12 続・潜入
イズミ一人でもどうにか持ち上げられる木製の扉を開け、床下に現れた階段を慎重に下りていくこと暫し。
そう長くはない階段を下りきった先でイズミを待ち受けていたのは、天井に設えられた照明の光がほんのりと灯っただけの薄暗い地下室だった。
広さはそこそこあって、目測で二十畳ほどだろうか。
目の前にはイズミの背丈より高くて頑丈そうな鉄柵が設けられており、イズミと子供達を隔てている。その扉にはこれまた大きな錠前がぶら下がっていて、中の子供達が逃げ出すことのできないようしっかり外側から鍵がかけられていた。
迷彩と暗視はそのままに、柵まで歩み寄って中の様子を窺う。
熱源感知で見た通り、子供達は部屋の隅で身を寄せ合い大人しくしていた。パッと見た印象ではケガもなく小綺麗なままで、そこまで酷い扱いは受けていないように見える。が、足には脱走防止と思しき枷がはめられているのが痛々しかった。
一刻も早く救出して親元へ帰さなければ。
再び湧き出てくる怒りを鎮めるように頬を叩いて気合いを入れ直すと、イズミは迷彩を解いて影収納からうさぎのぬいぐるみを取り出す。顔見知りであろうネロや街の住人であれば不必要だろうが、初めて会うイズミが心を開いてもらうためにはぬいぐるみの存在が必須だ。これがあれば多少警戒も解いてもらえるだろう。
犯人一味だと勘違いされて騒がれでもしたら間違いなく詰む。
侵入した時とはまた別の緊張感を覚えながら鉄柵の前にしゃがみ込むと、子供達を怖がらせないよう努めて優しく、囁くようにその名を呼んだ。
「ラウラちゃん、ラウラちゃん。……いるかな?」
すると、直ぐに反応があった。
膝を抱え俯いていた子供の一人が、顔を上げてこちらを見る。サブマスターと同じ暗い赤毛を三つ編みのおさげにした女の子だった。
「……だれ?」
「こんにちは、ラウラちゃん。私はイズミっていうの。サブマスターさんのお願いでラウラちゃん達を探しに来たんだ」
「! おとーさんの? ほんとう!?」
「本当だよ。ほら、ラウラちゃんが安心するようにって、サブマスターさんがラウラちゃんのお友達を貸してくれたの」
「! ラウラのうさちゃん!」
イズミがぬいぐるみの手を動かしながら腹話術もどきで『やっとみつけたよ~、ラウラちゃん!』と話しかければ、酷く強張っていたラウラの表情が少しだけ明るくなる。つられて顔を上げた周りの子供達も興味が湧いたのか、イズミに顔を向けた。
「ふふ、びっくりした?」
「うん!」
「みんなね、ラウラちゃん達のことをすっごく心配してるの。お姉ちゃんがみんなのことをこっそり連れ出すから、お家に帰ろう」
イズミの言葉にラウラは表情を輝かせ、立ち上がりかける。
しかし、その隣に腰かけていた男の子が「待って」とラウラを制し、もっともな疑問を投げかけた。
「……ラウラちゃん、その人、本当にお父さんのお友だちなの? あいつらの仲間かも」
「うーん……このおねーちゃんと会ったことはなかったけど、ラウラのおとーさんお友だち多いから……。それにね、おとーさんは知らない人にラウラの大切なうさちゃんをかしたりしないよ。うさちゃんもいっしょなら、ぜったいにおとーさんのお友だち!」
「ぬいぐるみを盗んできただけかもしれない」
「ラウラのおとーさん強いから、うさちゃんをぬすまれたりしないよ!」
「わかんないよ。留守のときを狙ったのかも」
「それは……うーん……?」
アッサリと論破されたラウラは深く首を傾げる。
一方、イズミは男の子の対応に感心して思わず小さく拍手をした。
「おお、凄い……ちゃんと考えてて偉いね。でも、お姉さんがラウラちゃんのお父さんとお友達なのは本当だよ。ほら、悪い人達がわざわざうさちゃんを盗みに行って、ラウラちゃんにあげる理由もないでしょう?」
「……ラウラちゃんを信用させて、僕たちを上手くあやつるためかも」
そう言って睨む男の子にイズミは僅かに苦笑して、
「なるほど。でも、操ってどうするの?」
「…………移動するのに、大人しくさせる?」
「そっか。でも、それならご飯に薬でも混ぜた方が早いかなぁ」
「うっ……。いや、でも、他にもなにか……」
「あと何があるかな?」
暫し見つめ合う。
が、
「…………、ない、です」
男の子もアッサリ論破され項垂れた。
突っ込もうと思えばいくらでも穴はあるのだが、この状況でその可能性を考慮できただけでも大したものだとイズミは感心する。見たところ子供達の中では一番年上のようだし、自分がしっかりしなければと気を張っているのかもしれない。自分も不安と恐怖で一杯いっぱいだろうに。
今すぐにでも頭を撫で撫でしてあげたい衝動に駆られつつ、イズミは言葉を続ける。
「そっか。それじゃあ、一応信用してもらえるかな?」
「……本当に、ここから出してくれる? 家に帰らせてくれる……?」
「もちろんだよ。外でサブマスターさんとネロ……さんも待ってるから」
何の気なしにそう告げた途端。
なぜか子供達の目の色が変わった。
とりわけ男の子は驚きの速さで鉄柵まで詰め寄ると、隙間から顔を押し出さんばかりの勢いでイズミを問い詰める。
「ネ、ネロ!? ネロってあのSランク冒険者で北極星の!?」
「ネロおにーちゃんもきてるの!?」
「え、あ、うん……? 外にいるよ」
「それを先に言ってくださいよ! 早く! 早く外に連れて行ってください! 僕、一度でいいからネロさんに会ってみたかったんです!!」
「ラウラもネロおにーちゃんにあいたーい!」
「ええ~……」
一転、めちゃくちゃ前のめりになる子供達、もとい男の子。
そこが嘘だという可能性は考慮しなくていいのか、少年!
イズミは思ったが、鉄柵を握り締め瞳を輝かせる少年を目の当たりにして、脱出に前向きになってくれるならもう何でもいいかと項垂れる。もちろん、ネロが子供にとっての起爆剤という点は甚だ不服だが。
というか、あの人Sランク冒険者だったのかと驚きが隠せない。
イズミのオタク知識が合っていれば、Sランクとは冒険者の中で最高ランクのはずである。しかも何だ、北極星って。クラン名か、役職的なものか、それとも称号的なものなのか。響きが無駄にカッコよくて何だか腹が立つ。
そんなイズミの心情など知る由もない子供達は、一転、脱出する気満々だ。年長者らしい少年とラウラが他の小さな子達に、ここを出るから大人しくイズミについて行こうねと言い聞かせている。
いや、手間が省けてありがたいけれど。
これが信用の差なのか……と一気に脱力したイズミは、子供達の準備が整うまでの束の間、脱出手順を頭の中でシミュレーションする。一番の難関を前にしてイズミの心臓が再び早鐘を打ち始めるが、頬をベチベチと叩いて無理矢理不安を押さえ込んだ。
そうして、集まった子供達を前に、
「それじゃあ、脱出方法について説明するね」
イズミは静かに話し始めた。
◆
世界中に点在するダンジョン。
地下迷宮や塔、森、洞窟など様々な形態のものが存在し、基本的に一~数十もの階層で構成される魔物の巣窟だ。内部の環境は一定のもの(洞窟や遺跡など)もあれば、階層によってガラリと変わる(草原、海、砂漠など)タイプのものもある、人知を超えた存在だ。
中でも階層が五十を越えるものは大型ダンジョンと呼ばれ、貴重なアイテムの数々が産出されることから、大型ダンジョンを内包する国にとっては重要な財源となっている。
そんな世界有数のダンジョンを領土に持つ【アストレア王国】。
長らく世情が安定していることもあり、王国のダンジョン都市を拠点に活動する冒険者は多く、その実力も極めて高い。
その一つである中堅クラン、【翠の天明】。
ダンジョン都市ではクランの規模も実力も並みで目立つところのない彼らだが、謙虚で堅実な姿勢と長年の活動実績により、冒険者ギルドはもちろん同業者からの信頼も厚い有名なクランである。
今日も朝から夕方までダンジョンに潜ってそれなりの戦利品を得た彼らは、それらを売却した金で食料と酒を買い込んでクランハウスへと帰還。みなでささやかな夕食を楽しみ、明日の仕事に備えて早めに就寝する……という健全な生活スタイルが、傍から見た彼らの日常であった。
が、今日は少し違った。
翠の天明の主な狩場である四十一~四十九層は、地下とは思えぬ海と砂浜の広がる爽やかなフィールドだ。
この階層に巣食う魔物やフィールドからは海産物や真珠、珊瑚、防具の素材となる魔物の甲殻など様々なアイテムがドロップする。需要が多いアイテムが揃っていることに加え、必要レベルも四十代とそこまで高くないため、冒険者に人気の狩場である。
しかも、運が良ければレアアイテムをタダで拾うことができるというオマケつきだ。
龍涎香という、クジラの魔物が極まれに落とすアイテムがある。
大抵の場合、砂浜へ打ち上げられているそれは、貴族向けの商品に用いられることから見つけたらかなりの金額で買い取ってもらえる。もちろん、滅多にないことで知る者も少数だが、ダンジョン都市で長いこと活動している中堅クランだからこそその存在を知っていた。
そんなレアアイテムが今日、不思議なことに彼らの戦利品に紛れていたのだ。
冒険者ギルドの換金窓口でその名を聞いた時には驚いた。
だって、誰も拾ったという者がいないのだ。
基本的にクラン、パーティーでは、アイテムを売却して得た金は均等に分配するのが鉄則だ。それは翠の天明でも同じであって、さらにはレアアイテムを見つけた者にはボーナスがつく――というルールがあるのもまた、どこのクランでも共通である。
ゆえに申告せず懐へ入れる者はいても、回収品へ放り込む奇特な者などいやしない。
では何故? と誰もが疑問には思ったものの、大方、若いメンバーがドロップ品回収時に一緒に袋へ放り込んだのだろうと結論づけた。
理由などは些細なことだ。とにかく自分達の懐が潤うのなら細かいことなど気にしない。そう考えるのが冒険者という者達であり、翠の天明もその例に漏れなかった。
そんなレアアイテム、龍涎香のサイズは比較的小さめだったが、久し振りの入荷とあって冒険者ギルドがかなりの金額で買い取ってくれた。そのため資金にかなりの余裕ができた翠の天明は、当然の流れとして普段よりも豪華な食事と酒を買い込み、クランハウスでの夕食は大いに盛り上がっていた。
どんちゃん騒ぎを始めて三十分ほど経ったころ。
人のよさそうな中年男性にしか見えない翠の天明のリーダーが、一人のメンバーに声をかけた。
「ロブ。商品のチェックですが、今日は臨時収入もありましたからエサは料理の中から多めに持って行って構いませんよ。瘦せすぎよりは多少太っているくらいが売れますからね」
「っす、分かりました」
ロブと呼ばれた青年は手にしていた骨付き肉を置き、袖口で口元を拭って立ち上がった。
ダイニングテーブルに広げられた数々の料理から素手で食べられるものをいくつか見繕い多めに皮袋へ放り込むと、水の入った革袋とあわせ持ちリビングをあとにする。
二十三名の男が在籍する翠の天明では、食事はいつも争奪戦だ。早く戻らなければあの豪華な食事も、いつもより美味しい酒も、あっという間になくなってしまう。
ロブは駆け足で長い廊下を突っ切り、倉庫に入って入口の直ぐ脇に設けられた灯りのスイッチを入れる。魔道具の放つ暖色の光で照らし出された室内は、煩雑に見えてしっかりと動線が確保されていて、慣れた足取りで荷の隙間を縫って進む。
と、部屋の一番奥、棚と壁の隙間にかけられた鍵を手に取り地下室への扉を開けた。
二つの革袋を肩にかけ、片手でクルクルと鍵の束を回しながら地下へ下りる。
先ずは鉄柵に寄って商品――子供達の様子を窺う。うん、朝と変わらずみな隅で固まり大人しくしている。特別具合の悪そうな者もいないし、そもそも何か問題があれば昼番をしていたメンバーから報告があったはず。
だから、
「ん、問題ないな」
そう判断し、スキル【浄化】を室内にかける。
浄化はあらゆるものの汚れを落とす便利なスキルだ。
地下室はそこそこ広く中には一応トイレもあるが、簡単な衝立で仕切っているだけ。ゆえにこれを怠ると室内が悲惨なことになる上、商品の質も下がるため小まめな浄化は欠かせない。ロブが商品の管理を任されている理由もそこにある。
浄化は誰もが知る凡庸スキルであるが、冒険者で持っている者は案外少ない。浄化持ちは地味に需要があるため、常に危険が付きまとう冒険者になる必要も低いからだ。事実、二十三名いる翠の天明の中でも浄化持ちはロブを含めた三名のみだった。
凡人が先天的に持つスキルの数は精々が二、三個だと言われている。その貴重な一枠を浄化などという、冒険者にとってはほぼ死にスキルに等しいものに割いてしまったロブは、常々己の不運を嘆いていた。が、そのお陰で新人にも関わらずクランの重要なポジションを任されたのだから、今では寧ろ感謝していた。
だって、自分はこうして安全な場所でちょっとスキルを使うだけで、冒険者として働く何倍もの金を得られるのだ。子供の仕入れや輸送班と比べても、よほど楽で美味しい仕事である。
「ほれほれ、飯だぞ~っと。ちゃんと食っとけよ」
浄化を終えたロブは、一応子供達の動向に意識を向けながら牢の鍵を開けると、隙間から二つの皮袋を素早く中へ放り込む。既に数日、繰り返されている作業だ。自分が見張るまでもなく子供達は勝手に食べるだろう。
それよりも問題は自分の飯だ。
まだ肉は残っているだろうかとヤキモキしながら仕事を終えたロブは、牢の鍵をかけ直すとそそくさと地下を後にした。
それから数時間。
ダイニングテーブルを埋め尽くしていた料理がすっかり消え失せ、ほぼ全員が心地よい満腹感と酔いでコックリコックリと舟をこぎ始めた頃。ロブは自分も寝落ちしてしまう前に本日の最終確認、もとい皮袋の回収を行うべく、欠伸を噛み殺しながらリビングを出た。
睡魔により鈍る頭でも、習慣化した行いに淀みはない。のろのろと倉庫へ向かい、鍵を開け、地下室へ下り、さっさと荷物を回収しようと鉄柵の向こうへ目を向けたところ、
「ふあぁ~、…………ん、あれ? 食ってない……?」
料理を入れた皮袋の膨らみが変わっていないことに気がついた。
置き方の具合でそう見えるだけかもしれない。そう思って扉を開け革袋を手に取ってみるが、やはり中身はそのままのようだった。袋越しに肉の感触を得て、ロブは一気に眠気が覚める。
マズい。飯に手をつけないなんて、どこか具合が悪いのかもしれない。一人二人ならともかく、全員が体調を崩したりしたら大損だ。先ほどしっかりと確認しなかった自分のミスになる。
ただでさえ子供は体調を崩しやすく、管理が難しい。いつものようにさっさと出荷できれば良かったのだが、今回は仲間が手違いで厄介な子供を攫って来てしまったため、街の警備や検問が厳重になってしまい、まだ当分の間は売りに行けない。
当然、その間はこの地下で管理をするしかないのだ。
今日までの数日は何ともなかったのにと少しばかり苛立たしく思いながら、無理矢理にでも食事をとらせるべく皮袋を手に檻の隅で固まる子供達へ歩み寄ったところ、ロブはふと違和感を覚えて足を止めた。
何だ? 何かがおかしい。
しかし、それが何か直ぐには分からない。
一体この違和感の正体は何だと、子供達をまじまじと観察する。
そうして気がついた。
「! こいつら、ずっと同じ体勢のままじゃねえか……? 朝も、さっきも、全く同じ位置と体勢……今日一日全く動いてねえのか?」
この数日で子供達の定位置は出来上がっているが、それにしたって足を伸ばしたり横になったりして全く同じ姿勢のままなんてことはあり得ない。
だとしたら増々マズい。明らかな異常事態だ。
慌てて駆け寄ったロブは子供達に触れようとして、
「おい、お前らどうし、……ッッッ!?」
その手がむなしく空を切り、あまりの驚きから声を失った。
子供達を見て、自分の手を見て、唖然とする。
子供達は確かに目の前にいるのに、触れられない。いや、触れられないのだから存在しない?なら目の前の子供達は何だ? 幽霊? 幻? 何がどうなってる?
ロブは混乱しながらも再び子供へ手を伸ばす。
しかし、やはりその手が目の前の子供へ触れることはない。何度試してもむなしく空を切るだけだった。
これはもう自分一人で対処できることではない。
そう判断したロブはリーダーを呼びに向かうべく踵を返そうとして、
「! な、何だ!? 何の音だ!?」
地上から無数の足音と怒号が届き、地上へ通じる階段を見上げた。
「……あー、クソッ! なんなんだよ!」
次から次へと起こる不測の事態に底知れぬ恐怖を覚え、牢の鍵をかけることも忘れてロブは地下を飛び出す。普段は偽装に丁度良い荷物の数々も、緊急時には邪魔でしかない。ぶつかり、蹴飛ばし、しまいには木箱の上を移動して、廊下へ通じる扉へ手をかけた瞬間だった。
「うわッ!?」
「大人しくしろ!!」
扉が蹴破られた衝撃で尻餅をついたロブは、流れるように床へ引き倒され拘束された。
訳が分からず唖然としたまま、自分を拘束した男達に引っ立てられ廊下へ出る。すると、そこには見知った顔の冒険者達と、異国人らしき服装の女が一人。険しい表情でこちらを見つめていた。




