ゴルド・バーンフィスト
自由国家フェルドラン北部、ゴイ山脈の麓。
そこはかつて、ひとりの男が支配していた。
男の名は―【ゴルド・バーンフィスト】。
S級冒険者にして、北部の守護者。
「ハーハッハッハッハ!見たか村の連中!オーク三十匹なんざ、朝の散歩みてぇなもんよ!」
巨大なオークを片腕で担ぎ、子どもに手を振る。
女たちは歓声を上げ、老人は涙ぐみ、男たちは酒を振る舞った。
「ゴルドさん、すごい!」
「ハッハッハ! 当然だッ!!俺ぁS級冒険者ゴルド様だぞ!」
豪快な笑顔の裏腹に、英雄は孤独だった。力も名声もあった。
だが、隣に立つ者はいなかった。
中央都市の冒険者ギルドで今日もゴルドは吠えていた。
「ふざけんな!俺はS級だぞ!?なんでこんな雑用依頼を受けなきゃなんねぇんだ!」
「し、しかし…人手が足りていなくて…」
そこへ、軽い声が割り込む。
「……相変わらずお前は騒がしいな、ゴルド」
「ああ?バルムドかよ!S級の話に割り込んでくるんじゃねぇ!」
「いや、お前を褒めたつもりなんだが……」
「絶対褒めてねぇだろ!!」
バルムドとは、顔見知りにはなったが、友人ではない。
むしろゴルドは、バルムドの平等な距離感が苦手だった。
S級であるゴルドを持ち上げもせず、下にも見ない。
強さも功績も関係なく、ひとりの人間として接してくる。
(なんなんだよ、あいつは…!)
だがこの時のゴルドは知らなかった。
“唯一、自分を英雄扱いしなかった男”こそ、後に自分の人生を救う存在となることを。
***
「ゴルド・バーンフィスト! 貴様を拘束する!」
黒金の礼装を纏った男―フェルドラン十大貴族のポリミタニアス卿とその取り巻きがゴルドを取り囲む。
「生き残りの盗賊の証言が揃っている。襲撃を指示したのはお前だとな」
「はぁ!? 俺が!?盗賊なんざ殴り飛ばす側だろうが!!」
「証言者三名、全員一致だ。逃がしたのは“仲間だったから”だとよ」
「証言者を連れてこい!今すぐぶっ飛ばして――」
暴れるゴルドに対して、ポリミタニアス卿の光のない目が睨みを利かせる。
そして、ポリミタニアス卿はゆっくりと、だが力強く語り掛ける。
「それ以上騒ぐな。冤罪であれば自然と晴れる。一度、拘束させてもらうだけだ」
だが、それが罠だった。その日からゴルドは“英雄”から“罪人”に堕ちた。
その後、冤罪が晴れることはないばかりか、ゴルドが弁明する機会すらも与えられなかった。
暗い地下牢。湿った石の匂い。ゴルドは壁を殴り続けた。拳から血が流れても止めなかった。
(あんな証言、でたらめに決まってんだろ…なのに…俺は…誰にも信じてもらえねぇ…)
英雄としてちやほやされた反面、堕ちるときは誰も手を差し伸べない。
(…S級冒険者なんざ…まやかしじゃねぇか…)
ゴルドが暗い牢の中ですべてに絶望しかけた、その時だった。ガチャリ、と鉄格子が開いた。
「ゴルド・バーンフィスト、出ろ」
「…は?」
「もう用はない。好きにしろ」
「はぁ!? どういう…」
誰も説明しない。それどころか、誰も目を合わそうともしなかった。
貴族が絡んだ事件ではよくあることだが、冤罪が証明されても当の本人にはほとんど説明はされず、なかったことにされる。
だが、牢の外へ歩き出した瞬間、罪悪感に耐えかねた門兵が小声で告げた。
「…ゴルド・バーンフィスト、すまなかった。
真実を知りたければ北へ行き、お前を救った“無茶な男”に会え」
「…誰だよ、そいつは?」
門兵は北を指したまま、口を閉じた。
***
フェルドラン北部の村。久しぶりに見る“帰る場所”。
村人たちの笑顔。平和そのものの景色。そして――
「やあゴルド。出られたかよ」
灰色の外套を羽織った男が焚火の前に座っていた。
「ケッ、お前かよ」
ドカッと横に座ったゴルドにバルムドは淡々と告げる。
「ポリミタニアス卿の屋敷から書類を全部押収した。
領民殺し、土地の横領、盗賊とのつながりも含めてな」
「…クソッ…あの野郎…!」
「合理的だよ。自分の駒にならないS級冒険者をひとり潰すだけで、土地も資産も奴のものだぜ。
……だがよ、俺はその合理性が気に食わなかったってわけだ」
バルムドは、静かに笑った。
「それに、お前は“いい奴”だからな。こんなところで終わってほしくなかったんだ」
ゴルドの胸の奥に、熱いものが流れ込んだ。
誰も信じてくれなかったときに、英雄でも罪人でもなく“ひとりの人間”として見てくれた男。
ゴルドにとってはそれで十分だった。
***
後日、冒険者ギルドでは、ゴルドの抜けた穴を戻そうと必死になるギルド役員たちがゴルドに話しかけていた。
「ゴルド殿! 冤罪は晴れました。ぜひS級に復帰を―」
「悪ぃがよ…」
ゴルドは静かに、だが力強く首を振った。
「俺はS級には戻らねぇ」
その言葉にギルド全体がどよめく。
S級に戻れば、名誉は戻る。
だが、自分を信じなかった場所へ戻ったところで、もう胸は張れない。
ゴルドは、それを分かっていた。
ゴルドは隣の男を親指で示した。
「俺の帰る場所は、こいつの隣になったんでな」
「……はぁ!? なんで俺の隣なんだよ!」
「ガッハッハ! 文句あっか!?
お前がいなきゃ俺はもう死んでたんだ。だったら、俺はもうお前の半分みてぇなもんだろ!」
「半分にしてはデケぇだろ、お前!」
ゴルドは声を上げて笑った。バルムドもやれやれといった顔をした。
(バルムド…お前と一緒なら…なんだって殴り抜けてやるぜ!)
その日の午後、フェルドランで“史上最速で昇格した新S級冒険者”が誕生した。
名前は、バルムド・アークヴェイン。
***
そして、現在―聖王国南部へ向かう夜の道。
「よし! 南部のド畜生を全部ぶっ飛ばして、三人でフェルドランに帰るぞ!!」
「……乱暴者と頑固者に囲まれる俺の身にもなってくれよ」
「ハーハッハッハ!俺の帰る場所はお前の隣だ、バルムド!」
ミレーネもふわりと笑う。
「……私の帰る場所も同じですよ。バルムドさん!」
三人の足音は静かに、しかし確かに響く。駆け抜ける風が祈りを運ぶ。
***
その頃、聖王国南部では奇将ウンゾニック・バトラー将軍の号令のもと軍事拠点が急ピッチで築かれていた。
しかし、南部の民は絶望していなかった。なぜなら―
『隣国フェルドランから“英雄”が向かっている』
その希望の知らせが、夜の闇を照らしていたからだ。
【次の話】
第20話「黄金の少女」
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