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最強の猫先生は、儀式に出ない

 手紙が来た。

 教会の印が押してある。

 エレノアが封を切って、読んだ。

 長いこと、読んでいた。

 短い手紙なのに。

「……聖女選定の儀、ですって」

 リナが、手を止めた。

「お嬢様が」

「ええ。推薦が、まとまったそうですわ」

 エレノアは、手紙を机に置いた。

 窓の外を見た。

 それから、俺を見た。

 俺は、暖炉の前で腹を焼いていた。

「……頼まれたのなら、仕方ありませんわね」

 仕方ないらしい。

 前は、勝ちたいと言っていた。

 今は、仕方ないと言っている。

 どちらも、魚の話ではない。

*

 儀式の日の朝。

 エレノアの部屋に、箱がいくつも運ばれてきた。

 首飾り。

 耳飾り。

 髪飾り。

 どれも、光っている。

 暖炉の上の箱と、同じ光り方だ。

「お嬢様。どれになさいますか」

 リナが、蓋を一つずつ開けていく。

 エレノアは、見ていなかった。

 鏡台の引き出しを開けた。

 小さなものを、一つ出した。

 青い花の、小さな髪飾りだ。

 祭りの日のやつだ。

 全部買おうとして、止められて、最初に見ていた一つを買った。

 あれだ。

「これで、結構ですわ」

「……宝石のものも、ございますが」

「これで、結構ですわ」

 リナは、それ以上言わなかった。

 箱の蓋を、一つずつ閉めていった。

 手帳を開いた。

「お髪飾り、青い花」

 それは、書いていい。

*

 教会は、寒かった。

 天井が、高すぎる。

 石が、冷たすぎる。

 暖炉が、ない。

 何のための建物だ。

 俺は、リナに抱えられて入った。

 リナの腕の中は、まだましだ。

 奥に、祭壇があった。

 白い布がかけてある。

 その上に、クッションが一つ置いてあった。

 知っている。

 蔵の前の、俺のクッションだ。

 朝、リナが持ち出していたのは、これか。

 高い窓から、日が一筋落ちている。

 祭壇の上にだけ、落ちている。

 ……。

 リナの腕から、降りた。

 祭壇へ、上がった。

 クッションの上に、乗った。

 沈んだ。

 日が、背中に当たる。

 これは、いい。

 俺は、丸くなった。

 後ろの席で、人がざわめいた。

「……おお」

「聖獣様が、祭壇に」

「お座りに、なった……」

 座っていない。

 寝る。

*

 儀式が始まった。

 偉そうな服の男が、何か読み上げている。

 長い。

 俺は、寝ていた。

 寝返りを打った。

 後ろの席が、ざわめいた。

 男の声が、一度止まった。

 また読み始めた。

 寝返りを打った。

 また、ざわめいた。

 また、止まった。

 この男は、俺が動くたびに止まる。

 賢いのかどうかは、知らん。

 エレノアは、祭壇の前に立っていた。

 背筋が、まっすぐだった。

 髪に、青い花が一つだけついていた。

 光らない。

 日が当たっても、光らない。

 それでいい。

 男が、エレノアの名前を読み上げた。

 後ろの席から、声が上がった。

 拍手が、石の壁に跳ね返った。

 うるさい。

 エレノアが、頭を下げた。

 顔を上げたとき、少しだけ困った顔をしていた。

 すぐに、元に戻った。

*

 儀式のあと、教会の男が来た。

 鞄は、膝の上ではなく、脇に抱えている。

 立っているからだ。

「聖女様。おめでとうございます」

「……ありがとうございます」

 エレノアは、まだ少しその呼び方に慣れていない顔をした。

「それと、聖獣様の件でございますが」

 男は、手帳を開いた。

「教会としては、正式な認定を、保留のまま、記録を閉じることになりました」

「閉じる、ですの」

「はい。これ以上、確かめることがございませんので」

 男は、祭壇の上の俺を見た。

 俺は、寝ていた。

「聖獣様ご自身が、何もお決めにならない、と。上の者も、それで納得いたしました」

 決めないのではない。

 食えないものは、決めないだけだ。

 男は、手帳に一行だけ書いた。

 短い一行だった。

 それから、手帳を閉じた。

 鞄に、しまった。

「……儀式のあいだ、一度もお目覚めにならなかったのは、聖女様を信じておられる証かと」

 違う。

 寝ていた。

 男は、深く頭を下げて、下がっていった。

 前は、魚を持ってくる男だった。

 最後は、頭だけ下げていった。

*

 皇太子も、来ていた。

 人の向こうから、こちらへ歩いてきた。

 名代の服ではなかった。

「おめでとう」

「ありがとうございます、殿下」

 エレノアは、普通に頭を下げた。

 普通に、顔を上げた。

「教会は冷えますわね。殿下も、お風邪など召されませんよう」

「……ああ」

 皇太子は、何か言いかけた。

 言わなかった。

 祭壇の上の俺を、一度だけ見た。

 呼ばなかった。

 それから、人の向こうへ戻っていった。

 エレノアは、見送らなかった。

 次に来た誰かに、同じように頭を下げていた。

*

 後ろの席に、コレットがいた。

 エレノアを見て、両手を胸の前で握っていた。

「エレノア様! それ、あのときの!」

 髪飾りを指さしている。

「……声が大きいですわ」

「似合ってます!」

「……知っていますわ」

 その隣に、あの男が座っていた。

 儀式のあいだ、一度も動かなかったらしい。

 エレノアが、あの男の前に立った。

「お父様。選ばれてしまいましたわ」

「……そうか」

 あの男は、それだけ言って立ち上がった。

 外套を、エレノアの肩にかけた。

 自分のものだ。

 教会は、寒い。

 今日の「そうか」は、短かった。

*

 帰りの馬車。

 エレノアの膝の上で、丸くなった。

 外套の端が、俺の上にもかかっている。

 暖かい。

 エレノアの手が、背中の上にある。

 置いているだけだ。

 儀式は、知らん。

 クッションは、よかった。



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