最強の猫先生は、見通していない
仕立屋が来た。
両腕に、大きな包みを抱えている。
後ろから、使用人が二人、同じ包みを運んできた。
「お、お嬢様。ご依頼の晴れ着が、仕上がりましてございます」
晴れ着。
何の話だ。
「ずいぶん、かかりましたのね」
「なにぶん、数がございまして……」
ああ。
あれか。
エレノアが衣装部屋を半分空にした日の、あれだ。
捨てずに、使用人の娘たちの晴れ着にしろと言っていた。
仕立屋が包みを解いた。
色のついた布が、机の上に広がる。
……臭い。
俺は長椅子の上で、前脚に顎をのせた。
*
エレノアが一着ずつ手に取った。
広げる。
裾を見る。
次を取る。
「こちらは少し長いですわね」
「は、はい」
「あの子には、このくらいでしょう」
エレノアが指で裾の位置を示した。
「かしこまりました。すぐに」
仕立屋が、首にかけた巻尺を外して測った。
リナが横で、仕上がった数を数えている。
俺は欠伸をした。
長椅子から降りる。
机のほうへ歩く。
布の匂いを確かめるだけだ。
仕立屋が、晴れ着を抱えて一歩下がった。
「せ、聖獣様のお身体に、このような庶民の晴れ着など、恐れ多く……!」
嘘をつけ。
今、毛を見たな。
俺は机の脚の横に座った。
仕立屋は晴れ着を抱えたまま、動かない。
*
仕立屋の手が、巻尺をいじっていた。
指に巻く。
ほどく。
また巻く。
端が揺れている。
……揺れている。
俺はそれを見た。
仕立屋が、俺を見た。
顔から、少しずつ色が抜けていく。
「……こ、この裾は」
声が震えていた。
「布が足りず、少し継いでおります……!」
「別に構いませんわ」
エレノアは次の晴れ着を広げていた。
仕立屋の指が、また巻尺を巻いた。
ほどいた。
揺れている。
俺が見ているのは、お前ではない。
巻尺だ。
仕立屋の額に、汗が浮いた。
「そ、それから……先週、こちらでお借りした針山を、まだお返ししておりません……!」
「差し上げますわ」
針山など、どうでもいい。
揺らすな。
「……それと」
エレノアの手が止まった。
「……あの商会の方に、お屋敷にほかにどちらが出入りしているのかと、聞かれまして」
「…………」
「手袋の職人さんのお名前を、つい……」
仕立屋はうつむいた。
「客先のことを、よそで話すなど……仕立屋として、あるまじきことで……」
巻尺の端が、床の近くで揺れていた。
*
エレノアは晴れ着を机に置いた。
「前に、公爵家のお仕事のことを、取引先に話したとおっしゃいましたわね」
「は、はい」
「どちらに?」
「……宝石商さんで、ございます。飾りのことで、昔からお付き合いが……」
「リナ」
「はい」
リナが手帳をめくった。
「宝石商の方は、仕立屋さんがこちらのお仕事をお受けになった時には、もう、あの商会と取引をなさっていました」
「……順番が、合いますわね」
エレノアは少し黙った。
それから、言った。
「記録に、足しておいて」
「かしこまりました」
エレノアは、それ以上は何も尋ねなかった。
仕立屋が、おそるおそる顔を上げた。
「あ、あの……お嬢様」
「何かしら」
「次に来られましたら、何を聞かれたか、覚えてまいりましょうか」
「必要ありませんわ」
「ですが――」
「あなたは仕立屋でしょう」
エレノアは晴れ着へ目を戻した。
「仕立屋のお仕事をなさい」
猫は、猫の仕事をする。
寝る。
仕立屋は、しばらく口を開けていた。
それから、深く頭を下げた。
*
晴れ着の直しを預かって、仕立屋は帰り支度を始めた。
鞄に道具を詰める。
巻尺を丸めて、押し込む。
端が、鞄の口から垂れた。
揺れている。
まだ揺れている。
俺は、ずっと我慢していた。
跳んだ。
前脚が、巻尺の端を押さえた。
「ひっ……!」
仕立屋が鞄を取り落とした。
「や、やはり……すべて、お見通しで……!」
仕立屋は巻尺を置いたまま、転がるように出ていった。
俺は巻尺の上に座っていた。
「先生、それは巻尺ですわ」
知っている。
揺れていたからだ。
巻尺は、もう揺れていない。
……つまらん。




