↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/57

内より開く門

挿絵(By みてみん)


 聖王国東方、夜明け前。


 地平線が黒く染まっていた。

 しかしそれは夜の闇ではない。


 軍勢だった。


 狼族の騎兵。熊族の重装歩兵。

 鳥人族の空戦部隊。蜥蜴人の槍兵に、猫人の斥候。


 かつて一つの王冠の下で互いに牙を剥き、レオナルトの力によって束ねられた亜人たちが、いま初めて別の国を守るために並んでいた。


 しかし、その軍列に、王の姿はない。

 出陣前、レオナルトがベアードへ託した命令は簡潔だった。


『時刻を合わせ、進軍せよ』

『機械兵はすべてなぎ倒せ』

『定刻までに東門へたどり着け』


 それだけだった。


 先頭に立つベアード・グリズリーが、巨大な戦斧を掲げた。


「全軍――前進だ!」


 地鳴りが始まった。


 何千という足が、大地を踏む。

 狼たちが駆ける。熊たちが進む。

 翼が空を覆い、槍の穂先が夜明け前のわずかな光を拾う。


 その震動は、やがて聖王国東部防衛陣地へ届いた。


 夜明前の砦に、不気味な赤い光が浮かび上がる。


 一。

 

 十。


 百。


 そして――千。


 人間の目と、ほぼ同じ高さ。


 不気味なほどに、同じ光。同じ色。同じ形。


 これこそが、自律戦闘型機械兵《千客万殺(オモテナシ)》。


 黒い金属で作られた、人間大の身体。

 顔に当たる部分には目も鼻も口もない。

 ただ横一文字の赤い光だけが灯っている。


 もはや数えきれないほどの赤線が、一斉に明滅した。


『警告ダ』


 無数の声が、一つに重なる。


『領域侵犯ヲ確認シタ』


 右腕が持ち上がった。

 エーテル粒子銃。

 左腕には薄い光の盾。


 背面の小型変換炉が一斉に起動し、低い駆動音が夜の平原を埋め尽くしていく。


『対象数――算定完了』


『敵性判定――完了』


『歓迎処理ヲ開始シマス!レッツゴー!オ・モ・テ・ナ・シッ!』


 起動音とともに赤い光が行動を開始する。


「散開ッ!」


 ベアードが叫んだ。


 その直後。夜が赤く染まった。

 粒子銃が、一斉に火を噴く。


 閃光。爆発。平原が一直線に抉れた。


 土が爆ぜ、岩が赤熱し、先頭を駆けていた狼騎兵が馬ごと宙を舞う。


「止まるな!」


 ベアードが吼えた。


「走れッ!次が来るぞ!」


 だが――来なかった。

 粒子銃の銃口から、白い蒸気が噴き出す。


『変換炉温度、許容値超過』


『エーテル残量低下』


『マナ・エーテル変換ヲ開始』


 ベアードの目が細くなる。


「好機ッ!今だッ!」


 戦斧を前へ振り下ろした。


「踏み込めぇぇぇッ!」


 亜人軍が、一斉に駆けた。

 エーテルをそのまま扱える元の世界ならば、《千客万殺(オモテナシ)》の粒子銃は連射を前提としている。


 だが、この世界にエーテルは存在しない。

 あるのは、マナ。

 そのマナをエーテルへ変換し、圧縮し、装填する。


 そして、ようやく一発を放つことができる。

 その過程で出力は落ち、変換炉は熱を持ち、次弾までに致命的な空白が生まれる。


 ワンブリッジにとっては、いずれ解決可能な技術上の誤差。


 だが、その誤差へ命を賭ける者たちにとっては――道だった。


「撃った個体から潰せ!」


 ヴォルクが飛び出した。


 狼族特有の脚力で地面すれすれまで姿勢を落とし、黒鉄の列へ潜り込む。


「零式爪斬(れいしきそうざん)ッ!」


 爪が機械兵の首を捉えた。

 金属が裂ける。頭部が宙を舞った。


「まずは一つッ!」


 だが――


『歓迎処理ヲ継続シマス』


「なに……?」


 頭部を失った機械兵が動いた。


 左腕の盾がヴォルクの体を押し上げる

 同時に胸部装甲が左右へ開いた。

 内部から短い刃が射出される。


「なにッ!?」


 腹へ届く、その寸前。


 巨大な盾が割って入った。


 ガギィィィンッ!


 熊族の兵士が、ヴォルクを弾き飛ばすように庇う。


「ヴォルク、こやつらは頭ではない!」


 ベアードが踏み込んだ。

 戦斧を大上段に構える。


「ここだッ!大斧豪波撃(たいふごうはげき)ッ!」


 斧が背面へ叩き込まれた。

 小型変換炉ごと、黒鉄の胴体が両断される。


 青白い火花。

 今度こそ、機械兵が崩れ落ちた。


「背中だッ!」


 ベアードが叫ぶ。


「背の炉を狙え! そこを潰せば止まる!」


「お前たち、聞いた通りだッ!」


 ヴォルクが自分の兵団に向けて叫んだ。


「背中を食い破れぇぇぇッ!」


 狼たちが散る。猫人が死角へ回り込む。

 鳥人部隊が上空から叫んだ。


「右列、再充填していますッ!」


「右から来るぞッ!」


 熊族が盾を並べる。


 その背後から蜥蜴人の長槍が伸び、機械兵の足を払う。

 倒れた背中へ狼が飛びかかった。


 一体。二体。三体。


 黒鉄の兵が、次々と崩れていく。


「いけるぞ!」


 誰かが叫んだ。だが、その瞬間だった。


『戦闘情報ヲ共有シマシタ』


 ヴォルクの耳が動いた。


「……あ?」


 二千の赤い光が、一斉に明滅する。


『致命部位ヘノ攻撃ヲ確認』


『被撃記録ヲ共有』


『防御行動ヲ更新シマス』


 ガシャン。


 音が揃った。

 機械兵の隊列が変わる。


 前列が半歩下がり、後列が左右へ展開。


 二体一組。


 互いの背面を、互いの盾で覆う。

 つい先ほどまで見えていた変換炉が、一斉に視界から消えた。


 ヴォルクの笑みが消える。


「……学びやがった」


 その直後だった。


『再充填完了シマシタ!』


「盾ぇぇぇッ!」


『レッツゴー!オ・モ・テ・ナ・シッ!』


 無数に放たれる赤い閃光。


 熊族の大盾が、一枚、二枚、三枚……

 まとめて吹き飛んだ。


「ぐああああッ!」


 一糸乱れず機械兵が前進する。

 倒れた仲間を踏み越えながら、彼らの歓迎は止まらない。


『戦闘効率、上昇』


『歓迎処理ヲ継続シマス』


「クソが……!」


 ヴォルクが立ち上がる。


「可愛げのねぇ連中だ!」


「ならば、もう一度変えるまでだッ!」


 ベアードが叫んだ。


「奴らが一度学ぶなら、我らは二度変える!」


 戦斧が上がる。


「鳥人! 上を取れ!」


「了解!」


 翼が舞った。


 鳥人部隊が急降下する。

 上空から投槍が降る。


 黒鉄の兵たちが、一斉に盾を掲げた。


「熊族!」


「うおおッ!」


 正面。

 巨大な盾を並べ、熊人たちが突撃する。


 鉄と鉄が激突した。

 真正面から押す。


 押す。押し続ける。押しまくる!


『前方圧力増大』


『防御出力ヲ――』


「猫人!」


 低い影が、熊族の股下を抜けた。

 猫人たちが地面すれすれを駆け、機械兵の足首へ刃を滑らせる。


 関節部へ、一撃。


 機械兵の姿勢が崩れた。


「蜥蜴人!」


「応!」


 長槍が伸びる。

 倒れかけた機械兵を横から突き倒した。


 背面が露出する。


 そこへ。


「狼族ッ!」


「待ってたぜぇぇぇッ!」


 ヴォルクたちが飛び込んだ。


 爪が変換炉へ突き刺さる。


 爆発。


 一体が吹き飛ぶ。

 その爆風で隣の機械兵がよろめく。


 そこへ、別の種族が襲いかかった。


「次だ!」


 鳥が目を奪う。

 熊が止める。

 猫が崩す。

 蜥蜴が倒す。

 そして、狼が仕留める。


 一つの種族ではできない。

 一人の英雄でもできない。


 違う身体。違う得意。違う戦い方。

 それらすべてが噛み合って、初めて黒鉄の兵を打ち倒していく。


『戦術情報ヲ――』


「遅ぇ!」


 ヴォルクの爪が炉を貫いた。


 爆発。黒鉄が舞う。


 《千客万殺(オモテナシ)》は恐怖を知らない。


 疲労を知らない。躊躇を知らない。

 そして、一体が得た情報を瞬時に全体へ共有できる。


 だが――仲間を知らなかった。

 倒れた一体を庇わない。

 傷ついた一体を後ろへ送らない。

 遅れた一体を待たない。


 ただ計算された最適解を、全員が同時に選び続ける。


 しかし、亜人たちは違う。


「負傷者を下げろ!」


「熊族! 穴を埋めろ!」


「こいつは俺が運ぶ!」


「馬を一頭回せ!」


 傷ついた狼を、熊が背負う。

 翼を痛めた鳥人へ、猫人が肩を貸す。

 前線に開いた穴へ、蜥蜴人が槍を並べる。


 一人が倒れれば、誰かが埋める。

 一人が遅れれば、誰かが待つ。


 効率だけなら、機械の方が正しい。


 それでも。


 一歩。また一歩。


 黒鉄の防衛線が、押し込まれていく。


 やがて、東の空が白み始めた。


「見えたぞ!」


 兵の声が上がる。


 夜の向こう。

 朝日に照らされ、巨大な城壁が姿を現した。


 聖王都は目の前だ。


 その東門へ。

 ベアードが目を細めた。


「……ここからだ」


 城壁の上に、人影が並んでいる。

 聖王国兵。弓兵たちが、一斉に弦を引いた。


 亜人軍に緊張が走る。


「人間ども……!」


 ヴォルクが牙を剥く。


「まさか、ここまで来て――」


「待て……!」


 ベアードが制した。


 矢尻を見た。

 こちらを向いていない。


「いまよ!全軍攻撃ッ!」


 少女の声が響いた。


 城壁の上。白い布が翻る。それが合図だった。


「放てぇぇぇッ!」


 矢が放たれる。狙う先は、亜人ではない。

 背後に立つ《千客万殺(オモテナシ)》。


 火矢が変換炉へ突き刺さる。


 一体。二体。三体。次から次へと破壊される機械人形。


『内部反逆ヲ確認』


『敵性情報ヲ更新』


『歓迎対象ヲ再設定』


 赤い光が、一斉に城壁側へ向いた。


「ここは――」


 メリナが白い布を握りしめた。

 怖くないはずがない。


 二千の機械兵。

 人間など、一撃で殺せる兵器。


 その赤い光が、いま自分たちを敵として捉えている。


 それでも、メリナは一歩も退かなかった。


「ここは、あなたたちの国じゃない!」


 叫ぶ。


「門を開けてッ!」


「鎖を落とせぇぇぇッ!」


 兵たちが走った。

 巨大な巻き上げ機へ飛びつく。

 一人が剣を振り下ろす。


 火花散る。


 二人目。三人目。


 鎖へ刃を叩きつける。機械兵が迫る。


『反逆者ヲ排除シマス』


「急げ!」


「もう少しだ!」


 赤い銃口が持ち上がる。

 メリナのすぐ後ろ。


「メリナさん!」


「切って!」


 彼女は振り返らない。


「門を開けてッ!」


 剣が振り下ろされた。

 鎖が切れた。轟音。


 巨大な歯車が回転を始める。

 城壁全体が震えた。


 そして、門が動いた。


 ゆっくりと。

 本当に、ゆっくりと。


 巨大な東門が、左右へ開いていく。


 かつて、人間を守るために造られた門。

 亜人を拒むための門。

 何世代にもわたり、互いを敵として隔ててきた門。


 それを今――

 人間たち自身が、内側から開いている。


 昨日までの敵を迎え入れるために。


 メリナは、開いていく門の向こうを見た。


 土煙。

 折れた槍。

 倒れた兵。


 その中央。


 巨大な戦斧を持った熊人が立っている。


 ベアード・グリズリー。


 視線が合った。

 ほんの少し前なら。

 どちらかが武器を構えていた。


 人間と亜人。


 聖王国とズィルヴァリア。


 敵だった。少なくとも昨日までは。


 メリナは何も言わなかった。

 ベアードも何も言わなかった。


 言葉など必要なかった。


 メリナが白い布を高く掲げる。

 ベアードが戦斧を掲げた。


「全軍――!」


 腹の底から吼える。


「聖王都へッ!」


 地鳴り。

 亜人軍が走り出した。


 狼族が。熊族が。

 鳥人族が。蜥蜴人が。猫人が。


 開かれた門をくぐっていく。

 その横を、聖王国の兵たちが走る。


 誰も剣を向けない。

 誰も槍を構えない。


 ほんの少し前までなら、あり得なかった光景だった。

 メリナは白い布を握ったまま、それを見つめていた。


 これは侵略ではない。


 人間が、自らの国を取り戻すために招き入れた軍勢だった。


 誰かに命じられたから、門を開いたのではない。

 人間が、自ら内側から門を開いた。

 そして亜人が、その信頼に応えた。


 かつて、この門は人間を守るために築かれた。

 亜人を拒むために、閉ざされてきた。


 その門を、今日。

 人間たちは自らの手で開いた。


 昨日の敵を迎えいれるために。


 そして――明日の敵と戦うために。


「行って……!」


 メリナが、小さく呟いた。

 その声は、地鳴りに消えた。


 それでよかった。

 狼が駆ける。熊が進む。

 翼が朝焼けの空を覆う。

 その隣を、人間たちが走っていく。


 開かれた東門から。

 種族の境を越えた軍勢が、聖王都へ雪崩れ込んだ。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。