第二話 拾われた子
その子には、名がなかった。
寺の裏で残飯を漁っているところを見つけられた。
「親は」
女が尋ねた。
子は首を振った。
「死んだか」
また首を振る。
知らないのだ。
女はしばらく子を眺めていた。
海の向こうの国から来た女だった。
人々は彼女を高祖と呼んだ。
「腹が減っているか」
子は初めて頷いた。
高祖は笑った。
「ならば来い」
それが始まりだった。
これが親というものだろうか。
狐里という名を与えられた。
食事を与えられた。
寝床を与えられた。
文字を教えられた。
礼法を教えられた。
そして、世の中には上に立つ者と、
下に置かれる者がいると教えられた。
狐里はよく覚えた。
とりわけ最後の教えを。
二度と下には戻らない。
それだけを考えた。
ある夜、高祖が狐里を地下へ連れていった。
そこには一人の陰陽師がいた。
名をイシといった。
「本当にやるのか」
イシが尋ねた。
高祖は答えなかった。
狐里が答えた。
「強うなれるんやろ?」
イシは少女を見る。
「力を得る」
「ほな、やる」
「失うものもある」
「何を?」
イシは答えなかった。
粗末な板の上へ狐里は寝かされた。
立派な祭壇などない。
清められた道具もない。
欠けた器。
古びた呪符。
異国の文字が刻まれた金属片。
そして高祖が海の向こうから運ばせた、黒い塊。
生き物のように脈打っている。
それは高祖の組織の一部だという。
狐里の足へ、それが埋め込まれた。
少女の絶叫が地下に響いた。
何日経ったのかわからない。
目を覚ました狐里は、自分の足を見た。
以前とは違っていた。
人のものではない部分がある。
「……なんや、これ」
高祖が言った。
「祝福だ」
狐里は黙りこんだ。
「私の組織を、おまえにとりわけてやった。
おまえは特別な者になったのだ」
狐里は再び足を見る。
こんなものを頼んだ覚えはなかった。
だが。
立てた。
以前より速く歩けた。
呪を使えば、人の心へ入り込むことさえできた。
そして高祖の名を出すだけで、頭を下げる大人たちが現れた。
狐里は笑った。
足などどうでもいい。
力がある。
それでいい。
「おかあさん」
初めてそう呼んだ。
高祖が満足そうに笑った。
そう呼んだけれど、
狐里はその日から二度と高祖を母とは思わなかった。




