最強の猫先生は、認められていない
昼過ぎ。
客が来た。
黒い服の男だ。
見覚えがある。
前に魚を持ってきた男だ。
俺は鞄を見た。
膨らんでいる。
かすかに、魚の匂いがする。
*
応接室。
男は長椅子の向かいに座った。
鞄は、膝の上だ。
エレノアが正面に座る。
俺はその隣。
リナは壁際に立っている。
「先日の調査について」
男が言った。
「教会としての判断を、お伝えに参りました」
エレノアの背筋が伸びた。
もともと伸びているのに、さらに伸びた。
判断。
どうでもいい。
鞄だ。
俺は、長椅子から身を乗り出した。
鞄に、鼻を近づける。
男が、鞄を少しだけ引いた。
俺は、もう少し乗り出した。
男が、鞄を膝の上で抱え直した。
教会の者は、守りが固い。
男が鞄を開けた。
紙が出てきた。
魚ではない。
男は紙を広げ、一度だけ目を落とした。
「現時点では」
エレノアの指が、膝の上で重なる。
「聖獣としての正式な認定は、保留となりました」
「…………」
「……保留、ですの」
「はい」
保留とは、何だ。
食えるのか。
エレノアの肩が、少しだけ下がった。
そうだろう。
猫を認定して、どうする。
「ただし」
男が、紙の別のところを見た。
まだあるのか。
「今後、聖獣様への奉納につきましては」
奉納。
魚のことか。
「公爵家のご令嬢を介するものと、定められました」
「…………」
エレノアが顔を上げた。
さっき下がった肩が、戻っている。
「……ようやく、お分かりいただけましたのね」
「……ようやく、でございますか」
「ええ」
エレノアはうなずいた。
「先生は、お食事を制限されていますもの」
外で言うな。
「前にも、申し上げましたでしょう?」
「……はい。伺っております」
男が手帳を開いた。
何か書いた。
「それと」
エレノアが続けた。
「量は、こちらで決めます」
余計なことを言うな。
男のペンが、一度止まった。
「……量、でございますか」
「ええ」
ペンが、また動いた。
今度は長い。
俺の食事が、教会の手帳に載った。
外で言うなと、言ったはずだ。
俺は長椅子に伏せた。
紙の話は、もういい。
*
しばらくして、男が立ち上がった。
鞄の底から、包みを出す。
魚の匂いだ。
俺は起きた。
やはり、この男は魚を持ってくる。
男は包みを持ったまま、机の横を回った。
机には置かなかった。
置け。
ここに置け。
まっすぐ、エレノアの前へ差し出した。
「……先に、こちらへ?」
「そのように、と申しつかっております」
誰に申しつかった。
魚のことは、俺に申しつかれ。
エレノアが受け取った。
「確かに、お預かりしますわ」
包みは、最初からあっちへ行った。
俺の鼻先を、かすりもしなかった。
包みは、エレノアの腕の中にある。
「本日は、ありがとうございました」
男は頭を下げて、帰っていった。
*
包みが、廊下を行く。
エレノアの腕の中で。
俺も行く。
エレノアの足元を、ぴったりついていく。
リナが、後ろで少し笑った気がした。
気のせいだ。
*
夕方。
エレノアの部屋の机に、包みが置かれた。
俺は、机の端にいた。
当然だ。
エレノアが、紐をほどく。
紙を開く。
魚だ。
三匹。
干してある。
大きい。
教会の魚は、大きい。
教会は、分かっている。
……悪くない。
「リナ。お皿を」
「はい」
皿が来た。
エレノアは、三匹を見比べた。
一匹を取った。
皿には置かなかった。
ナイフを取った。
待て。
「量は、こちらで決めます、と申し上げましたもの」
言ったな。
聞いていた。
余計なことを言うな、と思った。
「先生のお体のためですわ」
俺の体は、もう十分だ。
ナイフが、干物の真ん中に入った。
半分。
その半分。
また、その半分。
待て。
待てと言っている。
「……このくらいかしら」
皿の上に、一切れ。
指の先ほどの。
「残りは、どういたしましょう」
「蔵へ。少しずつ、お出ししますわ」
蔵。
あそこに入ったものは、出てこない。
前にも、入った。
出てきた覚えがない。
リナが、手帳を開いた。
「奉納、初回」
書きながら、小さく読み上げている。
「……一切れ。残り、蔵へ。二匹と、少し」
少しとは、何だ。
教会の魚が、一切れになった。
俺は、皿の前に座った。
一切れを見た。
一切れも、俺を見た。
食べた。
……うまい。
教会の魚は、うまい。
一切れぶん、うまい。
「先生、いかがでした?」
足りない。
「よろしかったわ」
聞いていない。
エレノアは、残りの干物を紙に包み直した。
丁寧に。
俺の目の前で。
……見せるな。
*
夜。
長椅子の上で、丸くなる。
教会は、決めたらしい。
俺に来た魚は、まずエレノアのところへ行く。
量も、エレノアが決める。
今日は、一切れだった。
俺に聞いた者は、いない。




