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開かれた扉

挿絵(By みてみん)


 グレイテスト・トランク中枢。


 円環状に並んだ計器。

 天井から吊り下げられた無数のメトロノーム。


 すべての振り子が、不気味なほど正確に、四分の四拍子を刻んでいる。


 一つとして速くない。

 一つとして遅くない。


 数千の機械が完全に同じ瞬間を指し示す光景は、秩序を通り越して、むしろ狂気に近かった。


 その中央で、ワンブリッジが指揮棒を振っている。


「第一拍――発見」


「第二拍――観測」


「第三拍――介入」


「そして、第四拍――完成」


 最後の一音だけが、低く響いた。


 ワンブリッジは満足そうに目を細める。


「実に美しい。万物には順序があり、順序には拍子がある。

 国の誕生も、英雄の死も、ひとつの文明が灰へ変わる瞬間も、正しい位置へ音符を置いてやれば音楽になる」


 指揮棒が止まる。


「問題は、次の一小節をどうするかだ」


 円環卓の上には、灰色の模型が置かれていた。

 かつて自由国家フェルドランと呼ばれていた都市。

 建物は倒れ、城壁は崩れ、中心部には巨大な穴が開いている。

 模型でありながら、そこから煙が立ち上っていた。


 ワンブリッジは、その穴へ指揮棒の先を差し込んだ。


「壊すことは難しくない。完成されたものへ、完成された力をぶつければいい。

 しかし、そのあとに残された空白をどう扱うか。

 それこそが、破壊者の品格というものではないかね?」


 円環卓の向こう。

 久保田ジュウシマツが、腕を組んで立っている。

 視線は模型ではなく、何もない白壁へ向けられていた。


「プラズマ枢機卿曰く――散らかした者が片づければ、母は怒らない」


 ワンブリッジは、しばらく黙った。

 やがて、指揮棒を胸元へ引き寄せる。


「……深いねぇ」


 心底感銘を受けたように大げさに頷く。


「では、フェルドランは君に任せよう。

 瓦礫を退け、道を通し、飢えた者には食事を与えたまえ。

 死んだ者は戻らないが、生き残った者には明日が必要だ」


 久保田の眉が、わずかに動く。


「プラズマ枢機卿曰く――再建と統治はコインの表裏」


「もちろんだとも。再建だけでは無責任だ。壊した者には、新たな形を提案する義務がある」


「プラズマ枢機卿曰く――新築祝いには、洗剤が無難」


「フフフ、それはそれは。まったくもって正解だ」


 ワンブリッジが大きく拍手する。


 久保田は一礼した。

 その身体が柱の影へ入る。


 次の瞬間には、もうそこにいなかった。


 カチ。


 一つのメトロノームが止まる。

 代わりに、部屋の片隅から小さな音が鳴った。


『……ギュィィィン』


 弦が一本だけ震える。


 高藤ストレンジネスが、巨大なギターを抱えたまま顔を上げた。

 誰も触れていない円環計器の一部に、赤い光が点滅している。


 北方山脈。


 聖王国の支配領域と、人の手がほとんど届かない土地との境。

 小さな反応だった。軍勢と呼べる規模ではない。

 攻撃の間隔も一定ではない。

 襲撃があったかと思えば消え、忘れた頃に別の場所から現れる。


 まるで広大な闇の中で、誰かが断続的に弦を弾いているかのようだった。


 ストレンジネスは、しばらく耳を澄ませていた。


『……ギュイン』


 もう一度、赤い光が瞬く。

 彼の口元が、ゆっくりと吊り上がった。


「ちいせえ音だが、興味があるぜ!」


 椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。

 ギターを背負い、片足を円環卓へ載せた。


「サウンドゲリラ野郎!」


 誰の許可も求めない。

 何者なのかも確かめない。


 面白そうな音が聞こえた。

 彼に必要な理由は、それだけだった。


「俺様の音を聴かせてやるぜぇぇぇッ!」


 ストレンジネスが弦を掻き鳴らす。


『ジャァァァァン!』


 重低音が中枢を貫いた。

 白壁が揺れる。

 円環計器の針が一斉に振り切れる。


 次の瞬間、高藤ストレンジネスの姿は消えていた。


 残された椅子だけが、床の上で回り続けている。


 ワンブリッジは、指揮棒を持ったまま瞬きをした。


「……なんともまあ彼らしいこと!」


「行きてぇ奴が行きてぇ場所へ行ったってわけだ!」


 円環卓の下から、巨大な声が返ってくる。


 ガイツだった。

 いつからそこにいたのか。

 巨体を無理やり卓の下へ押し込み、工具を片手に何かを組み立てている。


「古の書籍で読んだことがあるぜ、餅は餅屋にってなぁ!」


「なるほど」


 ワンブリッジはわざとらしく頷く。


「マイフレンッ、正解だ。まったくもって正解だ」


 ガイツが卓の下から這い出してくる。


 首から数珠を提げ、背中には巨大なハンマー。

 片手には、車輪。

 もう片方の手には、なぜか金色の便座を持っている。


「ところでワンブリッジ!黄金像だが、尻の部分に緊急脱出装置をつけようと思う!」


「ビュウーリホウ!それはなんと美しいことか!」


「だろう!?」


 二人の笑い声が重なった。


 メトロノームは、その会話を無視して同じ拍子を刻み続けている。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 カチ……。


 やがてガイツは、円環卓の周囲を見回した。


 広大な中枢に残っているのは、ガイツとワンブリッジだけだった。

 ワンブリッジは指揮棒の先で、ひとつのメトロノームを止める。


 一つ。


 また一つ。


 次々と振り子の動きを止めていく。徐々に音が減っていく。


 最後には、部屋の中央に置かれた一台だけが残った。


 ワンブリッジは、その前へ立つ。


「我々は、これまで扉を開けてきた。聖王国の扉。自由国家の扉。

 閉ざされていた世界へ踏み込み、そこに何があるのかを確かめてきたわけだ」


 指揮棒が、ゆっくりと横へ振られる。


「だが、こちらから扉を開け続ければ、相手はいつまでも部屋の奥で震えているだけだ。

 ノックが4回以上では脅迫になってしまう!」


 ワンブリッジは微笑んだ。


「だから次は、扉を開けたまま待ってみるつもりだよ」


 ガイツの顔が笑顔でくしゃくしゃになる。

 最後のメトロノームが、四拍目を打つ。


「その来訪者が、いずれ来るであろう老獪な翁でも…

 牙を研ぎ直している亜人王でも…それとも、天空の王者であっても…」


 ワンブリッジは両腕を広げた。

 白衣が翼のように翻る。


「それが誰であれ、我々は最大の敬意をもって迎え撃てばいいだけの話だヨネッ!」


 ガイツは俯いたまま、巨大な肩を震わせている。

 声を押し殺し、全身で笑っていた。


「来るなら来やがれってか!?」


「ザッツライッ!そのとおり」


「英雄でも!?」


「ウェルカムだ!歓迎しよう!」


「王でも!?」


「もちろんさ!歓迎しよう!」


「神でも、竜でも、どこの誰だかわからねぇクソ野郎でも!?」


「等しく歓迎しよう!最大限の敬意をもって!」


 ワンブリッジが指揮棒を掲げる。


「戦争とは、他者との対話だ。理解できない者を拒絶するのではない。

 まず招き入れ、互いのすべてを差し出し、最後まで立っていた者が相手を理解する」


 指揮棒は頭上でピッっと緊張する。


「素晴らしい客には、最高の席を用意する」


 指揮棒が一気に振り下ろされる。


「無礼な客には、最高の一撃を」


 指揮棒が奏でるは4分の4拍子。

 その瞬間、止まっていたすべてのメトロノームが跳ね上がった。

 

『カチッ!』


 数千の振り子が、まったく同じ四拍目を打った。


 それをみたガイツが数珠を掴む。

 両足を大きく開く。

 天井を仰ぎ、腹の底から叫んだ。


「南無三! 諸行無常だぜ!」


 グレイテスト・トランク中枢に、ガイツの哄笑が轟く。


 ワンブリッジは、その笑い声に合わせて指揮棒を振り始めた。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 新しい四分の四拍子が始まる。


 今度の彼らは、どこへも行かない。

 開かれた扉の向こうから何が現れるのかを、ただ楽しみに待っている。


挿絵(By みてみん)

第3章「空の支配者編」が始まりました。

引き続き、毎朝8:10に1話ずつ更新予定です(日本時間)。

続きが気になった方は、ブックマークをご利用いただけると更新を追いやすくなります。

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