破滅の余韻
バルムドたちがストレンジネスと戦っているその日、その時、魔導帝国ヴォルザーク。
魔導研究施設の最奥で、皇帝マグヌス=エル=ヴォルザークは、巨大な水鏡に映る“異形の魔神”を凝視していた。
『ズンズンッ!チャッ!ズンズンッ!チャッ!』
南部の大地を揺らす、狂気の8ビート。
「……馬鹿な……これは……これほどとは……」
皇帝の手から、錫杖がカランと音を立てて落ちた。
魔導帝国のすべての魔力を束ねる象徴。その落下が、皇帝自身の動揺を如実に示していた。
「これほどの存在……なぜだ……なぜ、これほどの不条理な力が……」
水鏡の中で、黄金の巨体が唸る。
音が、空間そのものを歪めていた。
(……理を踏み越えている)
魔導の頂点に立つ者だからこそ、理解できる。
あれは“強い”ではない。“外れている”。
(もはや、人の枠では測れぬか……)
マグヌスはゆっくりと立ち上がった。
(この力はいずれ、我が魔導帝国にも牙をむく……)
水鏡の中で、魔神の音がさらに強くなる。
『ズンズンッ!チャッ!ズンズンッ!チャッ!』
冷たい波紋が、静かに広がっていった。
***
数日後、フェルドラン中央都市、ラングロード邸。
ラングロード卿は、南部から届いた報告書を震える手で閉じた。
ゴルド・バーンフィスト、戦死。
ミレーネ・ルーメン、同じく戦死。
バルムド・アークヴェイン、意識不明。
テーブルに置いた指先が赤くなるほど力が入っていた。
「ゴルド・バーンフィスト、ミレーネ・ルーメン、君たちが先に逝ってしまう日がくるなんて…」
彼は大きく息を吐く。
「しかし、私はまだそっちに逝ってやれない。
バルムドを帰した君たちの意思、必ず私が繋げてみせる…!」
ラングロードは天を仰ぎ、ただ静かに目を閉じ、窓の外を眺め、語り掛けるように言い放った。
「立ち上がれ、バルムド。
君が帰された意味を、まだ終わらせるわけにはいかない。
黄金の意思を継ぐ者は――私たちなのだから。」
***
聖王国南部、十字要塞跡地。
戦場となった南部の平原に、メリナたちは戻ってきた。
焦げた大地。折れた木々。そして、魔神も、敵軍も、跡形なく消えていた。
「…高藤ストレンジネスはどこへ?」
仲間のひとりがつぶやくと、メリナは俯いて答えた。
「戦いが終わったら…そのまま、風のように消えたって。
ここを支配する気なんて、初めからなかったみたい」
沈黙が落ちる。得体の知れない暴力が過ぎ去ったという事実は慰めにはならない。
「なら…なら、私たちがもう一度ここに街を作ろう!」
震える声でメリナが叫ぶと、レジスタンス全員に光が宿った。
「この土地に…“帰る場所”を作るんだ!」
東から吹いた風が、彼らの背を押した。メリナがつぶやくように言った。
「そう、彼女のためにも…ね」
***
聖王国アルセリア・グレイス――
NZMナイトメアーズ旗艦【グレイテスト・トランク】のメトロノームが刻む4分の4拍子の部屋。
無数の巨大メトロノームが、機械的な4拍子を打ち続ける。
その中心で、ガイツとワンブリッジは楽しそうに脈動を眺めていた。
「フフッ、これぞ我らが操る“世界律”だろう、マイフレンッ」
「まったくッ!タマらねぇッ!コタえられねぇ、コタえられねぇぜ!」
ワンブリッジは指揮棒をブンブンと振り回し、ガイツはメトロノームの拍動に合わせて自分の頭を揺らしていた。
そこへ、久保田ジュウシマツが柱の影から浮かび上がる。
「プラズマ枢機卿曰く―音は縛れず、風の向くまま」
ガイツはメトロノームのひとつを手に取り、不思議そうに覗き込むようにしながら応える。
「音が鳴り止んだ!しばらくあいつは帰っちゃ来ねぇ!」
いつの間にかワンブリッジは立ち上がっており、最近作ったらしい腰に付けたガンホルダーから、リボルバータイプの宇宙銃を抜き取り、構えた。44マグナムだ。
「音がどこへ行こうと問題ないだろう。
それよりも、考えてもみたまえ。この世界の人間を錨として、私たちは虚数空間カタパルトを起動できた。
これで世界は小さくなった。そして、私たちは大きくなった。違うかい?」
久保田ジュウシマツはニヤリと笑い、無言で頷く。
その横でガイツはメトロノームを逆さまにして満足そうに笑っている。ワンブリッジが片手を広げて講
義のように語り出す。
「さあ、マイフレンッ!次の宴はどうしようか。
覗き見をしていた老獪な翁でも、偉大な王を失った亜人国でも、それとも、新たな神を求める狂信者かな?」
ガイツはニヤリとワンブリッジを見た。
手元を見ると、折れてしまったメトロノームの振り子が隠すように握られていた。
「しかしまずは、自由の翼へ。今回の件で、彼らには“大きな貸し”ができた。
彼らの行為は、私たちの法では越権行為。
他国の領土へ剣を向ける――それが何を意味するか、分からなかったとは言わせない。
なればこそ、なればこそではないかい、マイフレンッ!?」
ガイツの目が、獣のようにぎらりと光る。その手元には束になった鉄の振り子が握られていた。
「ハッ、ワンブリッジ!お前の言いたいことは完全に理解したぜ、これがな!」
「フッ、流石だよ、マイフレンッ!
さあ、叫ぼう!さあ、宣言しよう!偉大なる4分の4拍子の脈動の元に!
自由国家フェルドランへ伝えよ!
――『 聖 王 ガ イ ツ は ご 立 腹 だ 』 とね!」
ガイツは、豪快に飛び上がり、机の上に立ち、叫ぶ。
「いくぞ、クソ野郎どもッ!俺たちの力を見せてやろうじゃねぇかッ!」
メトロノームが刻む4分の4拍子が、狂気の幕開けを祝福していた。
【次の話】
第28話「傷だらけの英雄」
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