閑話 疑惑と後悔
ダンジョンは世界中に点在する。
偶然にしか辿り着けないような秘境にあるものや、街から数日で行ける場所にあるもの、ダンジョンを取り込むように街が発展した場所などもあり、その在り方は種々様々である。
その一つ、アストレア王国のダンジョン都市は、冒険者達によって作られた街だ。
ダンジョンが発見された当時、周囲は見渡す限りの平原だった。一番近くの街から通おうと思ったら往復にかなりの時間を要する場所であったことから、攻略に専念したい冒険者パーティーが商隊を伴って野営を始めたのがダンジョン都市の成り立ちである。
そんな歴史を持つダンジョン都市ゆえに、この街に住む人々は冒険者に好意的な者が多い。
他の街では比較的敬遠されがちな冒険者も、この街では人気の職業といっても過言ではなく、様々なパーティーやクランがその実力や個性をもってして人気を博している。
中でも国内最強と名高い冒険者パーティーが【北極星】だ。
盾士で槍術にも長けたAランクのイアン。
将来Sランク確実と言われている最年少Bランク魔術士のコルネリウス。
治癒士でありながら攻撃力も兼ね備えたAランクのシュルヴェステル。
そして、若くしてSランクまで上り詰めた剣士のネロ。
人数こそ少ないが個々の実力がずば抜けており、国内の冒険者で知らない者はいないと言われるほど名の知れた彼らに憧れる者は多い。街を歩けば同業者、一般市民問わず多くの視線を集める。
現に、ギルドを出た北極星の面々はいつものように人々の視線を集めながら歩いていた。向かう先は自分達のクランハウスだ。
憂いが晴れた彼らの足取りは軽く、
「ラウラちゃんも無事見つかったし、これで数日振りに安眠できるな!」
「見つかるまで全然気が休まらなかったもんね~……僕もうくったくただよ!」
「だよなあ。今日は祝いに美味いもんでも食って爆睡して、英気を養おうぜ! 今日ばっかりは仕事も休み!」
「わ〜い、リーダーのお許しが出た! お祝いだ! お休みだ~!!」
先頭を歩くイアンとコルネは数日振りにはしゃぐ。
祭りの最中にラウラが誘拐されてからというもの、サブマス一家と親しい北極星の面々はサブマスほどではないにしろ、かなりの無理を押してラウラの捜索にあたっていた。重要な仕事を放り出して。
街でも人望の厚いサブマスの娘が攫われたことで、当初は騎士団や冒険者、街の住人達と大勢が加わって大規模な捜索が行われた。人手の多さゆえに北極星も交代で捜索にあたり、最低限の休息を取ることができていたのだ。
しかし、そんな体制も直ぐに崩れた。
もともと気まぐれなところがある冒険者達だ。丸一日拘束される上に無給となれば、気持ちとは裏腹に何日も捜索に加わり続けるわけにもいかず、金に余裕のない者から徐々に捜索隊を外れていった。
そうして捜索開始から三日目の夜には多くの住人達もまた、自分の生活を守るために日常へと戻っていき、最終的に捜索隊は騎士団と高ランク冒険者が僅かに残るばかりとなったのだ。
時間との勝負である捜索案件において、人手不足は致命的だ。
ゆえに北極星の面々――特にネロはサブマス同様、食事と睡眠時間を限界まで削って懸命な捜索にあたっていたのだが……結局、自分達の力で見つけ出すことは叶わなかった。それでもラウラが無事に戻って来たただけで十分だ、と面々は思っているのだが。
「約一名、未だに辛気臭い顔をしてますけどねえ」
最後尾を歩くネロをチラチラと見ながら、ヴェルは溜息交じりに零した。
その言葉にイアンはくるりと振り返り、ネロを眺めながら後ろ向きに歩き始める。
「おいおい。せっかくラウラちゃんが無事戻ったっつーのに、何だそのシケた面は! 自分で助け出せなかったからってへこんでんのか?」
「……いや」
「じゃあアレか、もしかしてまだあの子のこと疑ってるのか?」
「…………」
ネロは仲間内で一番言葉数が少ないが、だからといって無口なわけではない。自分の意見はハッキリ言うし、クールな見た目に反して割と冗談が好きだったりもする。上手くないと自覚しているからか、自分ではあまり言わないが。
イアンやコルネがお喋りなせいで聞き役に回ることが多いだけなのだ。
ゆえに何かを問われて口を噤むことなどそうない――のだが。
「当たりかよ。お前なあ」
「……だって、どう考えても怪しいだろ」
イアンの責めるような視線を受けて、ネロはつい眉間に皺を寄せた。
昨晩、テンションの振り切れたサブマスによってさっそく行われた取り調べにより、ラウラを救出してくれた彼女が今回の件に関してシロであることは疑いようもなく、ネロはつい今しがた改めて謝罪をしたところである。
女性に対し、暴力にも等しい行為をしたことは心から反省している。自分としては普通に肩を掴んだだけのつもりだったのだが、一般市民にしても特に線の細い彼女には自分の力がさぞかし強く感じられただろう。
普段、女性と接する機会を避けている弊害である。
加えて、極度の精神的疲労と睡眠不足により頭も回っていなかった。イアン達にきちんと休めと忠告されていたにも関わらず、無理をして捜索を続けた結果だ。本当に彼女には悪いことをした。
しかし、それとこれとは別なのだ。
彼女の素性をはじめ、スキルの存在や性能に関しては今でも疑っていた。
「確かに、聴取を又聞きしただけでも彼女が有するスキルの数々は凄まじく、彼女の存在は大変興味ぶか…………ンンッ、怪しい。その性能ゆえに彼女こそ犯罪者の類なのでは、とネロが危惧する気持ちも分かります。しかし、怪しいからこそ怪しくないと私は思いますけどね」
「どういうこと?」
本音を零しかけて慌てて言い直したヴェルに、コルネが首を傾げる。
すると、ヴェルは歩調を落としてネロと足並みを揃えながら話し始めた。
「単純な話です。すっかり人間社会に馴染んで警戒心が緩んでいましたが、私も以前はエルフというだけで度々狙われたので身をもって知っているのですよ。あの手の人間は“普通”を演じるのが病的に上手い。それこそ、怪しさなど微塵も感じさせないほどにね」
「……」
昨晩の件で痛感した面々は一様に押し黙る。
イアンは自身の真っ赤な短髪を乱雑に掻きながら。
コルネは俯き、いじけたように足元の石を蹴っ飛ばし。
そしてネロは苦虫を噛み潰したような表情で、それぞれがヴェルの言葉を飲み込む。
良き先輩として慕っていた冒険者達は、その実、子供達を食い物にする恐ろしい悪魔だった。そんな犯罪者の本性を見抜くどころかまんまと騙され利用されていたのだから、異論を挟む余地もない。
「だからこそ仮に彼女が犯罪者の類であったなら、ネロやサブマスに怪しいと思われた時点で落第なのです。他の街ならまだしも、高ランク冒険者がもっとも集うこの街で普通を装えない犯罪者が生き延びられると思いますか? あっという間に捕まって終わりですよ」
「なるほど!」
「違いない。下手な犯罪者にはこの街はリスクが高すぎるもんな」
もっともな言い分にコルネとイアンは納得したように頷く。
ただ、それだけでは納得できない者が一人。
「でも、迷彩に透視、熱源感知、幻影なんて……まるで犯罪者のためのスキルだ。俺達でもこれまでに聞いたことがないんだぞ。そんなレアスキルばかりを先天的に持ってることなんてあり得るか? 彼女が特殊な訓練を積んだ末に習得したスキルだと考えれば、まだ納得がいく。……そもそも、本当にそんなスキルが存在するかどうかも怪しいが」
ネロからみて、彼女が持つというスキルの数々は明らかに異常だった。
国内トップと名高い北極星の面々は、人魔問わず戦闘経験が多い。戦闘経験が多ければそれだけ色んなスキルを見聞きしているし、依頼の関係で多種多様なスキルを目の当たりにすることもあって、ネロ達は下手な学者よりもスキルに関して詳しい自負がある。
だからこそ疑わざるを得ないのだ。
スキルは先天性――生まれながらに持っているものと、後天性――訓練を積むことによって獲得できるものの二パターンがある。
どう考えても、彼女が有するスキルの数々は先天的に得ていたとは考えにくいものばかりだ。加えて、善良な一般市民が日常生活を送る上で習得できるようなスキルでもないだろう。仮にあれらを習得する方法があるとすれば、それはまさに才ある者が特殊な訓練でも積むしかないはずだ。
例えばそう……暗殺者組織で行われるような、特殊な訓練を。
多くの冒険者にとってこの街は単なる拠点にすぎない。
しかし、ネロにとっては故郷なのだ。しかも、大事な家族を取り戻したばかりで気が張りつめている。仮にあれらのスキルをこの街で悪用されたらと考えると、どうしたって過剰に反応してしまうのも無理はなかった。
もちろん、その点に関してはイアン達も同意見ではある。
「気持ちは分かるけどなあ……」
「けど、珍しいスキルを持ってるってだけで疑うのは暴論だよ!」
「全くです。そのようなレアスキル持ちへの偏見が新たなスキルの発見を阻害して――ではなく。そもそも前提を間違えていると思いませんか?」
度々本音を零しかけるヴェルが、誤魔化すようにモノクルの位置を直しながら問う。
「というと?」
「我々がこうして、彼女のスキルがああだこうだと論ずることができるのも、彼女が自らスキルを晒したからだ、ということです」
「!」
「そうだね。あれだけたくさんのスキルを使ってたのが分かったのも、あの子が聴取で聞かれたことに素直に答えてくれたからだもんね!」
「その通り。広く一般に知られているスキルしか持たない我々冒険者ですら、家族や仲間以外に自身のスキルを教えたりはしないでしょう?」
「手の内を晒すのは自殺行為だからな」
イアンの言葉に全員が頷いた。
基本的には魔物の討伐が仕事である冒険者だが、依頼の中には盗賊や違反者の捕縛、殲滅といった血生臭いものも含まれるため、当然、人との戦闘もある。人との戦闘では特にスキルの駆け引きが重要になることから、手札を知られていない方が優位であることは言うまでもない。
そうでもなくとも、過去にはクランから除名された者が逆恨みでメンバーの情報を売り、盗賊に壊滅させられたという痛ましい事件も起きている。そのため、騎士や冒険者達はスキルに関して取り分け慎重にならざるを得ない。
「そう。そしてそれは犯罪者も同様です。ゆえに今回の件で協力者という立場の彼女は、聴取に際してスキルに関する証言を拒否、もしくは濁すことができたはずです。被疑者でもなければスキルの開示はあくまでも任意ですからね」
「それは……」
「ああして話してしまった以上、騎士団やギルドは必ず彼女を監視するでしょう。犯罪者ならそうなる可能性に気付かなかったはずはない」
「なるほどな。だから前提が間違ってるってことか……」
「ええ。スキルがどうのこうの言えている時点で彼女の潔白は証明されているも同然だと、私は思いますよ」
ネロはヴェルへ向けていた視線を足元へ落とし、考える。
確かに、騎士団やギルドが悪用されそうなスキルの存在を知って対策を練らないはずはない。当然、街中では四六時中監視がつくことになるだろうし、街を移動するにしても旅人や商人に扮した監視がつくだろう。
騎士団やギルドには通信の魔道具もあるため、一度知られたが最後、どこの街へ行っても監視がつくことになるはずだ。一時的に姿を消すスキルで監視を巻いたとしても、二十四時間ずっと姿を消し続けることはできないだろう。
最悪、行動いかんでは内密に処理される可能性だってある。
つまり、自らスキルを明かした時点で首を差し出したも同然なのだ。
長くなったので分割しました。




