世界を守る一手
夜が明けきらぬフェルドラン中央都市は、昨夜の惨劇を隠しきれずに軋んでいた。
崩れかけた城壁。黒く焦げた石畳。
そして――空から何かが叩きつけられたかのような巨大な抉れ跡。
それらすべてが、人外の戦闘を物語っている。
冒険者ギルド本部・作戦会議室。
分厚い扉の奥に集まった四人は、誰一人として椅子に深く腰を下ろしていなかった。
ギルドマスター・ドルマン。
十大貴族ラングロード卿。
同じく十大貴族、アークヴェイン卿。
そして――S級冒険者バルムド・アークヴェイン。
机の中央には、夜明け前にバルムドが調査してきた現場のスケッチと瓦礫が並べられている。乾ききらない血が、まだ黒く残っていた。
「……これが昨夜の跡か」
ドルマンが低く呟く。
バルムドは腕を組んだまま頷いた。
「ラザルの槍じゃない。落下物だ。しかも一点じゃない。軌道が残ってる」
スケッチには、建物三つ分を横薙ぎに断ち切る“巨大な斜線”が描かれていた。
地面は抉れ、周囲は雷に焼かれたように焦げている。
ラングロード卿が声を押し殺す。
「……ラザルは」
「聖槍“魔王殺”の残骸はあった。本人は――消えてる。生きてるとは思えない」
沈黙。
人類最強の一角が、跡形もなく消えた。
その事実だけで、場の温度が一段落ちる。
アークヴェイン卿が問う。
「相手は」
「久保田ジュウシマツで間違いない」
バルムドは即答した。
「痕跡が一致してる。気配も同じだ」
そして、続ける。
「奴は言っていた。“小さな錨と大きな錨”」
視線が机に落ちる。
「俺は一度、錨にされた。だが――本命じゃない」
「……どういう意味だ」
ドルマンの問い。
バルムドは迷わない。
「強さじゃない。条件は“意味”だ」
空気が止まる。
「ラザルは俺より強い。だが落とされた。つまり、“戦力”は基準じゃない」
指でスケッチを叩く。
「奴らが欲しいのは、“世界に対して重みを持つ存在”だ」
アークヴェイン卿が静かに引き取る。
「象徴、歴史、信仰……そういった“世界の支点”か」
「ああ」
バルムドは頷く。
「存在そのものに意味がある場所か、人間」
ラングロード卿が顔を歪める。
「だがフェルドランは新しい国だ。そんな象徴は――」
「ある」
即答。
バルムドは地図を指差した。
「ここだ。フリーダム・スクエア」
視線が集まる。
「建国の起点。市民が“自由”を共有する場所。意味としては十分すぎる」
アークヴェイン卿が目を細める。
「……狙うなら、そこだな」
その瞬間だった。
『キィィィィィィィンッ!』
耳を裂くような不協和音。
空気が震える。
窓ガラスが軋み、書棚が鳴る。
続いて――
タッタッタッタッ!
異様なリズムが、都市全体に響き渡った。
「なに……!?」
ラングロード卿が顔を上げる。
バルムドは即座に判断した。
「魔神じゃない」
全員が彼を見る。
「音だ。演出だ。あいつらは――“見せる”つもりだ」
リズムが強くなる。
鼓動のように。
「場所はフリーダム・スクエアで間違いない」
アークヴェイン卿の声にも焦りが滲む。
「だが“錨”じゃない。別の用途だ……!」
フリーダム・スクエアは“錨”ではない。
恐怖を都市全体へ染み込ませるための舞台にする気なのだろう。
「バルムド!!」
ドルマンが叫ぶ。
だが――
すでにいない。
扉が蹴り開けられ、風だけが残る。
階段を飛び降り、崩れた街路を駆け抜ける。
呼吸を削りながら、一気に距離を詰める。
そして――視界が開けた。
フェルドラン最大の広場。
フリーダム・スクエア。
朝にもかかわらず、市民が押し寄せている。
中央。
空中に浮かぶ、白い舞台。
その上で。
白衣をはためかせ、マイクを調整する男が一人。
高藤ストレンジネスでもない。
久保田ジュウシマツでもない。
ならば。
あれがそうだ。
アンドリュー・ジャスティス・ガイツの右腕――
ワンブリッジ。
【次の話】
第34話「王の独奏曲」
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