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亀裂【平安版】  作者: きじの美猫


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第十話 ひびの底

狐里は夢を見ていた。


小さな部屋。

腹が減っている。

寒い。

誰も名前を呼ばない。

あのころ。

まだ狐里ではなかったころ。


誰かが歩いてくる。

高祖だ。

「腹が減っているか」

子どもの自分が頷く。

やめろ。

狐里は思う。

行くな。

その女についていくな。

だが少女は立ち上がる。

「ならば来い」


高祖が手を差し出す。

少女がその手を取る。

違う。

違う。

あたしは。

狐里は叫ぼうとした。

声が出なかった。

目を開けた。


暗い。

土の匂いがする。

右足の感覚がない。

動こうとして、激痛が走った。

「起きたか」

声がした。


狐里は目だけを動かす。

イシがいた。

「……なんで」

喉が乾いている。

「なんでおまえが」

イシは薬を混ぜていた。

「拾った」

「誰を」

「おまえをだ」


狐里は笑おうとした。

笑えなかった。

「助けたつもりか」

「違う」

イシは即答した。

「では殺すんか」

「それも違う」

「ほな、なんや」

イシは手を止めた。


狐里の右足を見る。

布が巻かれている。

その下から、黒い筋が伸びていた。

「確認する」

「何を」

「高祖がおまえに何を埋め込んだのか」

狐里の目が細くなる。

「組織や」

「そう聞かされたのか」

「おかあさんが――」

言いかけて止まった。


イシは何も言わない。

狐里は顔を背けた。

「死んだんやろ」

「高祖か」

「……」

「まだ確認されていない」

狐里の指が動いた。

「国渡は」

「知らない」

また沈黙。


狐里は天井を見る。

「都は」

イシは薬を置いた。

「おまえがいなくても動いている」

狐里が睨んだ。

その言葉だけは耐えられなかった。


「嘘や」

「群訴は続いている」

「嘘や!」

「審理院の記録が流出した」

「黙れ!」

「天津社にも捜索が入った」

「黙れ!!」

「秋月泉士を立てようとする者もいる」

狐里が息を止める。


やがて、小さく笑った。

「ほらな」

イシを見る。

「あたしがおらな何もできへん。次の人形を置くだけや」

イシは答えなかった。


狐里の笑いが少しずつ消える。

「……そうやろ」

返事はない。

「そうやと言え」

イシは狐里の足元へ座った。

布を解く。

ぴし。

また音がした。

黒い部分に、新しい亀裂が走った。


だが今度は、そこから何かが覗いていた。

イシが目を凝らす。

「これは……」

狐里も見る。

黒い殻の下。

そこにあったのは金属でも、木でもなかった。

薄い皮膚だった。


狐里が息を止める。

「なんや、それ」

イシは答えない。

亀裂の奥で。


失われたはずの狐里自身の足が、わずかに脈打っていた。

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