最強の猫先生は、芝居を観ない
祭りが近いらしい。
朝から、使用人たちがその話ばかりしている。
「今年は、晴れ着があるから」
「うちの娘なんて、三日も前から着たがって」
晴れ着。
仕立屋が青い顔で持ってきた、あれだ。
あれを着ていくらしい。
どうでもいい。
「屋台も、たくさん出るんですって」
「串焼きでしょ、焼き菓子でしょ」
「お嬢様も、いらっしゃるのかしら」
「まさか」
「魚は?」
そこだ。
「さあ」
肝心なところを。
焼き魚は出るのか。
それだけ知りたい。
*
昼。
俺は裏庭へ行った。
使用人棟の裏の、壁際。
午後になると、ここにだけ日が当たる。
俺の場所だ。
……子どもがいた。
五人。
六人。
木の剣を持っているのが一人。
鍋の蓋を持っているのが一人。
残りは、地面に座って見ている。
その中に、見覚えのある色の布があった。
晴れ着だ。
もう着ているのか。
祭りはまだ先だろう。
「では、いきます!」
鍋の蓋を持った子が叫んだ。
「ふはいの、たての、きしー!」
「げきめつの、ほこの、きしー!」
木の剣の子が叫び返した。
うるさい。
俺は壁際の、日の当たる端に丸くなった。
ほかに日向はない。
ここで寝る。
*
木の剣が振り上げられた。
遅い。
鍋の蓋が構えられた。
そこではない。
……まあ、子どもだからな。
俺は目を閉じた。
「やあー!」
「とおー!」
かん。
木の剣が、鍋の蓋に当たった。
かん。
かん。
うるさい。
「あっ」
見ていた子の一人が、こちらを指さした。
「聖獣様だ!」
「聖獣様が見てる!」
見ていない。
寝ている。
「がんばろう!」
「うん!」
かん。
かん、かん、かん。
さっきより、うるさくなった。
*
かん、の音が止まった。
「ねえ、やっぱり俺が矛やりたい」
木の剣の子が言った。
「さっき決めたでしょ」
「でも、矛のほうが強いもん」
「盾のほうが強いよ!」
鍋の蓋の子が、蓋を突き出した。
「なんでも防ぐんだぞ」
「矛は、なんでも貫くんだぞ」
「盾は、矛を止められるよ」
「矛は、盾を割れるよ」
「止めたら勝ち?」
「割ったら勝ち?」
「じゃあ、どっちが勝つの」
見ていた子の一人が聞いた。
「お話では、相打ちでしょ」
晴れ着の娘が言った。
「でも、本当はどっちが強いの」
誰も答えなかった。
木の剣の子も、鍋の蓋の子も、黙った。
静かになった。
いいことだ。
このまま、黙っていろ。
「聖獣様に決めてもらおう」
木の剣の子が言った。
「聖獣様なら、分かるよ」
分からん。
子どもたちが、壁際に寄ってきた。
六人。
輪になって、俺を見下ろしている。
日が、遮られた。
六人分の影だ。
どけ。
「尻尾が、こっちに動いたら盾」
「こっちに動いたら、矛」
勝手に決めるな。
尻尾は勝手に動く。
……動かすものか。
俺は、尻尾を体の下にしまった。
子どもたちが、息をひそめた。
動かない。
しばらく、動かない。
「……動かないね」
「考えていらっしゃるんだよ」
考えていない。
寝たいだけだ。
「聖獣様、どっちが強いの?」
一番小さい子が、俺の顔をのぞき込んだ。
近い。
鼻水が出ている。
知らん。
寝かせろ。
俺は、目を閉じた。
「……寝ちゃった」
「引き分け、ってこと?」
「じゃあ、お話のとおりだね」
「相打ち!」
「相打ち!」
それで決まったらしい。
子どもたちは、裏庭の真ん中へ戻っていった。
日が、戻ってきた。
背中が温まる。
これでいい。
かん。
……結局、うるさい。
*
足音がした。
エレノアだった。
リナが後ろについている。
子どもたちが、ぴたりと止まった。
木の剣を下ろす。
鍋の蓋を背中に隠す。
隠れていない。
「……続けなさい」
エレノアが言った。
「は、はい!」
「先生も、ご覧になっていますわよ」
見ていない。
寝ている。
お前は、知っているだろう。
エレノアは、俺のほうを見なかった。
口の端だけが、少し上がっていた。
エレノアは、座っている子どもたちのほうへ歩いた。
晴れ着の娘が、慌てて立ち上がる。
エレノアは少しかがんで、裾を見た。
「ちょうどいいですわね」
「はい……!」
娘の顔が赤くなった。
リナが、何も言わずに娘の襟を直した。
かん。
芝居が始まった。
うるさい。
*
しばらくして、鍋の蓋の子と木の剣の子が、裏庭の真ん中で向かい合った。
見ていた子どもたちが、静かになった。
晴れ着の娘が立ち上がり、両手を胸の前で組んだ。
語りの役らしい。
「――最強の盾と、最強の矛」
声が、少し震えていた。
「両者は、壮絶な戦いの末……」
木の剣と鍋の蓋が、同時に振られた。
ぶつかった。
「相打ちと、なった――!」
二人が、同時に倒れた。
大げさに。
手足を投げ出して。
ぱち、ぱち、と拍手が起きた。
エレノアも、小さく手を叩いていた。
死んでないぞ。
二人とも伸びていた。
……まあ、起きたところまでは見ていないが。
倒れていた二人が、跳ね起きた。
「もう一回!」
「もう一回やる!」
うるさい。
それより、焼き魚は出るのか。
……誰も答えない。




