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17 お買い物

 短期間で二度も利用すれば流石に覚えるもので、ワラビと共に屋敷を出たイズミは乗合馬車を利用して二区へ向かう。


 サブマスいわく、買い物をするなら商工業区である二区がいいとのことで、午後一杯を利用して日用品を買い揃えるつもりだ。

 今のイズミには何もかもが足りない。特に衣類は死活問題で、下着に関しては早急に買い揃える必要がある。洗った後に防汚スキルをかけたため汚れはしないと分かっていても、やはり数日同じ下着を着続けるのには抵抗があった。


 異世界では地味すぎて逆に目立ってしまうこの服装も、早く替えるべきだろう。

 それ以外にもタオルや歯ブラシ、化粧水など欲しいものはたくさんある。


 一方、裸一貫で生きているワラビには必要なものこそないが、さっそく頑張ってくれたご褒美に美味しいものも食べさせてあげたいと思っている。アリア達の料理は美味しかったし、たらふく食べた後ではあるが、美味しいものに貪欲になりつつあるワラビはまだまだイケそうだった。


 この世界で初めての買い物にワクワクしながら、馬車に揺られること十分ほど。

 二区の中央、大きな噴水のある広場で下車をして、思い切り腕を突き上げて体を伸ばす。



「ん~……到着!」

『トーチャク!』

「さて! ここからは歩いて移動をするから、何か気になるものがあったら言ってね」

『うん! おいしーもの、おいしーもの!』



 賑わう大通りを、一区へ向かって歩き始める。


 何でも、大まかに二区の真ん中から一区側は庶民向け、三区側は富裕層向けの店となっているらしい。


 臨時収入があったとは言え、イズミは根っからの庶民。こんな世界ではいつ何時何が起こるか分からないし、安定して稼げるようになるまではできる限り貯金しておきたい。ゆえにイズミの選択は庶民向け一択だった。


 人の流れに乗り、飲食店や土産物店、装飾品店、道具屋など、通りの並びをそれとなく記憶しながらのんびり歩く。冒険者の街とはいえ、旅行客や商人らしき人々も多く、それぞれが買い物を楽しんでいるようだ。


 改めて観察してみると、獣人らしきモフモフした人や、巨人? なのか、かなりの巨体を誇る人、リザードマン? らしき鱗のある人など色んな種族の人がいて、思わず目で追ってしまいそうになる。


 と、暫く進んだところで綺麗な白い外観の店が目に留まり、ガラス窓から中を覗いてみた。


 どうやら雑貨屋のようで、棚には色んな商品が並んでいた。

 雑貨店が目当ての一つであったイズミは、吸い込まれるように店へ入る。白を基調に、暖色の照明と観葉植物で暖かな雰囲気に包まれた店内はとてもオシャレで、多くの女性客で賑わっていた。


 持病のせいでこういった店に来るのが初めてであるイズミは、入口から既にワクワクしてしまう。今すぐにでも駆け寄って眺めたいところだが、そうもいかない。従魔の入店は可能なのか、そこが問題だ。


 例えいい店を見つけても、ワラビと入れなければ意味がない。イズミにはワラビを家に置いて来る選択肢などないのだから。


 店員を探して入口でそわそわしていると、



「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」



 茶色のサロンエプロンを着た可愛らしい女性が、声をかけてくれた。



「あ、すみません。従魔連れでの入店は可能ですか?」

「はい。従魔登録を済ませており、入店に差し支えない大きさの子でしたら問題ありませんよ」



 笑顔で答えてくれた店員にホッとしていると、



「失礼ですが、お客さまはこの街へいらっしゃったばかりですか?」

「あはは……そうなんです、つい先日着いたばかりで」



 ものの見事に言い当てられ、イズミは苦笑を漏らした。

 街のルールに疎いことはもちろん、珍しい服装ゆえ街の人間が見れば一目瞭然なのだろう。決して田舎者感が出ているからとか、そんな理由じゃないと思いたい。垢ぬけていない自覚はあるけれど。



「そうでしたか。でしたら、入店の際は入口をご確認なさるとよろしいですよ。ここは冒険者の街ですから、獣人のお客さまはもちろん、魔物使いの方も多く、大抵の店で従魔の同伴が可能なんです。ただ、中にはこだわりの強い店もありますから、そういったところでは入口に記載があるんです」

「なるほど……。ありがとうございます、次から確認してみますね」

「はい。それでは、ごゆっくりご覧くださいね」



 笑顔で出迎えてくれた店員に軽く頭を下げ、意気揚々とカゴを手に取ると女性客の楽し気な声をBGMに、端から順に店内を巡る。


 大通りに面した店舗だけあって店内は広く、品数も豊富で、次から次へと欲しいものが見つかる。手鏡、小物入れ、ランプ、卓上ラック、ふかふかのクッション。可愛いものがたくさんで、嫌でも目移りしてしまう。


 とはいえ、今のイズミは仮住まい。インテリア雑貨などは必要ないし、お金のこともある。一週目で必要最低限のもの、二週目でどうしても欲しいものを見極めることにして、店内をぐるぐるすること一時間弱。


 歯ブラシにコップ、タオルや石鹸といった日用品の数々と、好みの雑貨を少しだけ購入してホクホクした気分で店を出る。正直、冒険者の街だからとデザイン性は二の次に考えていたが、十分満足のゆく品を買えて気分は上々だ。


 冒険者の街、侮るべからず。

 きっとそれだけ女性冒険者も多いのだろう。


 まだまだ街をブラつく予定であるため、脇道に入り迷彩を使って景色と同化し、荷物を影収納へ放り込む。


 イズミのスキルは唯一無二。目をつけられないよう使用に際して人目を気にしなければならないのが面倒な点だが、手ぶらで買い物ができるというアドバンテージを考えれば、その手間も大して苦ではない。

 寧ろスキル様々だろう。日本でだって一々配送でも頼まない限り、荷物で両手が塞がっていくのだから。


 迷彩を解き大通りへ出て、再び一区に向かって歩き始める。


 服屋はないかとキョロキョロしていると、途中、店頭販売しているクレープのようなスイーツを発見し、購入する。クリームたっぷりのそれをワラビと二人で食べながらてくてく歩いていたら、ようやく待望の服屋を発見し、イズミは嬉々として駆け寄った。


 ガラス張りの入口から中を覗くと、トルソーには華やかな女性物の服が飾られており、女性物の店であることは一目瞭然だった。

 ここも大通りに面しているだけあって、店内はとても広い。従魔の記載もないため足を踏み入れ、一先ず入口から店内を観察してみると、手前は外着、中央は部屋着、奥に下着類となっているようだった。


 興味の赴くままに、外着から眺めていく。


 流石に庶民向けの区画にある店だけあって、ドレスのような高級品はなく既製品のみだが、割と控え目な街娘風の服からファンタジー色全開のコスプレ感が漂う服まで様々な種類があり、見ているだけで楽しい。


 また、服に合う小物や靴なども豊富で、値段もお手頃だ。


 ここで購入しようと決めて、イズミはカゴを手に取る。どうせ異世界なのだからファンタジー感のある服を着なくてはもったいないと、街中で違和感がなく、動きやすく、かつ派手すぎない服を探していく。


 次から次へと手に取り眺め、値段と相談し、ワラビや店員に意見を求めた結果、



「……どうでしょう?」

『いいと思うー!』

「ええ、ええ、お似合いですわ、お客さま! お客さまの亜麻色の髪は何色のお洋服とも相性が良く特に今流行りのくすみカラーとは相性抜群ですけれどご着用中のくすみピンク×茶系の組み合わせはお客さまの優し気な雰囲気と特にお似合いですわ! 脚がスラリと長いので丈の短いボトムスがとても映えますし動きやすさ重視でしたらそちらのショートパンツはもちろんのことフリルキュロットなんかにしても絶対に可愛いですしそうなりますとニーハイソックスと合わせるのも定番で、」

「こ、これ全部ください!」

「ありがとうございますうー!」



 店員のマシンガントークに【抵抗力レジスト】がなく、頭がパンクしそうになったイズミは、試着室を埋め尽くしていた五着分の服をさっさと購入することにした。


 中でも気に入ったのは、某錬金術師シリーズの主人公が着ているような、派手すぎず動きやすく、かつ少量のファンタジー感もある服だ。

 可愛さの代償とでも言うべきか、こういう服はきっと着脱が面倒なのだろうと思っていたが、賢者の影響なのか当然のごとくファスナーが用いられており、驚くほど着脱が簡単で驚くばかりだった。


 きっと昔の女性賢者がファッション界に革命をもたらしたに違いない。

 イズミは心の中で、名も知らぬ古の賢者に感謝した。


 それから服に合うブーツを三点と、斜めがけのバッグを一点、パジャマ、下着を五着分ずつ購入して買い物は終了。荷物が大きな紙袋二つ分とかなりの量になってしまったが、影収納があるイズミには何の問題もない。店を出て先ほどと同じ手順で荷物を収納すると、再び大通りを歩き出した。


 これで目的の物は大体購入できたし、必要な物が出たらその都度買い足せばいい。

 あとは観光メインで日が暮れるまで適当に時間を潰して帰ろうと、大通りを南下して行く。


 ほどなくして何となく見たことのある景色に行き当たり、イズミは足を止めた。不思議に思いよくよく辺りを見回したところ、左右に伸びた通りの遠く先に城門を見つけて納得する。



(ここ、最初に通ったところだ。となると……)



 急遽コースを変更。


 大通りを左へ曲がり、城門へ向かって歩く。

 すると、少し歩いた先に大きな食堂を発見。木とレンガを組み合わせて造られたアットホームな印象の店を覗くと、昼を過ぎ客も疎らになった店内に見覚えのあるどっしりとした後姿を見つけ、イズミは声をかけた。



「ガルシアさん、こんにちは!」

「いらっしゃ……ん? イズミじゃないか!」



 イズミが「昨日振りです」と頭を下げると、喜色満面のガルシアが駆け寄って来る。

 つられてドシドシと揺れる床に近くの客が目を剥いたが、見なかったことにした。きっとこの世界にも地震はあるのだ。



「聞いたよ、アンタが子供達を助け出したんだってね! 凄いじゃないか!!」

「あれ? もうご存じなんですか?」



 今から報告をしようと思っていたのに。

 と、肩透かしを食らったイズミは目を瞬かせる。



「当ったり前さ! ここは冒険者の街だよ? 冒険者間で起こったことなんてあっという間に広まるのさ! しかもその内容が“異国風の少女が貴重なスキルを惜し気もなく晒して子供達を救った”ってんだから、気づくなって方が無理な話だろ?」

「な、なるほど。それはそうですね……」



 様々な人種の集う冒険者の街と言えど、確かに、イズミの他に異国感丸出しの少女などそういないだろう。

 そもそも少女じゃないけれど。二十一歳だけれど。

 やはり異世界で日本人は若く見られがちなのだろうか。



「まさか本当に見つけ出すなんてねえ……常連から聞いた時は、そりゃあもうビックリしたよ! 今回も含め、アタシもこれまでに何度か捜索に参加したことがあったんだけど、結局一人も見つけ出してあげられなかったからねえ……これでも、毎回悔しい思いをしてたんだ」

「ガルシアさん……」

「これまでに攫われた子供達が戻るわけじゃない……けどさ、そういうスキルがあると知れ渡れば、犯罪者共も警戒してこれからの被害は減るはずだからね。だから、アンタには本当に感謝してるよ。長年の胸のつかえが、少しだけ下りた気分さ」



 しみじみとそう言って、力なく微笑むガルシアの苦労が偲ばれた。

 スキルによる牽制はあくまでも副産物であるが、悲しい思いをする家族を少しでも減らすことができたならイズミとしても本望だった。そのぶん犯罪者達からの憎悪値ヘイトがイズミへ集中するだろうが、【術技創造】で対策は可能だろう。



「それは良かったです。吉報を届けるって約束しましたからね!」

「ハハ、そうだね! 約束と言えばアタシも、ラウラを見つけ出してくれたらランチをタダにするって言ったからねえ。アンタには今後一年、ウチのランチをタダで提供させてもらうよ!」

「えっ、本当にいいんですか? 一年も?」



 ちょっぴり期待していたとは言え、本当に一年分もタダにされると逆に申し訳なくなって、小心者のイズミは確認してしまう。



「もちろんさ! 言っただろ? 女に二言はない、ってね! だから、これから昼はウチにおいで!」

「わあ、ありがとうございます!」



 そう言い切られては断るのも失礼だと、素直に甘えることにした。


 報酬などまるで期待していなかったのに、領主とサブマス、そしてガルシアからも貰ってしまうことになり、嬉しいような申し訳ないような。

 第一印象こそ良くなかったものの、この街には優しい人もたくさんいるのだ。ここまで良くしてもらうからには、当分はこの街で頑張ろうと思うイズミだった。







 ガルシアの店――改め【涼風亭】を出て、街を散策すること数時間。

 完全に日が沈む前に、馬車を利用してサブマスの家へ戻る。



「ただいま戻りました!」

『ただいまー!』



 一先ず玄関ホールで誰にともなく帰宅の挨拶をする。


 実家の玄関よりずっと広いそこで行う挨拶には軽い違和感を覚えるが、世話になる身である以上、その辺はキッチリとしなければ落ち着かない。

 この時間ならアリア達は恐らく夕食の準備をしているだろう。顔を見せるべくダイニングへ向かおうとリビングの前を通りかかったところ、本日二度目となるラウラタックル(仮称)をお見舞いされた。



「おねーーーーちゃんっ!!」

「うぐっ!? ……た、ただいま、ラウラちゃん……」



 イズミは十のダメージを食らった!


 ちなみに、前回受けたダメージはとうに自然回復しているため問題ない。が、たかが子供のタックルで毎回ダメージを食らうのはどうにかならないものか。レベルを上げて防御力を向上させるしかないのだろうか……。


 などと取り留めもないことを考えながらラウラの頭を撫でていたところ、ダイニングからおたまを手にしたアリアがひょっこりと顔を覗かせた。


 フリルの白いエプロンをまとったアリアは、同性かつ歳の近いイズミから見ても非常に可愛らしく、どこからともなくサブマスの爆発を願う怨嗟が聞こえてきそうである。正直、どうしてこの二人がくっつくことになったのか、気になって仕方ない。

 サブマスの家でお世話になっている間に、絶対、二人の馴れ初めを聞こうとイズミは心に誓った。



「お帰りなさい、イズミちゃん、ワラビちゃん! ……って、ラウラ。お姉ちゃんに飛びついちゃダメでしょう? イズミちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。でも、どうかしたんですか?」



 ラウラはイズミの腰にキツく抱き着き、顔を埋めている。

 何か嫌なことでもあったのかと心配になったイズミは、何事かと尋ねた。



「ごめんなさいね。大したことじゃないのよ? この子ってば、今日はずっとあの人がくっついて離れないものだから、その、鬱陶しくなっちゃったみたいで……」

「……おとーさん、しつこい。あつい。おヒゲがジョリジョリしてヤ」

「あ、あはは……」



 実にコメントに困る台詞が返ってきて、イズミだけでなくアリアも苦笑いを零した。


 トラウマによる発作などではなく良かったと安堵するものの、ラウラが飛び出して来たリビングには今の死刑宣告クレームが聞こえたのであろう、膝から崩れ落ちたサブマスの悲壮な姿があって、何とも言えない気分になる。


 どうやらさっそく、世の独身男性達から呪いが下ったらしい。


 イズミにも身に覚えがあるが、父親にとって娘とは天使であり悪魔でもあると思う。これからさらに苛烈さを増していくであろう時期はんこうきを考えると、世の父親サブマスにはどうか強く生きて欲しいと願うばかりである。


 そんなわけで、サブマスには申し訳ないがアリアの頼みもあって、ラウラの相手はイズミが務めることに。


 隣の席で仲良く夕食を食べ、一緒にお風呂へ入り、寝る時刻になってようやくサブマスの元へ帰そう……と思いラウラを説得してみたものの、ラウラは頑として首を縦に振らず、結局イズミの部屋で三人仲良く寝ることになった。


 昼こそ元気に振る舞っていたが、夜になると薄暗かった地下牢を思い出すのか、救出直後の昨晩はアリアとエリーゼの二人がかりでどうにか宥めたらしい。

 それも当然だろう。大人だってトラウマものなのに、幼い子があんな地下室に閉じ込められては一生ものの傷になっても不思議ではないのだから。イズミだってきっと、一週間も耐えられればいい方だ。


 アリアいわく、ラウラは自分達を助け出してくれたイズミのことを、絵本に出て来る女性賢者のようなヒーローだと思っているらしい。どんな悪者もやっつけるヒーローと一緒なら安心なのだと思うと言われては、無下にできない。


 一緒に寝たいであろうサブマスに申し訳なく思いつつ一緒にベッドへ入れば、ラウラはぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。気を紛らわせるためにも暫くお喋りをしていると、イズミの体温と香り、それと、のほほんとしたワラビの声で眠くなったのかラウラはいつの間にか眠っていて、イズミは安堵した。


 柔らかな髪を撫でながら思う。


 ラウラを、この子達を助けることができて本当に良かった。

 人の手を借りて生きるのがやっとだった自分も、ようやく人の役に立つことができたのだ。これからもどうか、誰かの助けになることができますように――と祈りながら、イズミは静かに目を閉じた。

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