10 スキルの力
その声にサブマスターが顔を上げ、声の主へと視線を移す。イズミもつられて見れば、若い男性がこちらへと駆け寄って来るところだった。
年齢はイズミより少し上だろうか。
黒の短髪に金の瞳を持ち、髪色と同じ黒い冒険者風のコートを身にまとって、腰には剣を下げている。クールな印象の顔立ちは二次元にも劣らぬ端正な造りで、神秘的な金色の瞳も相俟ってイズミは思わず見惚れてしまう。
が、直ぐ我に返る。
なぜかといえば、男性の顔もまた、酷くやつれていたからだ。
明らかに悪い顔色、どことなく覇気のない瞳、目の下にくっきりと浮かぶクマ。どこからどう見てもサブマスター同様、捜索に明け暮れた者の疲れ切った表情だった。まともに動けるだけ、サブマスターよりマシな状態ではあるようだが。
「サブマス、こんなところにいたんですか……。探しましたよ」
「ネロか、どうした? まさかラウラが、」
「いえ、それは……済みません」
「そうか……」
「ギルマスが呼んでます。一度戻って来て休息を取るようにと。サブマスが休んでいる間は俺達が捜索を続けますから、戻って少しだけでも休んでください。これ以上は本当に体を壊します」
どうやら、ネロというらしい男性はサブマスターを連れ戻しに来たらしかった。
それも当然だ。イズミが出会った時点で意識もなく彷徨っていたのだ。寧ろもっと早く、無理矢理にでも休ませるべきだったと思う。まあ、殴られようとす巻きにされようと、サブマスターが大人しく休むとは思えないが……。
案の定、サブマスターは間髪を入れず提案を拒絶した。
「そんな暇はねえよ! 嬢ちゃんのお陰でやっと手掛かりを掴めたところなんだ!」
「嬢ちゃん? ……あんたは、」
そこで初めて他者の存在に気づいたらしい。
ネロはイズミを見ると僅かに眉根を寄せた。
見知った街の住人ならいざ知らず、初対面の人間が協力していると聞けばその反応も当然だろう。説明するべくイズミが口を開きかけたところ、サブマスターがまくし立てるように割って入った。
「偶然知り合ったんだが、この子は珍しいスキルを持っててな、捜索に協力してくれてんだ」
「珍しいスキル? それはどんな、」
「それは後でな! 悪ィが時間が惜しいからこのまま行く。ギルマスには心配無用だって言っといてくれ!」
「! でも、」
「嬢ちゃん! 方角は!」
二人のやり取りに気を取られていたイズミは、慌ててスキルを使用して再度方角を確認する。
「あ、はい! えーと、ここからだと……南南東、です。距離は……まだ、暫く先です」
「よし、ならこのまま大通りを進むぞ! 次の場所でまたスキルを頼む!」
「はい!」
もはやネロに用はないとばかりに、サブマスターはイズミの背を押し足早に歩き出す。
しかし、これでいいのかと徐々に歩調を速めながらもイズミが逡巡していると、ネロが追いかけて来て二人と並走を始めた。
「俺も行きます。……心配なので」
「助かる! いざって時に戦力があるに越したことはないからな!」
「いえ」
先頭を行くサブマスターの背を追いながら、イズミはチラとネロを見る。
すると、バッチリと目が合いドキリとするが、その目はあからさまにイズミを訝しんでおり、思わず苦笑する。まさか先ほどの【心配】という言葉は、自分という存在に対しての発言だったのだろうか、と。
まあ、イズミ自身、ぽっと出でかなり怪しいことは自覚している。
サブマスターがイズミの力を信じてくれたことだって奇跡――いや、彼の場合は単に思考が鈍っているせいかもしれないが、普通は聞いたこともない怪しげなスキルを使う人間などそう簡単に受け入れないだろう。
仕事柄か、はたまた年の功か。顔にこそ出さなかったが、ガルシアだって恐らくイズミを訝しんでいたに違いない。それでも提案を受け入れるサブマスターを止めなかったのは、他に手がなかったからなのだろう。
みな、イズミ自身を信用しているわけではないのだ。
しかし、今はそれでいい。
スキルの力が確かなら全て上手くいくはずなのだから。
イケメンな同行者が増えたことは一先ず考えないようにして、イズミはサブマスターの指示が出るまで疾走スキルを使用して大通りを走り続けた。
◆
魔力感知スキルを使用して、さらに位置を絞り込んでいくこと数回。
一行は大通りから一本、二本、三本と横道に入り、冒険者達の居住区画へとやって来ていた。
自由が売りである冒険者達の住処だけあって、辺りの光景は煩雑の一言に尽きる。
土埃で薄汚れた家々、風になびく肌着やパンツといった洗濯物の品々、敷地の内外に放置された酒樽や謎の木箱、あちこちから聞こえる下品な笑い声。
サブマスターの家がある三区とは雲泥の差で、お世辞にも治安が良いとは言えなさそうな印象の区画だ。一人なら早々に回れ右していたかもしれない。
そんな通りを進むこと暫し。
こまめにスキルを使用して位置を絞り込んでいくと、辿り着いたのはそこそこ大きなクランハウスだった。入口正面に掲げられた看板には【翠の天明】と書かれており、他のクランハウスよりも小綺麗で手入れが行き届いているように見える。
いかにも、という雰囲気を醸し出す周囲の薄汚れた外観の家々と比べると、ここが誘拐犯のアジトとは思えなかった。
イズミは束の間、逡巡する。
ここまできて、間違いでした、では済まされない。
先ずはイズミ自身が確信を得るためにもクランハウスの四方で【魔力感知】を試し、さらに、食堂で作っておいたスキル【透視】と【熱源感知】で建物の中を密かに確認することにする。
密かに行う理由は言わずもがな、この手の行為はどんな世界でも犯罪に違いないからだ。
緊急事態とはいえ、二人に申告すれば止められるかもしれない。
そのため心の中で謝罪をして、先ずは透視スキルで家の中を覗いた。
瞬間、まるで建物の壁という壁を全て取っ払ったかのように中の光景が筒抜けになり、イズミはスキルの力に改めて驚きつつも二階から一階へと順に確認していく。
すると、一階のリビングと思しき広めの部屋に三人、男性がいるのを確認できた。テーブルを囲み酒を飲みながらカードゲームに興じているらしく、楽しげな様子が見て取れる。
が、建物内にそれ以外の姿はなかった。
スキルが有効だったことにはホッとするものの、ラウラを見つけなければ何の解決にもならない。少しばかり焦りの増したイズミは、続けて熱源感知を使用する。
といっても、熱源感知単独では外側の熱分布しか分からない。
そのため、昨晩作っておいたスキル【二重詠唱】で、透視と熱源感知を同時に使用した。
ゲームなどでよくある設定だが、スキルは大まかに二種に分けられる。
常時発動型と任意発動型だ。
二重詠唱は、いわゆる常時発動型で、このスキルを有するだけで文字通り常に効果を得られるタイプのスキルである。異なる属性の攻撃系スキルを二つ同時に使用したり、透視や熱源感知といった任意発動型を同時に使用することができるようになる優れモノだ。
そんな二重詠唱のお陰で、透視と熱源感知が同時に効果を発揮する。
と、瞬時に視界が暗転し、周りの建物や人が青や黄緑、黄、赤といった色で浮かび上がる。それはまさにサーモグラフィーのような映像で激しい違和感に苦戦するも、透視も併用しているため建物の中へ意識を向けるとあらゆるものが色別に浮かび上がり、再び上から下へと順に確認していく。
すると、男性の他に小動物――恐らくネズミと思しきものの姿を二、三捉え、こちらのスキルも有効であることに安堵した。
しかし、肝心のラウラと思しき子供の姿はどこにもない。
魔力感知に加え、透視と熱源感知と三つものスキルを試してみたにも関わらずだ。
イズミの作ったスキルはそれぞれが確かに効果を発揮しているのに、魔力感知だけが不発などということがあり得るのだろうか。この世界の常識を何一つ知らないイズミとしては、そのような可能性が起こり得るのかどうかも判断がつかない。
つい考え込んで、焦れたサブマスターに場所を特定できたかと尋ねられても返事が上の空になってしまう。
(魔力感知では確かにここから反応があるのに、透視と熱源感知では子供らしき姿は見当たらない……。どういうこと? 魔力感知が間違ってる? それとも何かスキルで隠してる? もう一度スキルを……)
サブマスターとネロに断りを入れると、魔力感知、透視、熱源感知の順に再度スキルを使用する。特に透視と熱源感知では、小さな違和感も見落とさないよう集中して隅々から隅まで目を配る。
屋根裏におかしな点はないか。
一階と二階の間に隠し部屋がないか。
床下には地下室がないかと目を凝らしたところで、
「ああああっ!?」
「どうした!? 見つかったか!?」
「す、すみません、あとちょっと待ってください……!」
イズミは自分の短慮に思わず頭を抱えた。
(そうだ、地下だ。反応はあるけどパッと見、子供の姿はない……そんなの地下以外考えられないじゃない! 私のアホ!!)
どうやらサブマスターの焦りにつられ、視野が狭まっていたらしい。
慌てて透視と熱源感知を併用して地下へ目を向けたところ、地下一階程度の深さにそれを見つけた。
(あった、熱源反応! って、あれ? 一つじゃない……? 一、二……六つも!?)
子供と思しき小さな六つの反応が、身を寄せ合うように隅で固まっていた。
反応を見つけてホッとしたのも束の間、予想外の数にイズミはギョッとする。
冒険者にも当然子連れはいるだろう。が、こんな立派なクランハウスを持ちながら自分の子供を地下へ押し込めておく親はいない――と思いたい。状況からして十中八九、六名全員がさらってきた子供に違いなかった。
まさか六人もの子供をさらっていたなんて……と、イズミは開いた口が塞がらない。
それと同時に沸々と怒りが込み上げてくる。
相当手慣れた組織でもなければ六人もの子供をさらってきたりはしないだろう。今までどれだけの子供が毒牙にかかったのかと思うと、イズミは作り得る最高の攻撃魔術で今すぐにでもこの家を吹っ飛ばしたい衝動に駆られた。
しかし、そんな行動に意味はない。ただの憂さ晴らしだ。腹の底から湧き出でる怒りをグッと堪え、サブマスター達を連れて翠の天明のクランハウスを離れると、少し先の曲がり角までやって来る。
これだけ分かれば間違いということもないだろう。イズミは意を決しサブマスターへ向き直ると、翠の天明のクランハウスをビシッと指差し告げた。
「ラウラちゃんの居場所が分かりました。間違いありません、あの家……翠の天明というクランハウスからラウラちゃんの反応があります! あそこの地下に子供達の、」
しかし、
「そんなはずはない!」
「っ!」
ネロの一喝に、イズミは肩を震わせた。
反射的に見れば先ほどまでの懐疑的な面持ちが可愛く思えるほど、ネロは険しい表情でイズミを見据えていた。それどころか、疲労ゆえか気力の乏しかった金色の瞳からは憤りさえ窺える。見えない圧を感じてイズミが思わず後ずさってしまうほどの熱量だった。
「さっきからこの辺りをウロウロしてるから、もしやと思ったが…………本当に、あそこなのか……?」
一方、サブマスターは酷く動揺しているようで、再び顔色が悪くなっていた。
やっと見つけた手がかりだ、信じたい。
――けれど、信じたくない。
忙しなく彷徨う視線からは、そんな葛藤が手に取るように窺えた。
二人の反応を見れば聞くまでもない。翠の天明と二人は知り合いで、それもそこそこ親しい仲なのだろう。友人が疑われたのだから、二人の反応も当然だ。
失敗した、とイズミは内心歯噛みをした。
ネロは見た限り冒険者で、サブマスターは冒険者ギルドの職員だ。そんな二人が持ち家まであるクランのメンバーと顔見知りでないはずがない。初対面の人間より友人知人を信じるのは当然のことだった。
とはいえ、配慮のしようはあったと反省するが、どのみち告げる内容に変わりはないのだ。ここで退くわけにはいかない。
「ッ、サブマス! 翠の天明は長らくこの街に貢献してきた評価の高いクランです! 俺達だってこれまでに何度世話になったか……。そんな人達が子供を攫ったりするはずがない!」
「それは……そうだが……。でも、嬢ちゃんのスキルがここを示したってんなら……、」
「スキルにだって練度はあります、効果は絶対じゃない。大体、この女の方がよほど怪しいじゃないですか。冒険者でもなさそうな女がこの街へ来て、サブマスと知り合って、しかも都合良く捜索系のスキルを持っているなんて」
かいしんのいちげき!
イズミは100の(精神的)ダメージをくらった!
――というテロップの幻視が見える程度にはもっともな意見で、イズミはぐうの音も出ず項垂れる。
「おい、あんたの使ったスキルのレベルは? 本当に、前後左右一軒分の狂いもなくここだと言い切れるのか?」
増々厳しくなるネロの視線と言葉に、イズミは痛む胸元を押さえながら告げる。
「今使ったスキルはどれもレベルは三です。場所も間違いなくここだと言い切れるのは、他にもスキルを使用して家の中を確認させてもらったからです。勝手に覗いたことは申し訳ないと思ってますけど……」
「他にも使った? どんなスキルを?」
「透視と熱源感知というスキルです。透視は物の中や家の中でも透かして見ることができるスキルで、熱源感知は人や動物などが発する熱を見ることができるスキルです」
「……そんなスキルは聞いたことがない」
ですよね……と、イズミは内心苦笑した。
何せイズミが使用するスキルは全て自分で作ったものなのだから、生粋のこの世界の住人であるネロ達がその存在を知るはずもない。それが強みであると同時に、今回のように信用がゼロの場合はそこが難点でもあるのだが。
と、焦れたようにサブマスターが割って入る。
「だが、スキルレベルが三ってのはかなりの練度だ。信用できるんじゃないか?」
「……」
スキルレベル三で練度が高いのかと意外な事実に驚きつつ、サブマスターの援護でネロが考え込んでいる隙にもう一押しする。
「珍しいスキルみたいなので信じられないのも無理はないと思います。しかしスキルで確認したところ、確かにこの家の地下には子供の姿があります」
「……地下だと?」
「はい。地下に六人の子供の姿が、」
「嘘だな」
「え?」
予想外の返しにイズミがキョトンとしていると、
「この街のダンジョンは地下型だ。地下型のダンジョンは構造が複雑で、どこでどうダンジョンと繋がるか分からないからこの街では地下室を設けることは禁じられている。例え禁じられていなかったとしても、わざわざ地下を掘って家とダンジョンを繋げるような危険を冒す奴はいない。だからこの街に地下室なんてあるはずがない」
ネロの説明にイズミはなるほどと納得をした。
確かに、地下に魔物の巣食う迷宮が広がっているというのに、わざわざ危険を冒してまで地下室を作ろうと思う者は少ないだろう。仮に地下室を作り運良くダンジョンに行き当たらなかったとしても、隣接していないとは限らない。直ぐ隣を魔物がうろついている部屋など、大抵の者は願い下げだ。
どうしても増設したい場合、下ではなく上に増やせばいいだけの話なのだから。
とはいえ、そう考えるのは善良な一般人の場合である。
悪事を働こうとする者が律儀に法を守るだろうか?
いいや、守ると考える方がおかしい。
もしかするとイズミが知らない事情(魔物がものすごく強いとか)により、悪人ですらも地下を忌避する可能性もなくはないが……何事にも例外はつきもの。事実、こうして目の前の家には地下があるのだから、少なくとも過去に一人は法を破ってやろうという悪い意味で気概のある者がいたのだ。
しかし、この地下室が見えているのは現状イズミ一人。
何をどう言ったところで、証拠がなければネロは信じないだろう。
――いや、信じたくないのだ。
ネロのその反応も当然ではあるが、どれだけ長い付き合いがあろうとも他人には知らない面があるもの。一緒に暮らしている家族にだって秘密はあるのだから。
とはいえ、このままではらちが明かない。
話し合いによる決着が見込めないのであれば、あとは行動で示すより他にないだろう。
予定よりもややこしい事態になったと深い溜息を一つ零すと、イズミは二人を見据え口を開いた。
「わかりました。信じてもらえないのであれば仕方ありません。私が忍び込んで子供達を救出します」




