最強の猫先生は、案内しない
男爵家から、祭りの誘いが来ていた。
「……祭り、ですか」
エレノアは少し考えた。
断らなかった。
祭り。
魚が焼かれるらしい。
行く。
*
「エレノア様、こっちです!」
あの女が、人混みの向こうから手を振った。
今日はいつもより機嫌がいい。
エレノアが眉を寄せる。
「待ちなさい。なぜそちらですの?」
「こっちから回ったほうが、おいしいものが多いんです」
「道順の基準がおかしくありませんこと?」
正しい。
俺はエレノアの足元から、あの女のあとを追った。
リナも一歩後ろをついてくる。
町は人でいっぱいだった。
道の両側に、いつもはない店が並んでいる。
肉を焼いている。
菓子を焼いている。
魚も焼いている。
いい祭りだ。
遠くで、子どもたちの大きな声がした。
うるさい。
「こっちです!」
あの女が、二つ並んだ串焼きの屋台の片方へ向かった。
エレノアが、もう片方を見る。
「同じものを売っているように見えますけれど」
「こっちのほうがおいしいです」
「見ただけで分かりますの?」
「匂いです!」
こいつは信用できる。
あの女が串焼きを受け取った。
エレノアも一本受け取る。
そのまま歩きだしたあの女を見て、エレノアが止まった。
「……座る場所は?」
「歩きながら食べるんです!」
「……歩きながら?」
エレノアは、しばらく串を見ていた。
それから、ほんの少しだけかじった。
歩きながら。
公爵令嬢が、歩きながら串をかじっている。
リナが、目をそらした。
*
少し歩くと、あの女が足を止めた。
「わあ」
髪飾りが並んでいた。
花や、小さなガラス玉がついている。
エレノアも止まった。
一つを見る。
青い花のついた、小さな髪飾りだ。
「気になります?」
「別に」
そうか。
また歩くのかと思った。
歩かなかった。
「……これは、いくらですの?」
店の女が値段を答えた。
エレノアは並んでいる髪飾りを見た。
「では、こちらを全部」
「全部!?」
あの女が叫んだ。
店の女も固まった。
「何ですの」
「なんで全部なんですか!」
「選ぶのが面倒ですわ」
「駄目です!」
「今度は何ですの」
「後から来る人が買えなくなります!」
「…………」
エレノアが、髪飾りを見る。
端から端まで見た。
それから、一つ取った。
「……では、これを」
最初に見ていたやつだ。
店の女が、恐る恐る受け取った。
エレノアが硬貨を出す。
「それも駄目です!」
「なぜですの!?」
「お釣りがなくなります!」
「…………」
全部買おうとする女と、釣りの心配をする女だ。
どちらも、魚は買わない。
後ろから、リナの手が伸びた。
「お嬢様、こちらを」
小さな硬貨が何枚か載っている。
エレノアがリナを見た。
「……最初から出しなさい」
「申し訳ございません」
たぶん、申し訳ないと思っていない。
*
魚の匂いがした。
俺は止まった。
焼いている。
串に刺して。
いい匂いだ。
「エレノア様」
あの女が俺を見た。
「先生、授業を放棄してますよ」
「せ、先生に向かって何ということを!」
授業などしていない。
「だって、お魚しか見てません」
今は魚の時間だ。
あの女が笑いながら、屋台へ向かった。
「じゃあ、クロちゃんにも――」
そこで止まった。
「あ」
俺は待った。
「……勝手にあげちゃ駄目でした」
覚えていたか。
エレノアが、焼き魚と俺を見比べた。
「夕食の分を減らしますわよ」
構わん。
「では、一つ」
よし。
串の魚が、目の前に来た。
かじる。
うまい。
……小さい。
祭りの魚は、小さい。
だが、うまい。
*
祭りは広かった。
人も多い。
知らない匂いも多い。
だが、魚の匂いは分かる。
俺はそちらへ歩いた。
「あ、クロちゃん」
あの女がついてくる。
「次はこっちみたいですよ!」
違う。
魚だ。
「先生がお進みになるなら、参りましょう」
エレノアもついてくる。
違う。
俺が行きたいだけだ。
*
日が傾くころ、町を出た。
あの女が振り返った。
「楽しかったですね!」
エレノアは少し黙った。
「……ええ」
*
夕食。
皿の魚が、小さかった。
……聞いていない。




