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最強の猫先生は、分け与えない

箱が届いた。

 魚だった。

 悪くない。

 もう一箱届いた。

 また魚だった。

 分かっているではないか。

 昼前には、五箱になった。

 うむ。

*

 玄関の広間に、箱が並んでいる。

 五つ。

 どれも魚の匂いがする。

 俺は箱の間を歩いた。

 一つずつ、匂いを確かめる。

 全部、魚だ。

 全部、俺のだ。

「伯爵家より、聖獣様へ」

 リナが添え状を読み上げた。

「こちらは、子爵家より。こちらは、南区の商家より」

「こちらは、北区の……」

 まだあるのか。

 聞いたことのない名前ばかりだ。

 どうでもいい。

 名前は食えない。

「……どうして、急に」

 エレノアが言った。

 リナが最後の一枚をめくる。

「『教会がお認めになったと伺い、心ばかりの品を』と」

「…………」

 エレノアが添え状を受け取った。

 読む。

「……教会は、何も決めていないはずですけれど」

 あの男は、魚を置いて帰っただけだ。

 まあいい。

 魚が増えるなら、何でもいい。

 教会でも、伯爵でも、南区でも。

 魚を持ってくる者は、全員正しい。

*

 エレノアは、しばらく箱を眺めていた。

「……多すぎますわね」

 何がだ。

「先生がお召し上がりになれる量ではありません」

 食える。

 時間をかければいい。

「生のものは、今日のうちに使わなければ傷みますし」

 なら、今日のうちに食えばいい。

「干したものは、保存できますけれど」

 保存できるなら、保存しろ。

 エレノアは俺のほうを見なかった。

「リナ。仕分けてちょうだい」

「かしこまりました」

*

 箱は厨房の裏口へ運ばれた。

 リナと厨房の者たちが、魚を出して台に並べていく。

 干したもの。

 塩に漬けたもの。

 まだ目の澄んでいるもの。

 俺は台の端に座って、それを見ていた。

 壮観だ。

 これが全部、俺のものになる。

 ……はずだった。

 エレノアが来た。

 並んだ魚を端から端まで見て、一匹を指した。

「先生の本日の分は、こちらです」

 一匹。

 待て。

 五箱だぞ。

 一箱に、何匹入っていると思っている。

「こちらで足りますわ」

 足りない。

 リナが干物と塩漬けを、別の箱へ移していく。

「保存できるものは、蔵へ」

「ええ」

「ですが、生のものは、今日中にはとても使い切れません」

「では、屋敷の者に」

「かしこまりました」

 厨房の者たちの顔が明るくなった。

 一人が、俺に手を合わせた。

「聖獣様の、お恵みで……」

 恵んでいない。

 取られている。

 待て。

 俺のだ。

 リナが台の上を見渡した。

「……それでも、余ります」

 エレノアは少し考えた。

「……では、出入りの職人や、その家族にも」

「よろしいのですか。聖獣様への、お供えですが」

「だからですわ」

 エレノアは魚を見たまま言った。

「腐らせるほうが、失礼でしょう」

 失礼なのは、お前だ。

*

 昼過ぎ、裏口に人が集まった。

 出入りの大工。

 洗濯場の女の亭主。

 庭師。

 リナが一人ずつ、包みを渡していく。

 俺は台の上から、それを見ていた。

 あれは俺の魚だ。

 あれも俺の魚だ。

 あれも。

 全部、俺のだ。

「ニャ」

 抗議だ。

 誰も聞いていない。

 もう一度、鳴いた。

「ニャ」

 洗濯場の女の亭主が、包みを抱えて振り返った。

「聖獣様も、お喜びで」

 喜んでいない。

 庭師が一匹、受け取った。

 俺と目が合った。

「……聖獣様、申し訳ございません」

 返せ。

 庭師は包みを抱えたまま頭を下げて、帰っていった。

 振り返らなかった。

 振り返れ。

 そして、返せ。

*

 夕方。

 皿に、魚が一匹のっていた。

 昼に、エレノアが指したやつだ。

 五箱来た。

 一匹だ。

 食べた。

 うまかった。

 ……五箱分、うまかったはずだ。

*

 数日後。

 廊下で、使用人がリナを呼び止めていた。

 俺は窓辺にいた。

「リナさん。聞きました? 町で、評判になっているんです」

「何がでしょう」

「聖獣様は、ご自分への供物を、人々へお分けになったそうで」

「なんて、お心の広い……」

 違う。

 取られた。



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