最強の猫先生は、濡れたくない
雨だ。
嫌いだ。
濡れる。
うるさい。
日向がない。
庭にも出られない。
朝から、窓の向こうでは細い雨が降り続いていた。
俺は窓辺に座って、それを見た。
やまない。
しばらくして、もう一度見た。
やはり、やまない。
少しして、また見た。
「聖獣様が、先ほどから東の窓を……」
後ろで使用人の声がした。
「何か、お感じになっているのでしょうか」
感じている。
雨だ。
俺は窓から降りた。
今日は、ここでは寝られない。
*
昼になっても、雨はやまなかった。
俺は厨房へ向かった。
魚をもらいに行くわけではない。
もう知っている。
厨房の者は、俺に魚をくれない。
エレノアが余計な命令を出したからだ。
だが。
魚はある。
俺の皿にないだけだ。
確認は必要だ。
いつもの廊下を進む。
角を曲がる。
止まった。
床が濡れていた。
吹き込んだ雨が、石床を黒くしている。
俺は見た。
右を見る。
左を見る。
戻った。
別の道を行く。
遠い。
この俺が、水たまり一つで遠回りだ。
雨のせいだ。
俺のせいではない。
*
厨房には魚があった。
当然だ。
焼かれていた。
いい匂いがした。
「駄目ですよ」
厨房の女が言った。
「お嬢様から、きつく言われていますから」
知っている。
今日は確認に来ただけだ。
俺は、焼き台の横に座った。
確認だ。
近くで確認する。
「……駄目ですよ」
二度言わんでいい。
「お嬢様から、きつく、きつく言われていますから」
きつくを二度言うな。
俺は厨房を出た。
確認はできた。
魚はある。
俺のではない。
おかしい。
*
長椅子で寝た。
雨音がする。
起きた。
窓辺へ行った。
暗い。
日がない。
やめた。
廊下の絨毯の上で丸くなった。
人が通る。
人の足は、遠慮がない。
やめた。
エレノアの部屋へ行った。
机の端に乗った。
「先生」
エレノアが書類から顔を上げた。
「今日は、よく歩かれますのね」
雨だからな。
「運動にはよろしいですわね」
違う。
「ようやく、ご自分でお身体のことを」
違うと言っている。
俺は机から降りた。
そのまま部屋を出た。
*
「聖獣様は本日、三度も屋敷をお回りになっています」
夕方前。
リナがエレノアに報告していた。
俺は長椅子の上で聞いていた。
「三度も?」
「はい。いつもとは違う道もお通りになっています」
床が濡れている。
「厨房の者は、何かをお確かめになっているのでは、と」
魚は確かめた。
「洗濯場では、御巡察ではないか、と申しておりました」
巡回なら、もうやめた。
どこを回っても、魚が出ない。
エレノアが俺を見た。
「先生」
何だ。
「何かございましたら、私にお知らせくださいませ」
魚を増やせ。
俺は目を閉じた。
雨音がする。
目を開けた。
やはり、寝づらい。
俺は長椅子から降りた。
「先生?」
隣の衣装部屋へ行く。
衣装棚が少し開いていた。
入った。
暗い。
狭い。
残った服の布が、身体に触れる。
雨の音が、遠い。
悪くない。
俺は丸くなった。
*
「先生?」
声がした。
目を開ける。
棚の隙間から、エレノアがこちらをのぞいていた。
「……そこにいらしたの」
いる。
エレノアは俺を見た。
俺も見た。
エレノアは手を伸ばした。
棚の扉を、少しだけ閉じた。
暗くなった。
うむ。
「では、ごゆっくり」
足音が離れていった。
俺は目を閉じた。
寝た。
*
目を覚ますと、夕方だった。
棚から出る。
窓へ行った。
雨はまだ降っている。
だが、弱い。
さっきより、ずっと弱い。
俺はしばらく外を見た。
これなら行ける。
厨房の方へ向かった。
廊下の向こうから、使用人たちの声がした。
「今日は、聖獣様が衣装棚にお籠りになったそうですよ」
「衣装棚に?」
「ええ。雨の日に行われる、何かの……」
寝ていただけだ。
俺は横を通り過ぎた。
「あ、聖獣様」
一人が俺に気づいた。
「どちらへ?」
厨房だ。
使用人たちは、俺の進む先を見た。
「……御巡察の続きでしょうか」
違う。
腹が減っただけだ。
俺は厨房へ行った。
魚はもらえなかった。
雨の日は嫌いだ。




