第七話 空いた席
狐里が消えた翌朝。
議会場には、ひとつの席が空いていた。
誰も座らない。
いや。
座りたい者は大勢いた。
だからこそ、誰も最初には座らなかった。
「まず政を安定させねばならん」
老文官が言った。
「群訴を鎮めるのが先だ」
「誰を立てる」
そこで部屋が静かになった。
秋月泉士は末席に座っていた。
上等な衣。
整った顔。
名門の家柄。
狐里とは何もかも違う。
孤児でもない。
怪しい宗教団体に拾われたわけでもない。
外国の呪術を体へ埋め込まれてもいない。
清廉。
そう紹介する者さえいた。
「秋月殿なら国民も納得するのでは」
泉士がわずかに姿勢を正した。
その瞬間だった。
杖が床を打った。
乾いた音が部屋に響いた。
泉士の老父だった。
「何を寝ぼけたことを申しておる」
「父上」
「おまえに何ができる」
泉士の顔が赤くなる。
「私はこれまで――」
「何をした」
言葉が止まった。
老父は息子を睨んだ。
「父の名で席を得た。
祖父の名で人に会った。
家の名で頭を下げさせた。
それを己の力と思うたか」
誰も口を挟めない。
泉士は俯いた。
議会場の外には民衆がいた。
昨日から帰っていない。
旗を持ったまま、路上で夜を明かした者もいる。
「狐里はどうなった」
「逃げたのか」
「高祖は」
「審理官を出せ」
要求は増えていた。
狐里一人ではなくなっていた。
天津社の帳簿を出せ。
ムクル流入の記録を見せろ。
オウとの密約を公開しろ。
審理院の判決を調べ直せ。
群訴に参加した一人の老人が言った。
「首をすげ替えるだけなら、帰る必要はないな」
隣の若者が頷いた。その言葉は人から人へ伝わった。
やがて旗の一枚に、大きな文字で書かれた。
――席ではない。
何のことだと役人は首を傾げた。
だが民衆にはわかっていた。
問題なのは、誰が座るかではない。
そこへ座れば、同じことができてしまう。
それこそが問題なのだ。




