白銀の聖騎士
千客万殺まで、およそ五十歩。
メリナは崩れた壁の陰に身を潜め、その動きを窺っていた。
遠くではベアードたちと十二人のウンゾニックが激戦を繰り広げている。熊族の咆哮、狼族の怒号、金属同士がぶつかる轟音。その合間に、あの耳障りな声が響き渡った。
「右から失礼ィィィッ!」
(本当に、よくしゃべるわね……!)
目の前の千客万殺は、板状の操作装置へ忙しなく指を走らせている。
『右方敵兵、攻撃推奨』
「右から失礼ッ!」
『左方敵兵、回避推奨』
「左へ失礼ッ!」
命令に合わせ、ウンゾニックたちが正確に動く。
やはり間違いない。あの装置が十二体を操っているのだ。
(あれさえ壊せば……!)
メリナは剣を抜いた。
相手は小型とはいえNZMの機械兵。非戦闘員の自分が正面から戦って勝てるはずがない。不意を突くしかなかった。
幸い、千客万殺はこちらに背を向け、操作に集中している。
メリナは足音を殺し、瓦礫の陰を伝って距離を詰めた。
残り十歩。
千客万殺は気づいていない。
「ええええいッ!」
物陰から飛び出し、剣を両手で突き出した。
狙うは背部の変換炉。これまで何体もの千客万殺を沈黙させてきた弱点だ。
しかし、無情にも刃は炉の手前にある装甲へ弾かれた。
ガキィィンッ!
「……え?」
手首に鋭い痛みが走る。
狙いが甘かった。慣れない剣で正確に炉を貫くなど、メリナには到底できなかったのだ。
『敵性個体検知。排除開始』
千客万殺の頭部が百八十度回転し、赤い単眼がメリナを捉えた。
「ひっ……!」
背部から二本の金属腕が展開され、先端の巨大な刃が鈍く光る。
『攻撃実行』
千客万殺が地面を蹴った。
後ずさるメリナの頭上へ、銀色の刃が振り下ろされる。
(……死ぬ!)
彼女は反射的に剣を掲げた。その瞬間…
「――神の盾!」
凛とした声が響き、メリナの前に青白い光の盾が展開された。
千客万殺の刃が結界に激突する。しかし、盾は微動だにしなかった。
『防御障壁検知。攻撃失敗』
「……え?」
メリナが振り返ると、白銀の甲冑をまとった女騎士が歩み寄ってきた。
「まったく、無茶するんだから」
どこか呆れたようで、それでいて優しい声だった。
「……メイジャー様!」
王都防衛軍総指揮官、メイジャー・クローバー。
彼女はメリナの隣に立つと、軽くその肩を叩いた。
「でも、よく一人でここまで来たわね。怖かったでしょう?」
「……はい。でも、誰も動けなくて。それに、あれを壊せばウンゾニックたちを止められると思って……!」
「ええ。その判断は立派よ。戦場で自分に何ができるかを考えて、行動に移したわけだから」
メイジャーは微笑んだ。
「ただし、それと自分の命を危険にさらしていいかどうかは、別の話」
「……え?」
「あなたはもう、ただの女の子じゃないのよ、メリナ。今のあなたは、対NZMの抵抗勢力にとって旗印のような存在なの」
その声は、叱責というよりも、妹を諭すような柔らかさを帯びていた。
「あなたが倒れたら、どれほど多くの人が希望を失うと思う? 勇気があるのは素敵なこと。でも、勇気と無謀は違う」
「……はい」
「だから、これからはもう少し自分を大切にしてちょうだい。あなたが思っている以上に、あなたを必要としている人がいるんだから」
メリナは小さく頷いた。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいわ。無事だったんだから。それに、あなたのおかげで敵の弱点も見つかった」
メイジャーは千客万殺へ視線を向けた。
「ここからは、私に任せなさい」
『敵性個体追加。脅威度再評価』
千客万殺の腹部が開き、四本の金属腕が新たに展開された。合計六本の刃がメイジャーへ向けられる。
『攻撃準備完了』
「メリナ、私の後ろにいてね」
メイジャーが剣を抜いた。
次の瞬間、千客万殺が突進した。
『攻撃実行』
六本の刃が一斉に襲いかかる。
だが、メイジャーは動じなかった。
「神の盾」
青白い結界が二人の前に展開され、六本の刃をまとめて受け止める。
火花が散った。千客万殺がさらに力を込めるが、結界には傷一つつかない。
「そんなに力いっぱい叩いても、無駄よ」
メイジャーは静かに剣を振るった。
「聖剣技――白銀十字!」
銀光が十字を描く。
六本の金属腕が一斉に切断され、石畳へ落下した。
『上肢全損。戦闘能力低下』
それでも千客万殺は止まらない。
胸部から複数の銃口が現れ、一斉に光弾を放った。
『射撃開始』
光弾が結界に激突するが、メイジャーは剣を下ろすことすらしなかった。
ただ、メリナを背後に庇いながら、ゆっくりと歩み寄っていく。
激しい銃撃と無数の火花。それでも結界は揺るがない。
(……これが、聖騎士)
メリナは息を呑んだ。
先ほどまで自分の命を脅かしていた千客万殺が、まるで相手になっていない。
攻撃も、防御も、そのすべてにおいて、メイジャーが圧倒していた。
「そろそろ終わりにするわ…!」
メイジャーの剣が青白く輝き、周囲に氷の結晶が舞い始める。
「聖剣技――氷華断罪ッ!」
一閃で千客万殺の胴体が斜めに切り裂かれ、切断面から氷が内部へ広がっていく。
『機能異常。制御不能』
機械兵が崩れ落ち、抱えていた操作装置が石畳へ転がった。
「これが例の装置ね?」
「はい!」
「じゃあ、これでおしまい」
メイジャーが剣を振り下ろす。
操作装置は真っ二つに砕け、青白い光を失った。
***
王城へ続く中央大路。
「……む?」
ウンゾニックの一体が、突然動きを止めた。
「右から失礼……あれ?」
別の一体も、レイピアを振り上げたまま硬直する。
「補足から失礼ッ! 吾輩の右腕が……?」
「通信途絶から失礼ッ!」
「緊急事態から失礼ィィィッ!」
十二人の将軍たちが、次々と不自然な姿勢で固まっていった。
「なんだ……?」
ヴォルクが目を見開く。
目の前のウンゾニックは、レイピアを突き出しかけたまま微動だにしない。
「機能停止から……失礼……ッ」
赤い機械眼が明滅し、最後の言葉とともに光を失った。
十二体すべてが沈黙した。戦場が、静まり返る。
「……終わった、のか?」
熊族の兵が呟く。
ベアードは近くのウンゾニックを戦斧の柄で叩いてみたが、反応はなかった。
「どうやら、そのようだな」
「へっ! あんだけ喋ってたくせに、最後は随分と静かじゃねぇか!」
ヴォルクの言葉に、周囲から笑いが漏れた。
やがて、それは大きな歓声となる。
「倒したぞ!」
「王城への道が開いた!」
熊族が戦鎚を掲げ、狼族が天へ吼える。鳥人族も翼を広げ、大路の上空を旋回した。
昨日まで敵同士だった者たちが、いま同じ勝利を喜んでいた。
***
「……それにしても、まさか将軍が操作されていたなんて…」
メリナは壊れた機械兵を見下ろした。
「気づいたのはあなたよ。よく見ていたわね」
メイジャーは剣を鞘に収めると、メリナの肩へ手を置いた。
「さっきは少し厳しいことを言ったけれど、あなたの行動のおかげで戦いは終わった。それは間違いないわ」
「……ありがとうございます」
「さあ、みんなのところへ戻りましょう。きっと心配しているわ」
「はい!」
二人は並んで大路へ戻った。
勝利の歓声が響く中、メリナは再び地図を広げ、各部隊へ指示を出した。
「全軍、前進!」
熊族の戦鎚が掲げられ、狼族が吼え、聖王国の騎士たちが青と白の軍旗を高々と掲げる。
長かった占領が、ようやく終わる。王都は、もうすぐ取り戻せる。誰もがそう確信していた。
ただ一つ、奇妙なことがあった。
王城の方角からは、いまだ足音ひとつ聞こえてこなかったのだ。




