↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/57

違和感から確信へ

挿絵(By みてみん)


 訓練中止の通達は、昼前には騎士団全体に行き渡っていた。


 北方山脈の異変を調査するため、三十名規模の部隊を先遣隊として派遣する。

 騎士団は即応態勢に移行。各自待機。出撃の可能性あり。

 英気を養え。ただし――酒は禁止。


 最後の一文に、あちこちから小さな不満の声が上がったが、すぐに消えた。

 誰もが、今回は笑い話では終わらないと分かっている。


 リリア・ベルクは私物の武器庫で、装備を一つずつ確認していた。


 剣。

 予備の刃。

 手袋。

 砥石。

 簡易包帯。

 保存食。


 手際はいいが、決して雑ではない。

 必要なものだけを、確実に――いつ呼ばれても、動けるように。


 それが、彼女なりの落ち着き方だった。


 消耗品の補充のため、城下町へ出る。

 昼下がりの通りは、いつもと変わらない顔をしている。


 焼きたてのパンの匂い。

 露店の呼び声。

 笑い合う人々。


リリアはその中にいるはずなのに、どこか一歩引いた場所に立っているような感覚があった。


「……あれ、リリア?」


聞き慣れた声に足を止める。


「やっぱり。その恰好だと分かりづらいわね」


籠を抱えて立っていたのは、パン屋のメリナ・ハチミツだった。

気取らない服装に、少し粉のついたエプロン。


「メリナ。こんな時間にどうしたの?」


「それはこっちの台詞でしょ。今日は訓練中止じゃなかった?」


「準備だよ、いつでも出撃できるようにしておかなきゃ」


「真面目すぎ……休めるときに休まないと」


「ありがとう。でも、何もしてない方が落ち着かないの」


メリナは小さくため息をつく。


「昔からそうよね。嵐の日でも、約束したら絶対に来たし」


ふと、記憶がよぎる。

土砂降りの雨の中、濡れたパンを抱えて笑っていたメリナ。

その向こうで、自分は――遅れずに立っていた。


「……あのときは、メリナのほうが無茶してたよ」


「でも来たでしょ。時間ぴったりに」


メリナは少しだけ笑って、続ける。


「リリアが『行く』って言ったら来るし、『やる』って言ったらやる。

 だからさ――軽く言わないでしょ、“約束”って」


リリアは一瞬だけ視線を落とした。


「……うん。守れないことは、言いたくないから」


「でしょ?」


メリナは満足げに頷く。


「ねえ、今朝さ。ヴァレンタインさんに会ったんだけど」


その名に、自然と耳が傾く。


「何か言ってた?」


「『北の空は、今日は機嫌が悪い』って」


「……それだけ?」


「うん。いつもの難しい顔で、それだけ言って帰った」


メリナは籠を抱え直す。


「私もさ、朝からずっと変な感じがするの。祈りが……こう、空で弾かれるみたいな」


冗談めかした口調だが、目は笑っていない。


「……私も、似たようなことを思った」


「でしょ?」


二人は顔を見合わせる。


幼いころから一緒に育った。

言葉にしなくても、分かる違和感がある。


「ねえ、リリア」


メリナが真っ直ぐに言う。


「出撃になっても無理はしないで。ちゃんと帰ってきて」


リリアは、すぐには答えなかった。


ほんの一拍、間を置く。


軽く言えば、軽くなる。

だから――選ぶ。


「……帰るよ」


静かに、言葉を置く。


「必ず。ここに」


メリナは小さく笑った。


「それ、“約束”でいい?」


「うん。約束する」


「なら大丈夫ね」


その瞬間だった。


リリアの視界の端で、空が――瞬いた。


色は赤。淡く、かすかな光。


それは信号弾の放つ光。

昼の空に溶けるほど弱く、それでも確かに“助けを呼ぶ色”。


周囲の誰も気づいていない。

メリナにも見えていない。


「リリア?」


「ごめん、メリナ」


リリアは一歩引く。


「先に行く。でも――」


一瞬だけ振り返る。


「約束は、守るから」


それだけ言い残し、駆け出した。


 石畳を蹴り、城門を抜け、騎士団本部へ。

 呼吸が荒れる。だが、足は止まらない。


 執務室の扉を叩く。


「入れ」


 中にいたのは、やはりヴァレンタインだった。


「……見えたか」


 開口一番、それだった。


「信号弾です。北方。微弱ですが、確かに」


 ヴァレンタインは短く頷く。


「やはりな」


 二人は窓際に立ち、北を見た。


 何も見えない。

 音も、気配もない。


 ただ、嫌な静けさだけがある。


 数刻後。廊下を駆ける足音。扉が開く。


「報告!」


 若い騎士の声は、震えていた。


「北方山脈先遣調査団――

 三十名が全滅を確認…生存者は1名のみです……」


 室内が、凍りついた。


 ヴァレンタインは一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。


「……そうか」


 それ以上、言葉はなかった。


 リリアは拳を握りしめる。


 三十人の騎士たち。

 それが、調査に出てわずかな時間で全滅。


 もう疑いようがない。聖王国に得も言われぬ悪意が迫っている。


 城下町では、今日もパンが焼かれ、人々が笑っている。


 だが、北の空の向こうでは、すでに世界が壊れ始めていた。


【次の話】

第4話「出陣」

公開中です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。