想定通り
石壁が崩れ落ちた余韻が、まだ夜気の中を震わせていた。
久保田ジュウシマツは瓦礫の上に立ち、片手で左側頭部を押さえていた。
血が指の隙間からぽたぽたと滴る。
一方その正面─光の階段を踏みしめながら近づいてきた巨人は、無言のまま槍を肩に担いでいた。
天穿ち―ラザル・グレイホルム。
フェルドラン最強の冒険者。齢100を超えてなお、その力は衰えることを知らず。
冒険者ギルド創設時からのS級。未だなお現役。老いを知らぬ暴力の化身。
「魔王殺“破壊”ッッッ!」
低い声が夜を裂く。まだ最初の奇襲の余韻が残る戦場で、まったく容赦のない追撃だった。
久保田は態勢を整えることもできず、巨大な槍から放たれる一撃に襲われる。
槍の突きはまさに“破壊”だった。
久保田の立っていた瓦礫は霧のように砕け散り、地面に深い裂け目が走る。
久保田は影のように跳び退く。しかし―
「逃がさんぞッ、小童ッ!魔王殺“破壊”ッッッ!」
連撃。容赦のない連撃。それはまるでガイツを彷彿とするほど、短時間で連発される。
久保田は刀を間に入れ、何とか直撃を免れる。
だが、防御を簡単に超えてくるラザルの一撃は、確実に久保田の存在を抉り取る。
防戦一方?
いや、それは違う。
久保田ジュウシマツは、攻撃を受けながらも反撃の形をすでに組み上げていた。
久保田ジュウシマツ。
戦闘技術においては、NZMナイトメアーズの頂点。
攻撃を受けながらもすでに反撃策は手中に収めていた。
「プラズマ枢機卿曰く―“雷撃一閃”ッッッ!」
久保田の刀が雷を帯び、ラザルへ…ラザルへ?
あれ?ラザル…は?
なんとすでに、ラザルが久保田の背後にいたのだ。
脚で地をえぐり、老人とは思えぬ速度で間合いを潰していた。
久保田は技の発動を止め、踵を返し、空中へ逃げる。
足裏で空気を踏みつけ、屋根へ着地する。
だが、その直後―
「ウオオオオオオオオ!魔王殺“破壊”ッッッ!」
ラザルの咆哮と共に強力な一撃が久保田に突き刺さる。久保田は一撃と共に吹き飛ぶ。
土煙、瓦礫、木材が砕ける音。ラザルは追撃を止めない。
久保田が吹き飛ばされた方向へそのままラザルは猛スピードで向かう。
「どうした、腐れ小童めがッ!さっきの奇妙な技はどうしたァ!?」
瓦礫の奥で、久保田が立ち上がる。胴着は破れ、肩口から血が落ちる。
しかし、呼吸は乱れていない。
足の位置が変わらない。この男はまだ、まったく折れていない。
「プラズマ枢機卿曰く―“反撃雷光”ッ!」
ラザルの踏み込みに合わせて、久保田の雷撃が走る。
ラザルの巨体に激しい雷撃がぶつかる。衝撃音、閃光、焦げた肌の匂い。
そして、爆発ッ!
あたりに立ち込める煙。瓦礫の山。
久保田ジュウシマツは煙の中で朽ちたであろう老人に向かい、手を合わせた。
だが!
だが!
だが!
次の瞬間、剛腕が煙の中から飛び出し、久保田ジュウシマツを掴み、そのまま、地面へと叩きつけ、押し込んだのだ。
「ッ……!」
久保田はボロ布のように地面に転がる。
「小童がッ!ぶち殺してやる!止めだ!魔王殺“破壊”ッッッ!」
地面ごと久保田が抉られた。
周りに久保田の鮮血が飛び散る。
鮮血を浴びながらラザルは思った。
魔王殺の連発を食らいながら原形をとどめている久保田―ラングロード卿は、聖王国を支配したものたちを“ドラゴン級”と語ったが、その評価に偽りはなかったと。
ラザルは滴る血も気にせず、次の攻撃の手に移る。
容赦なし。ラザル・グレイホルムに一切の容赦なし。
地面が震えるほどの踏み込み。
ボロ布となり、もはや虫の息である久保田に向かって、ダメ押しの魔王殺を放つ。
久保田は最後の力を振り絞り、刀をラザルに投擲する。
ラザルの軸足を地面ごと穿つが、ラザルは一切気にもせず、技を繰り出す。
しかし、なぜかラザルの技は弾かれたのだ。
突如、周辺の空間が明らかに歪む。異音が鳴り響き、怪しい光に周りに包まれる。
ラザルは臨戦態勢を解かない。
自身の技が弾かれたことを不思議がるが、すでに次の一撃に移ろうとしていた。
ラザルの視線の先で、久保田ジュウシマツが立ち上がる。
いつの間にか手元には鈴。
チリーンと小さな音を鳴らす。そう、それは合図。
その刹那─空間が裂けた。
「…なにをした、腐れ小童…ッ?」
ラザルが眉をひそめる。
久保田の立っている位置の上空―そこに周りの空気、否、空間ごと引きずり込まれるような違和感。
風がうねり、雷鳴が走る。久保田が小さく呟く。
「プラズマ枢機卿曰く―刃は手元にあらず。呼べば空より落ちてくる」
「ほざけ、小童ッ!魔王さ―」
光が裂ける。
虚空より召喚されたのは、サムライソードを思わせる異形の大剣。
一瞬で現れたという表現ではなく、ずっとそこに在ったかのような存在感で、その刀はラザル・グレイホルムを貫いていた。
否、貫いていたという表現は適切ではなかろう。
空間ごと引き裂いていたとでも表現すべきか。
あまりにも巨大なその刀は、もはやラザルなど眼中になく、周囲の風景ごと蹂躙していた。
「プラズマ枢機卿曰く―これぞ“幕末風雷剣”ッ!」
天穿ちの存在は風雷によって消え去った。
***
宇宙戦艦『グレイテスト・トランク』
その中枢で、ガイツとワンブリッジは、チェス盤の上に小さなメトロノームの駒を複数並べてご満悦そうにゲームに興じていた。
そのうちのひとつをワンブリッジが動かす。
「チェック…!とまあ、こうなるわけだ、マイフレンッ!
帝国との空中戦でも試したが、3点の疑似錨があれば、どうやらマシンギアの武器サイズまではカタパルトが運んでくれるというわけだ。
トラフィック・ダイナミクスと宗教ロジスティックスの応用というわけだ!」
「ハッ、トラフグは下関に限るってことだな!南無三!鮮度抜群だぜ!」
ガイツはワンブリッジが説明しているのを聞いているふりをしながら、チェス盤上のメトロノーム駒をいくつかこっそりとポケットにしまった。
「フフッ、ラザル・グレイホルムを簡単に倒せたのは僥倖だね!
ジュウシマツは戦闘中にもかかわらず、試作の疑似錨をうまく設置できたようだね。
バルムドと会敵した屋根の屋上、防御壁の頂上、そして、吹き飛ばされた先の民家。
まるで最初から決めていたような流れる設置じゃあないか!
彼の策士ぶりには本当に頭が上がらないね、マイフレンッ!」
「ハッ、あいつはマジスゲエよな!わかるぜ!」
そう言うガイツのポケットはパンパンになっていた。
「幕末風雷剣の召喚も想定通りできた。
自由の翼での実験は、残りひとつだね。
さあ、そろそろフィナーレを奏でようか、マイフレンッ!」
ガイツはニヤリと笑う。
「ン…?オヤオヤ、いつの間にやら私の駒がキングしかないじゃあないか!
これはやられた!まったくもってやられたよ、マイフレンッ!」
「チェックッッッ!さあて、お遊戯はここまでだぜ!これからはキング自らお出ましよ!」
不気味な4分の4拍子の音は、フェルドラン全域へと広がっていった。
――そして、その終わりは確実に迫っていた。
【次の話】
第33話「世界を守る一手」
公開中です。




