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十字要塞の奇将

挿絵(By みてみん)


 聖王国南部のど真ん中。

 それは、遠目からでも“異物”だと分かる建造物だった。


 焼けた街並みのど真ん中に、ひときわ巨大な十字が突き立っている。

 その周囲には、急ごしらえの砦や見張り台が無数に築かれ、街全体がその異様な十字を中心に再編されたかのような光景が広がっていた。


「……あれが、ウンゾニック・バトラー将軍の拠点ですか」


 ミレーネが小さく息を呑む。


「十字要塞ってのは、東西南北に対応できるから防衛に向いてる。……が」


 バルムドは目を細めた。


「普通は縦には作らねぇな」


「ふ、普通は作りませんよね……あんな形」


「ガッハッハ! ありゃ要塞ってより、でけぇ墓標だ!」


 ゴルドが肩を回しながら笑う。


 バルムドは鼻を鳴らした。


「墓標、か。言い得て妙だな」


 一拍。


「南部の連中の“帰る場所”を、あんなガラクタの下に埋めさせるわけにはいかねぇ」


 視界の端に、淡い光が差す。


【最適未来指標(アセスメント・ライン)】

『選択肢A:この場から撤退、態勢を整える→生存率92%【推奨】』

『選択肢B:正面から突入し、ウンゾニック・バトラーと戦う→生存率51%』


(……またそれか)


 バルムドは光を睨むように見返し、鼻で笑った。


(推奨だのなんだの。つまり、“今はやめとけ”ってことだろ)


(だが、ここで引いて整えたところで、明日またこの十字が一つ村を飲み込むだけだ)


「バルムドさん?」


「なんでもねぇよ」


 剣の柄を握り直す。


「行くぞ。ウンゾニック・バトラー将軍閣下に、挨拶させてもらおう」


***



 すでにレジスタンス側から根回しは済んでいた。


 十字要塞の外縁を固めていた元聖王国兵たちは、三人の姿を見ると、迷いながらも槍をどけた。ウンゾニックの支配は“恐怖”で成り立ってはいても、“忠誠”までは得られていないらしい。


 内部は、奇妙なほど広かった。


 十字の中心、巨大な柱の真下に、安っぽく飾り立てられた黄金の玉座がある。そこに、痩せた男がふんぞり返っていた。


 左肩には黒旗。

 右肩には骨の肩当て。

 胸には数えきれない勲章。

 鳥の巣のように逆立った髪の上には羽根飾りの軍帽。

 口元には、常に歪んだ笑み。


「ようこそ、侵入者たちよ!」


 男は玉座から飛び降り、片手でカットラスをくるりと回した。


「そろそろ来る頃であると思っていた! 吾輩はウンゾニック・バトラー将軍である! 一同、敬礼ッ!」


 叫んだ直後、彼はカットラスを右へ薙いだ。


「爆撃! 右から失礼ッ!」


 次の瞬間、十字要塞の右腕が眩く発光した。

 空気が膨張し、遅れて雷鳴のような轟音が落ちる。光線が一直線に走り、床石を抉りながら三人へ迫った。


 バルムドは剣を交差させ、身を沈める。

 ゴルドは両腕を前に出し、正面から衝撃を受け止める。

 ミレーネは反射的に光壁を展開した。


 轟音。熱風。砕けた石片が頬を裂く。


「挨拶代わりに爆撃とは、随分な歓迎ですね!」


 ミレーネが睨みつける。


 ウンゾニックは肩をすくめた。


「ハッハッハッ! ようこそ聖王国南部へ! 君たちは追い詰めたつもりでいるようだが、真実は逆だ。吾輩が君たちを誘い込んだのである!」


 カットラスを胸の前でくるりと回す。


「レジスタンスの根回しがあろうとなかろうと、護衛の兵士など吾輩には不要! ここからは殲滅戦だ! 右往左往して逃げ惑うがいい!」


「確かにな」


 バルムドが剣を構えた。


「ドラゴン級の連中にとっては、兵士が何人いようが飾りみてぇなもんだろうよ」


 視界の端に文字列が走る。


【最適未来指標(アセスメント・ライン)】

『選択肢A:ゴルドを囮にし、一時撤退→生存率85%【推奨】』

『選択肢B:三人の連携で接近戦に持ち込む→生存率53%』


(……またゴルドを捨てろってか)


 バルムドの口元が歪む。


(却下だ、馬鹿野郎)


「ゴルド、ミレーネ!」


「わかってるぜ!」


「もちろんです!」


 三人は、一切の打ち合わせもなく動き出した。


「爆撃! 左から失礼!」


 十字の左腕が発光する。

 さっきより早い。さっきより低い。光線は薙ぎ払うように床を這い、避ければ壁際に追い込み、止まれば焼く軌道だ。


「はあぁっ!」


 ゴルドが足元の石床を殴り砕いた。

 砕けた床石と瓦礫が盛り上がり、即席の壁となって光線にぶつかる。衝突した瞬間、石は蒸発し、赤熱した破片が雨のように降り注いだ。そのわずかな遅れが、一歩の余裕を生む。


「奇跡《光の階段(ステップ)》!」


 ミレーネが杖を振り上げる。

 バルムドの足元から、空中へ向かって光の板が何枚も生まれた。透き通った階段が、砲撃の死角へ一直線に伸びる。


 バルムドは迷わず駆けた。


 一段。二段。三段。

 熱風の中を、光の階段だけが崩れない。


「抜くッ!」


 最後の光板を蹴り、バルムドは身をひねってウンゾニックの死角へ飛び込む。


「なにぃ!?」


 ウンゾニックは咄嗟に身を捻る。

 カットラスと剣が噛み合い、火花が散った。衝突の重さは見た目に反して重い。痩せた腕の奥に、異様な膂力が仕込まれている。


「吾輩に格闘戦なら勝てるとでも!?」


 腕がねじれる。

 肩が外れたような角度から、肘が跳ねる。

 人間の関節ではあり得ない軌道で、斬撃が飛んだ。


 バルムドは一歩下がり、二歩滑り、三撃を剣で弾く。頬をかすめた刃が髪を散らした。


(気色悪ぃ動きしやがる……)


「ええい! ならば我慢比べと参ろうか!」


 ウンゾニックはカットラスを地面に突き刺した。


「爆撃、四方八方から失礼ッ!!」


 十字全体が鳴動した。


 上。横。斜め。背後。

 今まで“線”だった砲撃が、今度は“面”になって降る。光が空間を埋め、逃げ場そのものを焼き払おうと迫ってきた。


「奇跡《聖堂の光壁(サンクチュアリ)》!」


 ミレーネが前へ出る。

 金色の半球が三人を包んだ。砲撃がぶつかるたび、光壁の表面に波紋が走る。金色の膜はきしみ、悲鳴のような音を立て始める。


「ワハハハハハ! そんなちっぽけな力で、吾輩の兵器を止められるものか!」


 ウンゾニックは自分の肩や頬が砲撃の余波で焼けても気にしない。むしろそれすら愉快そうだった。自分ごと撃ち抜く前提で攻撃を重ねてくる狂人だ。


「剛撃”グラウンド・ブレイカー”!!」


 ゴルドが前に出て、両拳を地面へ叩きつけた。


 床がひび割れ、地面がめくれ上がり、半球の前に土塁が生まれる。砲撃の一部が土に吸われ、爆ぜ、せき止められた。だが止まったのは一瞬。土塁は削れ、焼け、崩れ始める。


 それでも、その一瞬で十分だった。


 バルムドは理解する。

 作戦なんてものはない。だが、こいつらはいつもそうだ。バルムドが無茶な方へ踏み込む、その一歩先を、当たり前のように埋めてくれる。


 ミレーネは道を作る。

 ゴルドは壁を壊す。

 なら、自分の役目はひとつしかない。


 視界に再び光が走る。


【最適未来指標(アセスメント・ライン)】

『選択肢A:ゴルドを囮に別区画へ撤退→生存率88%【推奨】』

『選択肢B:三人で“一点突破”を仕掛ける→生存率39%』


(……しつけぇな)


 バルムドは目を閉じることもなく、剣を構えた。


「ゴルド! 正面一撃、全力でぶち抜け!」


「おうともよ!!」


「ミレーネ! 俺とゴルドのラインだけでいい、“絶対に通れる道”を作れ!」


「任せてください!」


 ミレーネの杖が眩く光る。


「奇跡《光路形成(ホーリー・トラック)》!」


 砲撃の洪水の中に、一本だけ細い光の道が浮かぶ。

 砲撃がそこに触れるたび、道は軋む。だが消えない。たった一瞬、走り切るためだけの道だ。


「行くぞ、ゴルド!」


「ガッハッハ! 任せとけぇ!」


 ゴルドが先頭に出る。

 両腕を交差させ、全身の筋肉を膨れ上がらせた。


「剛撃”ブロウ・チャリオット”!!」


 その巨体が、そのまま突撃戦車になった。

 砲撃を正面から受け、拳で殴り砕き、肩で押しのけ、焼けた床を抉りながら前へ進む。爆風が背中を舐め、皮膚が裂けても止まらない。


 その背中を、バルムドがぴたりと追う。


(うるせぇし、デカいし、暑苦しい……)


 一拍。


(でも、これ以上信じられる背中もねぇ)


 光の道。

 ゴルドの突進。

 ミレーネの支え。


 全部が一つの線に繋がる。


「届く……!」


 砲撃の網を抜けた先で、ウンゾニックが初めて目を見開いた。


「馬鹿な……! 吾輩の攻撃網を正面突破だとぉ!?」


「悪いな」


 バルムドが跳ぶ。


「こういう修羅場には慣れてんだ!」


 ゴルドの肩を踏み台に、さらに加速する。

 一瞬だけ世界が止まる。


「秘剣《残刃・陽炎(ザンパ・カゲロウ)》」


 振り抜かれた刃が、熱を曳いた。


 斜めに走る一閃。

 カットラスが砕け、胸甲が裂け、その奥の肉まで一直線に断ち割る。


 ウンゾニックの身体が十字の柱にもたれかかるように崩れた。

 玉座は、斬撃の余波で真っ二つに割れていた。


 しばし、誰も動かない。


 やがて、ミレーネが息を吐きながら治癒魔法を走らせる。


「ほんと……毎回こんな戦い方ですよね、私たち……」


「百回くらいは死にかけてる気がするぜ」


 ゴルドが肩で息をしながら笑う。


「だから、その分“帰る場所”にはうるせぇんだよ、俺たちは」


 ウンゾニックが、かすかに顔を上げた。


 その目には、もう敵意より別のものが浮かんでいた。


「……コンビネーション……」


 途切れ途切れに、言葉を吐く。


「……それだけ死線を越えれば……そうなるのか……」


 バルムドは無言で見下ろす。


 ウンゾニックは、ほんの一瞬だけ羨むように笑った。


「……仲間、っていいなぁ……」


 あまりにも素直な呟きだった。


 強烈な個の集団であるNZMでは、仲間という概念がそもそも希薄であった。

 そんな中でウンゾニックは本心では仲間を求めていたのかもしれない。

 玉座も、要塞も、勲章も、全部それを埋め合わせるための飾りに見えた。


 ウンゾニック・バトラー将軍の身体から、力が抜ける。


 十字要塞の奇将は、笑みを浮かべたまま動かなくなった。


 だが。


 倒れた亡骸を見据えながらも、バルムドの胸にざらついた違和感が残っていた。


(……違う)


 嫌な確信が、喉元までせり上がる。


(この男じゃない)


 戦いは終わった。

 なのに、終わった気がしない。


(俺たちが本当に倒さなきゃいけねぇのは――こいつじゃない)


 巨大な十字要塞の上空を吹く風が、どこか8ビートを刻むような気がした。


挿絵(By みてみん)


【次の話】

第22話「前奏」

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