前奏
十字要塞周辺はまだ戦いの熱を含んでいた。ウンゾニック・バトラー将軍は倒れた。黒旗は引き裂かれ、黄金の玉座は無残に両断されている。だが、バルムドの胸の奥には、奇妙なざわめきが消えないままだった。
(違う。“終わった”って感覚じゃねぇ…)
耳の奥で、謎の音が鳴っていた。
『ズンズンッ…チャッ…ズンズンッ…チャ…』
規則正しい、8つビートの刻み。
ミレーネがバルムドに話しかける。
「ウンゾニックバトラー将軍の討伐。これで聖王国の人たちが“帰る場所”は少しは守れた…はずですよね?」
「そうだな、そのはずだよな…」
バルムドはうなずくが、その目は空のどこかを探すように細められていた。
(それでも、この違和感は―?)
さっきよりも、はっきりと聞こえる謎の音。
『ズンズンッ! チャッ! ズンズンッ! チャッ!』
「―聞こえるか?」
バルムドがぽつりと言う。
「え?」
「んだよ、急に」
二人には聞こえていないのか、ゴルドが耳をほじるような仕草をする。
「いや、なんか…リズムみたいな音が―」
言いかけたその時だった。夕焼け空の向こうから、一筋の異音が滑り込んできた。
『ギュイィィィンッッッ!』
空気を裂くような、耳慣れない弦の響き。
三人が顔を上げた瞬間、十字要塞の頂点に、逆光のシルエットが立っていた。
長いコートの裾を風になびかせ、肩からぶら下げているのは、奇妙な形のギター。そのすべてがリズムを刻みながら音を運んでくる。
「……来やがったか、これが違和感の正体…!」
バルムドが、無意識に剣の柄を握り締める。ミレーネの背筋に冷たいものが走った。ゴルドも、今まで感じたことのない種類の圧を悟る。
男は軽やかに地面へと飛び降りた。ウンゾニックの亡骸の上に丁度降り立つ。着地音どころか、音ひとつしない。ただ、着地の瞬間に、ギターの弦を一本だけ軽く走らせる。
『ギュィィン―』
その男は、年齢の輪郭が曖昧だった。
目は鋭く、唇には余裕の笑み。ギターには、不吉なまでに精巧な装飾が刻まれている。
「ここいらで、派手な“音”が鳴ってたもんでな。音に呼ばれてちょいと様子を見に来たんだが――
音源はテメェらのようだな、3人衆ッ!」
バルムドが男に話しかける。
「お前が“ガイツ”ってやつか?」
男はにやりと笑った。
「やれやれ、質問が雑だな。あんな豚野郎と一緒にされちゃあたまらんぜ。
まずは俺の名前から聞いてもらうッ!」
ギターを少し傾け、姿勢を少し傾ける。
『ギュイイインッッッ!!!』
あたりに響き渡るギターの音色と共に男は自己紹介を始める。
「オレは、高藤ストレンジネスッ!“アダマンタイト・ギタリスト”って覚えときな!」
ミレーネの喉がひゅっと鳴る。名前を聞いただけなのに、背筋が冷たくなった。
(わかる、わかってしまう。この人、ウンゾニックよりも、ずっと――)
ゴルドの頬に冷や汗が一滴。顔から余裕が消えた。
(おいおい、こいつは本物のドラゴンじゃねぇか)
バルムドの剣を握る手に力がこもる。掌に汗が滴った。
(ウンゾニックよりはるか高みの存在――
高藤ストレンジネス、俺の違和感の正体……!)
そのとき、ストレンジネスが首をかしげながら、話しかけてきた。
「なぁ、お前の質問のお返しに俺も質問いいか?」
ギターの弦を一本ずつ、軽く弾きながら言う。
「さっきから“ウンゾニック、ウンゾニック”ってお前たちの心音が、オレの耳に引っかかってんだが――
誰だ、そいつは?」
三人が固まる。
「今、お前が踏んづけてる男だ。奇将ウンゾニック・バトラー。お前ら側の“将軍”なんじゃねぇのか?」
バルムドがあきれ半分に言う。
ストレンジネスは、足元をちらりと見た。横たわる、すでに動かないウンゾニック。
「ふぅん」
ストレンジネスは心底どうでもよさそうに肩をすくめた。
ギランギランと下品に輝くアダマンタイトのギターをさすりながら、はるか遠くを見据えてストレンジネスはいった。
「悪ぃが、そいつのことは知らねぇな。まるっきり本日が初詣だ、一礼二拍手三茄子ってか!?」
ミレーネが目を見開く。
(つまり、あの凶悪なウンゾニックバトラー将軍が、
この人にとっては、認識すらしていない存在だったってこと……?)
ゴルドが小声でぼやく。
「なんかよぉ、可哀そうだな、ウンゾニック……」
バルムドが頷く。
「いや、ほんとそれな……」
3人は何とも言えない気持ちで空を見上げた。
「高藤ストレンジネス、一応、確認しておくが…」
バルムドは視線を鋭くする。
「お前は、仲間の敵討ちに来たのか?」
「ハッ、違うね。俺は音に呼ばれただけだ!
オレがここに来た理由はただひとつ!――
デケェ音がしたからだッ!言っとくがよぉ、俺が“最大音源”だ!
デケェ音鳴らされちゃぁ、黙ってるわけにはいかねぇ!」
通じそうで通じない。通じているようで通じていない。
確かに言葉を交わしているが、まるで男は上の空、壊れたラジオのように一方的。
しかし、敵意は感じない。というよりも、バルムドたちを敵だとすら感じていない。
【最適未来指標】
『選択肢A:撤退する→生存率93%【推奨】』
『選択肢B:高藤ストレンジネスと交戦する→生存率9%』
(おいおい、“9%”って……化け物かよ。
ズィルヴァリアの暴君でさえ20%はあったぜ?
――やり取りを間違えたら、そのまま全滅ってわけか)
ストレンジネスは、そんなバルムドの内心を知らないまま、退屈そうにあくびをかみ殺す。
「で、どうする、3人衆?」
ギターを肩に担ぎ直し、その場から踵を返すような仕草をしてみせる。
「オレは別に、今ここでお前と争う理由はねぇ。
この国がどうなろうが、ガイツの豚野郎がどうしようが、ワンブリッジ(インポ野郎)が何を考えていようが
――正直どうでもいい。ただ……」
振り返りざま、ストレンジネスの片目が、鋭く光った。
「この世界をぶっ壊すメインリフ。宇宙時代から散々鳴らしてきたオレのギターが、この異世界でもう一度鳴り響く
――それだけが、オレの望みだ!」
ほとんど何を言っているかわからないが、言葉に宿る信念は本物。
だが、その存在感は“追い払おう”としない。そこには“圧倒的な自由”があるだけだった。
「オレは、タイマン一億戦一億勝の男よ!誰ともつるまねぇ、銀河の自由人。
――だがよぉ、お前らの音から、ひとつだけわかったことがある!」
ギターの弦を、一本だけ強くはじく。空気が震えた。
「セッションってやつは――ま、俺はハナから笑ってやってんだかな
どうやら悪くねぇ音を鳴らすらしい、ってことだ!」
その鋭く光る視線は、真っ直ぐにバルムドたち三人を捉えていた。
「この高藤ストレンジネスのギターに、お前らのセッションをぶつけたら、どんな音になるのか?
――それには興味があるぜ!?」
(そうか、やはり避けられそうもねぇな)
バルムドは、静かに息を吐いた。
「ミレーネ、ゴルド……」
バルムドは二人を見た。
「ここでコイツと戦わず、撤退する
――生き残るだけなら、その方が賢いのかもしれねぇ」
最適未来指標の“推奨”の光が、なおも強く瞬いている。
「でも……」
バルムドは、その光を振り払うように剣を抜いた。
「俺は“帰る場所”を守りたい。俺のだけじゃねぇ。みんなのだ」
バルムドは剣先を上げた。
「誰かの都合のいい音で、そこを上書きされるのはまっぴらだ。こいつはここで止める」
ゴルドが、ニヤリと笑い、拳を鳴らしながら前に出る。
「そうこなきゃな、相棒!」
ミレーネも覚悟を決めた表情で杖を握りしめる。
「私は、バルムドさんとゴルドさんの“帰る場所”を守りたい。だから、どんな敵が来ても、戦います!」
最適未来指標の文字列が、一瞬だけ揺らいだように見えた。バルムドは心の中で呟く。
(オマエがどんな未来を“推奨”しようと―俺が選ぶのは、いつだってこっちだ)
バルムドは、剣先をまっすぐ男へ向けた。
「高藤ストレンジネス。ここが、お前の“ライブ会場”でいい。その代わり――」
言葉が、夕焼けに溶ける。
「俺たちも、自分たちの“曲”を全力でぶつけさせてもらう!」
一瞬の静寂の後、ストレンジネスは口角を吊り上げ、ギターを構えた。
『ズンズンッ! チャッ! ズンズンッ! チャッ!』
8ビートが、大地を揺らし始める。
バルムドたち三人もまた、それぞれの構えを取った。聖王国を震わせる、新たな“リズム”。
『ズンズンッ! チャッ! ズンズンッ! チャッ!』
イントロはもういらない。
【次の話】
第23話「主題」
公開中です。




