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勝利なき軍議

挿絵(By みてみん)


 大広間の中央には、三つの国が描かれた巨大な地図が広げられていた。


 ミターニア大陸の東側に位置する亜人連合国家ズィルヴァリア。

 その南西に自由国家フェルドラン。

 さらにフェルドランの北西に聖王国アルセリア・グレイス。


 かつてなら、2つの人間国家には赤い駒が置かれていた。

 敵と定めるための印だ。

 だが今、地図の中央を埋めているのは、見慣れぬ黒い駒だった。


「聖王国は、すでに敵の支配下にあります」


 梟族の斥候長ミネルヴァが、細い指で黒い駒を置いていく。


「聖王都には宇宙戦艦グレイテスト・トランク。

 残存する城塞および街道には、人間と同程度の大きさをした機械兵が配備されています」


「機械兵?」


 ベアードが低く問う。


「鎧の中に人がいるわけではありません。

 自ら判断し、武器を扱う鉄人形です。敵は自律戦闘型機械兵――」


 ミネルヴァは、奪取した命令書の写しへ視線を落とした。


「千客万殺(オモテナシ)と呼称しています」


 広間が静まる。


「ふざけた名だ……!」


 狼族の若き将、ヴォルクが吐き捨てた。


「名はふざけておりますが、性能は確かです。

 弓より遠く、魔法より速く攻撃する筒状の武器を所持。

 夜目を持ち、睡眠を必要とせず、恐怖を感じません」


「数は?」


「確認できただけで、およそ二千」


 ざわめきが広がる。


 レオナルトは無言で地図を見ていた。


 二千の機械人形。それだけなら、ズィルヴァリア全軍で押し潰せる。

 だが、その向こうにいるものを、彼だけは知っていた。


「我ら牙狼騎兵団が東門までを突破します」


 ヴォルクが駒を動かした。


「鳥人部隊に上空から攪乱させ、熊人重装兵が中央を割る。機械人形の首を落とせばよい」


「首で動いているとは限らぬ」


 山羊族の老呪術師が首を振る。


「ならば胴を砕く。それでも動けば、すべて砕く」


 ヴォルクは拳を地図へ落とした。


「そのまま王都へ雪崩れ込み、敵の首魁を討ちます」


 視線がレオナルトへ集まる。


 若い将の目には、戦意が燃えていた。


 勝てると信じている目だ。


「却下する」


 レオナルトは言った。


「なぜです!?」


「その先がない」


「先ならば、王都に――」


「違うッ!」


 レオナルトは黒い駒を一つ、手に取った。


 掌の中で握り潰す。


「貴様の作戦で機械兵は破れる。王都にも入れるだろう。だがそこで、我らは全滅する」


 ヴォルクの牙が覗く。


「陛下ともあろう方が、戦う前から、何を――」


「その先にあるものを伝えよう……!」


 低い声が、若い牙を止めた。


「機械人形など比較にならぬ百の魔神を従え、

 さらにそれらをはるかに上回る黄金の大魔神だ。

 フェルドラン中央都市はたった一撃で廃墟と化した!」


 レオナルトは目を閉じる。


 記憶ではないものが、脳裏に混ざった。


 バルムドの視界。

 黄金の玉座。

 大魔神へ集まる光。


「その魔神は、ガイツという男と同一だ。

 我が全盛の力を十倍にしても――足元にすら届かぬ」


 亜人王が、自分より強いと認める。


 それがどれほどの意味を持つか、広間にいる者は理解していた。


 熱が消えていく。


 勇気では埋められぬ穴が、地図の上に開いた。


「……陛下には、勝利が見えておられるのですか」


 ミネルヴァが声をひねり出して問う。

 レオナルトは、長い沈黙の後に答えた。


「見えぬ」


 誰かが息を呑んだ。


「現時点では、我にも勝利が見えぬ」


 王は、それを隠さなかった。


 虚勢で埋めれば、兵は一歩を踏み出せるかもしれない。


 そして、その一歩の先で全員が死ぬ。


「だが、道は二つある……!」


 光がともる。

 レオナルトは、地図の上へ白い駒を二つ置いた。


「一つ。虚を突き、魔神を使わせぬまま首魁を討つ」


 一つ目の駒を、聖王都の内側へ。


「もう一つ。魔神以上の存在を、我らの側へ引き入れる」


 二つ目の駒を、ズィルヴァリアのさらに北へ。


 地図から外れかけた場所。


 人の国が終わり、空そのものを王が支配する領域。


 竜王国ドラグニール。


「その二つを、同時に進める」


「陛下、竜王が動くとお考えですか?」


 ベアードの問いに、レオナルトは頷いた。


「動かすのだ」


「交渉が決裂した場合は?」


「我の首を置いてくる」


「陛下!」


 怒声が重なった。

 レオナルトは、それを手で制した。


「安心しろ、竜王は力にしか耳を貸さぬ暴君ではない。

 仁義を違えた者を許さぬだけだ。脅威を伝え、我が名を懸ける。話は通る」


 もう一度、地図へ目を落とす。


「全軍を出撃準備。国境へ集結させよ。ただし、我が戻るまで一本の矢も放つな」


 ヴォルクが、拳を胸へ当てた。

 その表情はどこか嬉しそうだった。


「御意」


「ミネルヴァ。聖王国とフェルドランの生存者から、さらに情報を集めよ。

 魔神を呼ぶ条件。敵将の位置。王都内部の協力者。小さなものでも構わぬ。すべて持ち帰れ」


 その言葉を口にした瞬間、胸元のペンダントが微かに熱を持った。


 レオナルトは手を止める。


 視界の端に、何かが走った。


 光の線。


 文字になりかけ、形を失い、消える。


「陛下?」


「……なんでもない」


 ペンダントから手を離す。


 広間では将たちが次々と立ち上がり、命令を抱えて走り出していた。


 レオナルトは北に置いた白い駒を見つめる。


 勝利は見えない。


 だからこそ、見える場所まで進むしかなかった。


挿絵(By みてみん)

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