世界への挨拶
フェルドラン中央都市―その外縁に広がる荒野は、朝靄の向こうでゆらりと揺れ、まるで“何かが来ること”を知って震えているようだった。
風はない。鳥も鳴かない。ただ―大地だけが、生き物のようにざわついていた。
最初に聞こえたのは風でも、雷でもない。砂が震えた。草がたわみ、地平線の彼方で砂塵がふわりと持ち上がり…次の瞬間には、巨大な砂柱となって空へ伸びた。
「…来たぞッ!」
城壁の上で見張り兵が叫ぶ。
フェルドラン中央広場、通称フリーダム・スクエアには―
十大貴族の私兵団。
冒険者たち。
そして――S級冒険者バルムド・アークヴェイン。
この国が持ち得る限界戦力、そのすべてがここにあった。
迎え撃つためだ。アンドリュー・ジャスティス・ガイツを迎え撃つためだ。
荒野の向こうで、砂煙がさらに高く舞う。
そして―その中心に、ひとつの“黒い影”が現れた。
最初は点のようだった。だが、風を裂く音とともに、その影は―どんどん大きくなっている。
「……は?なに、あれ……」
誰かが声を漏らす。
荒野の先で、砂煙がひときわ高く舞う。その中心、ひとつの異様な巨影が姿を現した。
だが、なによりも兵たちを驚かせたのは、その移動方法だった。
『巨大なハンマーの柄を両脚で挟む』
そんなことをしても無論それは移動方法でもなんでもない。せいぜいが大道芸のたぐいだ。大した喝采も起きないだろう。
しかし、その不可思議な姿勢のまま、 巨大な存在が一秒ごとに大きくなる。そのことが示すのはただひとつ―近づいてきていやがるということだった。
城壁の上からバルムドは歯を食いしばっていた。馬での移動は見慣れている。魔導戦艦や竜の羽ばたきも経験した。だが、まさか―移動方法だけでこんなにも格が違うとは!
柄を、両脚でがっしりと挟み―ガイツは滑るように迫ってくる!
「…移動方法の時点で格が違いすぎるぜ、ガイツ…!」
圧倒的な体躯。赤く輝く双眸。数珠をぶら下げた黒袈裟の巨漢が、ハンマーひとつで荒野を滑走し、砂煙を一直線に引きながら迫ってくる。
紛うことなき、アンドリュー・ジャスティス・ガイツだ!
互いに顔を識別できる距離まで来た瞬間、ガイツはハンマーから降り、ひとつ笑った。そして、両手を広げて吼えた。
「さあ、始めるぞ!」
一拍。
「王 VS 世界ッ!!」
その一言だけで、広場の空気が震えた。
***
先陣を務める冒険者たちが突撃する。
剣士、格闘家、魔術師、弓師、祈祷師―ありとあらゆる攻撃がガイツに殺到する。まるで軍事力を一人に叩きつけているかのようだった。
攻撃が収束してガイツに向かう。
だが、ガイツは一切の防御姿勢を取らない。攻撃を受けながら、ただ笑っている。そして吼えた。
「わるくねぇ!ちゃんと殺しにきている音がするぜ!」
両の手を広げる。
ガイツの周囲に淡い球形の揺らぎが走る。
エーテルフィールド――一定以下の攻撃を遮断する、力場めいた防壁。
ガイツが球体に包まれる。その直後、攻撃が着弾した。
巨大な音が鳴り響き、砂塵が巻き上がる。
しかし、砂煙のその奥、巨体が笑う。
「下がれ、防御魔法の類だ!小生がこじ開ける!」
叫んだのはA級冒険者ドンド・ミュージアム。防壁破砕を得意とする拳士だ。
「剛撃【ブレイク・ウォール】!」
防壁を砕く鉄拳が放たれる。しかし…
パシッ…!
乾いた音が響いた。
「この拳じゃあ突破できねぇぜ!」
ガイツはドンドの鉄拳を掌で掴んでいた。
「第一近接昇華術式…音拳…」
ガイツの目が光る。形容ではなく、確かに光る。
「寂ッ滅ッ!」
強烈な一撃がドンドに叩き込まれる。そしてその体はまるで弾丸、いや、砲弾のようになり後続の冒険者たちを襲う。
たった一撃。たった一振りの拳で、先陣を切っていた冒険者部隊が半壊した。
***
「な、何だよあれ…!?どうして、人が…!」
驚く冒険者たちに、バルムドは、剣に手をかけたまま低く言う。
「それができるから、『王』なんだろうよ」
次の瞬間―バルムドの視界に淡い光が灯る。
【最適未来指標】
『選択肢A:フェルドランを捨て逃走→生存率60%【推奨】』
『選択肢B:聖王ガイツと戦う→生存率1%』
バルムドの口元が緩む―そんなわけがない。
ミレーネとゴルドを失った今の自分に、万に一つの勝ち目もあるはずがない。
それなのに――1%。
(…んなわけあるか。なんなんだよ、最適未来指標まで…上等じゃねぇか!)
バルムドは、剣を抜き、叫ぶ。
「A級冒険者たちッ!」
わずかに残った7人のA級冒険者に声をかける。
「俺がガイツを抑えるッ!頼む―俺に命をくれ!」
A級冒険者たちは、互いに目を合わせただけで十分だった。誰も怯えていない。
かつて酒場でゴルドと腕相撲をしていた者。
ミレーネに命を救われた者。
バルムドと同じ依頼で背中を預けた者。
その全員が、迷わず頷いた。
ただ、覚悟だけがそこに在った。A級冒険者7名がバルムドの背に続き、城壁から飛び降りる。
地面に着地し、土煙の中から歩み出るバルムドに、ガイツがニヤリと笑った。
「まだ面白そうなやつらが残っていやがったか!」
ガイツは肩を鳴らす。大地がドン、と鳴って揺れた。
A級の一人が吼え、飛び込む。
雷撃、炎弾、穿突、乱撃。すべてがガイツに殺到し、爆風が舞い上がる。
確実にダメージは蓄積している。しかし、ガイツはそれらの攻撃を噛みしめるように笑う。
「ハッ、俺は体験主義者だからな!お前たちの攻撃、見事だった。だが、ここからは俺のターン!」
ガイツはその場で大きく構えた。
「第一近接昇華術式…」
そこに…
「秘剣・残刃陽炎!」
バルムドの一閃がガイツをとらえた。
ガイツは技を出せずに一歩後ろに下がる。
「ハッ!いい面構えじゃねぇか!名乗れ!」
ガイツの問いに対して一拍の時間が生まれる。
「S級冒険者――バルムド・アークヴェイン!」
息を吐く。
「お前に引導を渡す男だ!」
「ハッ、インドカリーってか!上等ッ!」
次の瞬間、王と英雄がついに激突する。
A級冒険者たちの支援を受けながら、バルムドの連撃がガイツを追い込む。
攻撃はわずかではあるが確実にガイツにダメージを蓄積していく。
一方のガイツは受け身こそ取れども、ほとんど攻撃の意思を感じさせないような立ち回りだった。
「ハッ、多勢に無勢!だが、俺は王だぜ?」
ガイツの右手が輝くと、そこに明らかな破壊の意思が顕現化する。
煉獄三丁目無頼漢。凶悪な兵器がガイツの手中に収まる。
ガイツはゆっくりと、それでいて優雅に、煉獄三丁目無頼漢を振りかぶる。
煉獄三丁目無頼漢を振りかぶった、その瞬間。
直感ではない。確信だった。――打たせれば終わる。
その禍々しさ、そして、ストレンジネスとの闘いで感じた強烈な圧をバルムドは感じとった。
(だめだ、これは打たせてはいけない!)
バルムドが急ぎガイツに接近する。
一閃を浴びせようとした瞬間、ガイツの左ストレートが放たれる。
バルムドは咄嗟に防御姿勢をとる。バルムドの選択にミスはなかった。だが、これが決め手になった。
「ハッ、いくぜ!アイ・ハブ・コントロール!煉獄三丁目無頼漢・マックスファイアッ!」
ガイツの利き腕から先が炎となる。そして放たれる。この日の最大火力が!
超 爆 発 !
ガイツを中心に、同心円状に強烈なショックウェイブが広がる。
A級冒険者が一斉に吹き飛んだ。信じられないほどの衝撃と圧が、空間ごと押し潰したのだ。
「南無三!諸行無常だぜ!」
かろうじで、生きているのは、直前に防御姿勢をとっていたバルムドだけ。
しかし、全身にひびが入ったような感覚がバルムドを襲う。
「…冗談、きついぜ…本当に」
バルムドはよろめきながら、なんとか立った。
ガイツは首鳴らし、肩を揺らす。まるで踊るように、楽しそうに言った。
「おい、S級野郎ッ!あの攻撃に耐えた!つまり、これでお前が世界の果てってわけだ」
ガイツの煽りに返す言葉も出ない。
バルムドの目の前で、煉獄三丁目無頼漢がうなりをあげようとしたその瞬間だった。
強烈な熱波を放つ炎の槍がガイツに向かって飛び込む。
炎の影から巨大な影がガイツに向かって体当たりを仕掛ける。
一歩下がったガイツに向かって一閃の斬撃が飛んだ。
ラングロード卿。
ギルドマスター・ドルマン。
アークヴェイン卿。
「バルムド、聞け!」
ラングロード卿が怒鳴る。
「この戦いの裏で奴らは“錨”を使うはずだ!ならば、狙っているのは―中央都市そのものだ!!」
「奴の真の目的は、中央都市そのものを魔神召喚の“巨大な錨”に変えることだ!」
アークヴェイン卿も叫ぶ。ドルマンは震える声で付け加えた。
「バルムド、お前に託させてくれ!魔神召喚を止め、この国を守ってくれ!」
アークヴェイン卿が静かに言った。
「聞け、探すのは人々の“思いが集まる場所”だ!思いの結晶が黄金と輝く場所に行け!」
その瞬間、バルムドの脳裏に景色が浮かんだ。
人であふれかえった冒険者ギルドの喧騒―
生まれ育ったアークヴェイン邸の暖炉の灯り―
冒険者となってからの拠点、ラングロード邸―
(…賭けてみるか!だが、どうやって止める?何をすればいい?)
ラングロード卿が吠える。
「バルムド、遠慮はいらない!お前の信じる道をいけ!」
バルムドは走り出した。
(ここから最短の“錨”はラングロード邸だ!建物そのものが錨ならば、建物ごと破壊するまでだ!)
バルムドの顔に躊躇はない。
冒険者となってからの拠点。
ゴルド、ミレーネ、仲間との記憶が残る場所だ。
それでも――壊す。
それが、今この瞬間の最善だと、バルムドは理解していた。
いざ行かん。すべてを止めるために。
【次回更新】
第36話「英雄」
10月3日12:10(日本時間)公開予定です。




