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帰ってきたものと進むもの

挿絵(By みてみん)


 聖王都の大通りを、異なる二つの軍旗が進んでいた。

 聖王国の青と白。ズィルヴァリアの赤と金。

 並ぶはずのなかった色が、同じ風を受けている。

 街路の両側には、黒鉄の残骸が積み重なっていた。


『歓迎、歓迎、歓迎――』


 上半身だけとなった千客万殺が、石畳を爪で掻く。

 赤い単眼が明滅し、壊れた音声を繰り返していた。

 聖王国の若い兵が剣を振り上げる。

 その肩を、ヴォルクが掴んだ。


「背中だ!」


「え?」


「こいつらは頭じゃ止まらん。背の炉を突け!」


 兵は一瞬だけ狼の顔を見上げ、すぐに頷いた。

 剣が変換炉へ突き刺さる。

 赤い光が消えた。


「……助かった」


「次からは自分で見ろ、人間!」


 ヴォルクはそれだけ言い、前へ走った。

 誰も、昨日までの戦争を忘れたわけではない。

 赦したわけでもない。

 ただ、いま守るべきものの順番を違えなかった。


「東通り、敵影三十ッ!」


 鳥人兵の声が降る。


「第二隊を回して! 正面はそのまま王城へ!」


 メリナが指示を飛ばす。

 剣を握る手は震えていた。

 それでも声は止まらない。


「避難路は空けて! 住民を先に南門へ!」


 彼女の手にあるのは、あの日と同じ地図だった。

 井戸。畑。パン窯。

 軍事的価値ではなく、人がどう暮らしていたかが記された地図。

 だからこそ、どの道を塞いではならないかを、誰よりも知っていた。


「メリナ殿!」


 聖王国の伝令騎士が馬を駆ってきた。


「王都防衛隊、第三、第五、第七大隊の合流を確認! 西側の防衛施設もすべて制圧しました!」


「それじゃあ……!」


「はい! 王都防衛軍の全部隊が、我々の側につきました!」


 メリナは思わず王城の方角を見た。

 青と白の軍旗が、次々と街路に掲げられていく。

 王都がNZMに占領されて以降、聖王国の軍は解体も同然の状態に置かれていた。

 それでも形式上、王都防衛の責任者という役職だけは残されていた。


 その任に就いていたのが、メイジャー・クローバーだ。


 かつて聖王国騎士団に名を馳せたヴァレンタイン・クローバーの、年の離れた妹である。


 占領軍の監視下で兵を統率するという、名ばかりの責任者。

 だが、メイジャーはその立場を手放さなかった。

 兵の配置を記憶し、指揮系統を維持し、NZMに疑われぬ範囲で密かに連絡網を築いていた。


 そして、ズィルヴァリア軍が王都へ迫った今朝。

 彼女は王都防衛軍の全部隊に、一つの命令を下した。


 ――これより、聖王国騎士団は王都の奪還を開始する。


 その命令によって、王都は内側から反旗を翻したのだ。


「メイジャー様は?」


「王城へ続く中央大路で指揮を執っておられます!先行した熊族部隊との合流を急ぐと!」


「わかりました!こちらも向かいます!」


 メリナが駆け出す。

 その頭上で、歓声が上がった。


「王城前広場まで抜けたぞォォォッ!」


「敵が退いていく!」


「王都を取り戻せ!」


「聖王国は、まだ終わっていない!」


 人々が窓を開ける。

 地下室から顔を出す。

 黒い旗が引きずり下ろされ、踏みつけられた。

 聖王国の旗が、再び軒先へ掲げられていく。

 東門から王城前広場まで、想定より早い。


 敵の兵器は強力だった。

 だが、市街地という複雑な環境に適応しきれていない。

 そして何より、王都そのものが内側から敵を拒絶している。


 ――勝てる。


 誰かの胸に浮かんだその思いが、次々と伝染していった。

 そんな中、王城へ続く最後の大路で、先頭の熊族が足を止めた。


 道の真ん中に、一人の男が立っていた。


「ワーッハッハッハッハッ!反逆者諸君! 

 よくぞここまで辿り着いた! まずはその健闘を称えようではないか!」


 男は大きく胸を張った。その胸にはおびただしい数の勲章が誇らしげに輝いている。


「吾輩こそは!NZMナイトメアーズが誇る、栄光あるウンゾニック・バトラー将軍であーる!

 一同、敬礼ィィィィィッ!」


 あまりの騒々しさに、熊族の兵たちが顔を見合わせた。


「……なんだ、あれは」


 ベアードが眉をひそめ、正面の敵を探ろうとした。

 その瞬間だった。


「左から失礼ッ!」


 声は、目の前の男からではなかった。

 ベアードの左側。

 建物の陰から、白手袋に握られたレイピアが突き出された。


「ぬッ!」


 老将は反射的に戦斧を振るい、刺突を弾く。

 甲高い金属音が響いた。


「ホホゥ!指揮官を討てば軍勢は霧散する!

 古今東西、戦争の鉄則でございますが……!」


 別の方向から声がする。


「ですが、なかなかどうして!

 その御首、簡単には頂戴できそうにありませんぞ!」


 屋根の上。窓の奥。路地裏。崩れた建物の陰。

 次々と同じ姿の男たちが姿を現した。

 

 その数、12人ッ!


「ウンゾニック……バトラー将軍……?」


 追いついたメリナは、思わず足を止めた。


 彼女は知っている。

 かつて聖王国南部に巨大な十字架を築き、人々を恐怖に陥れた男。

 だが、あの将軍はすでに死んだはずだった。

 それが今、なぜか十二人もいるのだ、驚くのも無理はない。


「説明から失礼ッ!」


 中央のウンゾニックが人差し指を立てた。


「ワーッハッハッハッ!

 驚くのも無理はあるまい!

 聖王国南部を支配していたウンゾニック・バトラー将軍は、吾輩のクローン体にすぎなかったのだからな!」


「補足から失礼ッ!」


 屋根の上の一体が胸を張る。じゃらじゃらと下品に勲章が揺れる。


「吾輩たちウンゾニック・バトラーズは、すべてが正真正銘のウンゾニック・バトラー将軍なのであーる!」


「右から失礼ッ! しかして、すべてが偽物でもある!」


「後方から失礼ッ! つまり吾輩が死のうとも、吾輩は死なぬ!」


「高所から失礼ッ! これぞ量産型将軍! 戦場における究極の人事制度なのであーる!」


 十二人が次々と演説を始めた。


「やかましいわ!」


 ヴォルクが怒鳴る。


「何人いようが知ったことか! さっさと道を空けろ!」


「無礼者め! 吾輩たちの栄光ある自己紹介を遮るとは!」


 十二人の将軍が、一斉にレイピアを掲げる。


「反逆者諸君ッ!不敬罪につき――処刑でございまーす!」


 レイピアを持つ腕が物凄いスピードで回転した。

 単調な動きではなく、縦横無尽に振り回されるレイピアの剣筋は、まるで12個の球体のようになっていた。

 じわりじわりとそれが近づく。

 石壁を切り裂き、柱を断ち、空中で軌道を変え、兵士たちへ襲いかかる。


「盾を構えろォッ!」


 ベアードの号令に、熊族の重装兵たちが前へ出た。

 巨大な鉄盾が並ぶ。

 光刃が激突した。


「ぐうッ!」


 ひとりの若い熊族の兵が膝をつく。

 その盾の穴を通して、白手袋の拳がベアードに向かって飛び込んだ。

 腕が伸びたのではない。肘から先が鋼索を引いて射出されたのだ。


「甘いッ!」


 ベアードの戦斧が拳を受け止める。しかし…


 直後、爆発が起きる。老将の巨体が石畳を滑った。


「ご挨拶から失礼ッ!」


 中央のウンゾニックが芝居がかった仕草で両手を広げた。


「吾輩自慢の愛情たっぷりロケットパンチ!お味はいかがでしたかなァ!」


「……随分と、軽い拳だな」


 ベアードは口元の血を拭った。


「熊族の子供のほうが、まだ骨のある殴り方をするぞ」


「な、な、な、なんですとォォォッ!」


 十二人が一斉に震えた。


「吾輩の拳が!」


「熊の子供以下!」


「名誉毀損!」


「断固抗議!」


「軍法会議ィィィィィッ!」


 狂ったように喚き散らすウンゾニックバトラー。


 あまりの迫力に兵に動揺が走る。

 しかし、それを感じとったベアードが吼えた。


 戦斧を担ぎ直し、背後の熊族へ号令する。


「兵たちよッ!ここは我らの王都ではない。だが、我らの戦場だッ!」


 巨体の兵たちが、一斉に戦鎚を掲げた。


「この先に進みたくば、まずはこの道化どもを踏み潰すぞ!」


「オオオオオオオオッ!」


 熊族が突撃した。石畳が砕ける。

 数十もの巨体が、地響きを立ててウンゾニックたちへ殺到した。


「オーヤオヤ、正面突破とは恐れ入りましたァ!ですがッ!」


 将軍たちは軽やかに跳躍する。


「上から失礼ッ!」


 一体が熊族の頭上を越え、レイピアを突き出した。


「側面から失礼ッ!」


 別の一体が横からレイピアを突き出す。


「背後から失礼ッ!」


 さらに別の一体が、背後へ回り込む。

 

 しかし、老兵は経験でそれらをすべて予測しきっていた。


「そこだッ!」


 ベアードの戦斧が、頭上の将軍を捉えた。


「おおっとォ!」


 ウンゾニックはレイピアで振り下ろされる戦斧を防ぐ。


「細身の剣で防がれるのはこれが初めてだッ!」

 

 防いだとはいってもその威力はすさまじい。

 ウンゾニックの身体が大きく跳ね飛ばされる。

 そして、着地点には、すでに別の熊族が待ち構えていた。


「ぬおおおおッ!」


 戦鎚が横薙ぎに振るわれる。


「ヌオオオオオオッ!回避から失礼ッ!」


 将軍の身体が不自然に折れ曲がり、紙一重で回避した。

 だが!だが!だが!その足首を熊族の巨大な手が掴んだ。


「捕まえたぞ!」


「お、お待ちを! 吾輩は紳士でござ――」


 巨体が宙を舞った。

 熊族の兵は、ウンゾニックを地面へ叩きつけた。

 轟音とともに、石畳が蜘蛛の巣状に割れる。


 それでもウンゾニックは動いていた。

 砕けた顔面の下から赤い機械眼が覗く。


「ゴォオオオ……反撃から失礼ッ!」


 胸部が開き、内蔵された銃口が火を噴いた。


「ぐあッ!」


 熊族の兵が吹き飛ばされた。


「一人で抱え込むな!」


 ベアードが吼える。


「二人一組で仕留めろ! そいつらは人間ではない!」


 熊族が陣形を変えた。

 一人が盾を構え、もう一人が攻撃する。


 だが、それ以上に十二体の連携は異常だった。

 一体が攻撃を受ければ、別の一体が即座に反撃する。

 同じ相手を、異なる角度から、同じ瞬間に狙う。

 まるで十二の身体が、一つの意志で動いているかのようだった。


「解説から失礼ッ!」


 ウンゾニックの一体が叫ぶ。


「吾輩たちは一心同体!」


「補足から失礼ッ! 一体が見たものは全員が見る!」


「さらに補足から失礼ッ! 一体が学んだものは全員が学ぶ!」


「結論から失礼ッ! 十二人の将軍に死角など存在せぬのであーる!」


 熊族の盾が砕ける。

 前衛が押し戻される。


「……一心同体の十二人だと?

 数の暴力だな……」


 ベアードは戦斧を握り直した。


「ならば、こちらも数を増やしてやろうかッ!」


 その声に応じたかのように、建物の屋根から影が飛び降りた。


「熊の爺さん! 随分と楽しそうじゃねぇか!」


 狼族の将軍ヴォルクだった。

 狼族の戦士たちが、その後に続く。


「俺たちを置いていくんじゃねぇよ!」


「ヴォルク! 左を頼む!」


「任せろ!」


 狼族が一斉に駆けた。

 熊族の正面突破とは対照的な、速さを生かした撹乱。

 円盤の軌道を見切り、建物の壁を蹴り、将軍たちの死角へ飛び込んでいく。


「驚愕から失礼ッ! 狼の諸君まで参戦とは!」


「よくしゃべる野郎だッ!」


 ヴォルクの爪がウンゾニックの軍服を引き裂いた。

 黒い金属線が露出する。

 だが、その線が蛇のように伸び、ヴォルクの腕へ絡みついた。


「捕獲成功から失礼ッ!」


 残り十一体の将軍が、一斉に振り返る。

 11本のレイピアがヴォルクに狙いをつける。


「まずは串刺しの狼将軍の出来上がりでございまーす!」


 嬉々としてレイピアを構えるウンゾニック。


 そのとき、空から無数の槍が降った。

 金属音が連続する。


「上空はこちらの領分だぞ!」


 鳥人族だった。

 翼を広げた兵たちが、王都の屋根を越えて飛来していた。


「チィィィィッ!航空戦力まで参戦とは!吾輩、感激の極み!」


 上空から再び槍が降る。


 熊族が押し込み、狼族が惑わせ、鳥人族が上空を制圧する。

 異なる種族。異なる戦い方。

 昨日まで、互いの武器を向け合っていた者たちが、いまは同じ敵を追い詰めていた。


 だが、ウンゾニックたちも容易には崩れない。


「忠告から失礼ッ!」


 十二の声が重なる。


「そのような付け焼き刃の連携で、吾輩たちを倒せると思うなかれ!」


 その言葉どおりだった。

 狼族の奇襲は先読みされ、鳥人族の槍は弾かれる。

 熊族の戦鎚すら、次第に狙いを外され始めた。


「このままじゃ消耗戦になるわ……!」


 後方で戦況を見つめていたメリナが呟く。

 彼女の手元には王都の地図があった。

 通りの幅。建物の高さ。部隊の配置。

 すべてが頭に入っている。何か有益な情報を得られないか。メリナは必死に周りを見渡す。


「……え?」


 メリナは顔を上げた。


 メリナの目線の先には、戦いの場とは大きく離れた戦場にたまたま生まれたような安全地帯があった。

 そこに1体の千客万殺(オモテナシ)の姿があり、その手には操作基盤のような何かが握られている。


(どうみても……あやしいわ……!)


 メリナは目を凝らした。

 よく見ると、千客万殺(オモテナシ)がウンゾニックを操っているようにしか見えない。

 メリナの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「なるほどね……将軍が操られる側なんて、皮肉なものね!」


 だが、その笑みはすぐに消えた。

 弱点は見つけた。問題は、誰がそこを突くかだった。


「ベアード様! あそこに――!」


 声をかけようとした瞬間、凄まじい轟音が響いた。


「正面突破から失礼ィィィィッ!」


 ウンゾニックの一体が熊族の盾を蹴り飛ばし、別の個体がその隙間へレイピアをねじ込む。


「ぐああッ!」


「盾を下げるな! 押し返せェッ!」


 ベアードの怒号。熊族が必死に踏みとどまる。

 その左ではヴォルクが三体を引き受け、屋根の上では鳥人族が追撃をかわしていた。

 誰も動けない。いや、動けば陣形が崩れてしまう。


 ベアードを呼び戻せば熊族の前衛が抜かれる。ヴォルクを向かわせれば側面が破られる。

 鳥人族は空から敵を牽制するので精一杯だ。ほかの部隊も、それぞれの持ち場で戦っている。


 ここから兵を割く余裕はなかった。


 では、誰が行く?


 メリナは自分の手を見た。

 細い指。握り慣れない剣。戦うために鍛えられた身体ではない。

 剣の握り方だって、兵士たちに教わったばかりだ。

 それでも、あの機械を壊せば、この戦いを終わらせられるかもしれない。

 幸い、操作役の千客万殺(オモテナシ)の周囲に護衛は見当たらない。

 不意を突けば、ひょっとすると。


(……いけるかもしれない)


 もう一度、戦場を振り返った。仲間たちは必死に戦っていた。

 誰もが傷つき、それでも一歩も退こうとしない。

 そんな彼らに、これ以上無理を強いるわけにはいかなかった。


「……私が行くしかないわ!」


 メリナは地図を懐へしまった。

 剣を握り直す。その切っ先が、小さく震えていた。

 怖くないわけではない。けれど、足を止める理由にはならなかった。

 瓦礫の陰へ身を滑り込ませ、戦場を大きく迂回する。


 向かう先には、一体の機械人形。

 それが十二人の将軍を操る、戦場の本当の指揮官だった。

 剣の腕も、魔法の才能も持たない一人の娘が、いま戦いの決着をつけようとしていた。


挿絵(By みてみん)

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