第三話 見えない根
高祖は、一度国を失っている。
ソウノクニ。
海を隔てた小さな国だった。
軍も少ない。
土地も広くない。
だが、高祖はそこを追われた。
港町の酒場で、旅の商人がその話をしていた。
「本当に追い出したのか」
若い男が尋ねる。
老人は酒を一口飲んだ。
「追い出した」
「怖くなかったのか」
「怖かったさ」
老人は笑った。
「先人たちは命をかけて戦った。
おかげで今のこの国がある。」
高祖の教団は、ソウノクニで寺院を建てた。
次に学校を作った。
商人へ金を貸した。
役人へ贈り物をした。
やがて裁きをする者の中にも、高祖の信徒が現れた。
気づいたときには国のあちこちへ根を張っていた。
だからソウノクニの人々は、その根を一本ずつ抜いた。
高祖は逃げた。
そして別の国へ渡った。
狐里の国だった。
今度はもっと慎重にやった。
寺院を増やさない。
表立って信徒を集めない。
金を使った。
婚姻を使った。
商いを使った。
役人を使った。
そして、孤児を拾った。
その一人が狐里だった。
十数年後。
狐里は議会の末席に座っていた。
さらに数年後には中央にいた。
やがて誰より高い席に座った。
そのたびに高祖は笑った。
「よくやった」
狐里も笑った。
けれど、どちらも相手を見てはいなかった。
高祖は国を見ていた。
狐里は、その頂だけを見ていた。
そのころ、都の外では別の変化が起きていた。
ムクルと呼ばれる人々が次々と入ってきた。
国を持たず、各地を渡り歩く集団だった。
役人が問いただす。
「この土地は誰から借りた」
男は笑った。
「知らねえよ」
「ここで商いをするには許しがいる」
「なにをしたってあげられるこたあねえ。やりたい放題だ。」
背後には、高祖の寺の印があった。
訴えは審理院へ持ち込まれた。
長は書類を見ることさえしなかった。
「んで、今度はだれを?」
金の入った箱が置かれる。
審理官は蓋を開けた。
そして判を押した。
無罪。
その判が乾くより早く、高祖の根はまた一本、地中深くへ伸びた。




