16 サブマスの家
サブマスと共にギルドを出て、近くの停留所から馬車に乗り込み、冒険者ギルドのある一区からサブマスの自宅がある三区へ向かう。
馬車は相変わらず乗り心地が良く、昨日のような重責もないためまさに観光気分で、イズミは流れゆく景色を楽しみながらサブマスと雑談に花を咲かせる。
話題は賢者についてだ。
賢者の知識は街のいたるところに活用されているそうで、身近なところでは今まさにお世話になっている馬車の構造や運営、宿の設備に食事のメニューなどがそうらしい。道理で現代っ子のイズミが不自由なく過ごせる環境が整っているわけだと納得する。
他にも服や魔道具にも賢者の知識が活かされているそうで、これから先輩賢者達の軌跡を垣間見ることになるのだと思うと、心強く思うと同時にワクワクするイズミだった。
そうして馬車に揺られること二十分近く。
三区中ほどの停留所から少し歩き到着したサブマスの家は、やはり屋敷と言っても過言ではない大きさの洋館だった。日本では中々お目にかかれない立派なレンガ造り? の洋館で、防犯や目隠しというよりもデザイン重視らしい、背の低いアイアンフェンスが敷地をグルリと囲っている。
門の前には二人の騎士が佇んでおり、サブマスと共に近づくと軽く頭を下げられた。
サブマスいわく、ラウラの件は翠の天明による無差別的犯行とのことだが、一応騎士団が数日ほど警備に当たってくれるらしい。
ご機嫌なサブマスに背を押され、警備の騎士へ頭を下げて中へ入る。
と、広々とした玄関ホールでサブマスが声を上げた。
「おーい、戻ったぞー!」
その声につられて顔を出したのは、二人の女性だ。
「お帰りなさい、あなた!」
「まあまあ! お帰りなさい、ジャレッドさん!」
それと、
「おとーさん、おかえ……あーーーーっ!!」
元気な様子のラウラだった。
女性二人がイズミの存在に気づき目を丸める中、ラウラはイズミを認めるや否や何故か駆け出す。そうして勢いのままイズミの腰へ抱き着き、全く構えていなかったイズミはもろに衝撃を食らって「おふっ!」と悲鳴を漏らした。
元冒険者であるサブマスの子供だけあって、中々いいタックルである。
確実にイズミの体力が十は減った。百しかないのに。
「昨日のおねーちゃん! いらっしゃい!!」
「こ、こんにちは……ラウラちゃん」
懐っこい笑みを浮かべるラウラの頭を撫でる。
イズミに向ける笑顔といい声の張りといい、想像以上に元気なラウラに驚きつつ、同時に安堵する。正直、子供には抱えきれないほど大きな心の傷ができたのではと心配していただけに、ラウラの様子は嬉しい誤算だ。
幼心に周囲を気遣って元気なフリをしているだけかもしれないが、少なくとも人を拒絶して部屋に閉じこもっているよりかはいいだろう。実際にそうしたことのあるイズミから見れば、ラウラはとても立派に思えた。
「あなた、この子が?」
「おう! 俺達の恩人のイズミだ!」
「初めまして、才神泉と申します」
遅れてやって来た二人に、サブマスがイズミを紹介する。
と、二人の女性は涙を堪えるように笑顔を浮かべてイズミへ歩み寄り、それぞれが左右の手を取る。何事かとイズミが目を丸めていると、まるで祈るようにイズミの手を握り締めながら口を開いた。
「いらっしゃい、イズミちゃん! 私はラウラの母のアリアです。この子を見つけ出してくれて、本当に、本当に、ありがとう! 貴女は命の恩人よ……っ!」
「ようこそいらっしゃいました、イズミさん。私はこの家でお世話になっているエリーゼと申します。ラウラちゃんを救ってくださり、心から感謝申し上げます……!」
「い、いえいえ! 自分にできることをしただけですから……!」
アリアは金の長髪に緑色の瞳を持つ美しい女性で、パッと見た感じではイズミとそう歳が変わらないように見える。サブマスが四十過ぎ(に見える)だけに、結構な歳の差婚のようだ。たぶん、サブマスはどこかで爆発しろと思われているに違いない。
一方、エリーゼは白髪交じりの茶髪に青い瞳を持つ優し気な女性で、年の頃は六十前後だろうか。恐らくこの家で働いているのだろう、髪はキッチリとシニヨンにしてエプロンを着ていた。
そんな二人から、まるで神を崇めるかのような扱いを受けてイズミは慌てる。
いや、気持ちはよく分かるのだが、いざ自分がそちら側になると何だかむず痒いような、ふわふわしたような心地になって落ち着かない。
二人の感謝感激雨あられにあわあわしつつ誤魔化すように、
「こ、こっちは従魔のわらびです。わらび共々よろしくお願いします!」
そっと手を引っこ抜き、ワラビを両手で差し出すように紹介する。
イズミが「この人達とは話していいよ」と告げると、ワラビはどことなく嬉しそうにぽよんと弾んで答えた。
『わらびだよ! シャチョーのブカなの! よろしくね!』
「まあ! 話せるの!?」
「凄いですね……私、話すスライムは初めて見ました」
「かしこーい! かわいー!」
ワラビの念話は、特定の人物にのみ送ることもできるし、一定の範囲内にいる全員に送ることもできる。恐らく、念話のスキルレベルが二だからできる芸当なのだろう。
「イズミをうちに住まわせることにしたからな、部屋に案内してやってくれ!」
そんなサブマスの一声に、何故か女性陣の瞳が光る。
「ほんとう!? やったー!!」
「あなた、ナイスよ! さあさあイズミちゃん、部屋に案内するわね!」
「それじゃあ、私は食事の準備をしますね!」
どうやらイズミへ礼がしたいからとの発言は本当だったようで、瞬く間に歓迎態勢が整えられる。エリーゼはパタパタと小走りで奥へ消えて行き、アリアとラウラ親子に背を押されイズミの体は階段へ向かう。
そんな一同に笑みを零しつつイズミへ手を振るサブマスはどこか他人事で、
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします!」
イズミは大きな声でそう告げるのが精一杯だった。
「さあ、今日からここがイズミちゃんのお部屋よ。これから自由に使ってね!」
「わあ、ありがとうございます! 素敵なお部屋ですね!」
案内された部屋は日当たり抜群の綺麗な一室だった。
アリアが揃えたのか、アイボリー色の品の良いインテリアで統一されている。
元々客間用に用意されていたのか寝具の準備も万全で、掃除も行き届いており、イズミとワラビが過ごすには十分すぎる部屋だった。
「ラウラの部屋はね、あっちから二番目なの!」
「ふふ、そうなんだ。あとでお邪魔してもいい?」
「うん! しょーたいする!」
室内を見回していると、イズミにピッタリと寄り添ったラウラがニコニコしながら東の方を指差す。恐らくそちらにラウラやアリア、エリーゼ達の部屋があるのだろう。
ちなみに、今イズミが案内された部屋は階段を上がって左手、つまり西側だ。こちら側に並ぶ部屋は客間なのだろうと思った。
「不便で申し訳ないんだけれど、お手洗いは一階と二階の階段脇にあるわ。ダイニングは階段を下りて左手の一番奥で、リビングはその隣よ。荷解きを終えたらダイニングに来てくれる? みんなで食事にしましょう!」
「はい、直ぐに支度しますね」
「ゆっくりで大丈夫よ。荷解きもあるし、なにより疲れているでしょう? 今お茶を用意するから、一息吐いてからでいいからね」
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて少しだけ」
他の部屋は追々案内するとのことで、アリアとラウラが部屋を出る。二人を見送ったイズミは緊張から少し詰めていた息を「ふう、」と零し、リュックを下ろしてローテーブルセットの一人掛け用ソファーへ腰を下ろした。
途端にワラビも定位置から飛び降り、ぽよぽよと弾んで室内を散策する。
『わーっ! キレイなところだね、シャチョー!』
「ふふ、そうだね。こんなところに泊めてもらえるなんてラッキーだなぁ」
日本人のイズミから見てもギルドの宿は十分快適だったが、サブマスの家はそれ以上だ。
三区という治安の良さはもちろんのこと、四人家族にしては大きすぎるくらいの家と、見るからに品の良い家具の数々。恐らく設備も魔道具により充実していることだろう。
『あっ! お庭もあるよ!』
「え、本当? ……わあ、本格的に貴族の屋敷みたい」
ぽよーんと跳んだワラビが窓枠に乗り、外を見て声を上げた。
イズミも窓際へ足を運び見てみると、小振りな庭には色とりどりの花が咲き誇り、可愛らしい動物のオーナメントとオシャレなガーデンテーブルのセットまで設えられている。恐らくこちらもアリアが手入れしているのだろう、とても素敵な庭だった。
そんな庭を眺めながら考える。
高級宿も顔負けな屋敷(と呼ぶことにした)に住まわせてもらうのだから、本当なら家賃と食費くらいは払いたい。いや、払うべきところだ。が、残念なことに人の良さそうなあの人達が素直にお金を受け取ってくれるとは思えない。
ならば、少しでも早く自立することが最善だろう。
一時はどうなることかと思ったものの、幸いにもこうして当面のお金と住まいが確保できたのだ。知識もイズミに合わせた情報をもらえることになっているし、あとはひたすら自力で稼ぐだけ。
安定して稼ぐ術を得られれば、この街に住むにしろ他の街へ行くにしろ、どうとでもなるのだから。
問題は、その稼ぐ術だ。
一応、【術技創造】のレベルアップで追加された【付与】を使用して稼げないかと考えてはいるが、スキルレベルを上げればさらに有用な効果が現れるかもしれないため、創造でスキル数を稼ぐことも忘れてはならない。
余裕がある内にある程度レベルを上げておいた方がいいだろう。
「となると、まずは勉強とスキルレベル上げかな……」
『なにがー?』
「最初の目標だよ」
『モクヒョー、なるほど!』
解ったのか解っていないのか。
ベッドへ飛び乗ったワラビは、その感触を楽しむようにコロコロと転がる。
そんなワラビを見ながら、これから頑張らなければとイズミは決意を新たにした。
それから再びソファーへ腰かけ、まったりすること暫し。
ラウラが運んできてくれた紅茶で喉を潤してから、荷解きを始める。と言っても、今のイズミには大した荷物がない。リュックの中身を一部、ベッド脇のサイドテーブルへ置いて、大事な物はリュックごと影収納へ放り込めば荷解きは完了だ。
十分に休憩を取って、ワラビを抱えて部屋を出る。
通りすがりに二階と一階の手洗いをそれぞれ確認し、ついでに手を洗ってサッパリすると、言われた通り一階の左手奥にある部屋へ向かう。
と、既に料理のいい匂いが廊下まで漂っていて、ワラビと顔を見合わせたイズミはそそくさと室内へ入る。大きな窓から日が差し込むダイニングはとても明るく、広々としていた。
「! おねーちゃんきた!」
中央に設えられたテーブルの上には、湯気の立ち昇る料理の数々が並べられている。
家庭料理らしく大皿に盛られた料理はどれも美味しそうで、イズミとワラビは思わず「おお……!」感嘆を上げる。
それらを配膳していたらしいラウラがイズミに気づき、嬉しそうな声を上げた。
「あ、イズミちゃん、ナイスタイミングだわ! ちょうど全部でき上がったところなの」
「そうでしたか。お待たせせずに済んで良かったです」
キッチンは奥にあるらしく、ひょっこりと顔を出したアリアが笑顔で言う。
料理を作ってくれているのならあまり早く来てはマズいだろうと気持ちゆっくり目に来たが、遅すぎることもなかったようでイズミはホッとした。
「アリアとエリーゼが作ってくれる飯は美味いんだ。早速食おう!」
「さあさあ、イズミさん。こちらにどうぞ!」
すっかり食欲が復活したらしいサブマスに笑みを零しつつ、エリーゼに勧められて上座へ座る。
正面の席にサブマスが座り、イズミの左手にはアリアとラウラが。そして、飲み物の配膳を終えたエリーゼが右手に座ったところで、
「そうそう。ワラビちゃんにも席を用意したかったのだけれど、適度なイスがなくて」
アリアが申し訳なさそうに告げた。
それは当然だろう。仮に子供用の背の高い椅子があっても、ワラビが座るには高さが足りないはずだ。そこまで気にしてくれるなんて、やっぱりサブマスの家族だなぁと微笑ましく思いながらも、失礼を承知でテーブルの上に座らせていいかと尋ねれば速攻でOKがもらえた。
エリーゼがイズミとワラビに料理を取り分けてくれて、
「んじゃ、イズミとワラビ、我が家へようこそ! 乾杯!!」
「「「かんぱーい!」」」
サブマスの音頭で食事が始まった。
と同時に、次から次へと質問が飛んでくる。主にラウラから。
サブマスの家族にどこまで話すのかは、馬車の中で相談済みだ。
アリアとエリーゼには伝えておかなければ色々と不都合が出るし、話しておけば色々と融通も効くはずだとのことで、後でイズミの素性を伝えることになっている。二人とも冒険者ギルドの元職員とのことで、口は堅いらしい。
一方、ラウラに関しては幼く、うっかり口を滑らせる可能性が高いことからカムイ出身という話で通すことにした。そのため、イズミはサブマスから伝え聞いたカムイに関して、ラウラに話す。
「えっと、カムイはここからずっと東にある島国で……」
と言っても、聞いたところカムイは限りなく日本文化に近い。
特に服飾や食文化といった点はほぼ同じであるため、スラスラ話せる。
合間に果実水を一口。冷えていて美味しい。
「今私が着てるのは違うんだけど、着物って服が主流で……え? ええ、もちろん装飾品もあって……」
冒険者ギルドの受付嬢をやっていたらしいアリアとエリーゼは、国から出たことがないらしい。
そのため異国文化、とりわけ服飾には興味があるようで、女性陣は食事そっちのけで会話に加わる。
途中でサラダを一口。瑞々しくて美味しい。
「あ、わらびと出会ったのはほんの数日前で、近くの森を通った時に……」
やはり喋る、もとい念話の使える魔物は珍しいそうで、話題は当然ワラビにも及ぶ。
癒し系な見た目と口調、それと素直な性格も相俟って、女性陣は既にワラビの虜となりつつある。
ワラビに注目が集まっているその隙に、巻いておいたパスタを食べようとして――
「え? あ、はい。ラウラちゃん達の救出にはわらびの活躍もあって……」
失敗した。無念。
ちなみに、当のワラビは取り分けられた料理をもっしゃもっしゃと遠慮なく食べている。羨ましい。しかも素直に『美味しい美味しい』との念話を垂れ流しているため、アリア達も実に嬉しそうにワラビについて尋ねてくる。
ああ、あそこのグラタンも食べてみたい……。
そんなイズミの物欲しそうな視線に気づいたのか、
「おい……、そろそろイズミにもゆっくり食わせてやってくれ。せっかくの料理が冷めちまうよ」
サブマスが苦笑しながら助け舟を出してくれた。
「あらやだ。ご、ごめんなさい、イズミちゃん! つい楽しくって……」
「で、ですね……年甲斐もなくごめんなさい、イズミさん。お料理、温め直してきましょうか?」
「いえいえ、このままで大丈夫です!」
「お、おねーちゃん、ラウラのお肉あげる!」
女性がお喋り好きなのは、どの世界でも変わらないらしい。
と言ってもイズミの場合、そんな情報ですら兄達からのまた聞きであるが。
そうして、やっと本腰を入れて味わうことのできたアリアとエリーゼの手料理はどれも美味しくて、あっという間に胃へ納めていく。
昨日は昼も夜も時間がなくて軽食だったし、今日の朝もここまでガッツリなメニューではなかったため、しっかりとした食事は久し振りだ。だから余計に美味しく感じる――ことを抜きにしても、サブマスが自慢し、ワラビが夢中になって食べるのも納得の美味しさだった。
結局、数種のデザートまでいただいて腹十一分目くらいになってしまったイズミとワラビは、お手伝いをしようにも動くに動けず、サブマスやラウラと暫しまったりと過ごす。
サブマス一家はまさに絵に描いたような理想の家族で、見ているだけで自然と笑みが零れてしまう。しかし、同時に家族のことを思い出してしまい、少しだけ胸が苦しくなった。
きっと、サブマス一家を救えたことを伝えたら、みなバカみたいに褒めてくれるに違いないのだ。お祝いだとイズミの大好きなラーメンを出してくれて、兄がケーキを買ってきてくれて、使い道がないと言っているのにお小遣いをくれて……。
仲睦まじいサブマス達の様子に、ついそんなことを考えてしまい、イズミは頭を振る。
というか、せっかく親子水入らずの時間なのだから空気を読まなければ! と、イズミは本来の予定を思い出したこともあって、慌てて腰を上げた。
「あの、少しお出かけしてもいいですか? 日用品とか買いたくて」
「おお、それもそうだな。んじゃ、案内を、」
「あ、いえ! 道ならなんとなく覚えましたし、買い物がてらブラブラしてみたいので」
「そう? 一人で大丈夫? この人、こう見えても強いから護衛にはいいのよ? あと、荷物持ちにも」
「おい」
「ふふ、大丈夫です。いざとなったらスキルでどうにかしますので」
その言葉にアリアとエリーゼはキョトンとするが、サブマスとラウラには伝わったらしい。納得したように頷いた。
「そうか? それじゃ、くれぐれも気を付けてな!」
「はい、行ってきます」
“いってきます”と“ただいま”を言える人達がいるだけで十分恵まれていると思いながら、イズミはワラビと共に元気よく家を出た。




