11 潜入
そう告げた途端ネロが気色ばみ、放たれる圧がより強くなった。
「なっ! 犯罪だぞ、認めるわけないだろう!」
「でも、正攻法でいって中を隅々まで確認させてくれるとは思えませんから」
「当たり前だろう! そもそもクランハウス内の捜索なんか必要ない!」
しかし、イズミは怯まない。
VRゲーム内ではたびたび顔面が凶器――もとい、極悪な顔のキャラ達に凄まれることがあったのだ。この程度の威圧にはとっくの昔に慣れている。
「私なんかより、ご友人を信じたい気持ちは分かります。けれど、スキルがここを示しているからには調べる必要が、」
「大体、本当にそんなスキルを持っているのか? 魔力感知……とやらもそうだが、透視に熱源感知なんて存在するのかどうかも怪しい。仮にそんなスキルが存在したら城の警備すら在ってないようなものだぞ。適当なことを言って煙に巻こうとしているだけじゃないのか?」
そう言ってネロはイズミを睨めつけた。
ネロの疑念はもっともだ。
寧ろこのような対応こそが正常だと言えるだろう。
イズミだって本当は、スキルの効果を十分に証明して信用を得てから救出に臨みたい。そうすればイズミが忍び込まずとも楽に、安全に子供達を救出できるはずだ。が、これだけ憔悴したサブマスターを前にして、そんな悠長なことを口にできるほどイズミの神経は太くない。
それに、子供達の精神的にも一刻も早い救出が望ましいことは明白だ。
熱源感知で見たシルエットの大きさからして、子供達はみな六歳のラウラと近い年齢だと思われる。そんな小さな子達が見知らぬ大人に連れ去られ、何日も地下に閉じ込められているなんて、その身を蝕み続けている恐怖と不安は計り知れない。
やはり時間が惜しい。
イズミは容易に説得できなさそうなネロの対応を諦め、サブマスターに判断を委ねることにした。
「サブマスターさん、どうしますか? 私はここまで来たからには子供達を助けたいです。けれど、止めろと仰るのなら忍び込むのは止めます。なんならこのまま詐欺で捕らえられても構いません」
「なっ、」
「どうしますか? サブマスターさんの意思を尊重します」
サブマスターはイズミの言葉に腕を組み、視線を落として考え込む。
無視したことでネロから放たれる圧はさらに強まった気がするが、気にせずサブマスターへ向き直る。
こういう時は相手の強さが分からない、自分のレベルの低さがありがたい。もしも分かっていたら、ネロから放たれる圧の恐怖で色々と垂れ流していたかもしれない。……乙女としては考えたくもないが。
「…………捕まっても構わない、か」
「もちろん、好きこのんで捕まりたくはないですよ? 悪いことなんてしてませんし。でも、それでそちらの気が済むのであれば抵抗はしません」
「それだけスキルの結果に自信がある、ってことだよな?」
「……はい」
スキルに関して分からないことだらけであるイズミには、本当は言い切れるほどの自信など在りはしない。
それでも頷いて見せたのは、ここで否定したところで状況は悪化しかしないからだ。子供達を助けられず、犯人達は野放しで、ついでに無実のイズミが捕まる。今後も被害者は増え続けるだろう。ならば自信がなくとも頷くより他にない。
まあ、単純に捕まりたくない気持ちも強い。何が悲しくて異世界? 生活二日目にして捕まらなければならないのか。せっかくの異世界生活なのだから、これまでの分も取り返すくらいの心づもりでいるというのに。
数拍の間の後、サブマスターは一つ、深い溜息を吐いた。
そうして顔を上げ、
「……なら、頼む。やってくれ。一切の責任は俺が取る」
「サブマス!?」
「悪い、ネロ……。もう手段を選んでる場合じゃねえんだよ」
「っ、そんなことはありません。ちゃんとギルドを通して信用できるスキル持ちに捜索してもらえば、」
「お前だって解ってんだろ! 国内全てのギルドに依頼を出してもう何日も経つってのに、未だに一人も依頼を受けてくれたヤツはいねえ。そもそも冒険者に捜索系のスキル持ち自体少ねえんだ、これ以上待ったところで状況は変わらねえよ。なら、嬢ちゃんに賭けるしかねえだろうが!!」
「しかしっ、」
「俺は! ラウラを探し出すためならどんな手でも使う!!」
サブマスターの覚悟を目の当たりにして、ネロはもどかしそうに口を噤んだ。
少し場所を移したとはいえ、翠の天明のクランハウスからほど近いこんなところで大の男二人が言い争っていては悪目立ちしてしまう。早急に切り上げて潜入に移るべきだと判断したイズミは、一つ頷くとサブマスの言葉を引き継いだ。
「わかりました。忍び込んで捜索、可能なら救出してきます」
「ッ、お前!!」
瞬間。
とうとうネロが掴みかかってきた。
大きく武骨な手で無遠慮に掴まれ、イズミの両肩がギリリと悲鳴を上げる。
「っ、」
「何が目的だ!? 子供が攫われて悲しんでる親を惑わせて楽しいか!? それとも何か、翠の天明やサブマスを嵌めろとでも命じられてるのか!? お前も誘拐犯の仲間なんじゃないのか!?」
確かに、これで子供達が見つからなければサブマスターは不味い立場に追い込まれるだろう。冒険者ギルドの副責任者ともあろう者が私情で犯罪行為を指示したとなれば、クビどころか捕えられる可能性が高い。
仮にサブマスターを疎ましく思う者がいたとすれば、これはまさに蹴落とす格好の機会だろう。イズミからすれば的外れも甚だしいが、見るからにサブマスターと親しいらしいネロがその手の可能性を案じるのも無理からぬことだった。
「ちがっ……、」
「ネロ! 止めろ!!」
イズミの細い肩にネロの指が食い込む。
サブマスターがネロを止めようと手を伸ばした。
――が、それよりも早く、
『シャチョーをいじめるなっ!!』
「!?」
「わらび!?」
イズミの頭上より放たれた水鉄砲がネロの顔面に直撃した。
意表を突かれたネロは何が起きたか分かっていないようで、混乱したように数歩後ずさり、慌てて顔を拭う。
ワラビが弱すぎるからなのか、それとも疲労でそこまで気が回らなかったのか。どうやらネロの目にもワラビは留まっていなかったらしい。もはやワラビは忍者といっても過言ではないのではなかろうか。そっち方面に育てたらとんでもない暗殺者になりそうだ。恐ろしい子。
『シャチョーをいじめるヤツは敵だよ! やっつけてやる!!』
「! ありがとう、わらび」
少しばかり呆けていたイズミは、ワラビの念話で我に返ると慌ててサブマスターの隣へ避難した。プンスコと憤りを露わにするワラビを胸に抱き、感謝の気持ちを込めてわしゃわしゃと撫でくり回す。
流石にここまで好き放題言われても我慢できるほど、イズミは大人ではない。というか掴まれていた肩はジンジンするし、軽微とはいえ物理的に害を受けたのだから、怒るなという方が無理な話だ。
イズミはワラビを抱き締めながらネロを睨みつけた。
「……流石にカチンとしました」
「! す、すまん嬢ちゃん! こいつにはちゃんと謝らせるから捜索は、」
「大丈夫です、捜索はします。けど、本当にあの家に子供がいたら……私が子供達を救い出したら、貴方にはキッチリ謝ってもらいます」
ふんっ、と鼻を鳴らして一方的に告げれば、イズミはネロの反応を待つことなくサブマスターへ向き直る。
「それじゃあ、さっそく捜索してきます。荷物はサブマスターさんに預けていきますね、保証で」
「あ、ああ」
「あ、うさぎのぬいぐるみはこのまま借りていきますね。ラウラちゃんに見せれば安心してもらえると思うので」
「そ、そうだな」
「それから、今からまた別のスキルを使って姿を消す……いえ、見辛くしますが、決して逃げるためではなく捜索のためなのでご了承ください」
「お、おう……?」
「それじゃあ、行ってきます」
告げると同時にスキル【迷彩】を使用。
すると、イズミの姿が周囲の景色に溶け込み見えなくなった。
「!? ほ、本当に消えた!?」
「なっ……!?」
驚く二人を尻目に、イズミは駆け足で翠の天明のクランハウスへ向かう。
新作スキル【迷彩】は食堂で作っておいたスキルの一つだ。
いわゆるSFものでよく聞く光学迷彩をイメージしたスキルで、完全に姿を消すというよりは周囲の景色と同化する効果を持つ。ゆえに動けば景色とのズレが起こるし、気配を遮断できるわけでもないため、察知や看破といった索敵系のスキルを持つ者には効果が薄い。
作っておいてなんだが、忍び込む際に使用するスキルとしては心許ないため、正直使うつもりはなかったのだ。
しかし、これもまた迷彩以上の効果を持つスキルが作れなかったのだから仕方がない。しかも売り言葉に買い言葉で、自ら忍び込むと言ってしまったのだから後には退けない。あの場に索敵系のスキル持ちがいないことを祈るばかりである。
まあ、サブマスターいわく三というスキルレベルはかなりの練度らしいので、そう簡単に見つかるとは思っていないが。大体の場合、スキルレベルが高い方の効果が勝つと相場は決まっているから。
クランハウスの裏手へ回ると、イズミはどこか侵入できそうな場所がないかと建物を観察する。いくら景色と同化するとはいえ、正面から行くほどの度胸はないし、かといって裏口らしき扉は当然鍵がかかっていて入れない。
クランハウスは長方形で横に広く、結構な広さがある。部屋数もかなりあるはずだ。
ゆえに窓の開いている部屋の一つや二つはあるだろう。
最悪、鍵を開ける方法がなくもないけど……と考えながら観察していたところ、運良く二階の角部屋の窓が開いていることに気がついた。ベランダや雨どいといった視界を遮るものがなく、隣家からは丸見えの位置であるため、侵入される心配もないと堂々と開け放っているのだろう。
(よし、あそこから入ろう)
単なる泥棒であれば諦めるルートでも、今のイズミには関係ない。
【二重詠唱】の効果により、迷彩で景色と同化したまま透視も使用する。
住人がリビングから移動していないことを再度確認すると、透視から影収納に切り替え、一旦うさぎのぬいぐるみをしまって両手を開けた上で窓の下へ移動した。
そうして、新たなスキル【空中散歩】を発動。
自身の足元に次から次へと魔力の足場を作り出し、まるで階段を上るように宙を駆け上げる。
トン、トン、トン! と軽快に足を運び、あっという間に開け放たれた二階の窓へ接近すると、勢いのまま中へ飛び込む。着地も空中散歩で作り出した魔力の足場を利用し音もなく侵入を果たせば、一先ず様子を探るべく同化で室内の景色に溶け込んだ。
(よしよし、侵入成功。向こうがこっちに気づいた様子は……うん、なさそうね)
空中散歩から再び透視に切り替え一階を確認すると、いまだに住人と思しき三名はカードゲームに興じており、しかもかなり酒が進んでいるようで侵入者に気づく気配などまるでない。さらに酒を煽って潰れてくれればなお良しと透視を終えたところ、
『シャチョーすごいね! お空を走ってたよ!』
頭の上に乗せて連れて来ていたワラビから、興奮したような念話が届いた。
クランハウスへ侵入せしめたことで一気に緊張感の高まっていたイズミだが、ワラビののほほんとした声でいい塩梅に肩の力が抜ける。サブマスター達の助力は得られないが、決して一人ではないのだと再確認できて思わず口元に笑みが浮かんだ。
「ふふ、でしょ? これも役立つかと思って作っておいたんだ」
『すごいすごい! シャチョーは本当になんでも作れちゃうんだね!! お空のぼるの気持ちよかったー!』
「また今度やってあげるね」
『わーい!』
元の生活では運動などまともにできなかったイズミだが、持病さえなければ元々運動神経は良い方だった。加えて長年の趣味であるVRゲームにより、フィールドを縦横無尽に駆け回る感覚と度胸が養われている。好きな場所に魔力の足場を作り出せる空中散歩で絶対に落ちることはないと分かっていれば、二階くらいの高さを駆け上がることは容易かった。
さて、ここからは時間との勝負だ。
子供達の精神的に一刻も早い救助が望ましいし、長く留まれば住人に発見、遭遇する可能性が高まるし、じきに他のメンバーも戻って来るだろう。何より面倒なのは、時間をかけすぎるとネロに逃げたと思われかねないことだ。
乱入でもされたら全てが水泡に帰す。
それだけは避けなければ。
熱源感知によると、子供達はいまだに地下の片隅で身を寄せ合ったまま固まっている。その様子を見て気合いを入れ直したイズミは、透視でクランハウスの間取りを頭に叩き込む。ラウラの位置から地下へ通じそうな部屋に目星をつけ、現在地からそこまでのルートを確認し、さらに脱出ルートをいくつか見造ろう。
幸いにもどのルートも男達のいるリビングに近づく必要はなさそうで、少しばかり気が楽になった。これなら相当なヘマでもしない限り遭遇する可能性は低いだろう。
あと必要なのは実行に移す度胸だけ。
意思に反して微かに震える太ももをつねって、不安を痛みでごまかす。
(……よし、行こう!)
意を決し扉を開けると、いないと知りつつも廊下を確認した上で部屋を出る。
長めの廊下を足早に移動して、見るからに軋みそうな階段を慎重に下っていき、残り一段となったところで一度立ち止まる。スパイよろしく角の先を覗き込んでリビングの様子を窺うが、人が出て来る気配はない。
よし、大丈夫。
ホッとしたところで階段を下りきって、すぐさまリビングとは逆の部屋へ向かう。廊下を進み、リビングの気配に気をつけつつ慎重にドアノブを捻って扉を開けると、隙間からスルリと忍び込み直ぐに扉を閉めた。
たったの数十秒で驚くほど心拍数が上がって、扉に背を預けたままホッと一息を吐く。
しかし、それも束の間。ここが窓のない真っ暗な部屋であることは分かっていたため、直ぐに【暗視】スキルを使用して視界を確保した。
暗視スキルは昨晩作っておいたスキルの一つだ。
スライム達のねぐらである樹洞内が薄暗かったため何の気なしに作ったスキルだったのだが、思いがけず役立つ時がきて自分の運の良さにびっくりする。日頃の行いが良かったのかなと密かに笑んで、室内の確認作業へ。
暗視で室内を見回してみたところ、どうやらここは倉庫らしい。壁際には荷物の陳列された棚が並び、室内中央には大小いくつもの木箱や麻袋が積まれていて、真っ暗なことも相俟って非常に狭く感じる。
しかし、よくよく見れば動線が設けられており、イズミはそれに沿って奥へ進んで行く。隠し部屋があるのか、はたまた床に地下への入口があるのか。あちこち注意深く観察しながら奥へ進んで行くと、一番奥に一際高く積まれた木箱の山があった。
それは背の高いサブマスターやネロの姿ですら優に隠れるであろう高さまで積まれており、当然、その裏手は入口からは完全な死角となっていた。
怪しい。
そう思ったイズミはその辺りから捜索することにして、壁や床をくまなく調べていく。と、レンガで組まれた床の一部分が何故か木製になっている個所があり、イズミの目にはそれが家庭にある床下収納の扉のように見えた。
急いでしゃがみ込めば、直ぐにそれを発見する。
(扉の取っ手に大きな錠前……ただの床下収納ならこんなものは必要ない。ってことは、ここで当たりだ)
よしっ! と小さくガッツポーズをして、さっそく開錠に取りかかる。
とはいえ、取っ手にかけられた錠前はかなり大きく頑丈で、自力で壊すなんてもっての外だ。スキルで破壊するしかないか、いやしかしと悩みつつ、何か使えるものがないかと辺りを見回してみたところ、直ぐ側の棚と壁の隙間にある物を見つけた。
歩み寄って手に取ってみる。
(ええ~……不用心すぎない? いや、私としてはありがたいけど……)
どう見ても鍵の束だった。
こんなところに隠すように置いてあるのだから、先ず間違いなく地下室への扉の鍵だろう。
脱出ゲームじゃないんだから、都合よく同じ部屋にあるのはいかがなものかとイズミは思う。まあ、子供達の世話のため地下へは頻繁に出入りする必要があるだろうから、気持ちは分からなくもないが。
しかし、それは手慣れているからこその油断と傲慢に他ならない。
こんな奴らが信用されて自分は疑われるのかと腹立たしく思うものの、その無駄についてしまった自信のお陰で今イズミが楽をできるのだから、ありがたく利用させてもらうことにした。
手にした束には五本の長い鍵がぶら下がっている。扉にかけられた錠前の穴と鍵の形状をそれぞれ確認して当たりをつけたイズミは、束から一本の鍵を掴み取ると錠前にそれを差し込んだ。




