか、はたまた悲鳴が可愛くないからか。思っていたほど精神的ダメージを受けることはなく、密かに安堵した。
レベルを上げるためには魔物を倒しまくらなければならないのだ。一々凹んでいられない。
「今だよ。どちらでもいい、トドメを!」
「あ、はい! わらび、【水圧刃】!」
『らじゃー! ウォーターカッターだよ!!』
ミカエルに促されハッとしたイズミが、敵を指差しワラビに指示を飛ばす。
と、先日覚えたばかりの攻撃スキル【水圧刃】で、ワラビがオオアカヤドカリを攻撃。ワラビの放った水圧刃は見事に敵を捉えるが、レベルや攻撃力などの差でイメージ通りスッパリ切断――とはいかず。
どころか、見た限り水鉄砲が当たった程度の威力しかなかったが、サクルフが敵の体力を本当にギリギリまで削ってくれていたらしい。水圧刃ならぬ水鉄砲が当たっただけで、オオアカヤドカリはギュエー! と残念な断末魔を上げ、光の粒子となって消えた。
「た……倒した?」
『やったー、倒したー!! やったやったー!!』
人生……いや、魔生初の勝利を得たワラビは喜びのあまり頭から飛び降り、興奮したようにぽよぽよとイズミの周りを跳ね回る。そんなワラビを微笑ましく見ていると、ワラビとイズミの体がパアッと淡い光りを放ち、何事かとギョッとした。
「フフ、早速レベルが上がったようだね! 確認してごらん」
「あ、なるほど……びっくりしました。どれくらい上がったかな?」
レベルが上がると体が光るらしい。ゲームか。
密かに突っ込みつつステータス画面を開くと、イズミは従魔の項目からワラビのそれを確認する。
先ほどまでのワラビのステータスは体力と魔力が百で、あとは軒並み十前後だったが、さて……と目を通したところ、
「凄い! レベルが一気に十六も上がってるよ!」
予想以上の数字にイズミは歓声を上げた。
レベルが上がればステータスも強化される。
必然、十前後で貧弱だったワラビのステータスも、百七十前後までぐんと増えており、体力と魔力に至っては千七百手前まで増えていた。どうやら一レベルごとに体力と魔力は百ずつ、その他のステータスは十前後上がる仕様らしい。
とはいえ得手不得手があるようで、それぞれの数字には微妙な差があり、ワラビの場合は特に防御力と命中率が他のものより低かった。まあ、それもイズミ製の術技書で十分補える範囲であるが。
実際、ここ数日で作り出した常時発動型、【体力増加】、【魔力増加】、【攻撃職増加】、【防御力増加】、【命中率増加】【俊敏性増加】といったスキルのお陰で、ワラビの正式なステータスは、
体力:1695(19493)
魔力:1682(19343)
攻撃力:164(1886)
防御力:149(1714)
命中率:157(1806)
俊敏性:170(1955)
と、なっている。
基礎ステータスにスキルの効果を加えたものがカッコ内の数字であり、実際の数値となる。
レベル十七ではあり得ない数字になっている理由はひとえに、増加系のスキルを効果別に小中大極と四種作ったからだ。もちろん効果は重複可能で、小で1.5、中で2、大で3、極で5倍となっており、つまるところ合計で11.5倍の効果となっている。
元のステータスが高ければ高いほどスキルの恩恵を受けられるため、これからさらに数値が伸びる予定である。
『十六も上がったのー!? わーい、わーい!!』
「!? そ、そんなに上がったのかい? おかしいな、上がっても精々六、七くらいかと思ったんだけれど……」
「あ、あはは……。えっと、レベルの上がりやすいスキルを持ってまして……」
ミカエルの言うことは正しい。
敵のレベルが高く、一度の戦闘でかなりの経験値が得られるにしても、普通なら今の戦闘で上がるレベルは一桁が限度だっただろう。
しかし、そこは術技創造を持つイズミである。
【経験値増加】の常時発動型スキルを創造して、ワラビにも習得させたのだ。それも効果に応じて小中大極と四種作ったため、傍から見れば凄まじい成長速度になるはずだ。
もちろんこれは、サブマスが紹介してくれた冒険者相手だからこその無遠慮である。
「そうなのか、それは羨ましいな! 六日間でどこまで上げられるか気掛かりだったが、これなら五、六十くらいはあっという間だね!」
「本当ですか? そのくらい上がれば十分自衛もできると思うので、ありがたいです」
サブマスいわく、レベルは最高が百で、Sランク冒険者で百~八十、Aランクで八十~六十、Bランクで六十~五十、Cランクで五十~四十、Dランクで四十~三十、Eランクで三十~二十、Fランク二十~、という目安があるらしい。
一般市民は十~一で、イズミとワラビはまさにここだ。
今回の依頼は様子見を兼ねているため、計六日間と短めの予定。
冒険者はC~Eランク層が多いそうで、問題を起こしがちなのもこのランク層の者が多い。そのため、レベリング期間に最低でもDランク程度にはと思っていたが、どうやら余裕でそうで安堵した。
もちろん、純粋にレベルのみで考えると自衛には心許ない。貴重な術技書を売り出そうとしていることも考えれば、寧ろレベルはカンストを目指して然るべきだ。
しかし、そこまでレベル上げに専念する時間はないし、何よりイズミには無数のスキルがある。
それらのスキルは固有スキルに合わせてレベルが上がる便利仕様であることに加え、現時点でスキルレベルは四もあるのだ。
スキルレベルは三もあればかなりの練度らしい(サブマス談)ので、基礎レベルに加えてスキルレベルがオール四となれば、Aランク以上の強者でも寄越されない限りはワラビと二人で対処できるだろう。
今後もスキルレベルはコツコツと上げていくつもりだし。
ちなみに、経験値はLAを取ったメンバー以外にも入るらしい。もちろん、LAを取った者や敵のHPを多く削った者、デバフをかけた者への配分が多く、今回一切攻撃をしていないイズミにはほんの僅かに入っただけだった。
が、それでもステータスを見れば二つも上がっていた。
「こちらとしても実に鍛え甲斐があるよ、フフッ。さあ、どんどん進もうか!」
「はい!」
『おー! バンバン倒すよー!!』
オオアカヤドカリのいた場所にはドロップ品がポツンと落ちていて、それを回収すると再び隊列を組んで歩き出す。
海のフィールドだけに、出て来る魔物はみな海辺に生息するものだ。
貝、カニ、ヤドカリ、魚、それと亀やイルカ、鳥のような魔物もいる。
貝類や魚類はイズミでも平気だったが、やはり亀やイルカ、鳥といった魔物との戦闘は抵抗がある。自分でも命を差別、選別している自覚は重々あって魔物達に申し訳ないが、やはり見た目の差は大きい。
もちろん、魔物であるからには普通の動物と違ってどことなく凶悪なフォルムをしているのだが、忌避感を打ち消すほどかけ離れた見た目をしているわけではない。ゆえに、どうしても抵抗感は拭い切れなかった。
そのため、苦手な魔物との戦闘はワラビに任せ、イズミは貝系の魔物を中心にLAを譲ってもらいレベリングを進める。
「疲れたら仰ってくださいね。魔力の譲渡も出来ますので」
「ありがとうございます!」
そう言って微笑んだのは、青の長髪で長杖を装備した【バルキエル】というメンバーだ。
彼女は治癒士で、所有スキルはサポート系が充実しているらしい。自身の魔力を任意の相手へ分け与える【譲渡】という既存スキルを持っており、回復があまり必要のない時でもサポートとして重宝されているそうだ。
ちなみに、リーダーであるミカエルの職は魔法剣士で、前衛も後衛もこなせるらしい。今回はイズミの側でサポートに徹し、必要があれば魔術スキルを使用して援護してくれるのだそう。まあ、今のところは他のメンバーの手際が良すぎて、全くと言っていいほど出番はないが……。
流石は大型クラン、メンバーのバランスが非常に良い。
お陰で、イズミとワラビのパワーレベリングは面白いほど順調に進んだ。




