21 高貴な百合
武器や防具はギルド直営店で買えるとのことで、一通り買い揃えた翌日。
昼過ぎにギルドへ来てくれと言われ、午前の家事を一通り手伝って家を出ると、ガルシアの涼風亭で早めの昼食をとって、その足でギルドへ向かう。
馬車を利用してギルド最寄りの停留所で降り、てくてく歩きながら今後について考える。
(とりあえず暫くはレベル上げだけど、それが終わったら術技書について相談しないと……)
イズミはギルマス達に賢者であることを明かしはしたが、固有スキル【術技創造】に関しては話さなかった。
というのも、単純に自衛のためはもちろんとして、説明が面倒だったこともある。
既存スキルこそ作れないものの、術技創造は効果に差異があれば似たようなスキルは作れるという、チートなんだか死にスキルなんだか分からない絶妙なスキルだ。しかも現状、レベル制限? で、既存スキルの下位互換しか作れない。
もちろん、層の手薄なスキルに関しては作り放題であるが、どんな能力が手薄か知らないイズミにとって、術技創造はどちらかと言えば死にスキルに近かった。ゆえにあの時点では、過度な期待をさせないよう、されないようにあえてスキルを秘匿したのだ。
しかし、術技創造のレベルを上げるために色んなスキルを作ったことにより、手薄な層も分かってきたし、この世界で有用であろうスキルも次々に生み出している。そこへさらに、他者へのスキル譲渡を可能とする【術技書】の効果を得て、それで商売をしようというのだから相談しないわけにはいかなかった。
そんなことを考えながらエントランスに入ると、昼過ぎということもあり受け付けは空いていて、その一つでサブマスとの面会予定を告げると、すぐに客間らしき部屋へ案内された。
依頼を受けてくれたパーティーは既に来ているのかなと、ドキドキしながら入室。
すると、室内には一際背の高い見慣れた姿――サブマスの他に、白い騎士風の服を着た五名の人物がいた。
サブマスと談笑していたらしく、イズミの入室に気づき振り返った面々の顔には柔らかな笑みが浮かんでいて――瞬間、イズミは硬直した。
(い、イケメン祭り……!!)
振り返った面々の顔面偏差値が、恐ろしいほど高かったのだ。
この世界に来て二次元顔負けの美男美女を目の当たりにしたイズミが、間違いなく顔面偏差値七十オーバーだと思うほどの強者揃いである。みな線が細めの中性的な美しさを持ち、騎士風の服も相まってとても華やかな印象だった。
今この瞬間が漫画やゲームの一場面であったなら、面々の背後には間違いなく大輪の花が咲き乱れていただろう。
それほどまでに華やかなイケメン達が、そこにいた。
「おう、来たな!」
「…………はっ! お、お待たせしたみたいで、すみません!」
サブマスの声で我に返り、イズミは慌てて頭を下げる。
そんなイズミへ近づいて来たのは、桜色の長髪を肩の辺りで緩く一つに纏めた、二十代半ばと思しきイケメンだ。凛々しい青の目元には泣き黒子があり、中性的な美貌と相まって無駄に色気がある。
目が合うとただでさえ破壊力のあった笑みをことさら深め、徐にイズミの手を取って流れるような動作で甲へ口づけた。
「!!?」
「初めまして、愛らしいお嬢さん。私の名はミカエル、今回貴女の依頼を受けたクラン【高貴な百合】のリーダーを務めている」
男性にしては高めな、しかし、清涼感のある心地の良い声だ。
イケメンは声まで完璧なのか。異世界とは恐ろしい。
しかし、今のイズミはそれどころではない。思わず見惚れるような中性的イケメンにキスをされたのだ。手の甲に、だけれど。二十一年間リアルな恋愛とは縁遠かったイズミには刺激が強すぎて、一瞬で頭の中が真っ白になった。
「おーい、イズミ大丈夫かー?」
「…………はっ!!」
相当気の抜けた、もとい魂の抜けた顔をしていたのだろう。
ククッ、と意地の悪そうな笑みを零したサブマスの声で再び我に返ると、イズミはワラビを胸に抱いて醜態を誤魔化すように挨拶を返した。
「は、初めまして、依頼者の泉と申します! この子は従魔の、」
『わらびだよ!』
「です。従魔共々よろしくお願いします!」
サブマスが紹介してくれる冒険者なら信用できるだろうし、何よりレベリング中に喋れないのは非効率的だ。ゆえにワラビには念話を使用していいと、あらかじめ許可を出しておいた。
そのため念話を使用したワラビに、高貴な百合の面々は感心したように目を丸める。
しかし、すぐに切り替えたようで残りの四名も簡単に自己紹介を終えると、サブマスが言葉を引き継いだ。
「高貴な百合は、今もっともSランクに近いと言われてるAランクのミカエルを筆頭に優秀な奴が集まった、この街で一番規模のデカいクランでな。メンバーは百人近くいるんだ」
「百!? それは凄いですね……!」
団体行動が苦ではない協調性のある者は、大抵、安定性を求めて騎士団へ行く。
そのため自由と冒険を愛する冒険者には、良く言えば芯のある、悪く言えば我の強い者が多く、そんな冒険者達をまとめるのは幼稚園で保母さんをするようなもので、端的に言ってめちゃくちゃ大変なはずだ。
ゆえに、冒険者は管理のしやすいパーティー(数名)単位がもっとも多い。もちろん、クランにはクランのメリットもあるのだが。
「ああ。この国を拠点にしてる一番デカいクランでも在籍者は百人ちょいだから、二番目にデカいクランってわけだ。それだけでも十分凄いんだが……もっと驚きなのは、高貴な百合が“女だけ”のクランってことだな」
「へー!」
いまだにキスの余韻が抜けず頭の回らないイズミは、深く考えずに相槌を打つ。
百名近くのメンバー達をまとめるのだから、ミカエルには相当なカリスマ性があるのだろう。この中性的な美貌に加えて、Sランク間近の実力があればそれも納得だけど――と結論づけたところで、ようやく引っかかりを覚えたイズミは首を傾げた。
「……あれ? サブマスさん、今“女だけ”って言いました?」
「おう。高貴な百合のメンバーは女だけ、だ」
「んん???」
オンナ? オンナってどういう意味だったっけ?
と、イズミは目の前の中性的なイケメン達を観察する。
真っ白な騎士風の服を纏い、すっと背筋を伸ばした高貴な百合の面々は実に凛々しい。ムキムキごつごつとした男臭さとは一切無縁で、女性が思い描く理想の騎士像を体現していると言っていい。
しかし、逆に言えば女性のように線が細く、頼りない印象を受けないこともない。
そう、まるで女性のような――。
ニヤニヤするサブマスと、品良く微笑む高貴な百合の面々を交互に見て、辞書から消えかかっていた“女”の意味を思い出したイズミは、数拍の間の後、驚愕の声を上げた。
「ええええっ!? じょ、女性!!? み、みなさん女性なんですか!?」
「ハハハ! ああ、我々は敢えて男装で活動をしているんだ。まあ、趣味みたいなものだね!」
趣味なんかーい!
と、突っ込みかける自分をどうにか抑える。
確かにみな声は高めだなと思ったが、立ち居振る舞いがあまりに凛々しく、紳士的な態度ゆえ完全に男性だと思い込んでいた。メンバーの二人が男性並みの短髪であったことや、あえて押さえているのであろう平らな胸元も、勘違いの大きな要因だが。
「す、すみません! お綺麗な方々だなとは思ってたんですけど、とんだ勘違いを……!!」
「いやいや、それは我々にとって最高の誉め言葉さ!」
イズミはヘコヘコと何度も頭を下げるが、面々が気を悪くした様子はなく、安堵する。
寧ろそう見えたことを誇るように堂々と胸を張って、現在進行形で幻想の花と煌めきをまき散らしている。眩しい。
しかし、なぜ男装なのだろう……。
リアル宝〇?
理由はめちゃくちゃ気になったが、さっきの今で聞く勇気はなかった。
「とまあ、初見の奴は大体こうして騙されるわけだ。悪かったな、さっさと教えなくて。面白いから毎回やっちまうんだよなあ」
「サブマスさんめ……いじめられたってラウラちゃんに泣きついてやる……!」
「すんませんでしたあッッッ!!!!」
イケ女に翻弄されていたイズミは、さぞや滑稽だったのだろう。
いまだにニヤニヤしたサブマスが腹立たしくてイズミが最強の手札を切ると、サブマスは見事な土下座をかました。
こうかはばつぐんだ!
そんなサブマスに満足しつつミカエルに向き直ったイズミは、今さらながら真面目な表情を取り繕って、話を切り替えた。
「それにしても、そんな大きなクランのリーダーさんが自ら依頼を受けてくださるなんて、恐れ多いです」
「フフ、そんな大層なものではないよ。リーダーだろうと新人だろうと、人々のためになるのならどんな小さな依頼でも受ける。それが我々の理念だからね。まあ、今回に関してはサブマスの要望もあったのだけれど……個人的にも貴女に会いたかったんだよ、イズミ嬢」
「私に?」
街一番のクラン、そのリーダーに会いたいと思われる理由には身に覚えがない。
イズミが小首を傾げると、ミカエルは優しく微笑んで答えた。
「ああ。イズミ嬢は先日、子供達を……ラウラ嬢を救ってくれただろう? そのことで個人的に礼を言いたかったのさ。私は彼女と友人でね、捜索には我々も参加していたんだ」
「! そうだったんですね。みなさんも……」
「だから、イズミ嬢とワラビ君には感謝している。私の小さな友人を救ってくれてありがとう」
ミカエルの言葉に合わせ、高貴な百合の面々が深々と頭を下げた。
流石にもう感謝祭りは終わったと思っていたのに、予想外のところからまた感謝されてしまったとイズミは焦る。子供達の件に関しての感謝は、既にお腹が一杯になるほどもらっているのだ。
これ以上は逆に申し訳ないくらいだと、慌てて頭を上げるよう頼めばミカエルは柔らかな笑みを浮かべた。
「フフ……君は優しいね、増々気に入ったよ。もっと交友を深めたいところだけれど、時間が惜しい。早速レベル上げへ向かおうか」
「はい、今日からよろしくお願いします!」
「こちらこそ。こんな愛らしい女性が依頼者とあっては、嫌でも気合いが入るというものさ。さあ、行こう!」
ミカエルは声高らかに宣言すると、イズミの肩を優しく抱いて歩き出す。
高貴な百合の面々が女性と分かっても、見た目はイケメンのままなのだ。肩を抱かれると緊張から「ひえっ!」と情けない声が出て、イズミは錆びたロボットのようなぎこちなさで歩を進める。
そもそも肩を抱く必要はないと思うのだが……。
そんなイズミにクツクツと笑うサブマスが、
「気を付けてなー!」
と、呑気に手を振り見送ってくれた。
止める気配もないことから、恐らくこれがミカエルの平常運転なのだろう。
イズミは諦めて肩を抱かれたままギルドを出ると、そのまま徒歩でダンジョンへ向かう。
ギルドからダンジョンまでは目と鼻の先であるため、馬車を利用する必要はない。
ダンジョンの周囲は街を囲う城壁と同じ灰色の高い壁でぐるりと囲われていて、門前ではギルド職員と思しき面々が入退場の検査をしている。街へ入る際の検査とはまた違い、誰がいつダンジョンに入退場したかという記録を残すためのものらしい。
こうすることで記録からある程度冒険者の生死を測るこができるのはもちろん、犯罪抑止にもなるからだそう。
ダンジョンへ潜るのは完全な自己責任であって、ギルドや騎士団がダンジョン内で冒険者の生死に関与することはない。が、それは魔物相手の場合であって、人が関与していると思しき場合には当然、ギルドや騎士団の調査が入る。
ダンジョンは広大で、人の目が届く場所など極ごく僅かだ。ゆえにダンジョンを利用して強盗、殺人、強姦、冒険者の奴隷化といった犯罪を働く者もいる。
それらの犯罪を防ぎ、また、いざという時の調査を円滑に行うために入退場記録は役立っているらしかった。
そんな検査場にて記録をつけてもらうと、門を潜りダンジョンの入口へと向かう。
この街のダンジョンは地下型のため、出入口は地面にぽっかりと開いた巨大な穴だ。そこから地下へと階段が続いている。そんな形状ゆえ、雨風を防ぐためにも出入口には石造りの建物が設けられていた。
中へ入ってみると円形の室内は広々としており、その中央に松明――ではなく、魔道具の灯りで煌々と照らし出された地下への階段があった。
階段の周囲ではこれからダンジョンへ潜るのか、荷物の最終確認を行っているらしい冒険者達や、逆に戻ってきて一息吐いているらしい冒険者達が疲れたように腰を下ろしていた。
そんな人々の横を通りすぎ階段へ向かうと、イズミは入口の大きさに目を見張る。
地面にぽっかりと口を開けたそれは、縦横ともに二車線分はありそうな幅で。しっかりとした石造りの段が緩やかな勾配を描き、地下へ地下へと続いていた。
「さて、イズミ嬢。ここを降りるとダンジョンだ。装備は万全かな?」
「あ、まだでした。今出します!」
購入しておいた革の胸当てや薬を入れたポーチは既に身に着けて来たが、武器は移動の際に邪魔なのでしまっていたのだ。
手を開けるためにワラビを頭に乗せ、他の冒険者から死角になる位置で影収納から武器を取り出す。店員に勧められて購入した、初心者向けの白い長杖だ。めちゃくちゃお手頃な値段と軽さからして、恐らく原料は木だと思われる。
正直、武器がなくてもある程度魔術スキルは使える(一般人然り)のだが、武器を使うと使用魔力を抑えられる上に精度が上がるらしいので、戦闘時に使わない者はまずいない。そのため、イズミも迷わずに購入した。
これで準備は万端だ。
ミカエルに頷きかければ、当たり前のように手を取りエスコートしてくれる。階段の両壁に設えられた灯りを頼りに、危なげなく地下へ下りて行く。
長めの階段を半分ほど進んだところで地下の光景が徐々に見えてきて、自然と胸が高鳴る。そうして下りきった先には、別世界が待ち受けていた。
降り注ぐ柔らかな日差し、どこまでも続く青空と、青々とした草原。ダンジョン都市の外に広がっていた草原と何ら遜色のない大自然が、そこには広がっていた。
「うわ、凄い……! やっぱり直接見ると驚きますね……!!」
「フフ、そうだろう? 私達は流石に慣れたものだが、地下にこんな光景が広がっているだなんて想像を絶するよね」
「はい、本当に不思議です……!」
一括りに地下型のダンジョンと言っても、その実態は二パターンある。
一つは地下型の名に相応しく、全ての階層が坑道や遺跡のような造りのシンプルなダンジョンだ。
階層によって出る魔物の強さが変わるだけで、永遠と似たような景色が続く。階層の環境によって装備を変えなくて済む点はメリットであるが、薄暗い地下をひたすら進む作業は中々な拷問だろう。
もう一つはこのダンジョンのようなタイプで、階層によって環境ががらりと変わるものだ。
まるで地上のあちこちを旅しているかのような気分を味わえる点はメリットと言えるが、階層によっては装備を変えなければ攻略できないような過酷な環境――灼熱や極寒といった場所もあるため、一概にどちらが楽とは言えない。
個人的な好みで言えば、イズミは圧倒的に後者が好きだ。
一つのダンジョンで色んな景色が楽しめるなんて、お得以外の何でもないだろう。持病により籠りきりだったイズミにとっては旅行など夢のまた夢だったのだから、例えそれがダンジョンの中だとしても色んな景色を味わえることは、ただただ至福だ。
「ここから転移石を使って目的地へ移動するよ」
「転移石? 魔石とはまた別なんですか?」
ミカエルがポーチから取り出した石を見る。
掌で踊るそれは、サファイアの原石のような青い半透明の石で、大きさは卵くらい。
表面にはこちらの文字で【1】の字が浮かんでおり、何だか神秘的な印象だった。
「ああ。これはここの魔物を倒すと一定の確率でドロップする物でね、これを使えばこの石を入手した階層へ転移することが出来るのさ。このダンジョンは階層が多いから、移動には必須なんだ」
「へえ、面白いですね! 表面に浮いてる文字の意味は何なんでしょう?」
「転移石は入手した階層によって色が異なる。この青い石は四十層代で手に入る物なんだが、その中の一番目……つまり四十一層で入手した石、ということを示しているんだよ。この数字に応じた階層にしか転移出来ない仕組みなんだ」
「なるほど。それじゃあ、転移石で移動したかったらそれぞれの階層に応じた石をゲットしないといけないんですね」
「そういうことだね。前後二、三層ずつくらいなら、まあ、徒歩で移動するのもアリなんだけれど……流石に五層以上離れると徒歩での移動は大変だからね。ある程度の転移石を確保しておかなければならないんだ、石は一度の使用で壊れてしまうから」
なるほど、とイズミは再度頷いた。
まるでゲームのシステムのようで便利なような、不便なような。
いや、どちらかと言えば不便だろうか。その辺が楽なゲームでは、魔法陣なりアイテムでさっさと好きな階へ移動出来たりするものだから。
何より、石をいくつも確保するとなると想像以上にかさばる。
パーティーにアイテムボックス持ちがいるか、大容量のマジックバッグでもあれば別だが、あれは高級品だ。先日イズミがもらったバッグで白金貨数枚もするのだから、普通の冒険者がおいそれと買えるものではないだろう。
流石にゲームのように手ぶらで気軽に、とはいかないらしい。
当然、帰る用に一層の石も必要である。いざという時の緊急離脱にも使うため、一層の石はさらに確保数が多いのだそう。冒険者の荷物事情は中々に大変だ。
それでも、高貴な百合はこの街で一番大きなクラン。恐らくマジックバッグくらいは持っているだろう。規模からするとアイテムボックス持ちも複数人いるかもしれない。
今回の依頼は毎日数時間ずつであるため、最低限の荷物で済んでいる。
これが数日間籠りっぱなしで狩りに専念、などとなると、食料や野営道具など大量の荷物が必要となるため大変だっただろう。
「それでは行こうか!」
転移石一つで範囲内(二メートルほど)の仲間も一緒に移動できるらしいので、みんなでミカエルの周りに集まる。
転移石を胸元まで持ち上げたミカエルが「転移!」と告げれば、地面に魔法陣のようなものが浮かび上がり、それと同時に柔らかな光が面々を包む。反射的に目を瞑ったイズミだったが、直後に予想外の音が耳に届いて目を開けた。




