第九話 国渡
国渡は北へ向かっていた。
誰にも告げていない。
高祖を刺した理由も。
狐里を置き去りにした理由も。
誰にも話さなかった。
街道沿いの茶屋で休んだ。
店の女が彼の顔を見る。
「外国の人かい」
国渡は頷いた。
「都から?」
また頷く。
女は茶を置いた。
「大変らしいね」
返事はしない。
「狐里様が倒れたとか」
国渡の手が一瞬止まった。
女は気づかなかった。
「ほんとかどうかわからないけどね。
いまはいろんな話が飛び交ってるから」
奥で客たちが話している。
高祖が死んだ。
狐里は生きている。
狐里は人間ではなかった。
外国へ逃げた。
審理院が燃えた。
オウが攻めてくる。
どれも少しずつ違っていた。
国渡は茶を飲み干した。
店を出ようとしたとき、女が声をかけた。
「兄さん」
振り返る。
「忘れ物」
卓の下に小さな包みがあった。
国渡は首を振った。
自分のものではない。
女が拾う。
中から一枚の紙が落ちた。
高祖の教団の印があった。
国渡の目が変わった。
紙を取る。
そこには地名が並んでいた。
寺。
商家。
役所。
港。
そして人名。
狐里の国だけではない。
オウの国。
キタノクニ。
さらにいくつもの国。
高祖の組織は、一人の女が死ねば消えるようなものではなかった。
国渡は紙を折った。
「それ、兄さんのかい?」
初めて口を開いた。
「違う」
女が驚く。
声を聞いたのは初めてだった。
「では」
国渡は紙を懐へ入れた。
「知っている」
何を。
女が尋ねる前に、青年は歩き出した。
向かう先を変えていた。
北ではない。
都へ。
まだ終わっていなかった。




