表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屋烏の愛  作者: みなきら
愛、屋烏に及ぶ
23/34

嘯(うそ)を吹き吹き花をこそ折れ

 妙白や柳舟がやってきたのは、宵五つといった頃だろうか。東の対の端、普段使われていない辺りまで来ると、中では桜萌黄の大己貴命の姿があった。


「こちらまで足を運んでくださり、ありがとうございます。」


 そう話して上座を妙白や柳舟に譲る大己貴命の上背(うわぜい)は、思っていたよりもあるようで、妙白程ではないが柳舟を幾ばくか越える程度にはありそうに見える。


「ささ、こちらへどうぞ。」


 そこまで大きな空間ではないので、四人も入れば少し窮屈に思えた。特に妙白はそれが気に入らないのか、「もう少し何とかならないか?」と言い出したので、萩乃は几帳の位置を少しずらして調整した。


「貴方が無駄に大きいからですよ、妙白。一人(かくま)うなら、この程度がちょうど良いことでしょう。」


 そう話す柳舟は今日も片眼鏡(モノクル)を付けていて、品定めをするように大己貴命を眺め見た。


「それで――? 挨拶の話云々は妙白から聞きましたが、時間は有限です。私としては手短に済ませたい。」


 そして、本人を前にして「本当ならお会いするつもりはなかったのですが、八嶋士奴美神より《面白い話が聞けるはずだから必ず会え》と文が来たので参りましたが」と話す。その様子に大己貴命はちらりと萩乃を見ると、「少し三人だけでお話しさせて頂けませんか?」と言った。


「八嶋士奴美神より《春の嵐に巻き込まれぬよう》と忠告を頂いているのですが、それと関係はございますか?」


 すると、大己貴命はにこりとして「ええ、これから話すのはまさに春の嵐ですね」と話す。萩乃はそれを聞くと、八嶋士奴美神の忠告に従い「隣の局に控えております」と座を外した。


「春の嵐――?」

「ええ、昨夜の雉子は、もう一つ、二つくらい、やらかしかねない連中なのです。」


 妙白の問いに答えつつ、昨夜何があったのか、柳舟にも共有する。間者が紛れていたことは自体は妙白から聞いていたものの、柳舟は撃退した人数が五、六人と聞いて顔色を変えた。


「妙白、そう言う大事なところをなぜ伝えぬのですッ!」

「い、いやあ、俺が話すより撃退した当人に話してもらった方がいいかと思ってな。」


 きつく睨まれた妙白は「俺は物陰から見ていただけだし」と、しどろもどろと答える。大己貴命は助け舟を出すように、昨夜の賊から奪った丹塗りの弓矢一式を見せた。


「今夜、柳舟殿をお呼びしたのはこちらをご覧頂きたかったからなんです。」

「これは、まさか・・・・・・?」

「ええ、以前、私はこれと同じ物で背を打たれ、死にかかったところを神皇産霊神に助けられました。」


 生き残れたのはたまたま運が良かっただけで、道返しの呪が施したのが神皇産霊神ではなかったり、もう少し遅かったりすればあの時点で儚くなっていた事だろう。


 柳舟は丹塗りの矢の矢羽根を手に取り「やはり高天原の物ですね」と呟く。


「はい、()()()に相違ないかと存じます。」


 妙白は「それが生弓矢か・・・・・・」と驚いた声を上げる。それもそのはず葦原中国で普及している弩や短弓とは違い、弓を打つにしても、征矢一本にしても、かなりの時間と労力のかかる高級品で、それを作れるのは高天原の限られた弓師と矢師だけだからだ。


 弓の性能も他に流通しているものとは一線を画し、引く際に真ん中寄りに引けば命中率が上がり、下の方で引けば仰角が上がる分、より遠くへと飛ぶという代物だ。


 また、矢の方も、他の国と違って独自の規格を決めいるのか、通常、流通しているものよりは重いものの、おおよそ重さは均一で、三枚の矢羽根で回転して飛ぶようになっているから、命中すれば(やじり)が肉を抉るようにして刺さる仕組みになっていると大己貴命は話した。


「この通り、高天原は既に葦原中国に介入し始めています。しかも、私のことをこの根の堅洲国まで執拗に追ってきたようなのです。」


 葦原中国は百以上の国に分かれ、血で血を洗う事態になっていると話す。


「さらに、その一つ、一つの国の中でも内紛があり、私の生まれた伊波の国も、上の四人が激しく争っていました。」

()()()()?」

「ええ、今は不思議と私を排除すべく、仲の悪かった兄達が結託している状態です。ある意味、均衡が取れてはいますが、西の()の国と東の倭種(やまと)の国との睨み合いの合間に挟まれている土地柄ですので、どちらかが動けばいずれかに(くみ)さざるを得ないでしょう。」


 それ故、亡き父は遠つ国の刺国(さしくに)から妻を貰い、生まれたのと同時期に自分へと高志の国の沼河比売と縁付けようとした。そして、その一方で兄達を人質に隣国の丹波や稲葉の国との同盟も施し、少しでも二つの大国の牽制になるように和睦を進め、両者に与せぬ第三の勢力を作ろうとしたのだ。


「東の果てではありますが、倭種と渡り合えるある刺国の後ろ盾がある自分は、伊波の国を継ぐ予定でした。」


 しかし、兄達はいつ寝首を掻かれるか分からない隣国に行かされるより、拠点は伊波に置きつつ武力でそれらを抑えればいいと主張した。


「そうなれば倭国と奴国の思う壺だというのに。」


 そして、父が正式に跡目を自分に指名した日にあの悲劇が起きた。


「兄達は恐らくその時も心をひとつにしたのでしょう。彼らは父神を弑したのです。」


 本来ならその際に自分も殺されてもおかしくなかったのであろうが、倭種と同様に大きな刺国に攻め込まれるのを恐れた兄達は、自分と母を軟禁するに留めた。


「それより後は、父を喪い伏せってしまった母に代わり、後継者の自分の代わりに兄達が摂政をするという体制を表向きにはとったのです。」

「寄って(たか)って、お主の継ぐはずだった物を奪ったという事か。」

「そういう事ですね。しかし、私は成長し、摂政をするには不相応な年齢になり、兄達には目の上のたんこぶになりました。そんな折、近隣国の稲葉の国から後継者が居ないということで八上比売の縁談話が上がったんです。」

「へえ? それはお主の兄達は喜んだであろう。」

「ええ、それはもう、とても浮かれていました。隣国の姫を手に入れて稲葉の国を手に入れられるだけでなく、私を消すいい口実になりますからね。しかし、この八上比売がとんだ食わせ物でして・・・・・・。」


 木花知流比売が言う通り、八上比売のところには男が通っていた。ただ、木花知流比売が言ったような甘い関係ではなく、それはもっと政略的なものであった。


 稲葉の国は自分を捕えた後、密やかに同盟を結んだ倭国に差し出して、倭種の国の力で持って伊波の国を攻め滅ぼそうとしたのだ。一方、倭種の国も、稲葉の国の申し出は理にかなっていて、刺国との交渉材料に自分の身を使い、上手くすれば傀儡政権を立てようと目論んだのだ。


「神皇産霊神に助けられた際に、色々と政治的な面や各国の力関係を教えて頂きました。聞けば遠つ刺国では相続するための御子が次々と夭折してしまったそうで・・・・・・。聞けば、私は伊波の小国の後継者であると同時に、大国の刺国の後継者でもあると判明したのです・・・・・・。」


 刺国と言えば、駿河としても知られる大井川を境にした東側に広がる国だ。富士の山の裾野に広がる台地の他、箱根の山を越えれば、農耕地に最適な平野と湿原が広がると聞く。


「陸で行くには倭国を通り抜けねばならず骨の折れる国ですが、船で八嶋士奴美神の海を抜け、志摩の国の和具の地を経由すれば、倭国の襲来を受ける心配もなく比較的安全に行ける土地です。」


 大己貴命は懐から地図を取り出すと真ん中に広げ、「現在の勢力の状況を表せばこのような状態になりますね」と言いながら、準備していた碁石を出して並べていく。しかし、柳舟と妙白はその碁石の配置よりも広げられた地図の方に目を見張った。


「このような地図、一体どこで手に入れたのです?」


 柳舟が思わず問うたのも道理で、地図には川の緩急、谷合の隘路、扇状地として野の開ける所などが事細かく書き込まれていて、軍師ならば、きっと誰しもが垂涎し、この地図を大枚を払って欲しいと言うに違いない物だ。


「これは旅をしている中で、兄達の目を盗んでは計測し、合間を見つけて私が描いたものです。海の部分は八嶋士奴美神に協力して頂き、刺国よりこちらに戻った際に海岸線を計測しつつ帰ってきたのです。」


 今の自分にはこれといった軍勢もなく、攻められたならすぐに白旗をあげざるを得ない。しかし、こうして地理を制する事で、攻められても上手く逃げ、所によっては反撃にも出られる。


 大己貴命が「もし写しをご希望でしたら、こちらに滞在する期間お貸し出しするのは構いませんよ?」と言うと、局に来た時には乗り気ではなかった柳舟が目を輝かせた。


「ぜひ、お願いしたい。これがあれば、かなり詳しく葦原中国の情勢が整理出来よう。」

「それは根の堅洲国、黄泉の国も葦原中国に進出するためですか?」


 そう言うと大己貴命はもう一枚、薄く、日に翳せば向こう側が透けそうな紙を取り出して、地図の上に重ね置く。途端に柳舟は顔色を悪くする。妙白はその紙を覗き見て首を傾げた。


「それは、何だ・・・・・・?」

「これはこの二週間で調べた根の堅洲国の地図です。」


 里の位置について差はあれど、海岸線や切り開く前の山の位置などは葦原中国と根の堅洲国はほぼ同じだ。


「これからお話するのは、私なりの仮説ですが・・・・・・、今、こうして私が碁石を並べたように、各界にて葦原中国で囲碁をなさっているのではないですか?」


 そして、その足掛かりの場所は、八嶋士奴美神に任せた須賀の国と元々奇稲田姫の生まれ故郷の巴里の国。しかし、それだけでは地盤としては弱い。


「ところが、これが刺国が与し、このように倭種を挟み込めば如何なりましょう?」


 大井川沿いと、志摩の海岸沿い、それから、須賀の地、瀬戸の海、高志の国と白い碁石を並べ、薄様の紙の上にもいくつか白い碁石を並べる。そして、こてりと首を傾げて「いかがです?」と、大己貴が訊ねれば、妙白はカカッと声を立てて笑った。


「葦原中国と根の堅洲国で同盟し、高天原にいっぱい食わせるつもりか?」

「ええ、きっと葦原中国を平定してみせましょう。どうか須勢理毘売を娶れるように、根の堅洲国の軍勢とそのお力をお貸し頂けませんか?」


 流麗に笑う大己貴命の様子に、柳舟の本能が「敵に回してはならぬ相手だ」と警笛を鳴らしていた。一方、妙白は呑気に「てっきり、姫様の簒奪についての話し合いだと思うたぞ」と、これまた冷や汗を掻きそうな内容を話題にする。


 しかし、それには大己貴命も「そんなことは致しませんよ」と笑みを崩さずに話し、「頼むとしたら素戔嗚尊の裁定のあとですよ」と笑えない事を返してくる。


「ふむ、その時はどうする?」

「どうしましょうねえ。抱えて連れ出すくらいしか思いつかないんですが。」


 その言葉を聞くと柳舟はこの二人と八嶋士奴美神ならやりかねないと思い至り、「その際は一旦、私めにご相談ください」と言葉を濁した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ