主題
『ズンズンッ! チャッ! ズンズンッ! チャッ!』
主を失った十字要塞に8ビートの鼓動が刻まれる。
高藤ストレンジネスのギターが奏でるリズムは、もはや音楽というより支配に近かった。
「行くぞ、ゴルド、ミレーネ!」
バルムドが地を蹴る。その背に、ミレーネの光が重なり、ゴルドの足音が低く響く。
三人が一斉に間合いを詰めた――その瞬間。
『ギュイイインッッッ!!!』
ストレンジネスの指が、アダマンタイト製の弦を一気にかき鳴らした。
空気が捻じれ、無数の弾丸がバルムドたちを襲う。その弾は正確無比ではない。
まったくもって自由奔放。自分の目に留まった相手にただまっすぐと突き刺さる猪突猛進。
「奇跡《聖堂の光壁》」
間一髪でミレーネの光壁が間に合う。
その直後、表面に何重もの波紋が走り、音弾が激しく爆ぜる。そして次の瞬間、バルムドとゴルドが左右からストレンジネスを襲う。
「剛撃”バーン・フィスト”!」
攻撃をかわし切れないストレンジネスの態勢が大きく崩れる。
「秘剣《残刃・陽炎》!」
バルムドの斬撃がストレンジネスの胴をかすめる。
ほぼ同時、阿吽の呼吸によって放たれた二人の技は、同じタイミング、同じ熱量をもって高藤ストレンジネスを襲った。あたりに轟音と砂埃。一瞬、ストレンジネスの姿が見えなくなる。
「チィィィィッ!悪くねえ音が俺の鼓膜を揺らしやがる!
特にデケェ奴の一撃、もろに喰っちまった!セッション
―― 悪 く ね ぇ じ ゃ ね ぇ か !」
砂煙の中からストレンジネスが立ち上がる。今からだ。今からが俺の出番だといわんばかりの威圧感と共に立ち上がる。
しかし、ストレンジネスの番は回っちゃ来なかった。
「二人とも、避けてください!」
すでに、後衛のミレーネが詠唱を終え切っていた。
そう、初めから決まっていた。
本命はミレーネだったのだ。
「奇跡《光撃聖断》!」
大陸でも一握りの人間しか扱えない最高位の光魔法。
無数の光矢が空を埋め尽くし、そのすべてが一点へと収束する。
圧倒的な光魔法適性と大陸最大級の魔力量を持つミレーネの一撃は、もはや“攻撃”ではない。
――光の災害だった。
降り注ぐ光の奔流。その中心で、ストレンジネスはギターを叩き続ける。
『ギュイイインッ!!ジャッ!ジャッ!ジャッ!!』
音弾が光と衝突し、いくつかは相殺される。
だが、止まらない。
残った光が突き抜け、身体を抉る。
ミレーネ・ルーメン――
彼女がA級冒険者なのは、それはミレーネがバルムドたちの支援に回っているからだ。
彼女の光魔法適正と魔力量は、大陸最強だ。
いつぞやの会議でゴルドは“ミレーネにはドラゴンの相手はさせられない”といった。
本心ではあるが、それは体術面でドラゴン相手が厳しいという話に過ぎない。
“ドラゴンの相手をさせられない”というのと“ドラゴンを倒せない”とでは話が全く別。
バルムドたちの冒険者パーティー最大の攻撃者は
――何を隠そう“ミレーネ・ルーメン”――彼女である。
光が周囲を破壊していくにつれ、ストレンジネスの音は聞こえなくなる。
十字要塞の左右の柱は砕け、もはや鉄塔となり果てた。
光の洪水に飲み込まれ、あたり一面はまるで蹂躙されたかのようだった。大地は熱量により赤黒く溶け出し、十字要塞の周辺は巨大なクレーターとなっていた。
「ガッハッハ、相変わらずエゲツねぇ技だぜ!何度見ても肝が冷える思いだ!」
「一切の出し惜しみのない連続攻撃…幸い、奴の音はもうしねぇ」
「今ので魔力の大半は出し切っちゃいました。正直、怖くて力が入りすぎちゃって…」
「それだけの相手だった―ってことだろ。ゴルドと共に近寄ったとき感じた威圧感、長引けば絶対に俺たちが負けていた。」
「ハッハッハ、だからこその速攻ってわけだ!」
3人の心にわずかながら花開いた安堵感。それは過信でも慢心でもなく、今までの視線を乗り越えた経験から感じ取ったものだった。3人が3人、敵の危険度を感じ取り、敵の態勢が整う前の出し惜しみのない速攻を考えた結果だった。
しかし、それを掻き鳴らすような狂音がむしり取った。
『ギュイインッッッ!ジャンジャンッ!ピロピロピロッ!ジャジャァァァンッ!!!』
服は裂け、顔は血まみれ。それでも、
「思った以上、思った以上だ、三人衆!正直、やばかったぜ。それだけは真実だ!」
立ち上がり、一歩一歩、確実に距離を詰めてくる。
「だがよ、こちとら“高藤ストレンジネス”だぜ?」
その視線は、まっすぐミレーネを捉えていた。
狂音と共に、男はギターを構える。
狙いは、ただ一つ。もっとも厄介な存在の排除。
「あぶねぇ、ミレーネ!下がれッ!」
ゴルドの怒号が飛び、巨体が素早く前に出た。拳とギターが激しく音を立ててぶつかり合う。
バルムドは冷静に状況を見極める。視界の端に光が走る。
【最適未来指標】
『選択肢A:ゴルドをおとりにしミレーネと撤退→生存率71%【推奨】』
『選択肢B:近接戦で、ゴルドと共闘する。→生存率9%』
(本当にクソってほど、合理的な未来指標だな……どっちをとってもゴルドは盾かよ!)
バルムドの悩みが伝わったのか、ゴルドが叫んだ。
「おいッ!」
バルムドは我に返る。こんな状況にゴルドはニヤリと笑っている。
「考えたって答えはでねぇぞ!やるしかねぇだろ、バルムド!」
「ああ、そうだな、ゴルド。ミレーネ、サポートしてくれ!もう一度、俺たちの全力をぶつけるぞ!」
バルムドは、自分の中の“推奨”を踏み潰すように前へ出た。
ミレーネはストレンジネスの足元に照準を合わせる。
「奇跡《聖なる枷》!」
光の輪がストレンジネスの足首に絡みつき、重さを与える。
「オオオ?三人衆め、何かしやがったなッ!」
ストレンジネスの足取りが、ほんのわずかに鈍る。そこへ――。
「剛撃”ガイア・インパクト”!」
ゴルドの拳が、いつもより生き生きと、枷が外れたかのように突き出される。
ベチャァァァァ!!!
「ぶへえええええええええ!!!」
ストレンジネスの頬がはじけ飛ぶように歪む。
体ごと横に吹き飛び、瓦礫の山に叩きつけられた。そこにすかさず、バルムドが追撃に走る。
「仲間ってやつは、こういう時のためにあるんだよ!」
ストレンジネスが吹き飛んだ先
――瓦礫の中から、笑い声と共に8ビートが鳴り響く。
「リズムが狂うが、三人衆!てめぇら、悪くねぇぞ!!かかってこいやッ!」
首を痛めたような仕草をしながら、ストレンジネスが起き上がる。
顔面血だらけ。満身創痍は変わらない。
だが、アダマンタイトのギターだけはギランギランと下品に光を放ち続けていた。
「秘剣《残刃・陽炎》!」
バルムドの剣が、リズムの隙間を滑り込むように振るわれた。
それをストレンジネスはアダマンタイトのギターで受ける。
『ギィンッ!!ギュルギュルギュルッ!』
剣とギターが奏でる不協和音。金属同士がきしむ嫌な音。次の瞬間――。
ピピッ―
嫌な予感を引き起こす、小さな音がした。
「…ん?」
ストレンジネスの視線が、自分のギターへと落ちる。
アダマンタイト製と自称していた弦の一本に、細かな亀裂が走っていた。
「おいおいおいおいおい……?」
彼の顔から、余裕の笑みが消える。
「ちょっと待てよ……今の一撃で、ひび入るって……
いやいやいや、アダマンタイトだぜ?最硬金属だぜ?
あのクソ楽器屋の親父、まさか……
―― つ か ま し や が っ た の か !?」
ゴルドが首をかしげる。
「お、おい、なんか一人で取り乱してねぇか、あいつ」
ミレーネが小声で分析する。
「たぶんあのギター、純正アダマンタイトじゃないです。
魔力の通り方がさっきから歪なんです。加工か素材、どこかで“ごまかし”があるはずです」
「つまり――」
バルムドの口元が、少しだけ吊り上がる。
「全力でぶつけ続ければ、いずれ音を止められるってことか…!」
「待て待て待て待て!ストップッ!ストォォォォォォォォップ!!!」
ストレンジネスが慌てて手を振る。
明らかな動揺、まるでアダマンタイトのギターが自分のすべてだったかのような動揺。
「ナシ、ナシな!?タイム、タイム取ろうぜ!?
オレは不良品を掴まされた被害者であって――」
ゴルドが爆笑した。
「ガッハッハ! 知らねぇよそんなの!文句はその楽器屋の親父に言いな!」
「言うに決まってんだろうがぁぁぁ!!」
ストレンジネスが叫んだ次の瞬間。
ビキィッ!
致命的なひび割れ音が響き渡る。そして――
ブチンッ! ブチンッ! ブチンッ! ブチンッ!
弦がはじけ飛ぶ音が丁度4分の4拍子を奏でた。
「う、うああああああ!オ、オレの!オレのアダマンタイトォォォ!!!」
バルムドが剣を構え直す。
「見てられねぇぜ!これで終わりだ、ストレンジネス!」
「ジーザァァァァスッッ!あの楽器屋の親父、ゆるさ……」
最後まで言わせなかった。
「秘剣《斬閃・終斬》!」
「剛撃”ファイナル・インパクト”!」
二つの衝撃が同時に重なり、そのわずか半呼吸遅れてミレーネの光が一筋だけ伸びる。
「奇跡《天槍》!!!」
三者三様、まったく違う軌道の攻撃が、音を失ったストレンジネスへ一点収束し、眩いほどの光が轟音とともにあたりに響き渡る。
この連携を受け、高藤ストレンジネスの身体は、岩石のように吹き飛び、十字要塞……いや、もはや十字架ですらないただの鉄柱へと叩きつけられた。
顔面から突き刺さり、鉄をねじ切るような嫌な音が響き、動かなくなった。高藤ストレンジネスが生み出していた狂騒は静寂に包まれた。
その証のように――8ビートは、もう聞こえない。
【次の話】
第24話「転調」
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