↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/47

最強の猫先生は、認められていない

昼過ぎ。

 客が来た。

 黒い服の男だ。

 見覚えがある。

 前に魚を持ってきた男だ。

 俺は鞄を見た。

 膨らんでいる。

 かすかに、魚の匂いがする。

*

 応接室。

 男は長椅子の向かいに座った。

 鞄は、膝の上だ。

 エレノアが正面に座る。

 俺はその隣。

 リナは壁際に立っている。

「先日の調査について」

 男が言った。

「教会としての判断を、お伝えに参りました」

 エレノアの背筋が伸びた。

 もともと伸びているのに、さらに伸びた。

 判断。

 どうでもいい。

 鞄だ。

 俺は、長椅子から身を乗り出した。

 鞄に、鼻を近づける。

 男が、鞄を少しだけ引いた。

 俺は、もう少し乗り出した。

 男が、鞄を膝の上で抱え直した。

 教会の者は、守りが固い。

 男が鞄を開けた。

 紙が出てきた。

 魚ではない。

 男は紙を広げ、一度だけ目を落とした。

「現時点では」

 エレノアの指が、膝の上で重なる。

「聖獣としての正式な認定は、保留となりました」

「…………」

「……保留、ですの」

「はい」

 保留とは、何だ。

 食えるのか。

 エレノアの肩が、少しだけ下がった。

 そうだろう。

 猫を認定して、どうする。

「ただし」

 男が、紙の別のところを見た。

 まだあるのか。

「今後、聖獣様への奉納につきましては」

 奉納。

 魚のことか。

「公爵家のご令嬢を介するものと、定められました」

「…………」

 エレノアが顔を上げた。

 さっき下がった肩が、戻っている。

「……ようやく、お分かりいただけましたのね」

「……ようやく、でございますか」

「ええ」

 エレノアはうなずいた。

「先生は、お食事を制限されていますもの」

 外で言うな。

「前にも、申し上げましたでしょう?」

「……はい。伺っております」

 男が手帳を開いた。

 何か書いた。

「それと」

 エレノアが続けた。

「量は、こちらで決めます」

 余計なことを言うな。

 男のペンが、一度止まった。

「……量、でございますか」

「ええ」

 ペンが、また動いた。

 今度は長い。

 俺の食事が、教会の手帳に載った。

 外で言うなと、言ったはずだ。

 俺は長椅子に伏せた。

 紙の話は、もういい。

*

 しばらくして、男が立ち上がった。

 鞄の底から、包みを出す。

 魚の匂いだ。

 俺は起きた。

 やはり、この男は魚を持ってくる。

 男は包みを持ったまま、机の横を回った。

 机には置かなかった。

 置け。

 ここに置け。

 まっすぐ、エレノアの前へ差し出した。

「……先に、こちらへ?」

「そのように、と申しつかっております」

 誰に申しつかった。

 魚のことは、俺に申しつかれ。

 エレノアが受け取った。

「確かに、お預かりしますわ」

 包みは、最初からあっちへ行った。

 俺の鼻先を、かすりもしなかった。

 包みは、エレノアの腕の中にある。

「本日は、ありがとうございました」

 男は頭を下げて、帰っていった。

*

 包みが、廊下を行く。

 エレノアの腕の中で。

 俺も行く。

 エレノアの足元を、ぴったりついていく。

 リナが、後ろで少し笑った気がした。

 気のせいだ。

*

 夕方。

 エレノアの部屋の机に、包みが置かれた。

 俺は、机の端にいた。

 当然だ。

 エレノアが、紐をほどく。

 紙を開く。

 魚だ。

 三匹。

 干してある。

 大きい。

 教会の魚は、大きい。

 教会は、分かっている。

 ……悪くない。

「リナ。お皿を」

「はい」

 皿が来た。

 エレノアは、三匹を見比べた。

 一匹を取った。

 皿には置かなかった。

 ナイフを取った。

 待て。

「量は、こちらで決めます、と申し上げましたもの」

 言ったな。

 聞いていた。

 余計なことを言うな、と思った。

「先生のお体のためですわ」

 俺の体は、もう十分だ。

 ナイフが、干物の真ん中に入った。

 半分。

 その半分。

 また、その半分。

 待て。

 待てと言っている。

「……このくらいかしら」

 皿の上に、一切れ。

 指の先ほどの。

「残りは、どういたしましょう」

「蔵へ。少しずつ、お出ししますわ」

 蔵。

 あそこに入ったものは、出てこない。

 前にも、入った。

 出てきた覚えがない。

 リナが、手帳を開いた。

「奉納、初回」

 書きながら、小さく読み上げている。

「……一切れ。残り、蔵へ。二匹と、少し」

 少しとは、何だ。

 教会の魚が、一切れになった。

 俺は、皿の前に座った。

 一切れを見た。

 一切れも、俺を見た。

 食べた。

 ……うまい。

 教会の魚は、うまい。

 一切れぶん、うまい。

「先生、いかがでした?」

 足りない。

「よろしかったわ」

 聞いていない。

 エレノアは、残りの干物を紙に包み直した。

 丁寧に。

 俺の目の前で。

 ……見せるな。

*

 夜。

 長椅子の上で、丸くなる。

 教会は、決めたらしい。

 俺に来た魚は、まずエレノアのところへ行く。

 量も、エレノアが決める。

 今日は、一切れだった。

 俺に聞いた者は、いない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。