15 賢者
北極星の足音が聞こえなくなったところで、ギルマスは優雅に足を組み替えると話を再開した。
「さて、報酬についてだが……今回イズミには領主から二つの報酬が出ている。一つは金銭的報酬で、額は白金貨五枚。少なくて申し訳ないが、現時点ではこれが限界でね。今後の捜査次第では追加報酬が出るかもしれないから期待していてくれ」
「あ、ありがとうございます。恐縮です」
「当然の権利だよ。こちらは既に用意があるから、話を終えたら持ってこさせよう。――それと、もう一つは非金銭的報酬だ。こちらはつまり、お金以外で何か望みがあれば応えるという形の報酬だね」
「お金以外で……」
「ああ。聞けばイズミは職を探している最中なんだろう? 報酬額が少ないことへの詫び……と言うわけでもないが、こちらの伝手で条件の良い仕事や物件を紹介した方が喜ばれるかと思ってね。勿論、他に希望があれば可能な範囲で応えるよ」
「なるほど……それはありがたいです」
昨晩の聴取では検問と同様、訪問の理由を職探しと伝えていた。
ゆえにギルマスは、非金銭的報酬の例に職と物件を挙げたのだろう。
事実、イズミは仕事も住む場所も探しているが、残念なことにこの街に住むかどうかまでは決めていない。なんせ治安の良し悪しを確認しようとしていた矢先に、あんな事件を目の当たりにしてしまったのだ。着くまでは定住候補として最有力だったこの街も、今となっては不安要素しかない。
探せばもっと住みやすい穏やかな街もあるだろう。
その一方で、イズミが目覚めた森からはこの街が一番近い。
ここは異世界で確定(だって目の前にエルフがいる)である。スライム達と再会の約束もしているし、あの森で目覚めたということは、あの場所が元の世界と通じている可能性があるということだ。
そのため、あの森からあまり遠くへ行きたくないという気持もある。融通してもらえるのなら、この街を拠点にするのが理想ではあるのだが……さて、どうしたものか。
「二つ目に関しては今この場で決めなくて構わない、ゆっくりと考えてくれ。ただ、連絡が取れないと困るからね。後でどこに泊まるのかだけ教えて欲しい」
「はい……」
イズミは神妙に頷き考える。
もちろん、仕事や住まい探しの優先度は高い。
しかし、元の世界と違って色々と緩いらしいこの世界では、優秀なスキルさえあれば日銭には困らない。加えて今回の件で金銭的報酬が出るというのだから、恐らく少しの間なら働かずとも生活できるだろう。
となると、今イズミが優先すべき報酬は一つ。
この世界で生きるために最低限必要な【知識】だ。
仮に知識がなくとも圧倒的な力をもってして自衛できれば問題ないが、現状、残念ながらその域からはほど遠い。レベルが足りないなりに解説書スキルが働いてくれているお陰で、今のところは奇跡的に取り返しのつかないボロを出さずに済んでいるものの、下手な人間の前でうっかりボロを出した日には拉致監禁悪用コース待ったなしだ。
常識、教養、スキルと、イズミが知るべきことは山のようにある。自分一人でそれらの知識を取捨選択しようとすれば、恐らくかなりの時間を要するだろう。下手に知識を得たあとでは教えも乞い難い。ならば今、報酬として用意してもらった方がよほど安全かつ効率的だ。
今後、色んな意味でこれ以上の機会が巡ってくるとは考え難い。イズミの造り出すスキルが唯一無二とは言え、それらが活躍する場面に遭遇することなどそうないだろう。生憎と、そんな巻き込まれ体質は持ち合わせていないはずである。
それにこの場は知識を得ると同時に、孤立無援のイズミが有力な伝手を得る絶好の機会でもある。冒険者ギルドは国から独立した国境なき組織。国のお偉方とのコネを持つよりよほど気楽でありながら、それでいて確かな権力も存在する。
何より、ギルマスとサブマスの二人なら信用できる。
そこが最大の決め手だった。
意を決したイズミは背筋を伸ばし、
「あの……実は、非金銭的報酬は既に決めています。もとよりお願いしてみるつもりだったので」
「ほう、何かな?」
どこか楽し気に目を細めるギルマスを真っすぐに見つめ、告げる。
「……私は、こことは別の世界から来た人間です。理由はさっぱり分かりませんが、一昨日、ほぼ身一つでこちらへ来てしまって。なので、自立するまでの数か月で構いません、援助していただけないでしょうか。金銭的な問題は一応当てがあって自力でどうにかできると思いますので、主に知識面で……なのですが」
イズミが身の上を打ち明けるのは、身内となったワラビを除けばこれが初めてだ。
言い切ってドキドキしながら二人の様子を窺うと、
「「…………」」
二人は異なる色の瞳を同じように丸め、呆けたようにイズミを見つめていた。
その反応も当然だ。仮に日本でこんな突拍子もないことを言い出せば、こいつ、頭のおかしなやつだったのかと可哀想な目で、あるいは不気味なものを見る目を向けられたに違いない。良くてガチの厨二認定をされたことだろう。
二十歳を超えての厨二認定は精神的にキツすぎる。
しかし、この暴露は当然勝算あってのことだ。
それが何かと言えば――
「……ふふ、そうか。君は【賢者】か」
「賢者、ですか」
「ああ。ごく稀に異世界より現れ、この世に過福をもたらす存在を我々は賢者と呼んでいる」
「禍福……」
どこか嬉しそうに目を細めたまま語るギルマスを見つめ、イズミはあえて確認するようにその言葉を反復した。
そう、【賢者】。
それが今のイズミの立場なのだ。
昨晩、聴取を終えて宿を融通してもらったイズミは、気になることも増えたため部屋で解説書を活用していた。
と言っても、今の解説書はレベル三。情報量で言えば、恐らく平民の子供が知っている程度の答えしかくれない。しかも、この世界の平民は日本の子供より断然学力が低いらしく、知りたいことの半分も分からない始末。
ゆえに、職や住居より知識を優先すべきという答えに至ったわけだが、解説書が全く役に立たなかったかと言えばそうでもなく。根気強く色々と調べていたところ、【賢者】なる存在を知ったのだ。
賢者と呼ばれる異世界人が定期的に現れ、この世界で受け入れられている。しかも、その多くが好意的に。
意図したわけではなかったが、イズミは子供達を救い、結果的に犯罪組織を一網打尽にしているのだ。既に友好的かつ協力的な姿勢を見せたことで、十中八九自分も受け入れてもらえるだろうと踏んだ。
ギルドほど大きな組織との伝手が得られれば怖いものなしだ。
ここは素直に素性を明かし、援助を求めるべきだと判断した。
とはいえ、信用に足る人物相手でなければ打ち明けられない。
その点サブマスは、イズミに多大な恩を感じているだけあって十分に信用できる相手であるが、当然、サブマスの上にはギルマスがいる。ギルマスが信用できる人物でなければここのギルドは頼れない。
必然、ギルマスが信用に足る人物か見極める必要があった。
どうしたものかと思案した結果、イズミは新たに一つのスキルを創造した。
それが【性格診断】。
これは読んで字のごとく、他者の性格を診断してくれるスキルだ。例えばこれでワラビを見ると、好奇心旺盛、人懐っこい、負けず嫌い、仲間思い、楽観的、素直、大雑把といった性質の数々が分かりやすく円グラフで表示される。
ワラビの場合は根が純粋なだけに良い性質ばかりだが、人によっては当然悪い面も浮き彫りになる。傲慢、卑怯、短気、嘘つき、暴力的……などなど、そういった性質を見抜くことができるのは、かなりのアドバンテージだろう。
本当は異世界ものの定番である鑑定や、嘘を見抜く心眼といったスキルを作れれば手っ取り早く、用途も多かったのだが、そこは例のごとく既存で不可。結果、このスキルに落ち着いた。相変わらずイズミの固有スキル【術技創造】は、チートなのか死にスキルなのか微妙なラインである。
あとはこのスキルでギルマスを見るだけだ。
そう高を括って就寝の準備をしていたイズミはしかし、意外な事実に頭を抱えた。
就寝前、多忙にも関わらずイズミの様子を見に来てくれたサブマスにほんの出来心で性格診断を試したところ、なんとスキルを使用したことがバレてしまったのだ。
バレたと言っても「ん? 今なんかスキル使ったか?」という、何となく何かをされた気がする、程度の違和感だったらしい。が、観念して白状したところ、高ランク冒険者や察知系のスキルを持つ者にはバレるかもしれないとの助言をいただいたのだった。
ちなみに、サブマスは元Aランク冒険者だという。
体力的に現役を退いたとは言え、直感や洞察力といった部分はまだまだ衰えていないらしい。試した相手がサブマスだったから問題にならなかったが、バレる前提でお偉いさんにそんなことをする勇気は持ち合わせていない。
どうしたものかと悩んだ末、疲労もあってすっかり頭が回らなくなったイズミは、いっそのことサブマスにギルマスの評価を聞くことにした。
サブマスの性質は、お人好し、家族命、仲間思い、世話焼き、努力家、せっかち、大雑把などなど。そんな性格のサブマスが信用する人間なら、イズミも信用できるだろうと思ったのだ。まあ、内容的にちょっぴり不安ではあったけれど。
そうして直球で尋ねた結果、信用に値すると判断し――現在に至る。
「なるほど、賢者なあ……それならあの見たこともねえスキルの数々にも納得がいく」
「そうなんですか?」
腕を組み聞きに徹していたサブマスが、納得したように何度も頷いた。
「ああ。賢者の伝承ってのは結構残ってるんだが、例外なく貴重なスキルを持ってたらしい。教科書にも載ってるような有名な話だと、魔物の軍勢と一人でやり合ったり、どんなケガや病も癒したり、異世界から不思議なモノを召喚したりするスキルとかな。そのお陰で今の俺らの生活があるんだと」
「なるほど……」
「だから俺らとしても新たな賢者様は大歓迎だ! なあ、ギルマス?」
そう言って笑ったサブマスに、ギルマスも首肯した。
容姿のみならず声まで可愛らしいギルマスは、その鈴の音のごとき声でクスクスと笑う。
「ふふ、そうだね。右も左も分からない中、自分のことは二の次で子供達を救ってくれたイズミは善なる賢者に違いないしね。国は勿論、ギルドでも賢者は手厚くもてなすことになっているんだ。友好関係を築くためにも、援助なら寧ろこちらから申し出たい」
「! それじゃあ、」
「ああ。知識と言わず、望むなら金銭的援助も惜しまないよ。ぜひ仲良くして欲しい」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
想像以上に上手く事が運び、イズミは安堵して深々と頭を下げた。
こうして縁ができた以上、今後イズミのスキルを頼りにされることもあるだろう。しかしそれも、国に囲われるよりかはイヤな仕事を頼まれることも少ないだろうと踏んでいる。
何せ冒険者ギルド最大の魅力は【自由】にあるのだから。
「他に何か聞いておきたいことはあるかい? 申し訳ないが、今日は時間がなくてあと少ししか話せないけれど、何かあれば言って欲しい」
イズミが知るべき知識に関しては資料をまとめておくとのことで、明日取りに来ることに。それなら一つだけと、イズミは検問の騎士に言われて、ずっと気にしていたことを尋ねてみることにした。
すなわち、従魔登録だ。
レアな魔物は犯罪者に狙われやすいとのことなので、街に来て早々犯罪者を目の当たりにしたイズミとしては、一刻も早くワラビの登録を済ませておきたかった。
従魔登録をしておくことで仮に攫われても検問で引っかかるようになる他、冒険者ギルド運営の宿に泊まる際の減額や入場税の減免などもあり、魔物使いであれば登録しておく方が何かとお得なのだそう。
本来はきちんと従魔を扱えるのか、簡単なテストがあるらしい。が、昨晩の件で冒険者からワラビが指示通り単独行動を行っていた様子だとの報告が上がっていることと、今も大人しくできていることから、サクっと登録してもらえることになった。ありがたい。
まあ、仮にテストを受けたとしてもワラビは余裕で合格だろうけれど。
ちなみに、冒険者としての職は魔術士であるらしいギルマスは魔力の流れを視ることが得意らしく、無色透明なワラビの存在にも気づいていたらしい。
しかし、現状ワラビの魔力はごくごく微量であるため、気づく者は高ランクの魔術士や治癒士くらいだろうとのことだった。
そうして登録を済ませると、従魔の証明書と一緒に報酬の現金が入った袋を受け取った。
職員がトレーに乗せ持ってきた袋は面白いほどパンパンに膨らんでおり、しかもその中身は眩いばかりの金と銀で埋め尽くされていて、軽い気持ちで中を覗いたイズミは頬を引きつらせた。
解説書によればこちらの幣価値は、鉄貨=一円、銅貨=十円、銀貨=百円、大銀貨=千円、金貨=一万円、大金貨=十万円、白金貨=百万円という具合らしい。
使いやすいよう大銀貨と金貨、大金貨に両替してきてくれたそうなので枚数こそバラバラだが、今回の報酬は白金貨五枚、つまり五百万円となる。当然、人生でそんな大金を目にしたことなどないイズミは、眩暈がして思わずこめかみを押さえた。
それでも報酬としては安い方だというのだから恐ろしい。日本でも指名手配犯には数百万円が懸けられていることもあるのだから、冷静に考えれば確かに、捕らえた人数からすると安い気がしなくもない。
とはいえ、まだ大した情報が得られていない現状を考えれば十分な金額とも言えた。
証明書と報酬を恐る恐る影収納へしまうと、見たことのないスキルにギルマスの目が光る。
しかし、そこへ丁度ギルド職員の女性が部屋を訪れ、
「済まない、そろそろ時間らしい」
壁の時計を見たギルマスが残念そうに肩を竦めた。
大きなギルドのギルドマスターともなると、ただでさえ仕事が山積みらしい。そこへイズミが仕事を増やしてしまったものだから、時間がなくて当然だ。
イズミは立ち上がって深々と頭を下げる。
「あ、はい。お時間をいただきありがとうございました」
「こちらこそ。それじゃ、明日には資料を揃えておくから、都合の良い時間に取りにおいで」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
そうして退出すべく一歩踏み出したところで、「待った!」と呼び止められる。
サブマスの声に振り返り小首を傾げると、
「こっちに来たばかりってことは、当然泊まるところは決まってねえよな?」
「そうですね。昨日はご厚意でギルドの宿に泊まらせていただきましたけど、今日は別に宿を探そうと思ってます」
サブマスがズンズンと歩み寄って来て、快活な笑みを浮かべながらイズミの肩をポンと叩き、言った。
「なら丁度いい、うちに来い!」
「えっ。サブマスターさんのお家に、ですか?」
「ああ! お前には一生分の恩が出来たんだ、せめてうちで世話ぐらい焼かせてくれ。嫁と娘も恩人に礼がしたいっつってたしな!」
突然の申し出に戸惑うイズミをよそに、ギルマスからも「それはいい。連絡も取り易いしね」と勧められては断れないし、断る理由も思いつかない。申し訳ないなんて言ったところで、サブマスの性格からして「遠慮するな!」と一蹴されるだけだろう。
正直、知り合って間もない人の家で世話になることには抵抗があるが、この世界に関して学ぶには生粋の住人と暮らすことが近道なのは間違いない。文字からだけでは学べないこともたくさんあるはずだから。
ならば問答は無駄だろうと素直に甘えることにした。
「えっと……じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「もちろんだ!」
「それは良かった。それじゃ、早速連れていってあげてくれ」
「おう! んじゃ帰ろうぜ!」
仕事はいいのかな? と一瞬思ったが、昨日の今日なのだ。ギルマスの配慮なのだろうと、イズミは今一度ギルマスに頭を下げてから歩き出したサブマスのあとを追った。




