14 夜が明けて
ネロを視認した瞬間、イズミは僅かに眉根を寄せた。
つい態度に出てしまったが、それも仕方ないだろう。
実際に子供達を救出するまでスキルの存在を信じてもらえなかった件に関しては、仕方がないことだと思っている。どちらかと言えば、突然現れ、見たことも聞いたこともないスキルを使う人間を簡単に信用できる方がおかしいのだ。
イズミだって、突然現れた人間に持病を治せると言われたところで信じたりしない。寧ろネロと同じく噛みつくだろう。
だから、イズミが怒っているのはそちらではない。
物理的に手を出された件についてだ。
相手にしてみれば軽く掴んだだけのつもりだったかもしれないが、レベル一のイズミは体力も防御力も低い。というか、普通に考えても街中で女子の細い肩を乱暴に掴んで詰め寄ったりしたら、お巡りさんに止められる。
しかも相手はSランク冒険者なのだから、その辺は自制してほしいものだ。
こちらへ向けての発言だと確信したイズミは、渋々口を開いた。
「……なんでしょうか」
思いのほか警戒心の滲む低い声が出てしまったが、気にしない。
ネロへは視線を向けず、何となく金髪の男性の方を見ながらそう尋ねれば、男性はイズミの心中を察したらしい。苦笑いを零した。
「お呼び止めして申し訳ありません。私達は、北極星というパーティー名で活動をしている冒険者です。事情はネロから聞きました。この度はうちのメンバーが貴女にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
「……いえ」
「ほら、ネロ。きちんと謝罪しなさい」
金髪の男性がネロへ目配せをする。
と、数歩後ろにいたネロが金髪の男性の隣まで歩み出て、深々と頭を下げた。
「……浅慮な言動で君を酷く傷付けて申し訳なかった。それから、子供達を助けてくれたこと、心から感謝する。目の曇った俺達では子供達を見つけ出せなかっただろう。……本当に、ありがとう」
そう告げたネロを、イズミは複雑な思いで見下ろす。
正直、謝られたからといってすんなり気持ちを切り替えることができるほどイズミの心は広くないし、今は余裕もない。ごめんで済んだら警察は要らない、先人の言う通りだと思う。
ただ、ネロの気持ちも分からなくはないからこそモヤモヤしているのだ。大事な友人、家族の行方が分からなければ誰だって荒れるだろう。イズミだって、仮に今後ワラビが攫われたりしたら物理的に手が出る気しかしない。
もちろん、手を出す相手は選ぶけれど。
しかし、こうしてきちんと謝罪されたのに許さなければ、今度はイズミが悪者になってしまう。
イズミは小さな溜息を一つ零すと、ネロへ向き直り口を開いた。
「お気持ちは受け取りました。今回のことはあくまでも子供達とサブマスターさんのためにしたことですから、お気になさらず。けれど、一つだけ」
「……何でも言ってくれ」
「このダンジョン都市は冒険者が多いから忘れてしまうのかもしれませんが、冒険者でもなんでもない普通の女の子は、貴方みたいに背が高くて、細マッチョで、なおかつ剣を持った男の人にあんな風に詰め寄られたら怖いんです。現行犯ならまだしも、疑わしいというだけであんな風に詰め寄ったらダメです。普通に肩も痛かったですし」
「……本当に済まなかった」
あの時感じた痛みはとうに失せているが、本当に痛かったのも事実だ。
イズミがつい自分の肩を擦ると、茶髪の男の子が金髪の男性の後ろからひょっこりと顔を覗かせて、イズミを痛ましげに見て言った。
「ネロ、女の子に暴力振るったの? 信じらんない、サイテー」
「うっ……、……済まない」
男の子がネロを睨みつけながら呪文のように「サイテーサイテー」と繰り返す。
すると、赤髪の男性も苦虫を嚙み潰したような表情で歩み出て、ネロの頭をさらに上から押しつけながら自身も頭を下げた。
「うちのバカがほんっっっとうに悪かった!! 大丈夫か? ケガは? 痛むならうちの治癒士に治療させる!」
「あ、いえ。もう痛くないので。一瞬でしたし」
「そっか、良かった……」
だから顔を上げてくださいと言えば赤髪の男性とネロは頭を上げるが、その表情はいまだに暗い。ネロはさて置き仲間の男性まで責任を感じているようで、流石にイズミも申し訳なくなってくる。
心は広くないと言えど、本人にしっかり謝ってもらえればそれで十分なのだ。彼の仲間にまで謝られると、寧ろ謝罪過多により自分が悪かった気さえしてくる。いや、もちろんイズミにも悪いところはあったのだが。
「あ、あの、謝罪してもらえたならそれでもう充分ですから。それでは!」
どうにもいたたまれなくなったイズミは、北極星の面々に頭を下げて無理矢理話を切り上げる。少し先で待ってくれていたサブマスターへ駆け寄って、逞しい背中をぐいぐいと押しながらその場を後にした。
何か言いたげにイズミを見ていたサブマスターの顔は、見なかったことにして。
◆
翌朝。
サブマスターの手配により無料でギルド併設の宿に泊まることができたイズミは、ワラビと共に一階の酒場兼食堂で朝食にありついていた。なんと宿泊費のみならず朝食代までタダとのことで、ちょっとした賓客対応に気が引けているイズミである。
が、それも、街に多大な貢献をしたのだから当然だと言われれば断る理由もなく、ありがたくその恩恵に与っていた。
冒険者ギルドが運営する宿屋はとても綺麗で、しかも泊まった部屋にはトイレも風呂もあった。ダンジョン都市はどこをどう見えても西洋風、それも中世程度? の街並みだ。ゆえに風呂はないだろう(あっても高級宿くらい)と内心諦めていたのだが、まさか個室に風呂があるとはと嬉しい誤算だった。
ちなみに、ランクの低い部屋でもトイレはもちろんシャワーがついているらしく、生活水準の高さに驚いたのは言うまでもない。料理も美味しくて今のところ何一つ不満はないし、異世界に関しては驚くことばかりである。
さて、本日の予定だが。
昨晩の内に聴取は終えたし、スキル以外でイズミに協力できることはないだろう。そのため所用を済ませたらギルドはお暇しよう……と思っていたのだが、なんとこの後ギルドマスターとの面会が入っている。
――そう、副責任者の上司であり、かつ冒険者ギルドのトップに君臨する責任者だ。
イズミは当然、俗に言う【偉い人】と関わった経験などない。
ダンジョン都市というくらいだから、この街はダンジョンを中心に回っているのだろう。そんな街の冒険者ギルド、そのトップともなれば、日本でいうところの市長クラスに匹敵するのではないだろうか。……あくまでもイメージだが。
考えただけで緊張する。
正直、さっさと出て行きたい。
しかし、ガッツリ事件やサブマスターと関わった以上、避けては通れない道である。
食事を終えて甘めの紅茶で心を鎮めていたところ、ギルド職員と思しき制服を着た男性が迎えに来て、イズミは内心泣く泣く覚悟を決めた。
ワラビを胸に抱き、職員の後について行く。建物はかなり大きくて、下手な病院より広いであろうギルドの中をひたすらテクテク歩いて行くと、二階にある一室へ通された。
緊張しつつ足を踏み入れた先には、既に見慣れたサブマスター――と、何故か北極星の面々。それから、
「っ、」
同性のイズミですら見惚れてしまうほど、美しい女の子がいた。
北極星の面々が壁際に、サブマスが中央に設えられたソファーの隣に立つ中、一人優雅に腰かけたその子は、白に近い銀髪を高い位置でツインテールにし、同じく銀色をした瞳を柔らかく細め、イズミを見つめている。
肌は陶磁器のように白く、体は華奢で、しかもゴシックロリータ風の服を着ているものだから、まるで西洋人形のようだった。
呆気にとられ、イズミは腕に抱いていたワラビを落としてしまう。
『わあ~』と床に転がったワラビはしかし、直ぐに跳ねてイズミの頭上へ戻った。
その美しさもさることながら、イズミが思わず動きを止めた最大の理由は別にある。
“耳”だ。
人間のものよりも長く、先の尖ったそれはまるで――。
「“エルフ”を見るのは初めてかい?」
「! ご、ごめんなさい。あまりに綺麗だったので、つい見惚れてしまって……」
「ふふ、ありがとう。同性の素直な賛辞ほど嬉しいものはないよ」
ズバリ心中を言い当てられ、イズミは慌てた。
しかし、怒るでもなくふわりと浮かべた笑みがまた一段と綺麗で、あまりの尊さにイズミは心の中で合掌をした。エルフがいれば異世界と認めるのに……なんて冗談で思ったものだが、まさか本当にいるとは思わなかった。
エルフといえばファンタジー種族の筆頭だ。
男女共に美しい容姿を持ち、長命で、魔法または狩りの得意な種族として描かれることが多い。森に住み、どちらかと言えば排他的な傾向があって、進んで人間と関わることは少ないイメージでもある。
VRゲームでもエルフはいたが、やはり作り物は作り物。本物に及ぶべくもなかった。
ここは異世界で確定だ……!
今の今まで半信半疑だった異世界説が確信に変わった瞬間だった。
「朝から呼び出して済まなかったね。そこにかけてくれるかい?」
「は、はい」
想像以上の破壊力に当てられ惚けていたイズミは、勧められるがまま女の子の正面にあるソファーへ腰かける。高級感のある革張りのソファーは想像以上に柔らかで、なんだかワラビのよう。少しだけ気持ちが落ち着いたところで、改めて正面から少女を見据えた。
「先ずは自己紹介からしようか。私はこのダンジョン都市の冒険者ギルドでギルドマスターを務めている、リューリディアという。一応現役の冒険者でもあるんだが、ご覧の通りエルフでね。人より少しばかり長生きしていることもあって、知識と経験は無駄に豊富なんだ。故にギルドマスターとい役職を任されているよ」
そう言ってリューリディアは、見本のように綺麗な笑みを浮かべる。
屈強な冒険者達をまとめる人物なのだから、ギルドの責任者はきっと筋骨隆々のイケオジ、もしくはおじい様に違いないと思っていたのに。美少女がギルドマスターという事実とギャップに驚愕しつつ、イズミは頭を下げて応えた。
「えっと、ご丁寧にありがとうございます。私は才神泉と申します、名前は泉の方です」
「イズミか。響き的にカンナの出身かな?」
「あ、はい。そうです」
ギルマスの言う【神威】とは、ここからずっと東にある島国の名前らしい。
昨晩、作戦を終えサブマスと共にギルドへ来たイズミは、当然の流れとして軽い聴取を受けた。本来なら根掘り葉掘り聞かれるであろうところ、サブマスの配慮で聞かれたのは本当に簡単な質問のみだった。
その際に出身も問われたのだが、職員が勝手に名前の響きからカムイの出身だろうと決めつけてくれたため、それに便乗したイズミはボロを出さずに済んでいた。
しかし、また尋ねられるようなことがあれば不味い。
寝る前に慌てて解説書で調べてみたところ、異世界もののラノベにありがちな日本風の島国があり、そこがカムイという名前だった。そのため、これからは無難にカムイ出身ということにしようと決めたのだった。
とてもではないが、異世界から来たとは言えないから。
「そうか、やはりカムイ出身の者は珍しいスキルを持っているね。お陰で子供達は勿論、うちのサブマスターも救われた。この街を代表して礼を言うよ、本当にありがとう」
「い、いえ、当然のことをしたまでですから」
「ふふ、それだけじゃあない。クランを隠れ蓑にした犯罪組織を一つ潰せたんだ。これから起こるはずだった悲劇を防ぐことが出来たし、奴等の証言次第では更なる収穫も見込めるだろう。この功績は大きいよ」
「ありがとうございます、恐縮です……」
見た目だけなら十五、六歳の美少女であるリューリディアだが、その言動からは言い知れぬ貫録が感じられて、イズミは自然とへりくだる。本当は何歳なんだろう……とか気にしてはいけない。絶対に。
「俺からも改めて礼を言わせてくれ」
ふと、サブマスが進み出てイズミは視線を上げた。
「あの時イズミと出会わなければ、イズミがラウラを見つけ出してくれなければ……ラウラは遠くないうちに何処ともしれねえ土地へ売り飛ばされて、二度と会えなかっただろう。俺ら家族は永遠に地獄を味わうことになってたはずだ。……いや、そもそも生きていけたかどうかも怪しいな。はは……」
「サブマスターさん……」
勢いよく頭を下げて、サブマスターは微かに震える声で言葉を紡ぐ。
「だから、本当にありがとう。イズミは俺ら家族みんなの命の恩人だ、心から感謝してる。この恩は、必ず……必ず、一生を懸けて返す!」
「あ、頭を上げてください! お役に立てたならそれで充分ですから!」
そう言えばサブマスは「感謝する」と言ってゆっくり頭を上げ、イズミはホッとした。
今回の件は、決して礼を言われたいがために行ったことではない。
しかし、感謝されると人の役に立つことができたのだと実感できて、素直に嬉しい。
元の生活では人の役に立つどころか世話になりっぱなし、いつも救われる側だったのだ。年を重ねるごとにそんな現実が心へ重く積み重なって、イズミはいつも苦しかった。自分は一生、お荷物のままなのだろうか……と。
だから、こうして人の役に立つことができて本当に嬉しいのだ。喜びからつい頬が緩んでしまう。
と、不意に視線を感じてそちらへ顔を向ければ、その正体はギルマスで。美少女に見つめられて思わず緊張したイズミが、どうしました? と小首を傾げたところ、ギルマスはふっと笑って呟いた。
「いや、Sランクもまだまだだなと思ってね」
「?」
「……」
なんだか意味深な言葉に、視界の隅にいたネロの表情が陰ったのが見えた。
Sランクと言えど、スキルの構成により人には向き不向きがあるはずだ。戦闘が得意な人間だからこそ苦手な分野があるはずなのだから、そう落ち込む必要はない……と思うのだが、それは的外れな考えなのかもしれない。
残念ながらイズミにその言葉の真意は分かりそうになかった。
というか、なぜ北極星の面々までこの場にいるのか、まずそこから気になる。
恐らく昨晩の件に関して話があったのだろうが、イズミが来た時点で退出しても良かったのでは? と思う。聞くに聞けず口を噤んでいると、直ぐに表情を引き締めたギルマスが続けた。
「しかし、【翠の天明】にはまんまとやられたよ。堅実な中堅クランは偽りの姿でしかなかったか……。私も人のことは言えないね」
「お前はここに来てまだ数年だ、仕方ねえよ。それに……この街の全員が思ってるさ。まさかアイツらが、ってな」
途端に室内の空気が重くなる。
イズミは【翠の天明】がこの街でどれだけの評価を得ていたのか、詳しくは知らない。ただ、ギルマスやギルド職員、彼らを引き受けに来た騎士達の態度からしても、驚愕の真実であったらしいことは伝わった。
それだけ表と裏、二つの顔を上手く使い分けていたのだろう。
善人の皮をかぶった悪人が直ぐ隣にいたと思うと、この街に来たばかりのイズミですらぞっとするのだから、生粋の住人がどう感じるか……考えるまでもない。これからも子供達が心穏やかに過ごせるようにと願うばかりである。
「まあ、詮無きことは置いておくとして……ここからが本題なんだが。イズミ、今回の件で君には領主から報酬が出ている」
「そうなんですか?」
「ああ。街に巣食う犯罪組織を一つ潰したんだ、当然だろう? 間違いなく、ここ数年で一番の功績だよ」
打って変わった話題に、イズミは目を丸める。
礼を言われるためでも、報酬目当てでもなく、なんなら事前に断っていた報酬だが、出ると聞けば素直に嬉しい。
なんせ今のイズミはほぼ無一文。
スライム達にもらったアイテムが唯一の生命線であり、最悪の場合は日本から持参した持ち物を売ろうと思っていたのだ。今となっては日本の品はどれも貴重なため、売らなくて済むならそれに越したことはない。
出歩くことのほとんどなかったイズミにとって、今手元にあるものはどれも数少ないお気に入りの品。家族との思い出だから。
「というわけで、君達はそろそろいいかな? 何か言いたいことがあるなら手短に頼むよ」
ギルマスがそう口にすると、俯きかけていたネロがハッと顔を上げる。
そしてソファーの横まで進み出ると昨晩と同様、イズミに向けて深々と頭を下げた。
「……今回は本当に済まなかった」
「いえ。本当にもう、お気になさらず」
つられて軽く頭を下げ応えると、未だに複雑なイズミの心中を察したのか、北極星の面々は部屋をあとにする。茶髪の男の子は人懐っこい性格なのか部屋を出る寸前に手を振ってきて、イズミが反射的に振り返すと嬉しそうに微笑んで去って行った。
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