英雄
フェルドラン中央都市―大地の鳴動はまだ続いていた。
爆音。悲鳴。瓦礫の崩落。そのすべてを背にして、バルムドはただ走る。
ただひとつ、ラングロード邸―“錨”となりうる場所に向かって。
「バルムドさんッ!俺たちも加勢します!」
「まだ動ける者を集めました!火薬、魔導爆薬、ありったけ持っていきます!」
ボロボロの男たちが、それでも立ち上がり、手に手に爆薬を抱えている。バルムドは振り返らず短く言った。
「助かる。…全部、俺によこせ!」
この国で二番目に長く過ごした場所―ラングロード邸。
冒険者としての第二の人生を支えた、思い出の場所。それを、破壊するために。
バルムドは爆薬の束を構え、深く息を吸った。言葉はなかった。
見慣れた門。若き日の自分の成長を見守った庭。ゴルドとミレーネと笑った食堂。
そこには、救えなかった二人の笑い声が、まだ残っている気がした。
全部知っている。
爆薬に火が灯る。
一瞬の出来事だった。轟音とともに屋敷が崩れ、炎が空へ吹き上がる。
不思議と涙は出なかった。
バルムドは燃え盛る光を背に歩き出す。
(…“錨”は、これで破壊した。最悪の事態は防いだ)
燃え盛るラングロード邸の炎を後にバルムドは覚悟を決めた。
(けりをつけようぜ、ガイツ!)
***
中央広場へ戻ったバルムドの目に飛び込んだのは、無残に蹂躙された街並みだった。
その真ん中にアンドリュー・ジャスティス・ガイツが仁王立ちをしていた。まるでバルムドが来るのを知っていたかのように。
「フッ、王様はずいぶんと余裕なんだな。魔神がなかろうが関係なしってか?」
「ハッ!世界の果ての男よ!お前の行動は正解だ!間違っちゃいねぇ!」
バルムドは剣を構える。胸のペンダントにそっと手をやり、静かに目を閉じる。
最適未来指標がバルムドに語り掛け、力を与える。
目を開けたバルムドはガイツに向かって言い放つ。
「世界の果て、ね……てめぇらが勝手に決めてんじゃねぇ!」
「悪くねぇ啖呵切りやがる!もう言葉はいらねぇなァ!」
ガイツの拳が放たれた。その瞬間、最適未来指標がバルムドに解を与える。
拳を避け、直後にバルムドの横なぎが炸裂する。強化され最適化された一閃がガイツの脇を捉える。
「果て野郎ッ!出し惜しみはなしで行かせてもらうぜ!」
ガイツの目が光る。バルムドに向かって拳の嵐が降り注ぐ。
しかし、すでにバルムドはガイツの背後をとった。
「秘剣・残刃陽炎!」
巨大な背中を大きく切り裂く。血しぶきが上がる。
だが、その瞬間だった。
ガイツの手前の空間が歪みそこから煉獄三丁目無頼漢の柄が現れた。
ガイツはバルムドの切り裂いた向きに合わせるように回転し、その勢いのまま柄をつかみ引き抜く。
回転し終えたガイツとバルムドの目が合った次の瞬間、理不尽な暴力がバルムドの右半身を襲った。
「ガハッ…!」
吐血。
瓦礫にたたきつけられたバルムドはまるで体が自分のものではないかのような感覚に支配されていた。
(くそ…いいところまでいったと思ったんだがな…)
徐々にうつろになっていく意識。
そこにどこからか語り掛けてくるような声が聞こえてくる。
【最適未来指標】
『思い出して【推奨】』
その言葉が聞こえると同時に、バルムドの意識は溶けていった。
***
燃え盛る暖炉の前で父アークヴェイン卿が語り掛ける。
「アークヴェインの系譜は“転生者の系譜”だ」
アークヴェインは続ける。
「私もかつて、別の世界から来た。そして―異世界からの贈り物という力を授かった」
「異世界からの贈り物…」
「いいか、バルムド。異世界からの贈り物は、前世からの愛の遺産だ。」
アークヴェイン卿はさらに続けた。
「お前の最適未来指標―それは前の世界の“誰か”がお前に残した愛だ。愛とはこれ以上ない信頼だ」
「誰かの…愛…」
「だから、信じろ。お前を愛した者たちが贈った力を」
***
息が白い。視界の端が揺れる。
灰色の世界。単調な通勤電車。砂のように消えていった毎日。
だが――そこにあった。間違いなくあったのだ。
「〇〇さん、働き過ぎですよ。顔色悪いじゃないですか、無理しないでください」
無茶を言いながらも慕ってくれた部下の笑顔があった。そういえばあいつはよく作りすぎたからっていってホームベーカリーで焼いたパンをもってきてくれたな。
「〇〇、ここからは俺に任せて、たまにはお前は休め。働き過ぎは、体に毒だぞ!ガッハッハ!」
数えきれないほどの尻ぬぐいをしてくれた頼れる上司の笑顔。大仕事後にあの人と飲むビールは最高だったな。
「〇〇、お帰りなさい」
そして、静かに寄り添ってくれた最愛の“妻”。ほんとに頑固で融通が利かないけど、こんな俺に愛を注いでくれたかけがえのない人だ。
ぼんやりとした記憶の輪郭が、この世界の仲間たちの姿と重なってくる。
聖王国で俺を信じてくれた黄金の少女メリナ―
世界一頼りになる背中でいてくれたゴルド―
そして、無茶な俺についてきてくれたミレーネ―
(そうか―俺が見えていなかっただけなんだ―今も昔も、世界はずっと美しかったんだ)
灰色だった世界が色彩を帯びる。太陽の光が灯り、鳥たちのさえずり、新緑の美しさ。
そして、希望溢れる人々の笑顔。すべてが美しい。
世界はずっと美しい。そのことを確信したバルムドの体は暖かい力に満ち満ちていた。
(ならよ…ここを世界の果てには…させられないよな!)
最適未来指標が今までにない強い光を放った。
【最適未来指標】
『持ち帰れ、次の勝ちのために【推奨】』
***
――立ち上がる。
瓦礫の中、ゆっくりと。
「そうだよな。ここを世界の果てにしないためにも…」
血に濡れた手が地面を掴む。
「俺がここで奴を倒さねぇとな…ッ!」
ここを世界の果てにしないため、傷だらけの英雄は自分のすべてをかけて立ち上がる。
過去と現在、二つの世界の思いを背負い、英雄は剣を構える。
その様子を何かを確かめるようにガイツが目を細めて言い放つ。
「違うな、明らかに違う。S級野郎、お前…超えやがったな?」
ガイツの問いにバルムドは応じない。ただ、じっとガイツをにらみつける。
ガイツの目が光る。
煉獄三丁目無頼漢全体が強い光に包まれた。
エーテルフィールド。
それは“防御”のためではない。世界への“拒絶”の意思だ。
破壊的な衝動に身を任し、圧倒的な理不尽で世界をへこませる王の攻撃。
ガイツが声にならない叫びとともにバルムドへ一直線に走り出す。
対して、バルムドはその場で動かず。ただ、敵が迫るのを待つ。
「南無三!諸行無常だぜ!」
大きな踏み込みとともに、煉獄三丁目無頼漢がバルムドに向かって水平に放たれた。
剣とハンマーが、真正面から…
――その瞬間。
砕け散る。まるで繊細なガラス細工のように。
それまでの姿はそこになく、スターダストのような破片となり、あたり一面に飛散する。
煉獄三丁目無頼漢…光となり散る。
空手となった右腕を見つめ、ガイツはそれでもニヤリと笑う。
「野郎…世界の果てを超えやがったな!」
【次回更新】
第37話「圧力」
10月3日 19:10(日本時間)公開予定です。




