ミレーネ・ルーメン
これは聖王国にガイツが現れるより、ずっと前の話だ。
自由国家フェルドラン西部には、古くから嫌な言い回しがある。
『西部の人間みたいだな』
力を鼻にかけ、弱い者を見下す人間へ向けられる侮蔑の言葉だ。
その言葉が生まれるほど、この地には才能至上の空気が染みついていた。
十大家のひとつ、ロンドロンド家が代々掲げてきた思想。優秀である者だけが価値を持ち、そうでない者は切り捨てられる―それが西部の日常だった。
しかし、そんな西部の思想に対し、堂々と異を唱える少女がいた。
少女の名前は、ミレーネ・ルーメン。光魔法の適性は突出。魔力量も歴代最高クラス。幼い頃、故郷を魔族に滅ぼされ、家族も失った。自分と同じ境遇の子どもたちを救うため、西部大教会に身を捧げた。
だが、西部大教会では彼女は嫌われていた。理由は簡単だ。頑固者だから。上に媚びないから。そしてなにより、才能があるから偉いという価値観に迎合しないから。
「神父様、優れた力を持つ者が優遇され、そうでない者が冷遇される。本当にそれが、神の御心なのですか?」
神父は煙たそうに彼女を睨む。
「ミレーネ、余計な疑問を抱くな。能力ある者は能力なき者のためにあるのではない。神の支配を強固にするためにあるのだ」
彼女は唇を噛んだ。
(力は…人を救うためにあるはずなのに…)
彼女のその価値観が決定的になった事件がある。
修道院近くの村が魔族に襲われた。討伐隊と共に村に向かったミレーネは必死で治癒魔法をかけて村人を救おうとした。だが、そんな彼女に討伐隊の隊長が言い放つ。
「光魔法は貴族のためのものだ。一般人の治癒など後回しにしろ。兵士たちに加護を与えるのが優先だ!」
ミレーネは、言葉を飲み込んだ。
その日、ミレーネは初めて命令に背いた。
貴族ではなく、兵士でもなく、まだ息のある村人へ治癒魔法を注いだ。
叱責は覚悟していた。
それでも、手は止まらなかった。
しかし、後に知る。村は“わざと”見捨てられたということを。
魔族の侵攻を封じ込めるため、村ごと犠牲にし、前線基地にする計画がロンドロンド卿によって密かに決められていた。
(この村にも帰りを待つ人がいたはずなのに)
兵士たちの立ち話からそれを知ったミレーネは、胸が煮え立つほどの怒りと、足元が崩れるような絶望を覚えた。才能がない人はただ奪われるだけなのか、彼女は凍りついた村を見つめていた。どうしようもないという感情が彼女の手を止めた。目の前には傷ついた村人がいたが、自分一人が動いたところで焼け石に水という状況に動けなくなったのだ。
ミレーネが怒りに震え、絶望を抱えていたそのときだった。倒れた村人を抱え起こす灰色の外套の男がいた。
「おい、そこのあんた!治癒は任せる。お前の魔力なら助けられるだろ?」
「え、あなたは誰ですか?」
「バルムド・アークヴェイン。しがない冒険者さ」
言葉は粗野で、声は荒いのに、不思議と優しい。
「あんた、この村を守りたいんだろ?安心しろ、俺も同じ考えだ。魔族を潰せば全部解決だ。まあ、俺とゴルドに任せとけって、ロンドロンド卿に言っといてくれ」
そう言い残し、バルムドと、その後ろに立つ巨躯の大男は湿原の奥へ走り去っていった。後に耳にした。二人の強さはまさに鬼神。徹底的な殲滅戦で湿原の魔族を壊滅させたのだと。
ミレーネの胸に、ずっと固く閉ざされていた扉が開く音がした。
***
討伐が終わり、ロンドロンド卿は満面の笑みで二人を迎えた。
「いやぁ、さすがは英雄バルムド様とゴルド様ですな!報酬はこちらでございますぞ!」
だがバルムドは袋に触れもしない。
「この辺りの村……俺たちが来るのが遅れたせいでかなりやられたらしいな。辺境の守りがスカスカなんじゃないか?」
ロンドロンド卿の顔が引きつる。
「いやはや、合理性を考えれば、優秀な地域を優先するのは当然であります!」
「なるほど、合理的だな。俺も合理は嫌いじゃない」
その言葉にロンドロンド卿の顔がパァと明るくなる。
「いやはや、話の分かる方でよかった!」
ロンドロンド卿の顔がほころぶ。
「ところで、ロンドロンド卿、これについても合理的に説明してくれないか?」
差し出された紙を見た瞬間、ロンドロンド卿のほころんだ顔が一瞬にして蒼白に変わる。そこには書かれていた。彼が中央からの防衛資金を着服し、自領区の村を犠牲にした証拠が。
「き、きさま……ラングロード卿の差し金か!」
立ち上がり醜悪な顔を怒りに震えさせながらロンドロンド卿が叫ぶ。
「前職でこういうのに慣れてんだ。合理的だろ?」
事件は即日処分となり、ロンドロンド家の影響力は一気に弱まった。そして、西部の価値観も、ゆっくりと変わり始める。
そのことはすぐにミレーネの耳に届いた。ミレーネは誰に言われたわけでもなく、バルムドたちの元へいき、彼らが精を出していた村の復興を手伝いに現れた。
「おい、バルムド、あの姉ちゃん、また来たぞ」
「俺たちでやるからって言ってんのに、ほんっと頑固だな、あの女……」
二人を見つけたミレーネが笑顔で駆け寄ってくる。
「バルムドさん、今日は何から運びましょうか?何でも言ってください!」
屈託のない笑顔にさすがのゴルドも押される。バルムドがミレーネに語り掛ける。
「あんたさぁ、いいのかよ?西部大教会の仕事は別にあるんだろう?」
「いいんです。教会の仕事はやめてきました!私はバルムドさんたちの力になりたいんです!」
「辞めたって…おいおい、じゃあ、あんたこれからどうするんだよ?」
「バルムドさんたちに、ついていっちゃダメでしょうか?」
バルムドはやれやれといった表情をする。
「くるなって言ってんのに、勝手に20日間もついてきといてよく言うぜ」
「ガッハッハ!いいじゃねぇか!もう姉ちゃんとは、腐れ縁だろ、バルムド!」
「おいおい、勝手にき…」
「本当ですか、ゴルドさん、ありがとうございます!改めまして、ミレーネ・ルーメンです!私、必ず役に立ちます!」
バルムドは頭を抱えた。
「……勝手にしろ。でも、本当に役に立たなきゃ容赦なく置いてくからな」
「はい!」
ミレーネは嬉しそうに笑った。
バルムドと歩く理由は、恩でも義務でもない。この人と一緒にいたいという“憧れ”ただそれだけだった。
そして現在。聖王国南部へ向かう道中。朝日を受けて三人が歩き始める。
「行くぞ。南部まではあと二日だ」
「おう!」
「はい!」
足音が揃う。ミレーネは胸の奥で静かに呟いた。
(お父さん…お母さん…私の帰る場所―見つけたよ)
戦争で故郷を失った彼女にとっての“帰る場所”は、絶望の果てに見つけることができた憧れの隣だった。
(また、3人で無事フェルドランに帰りましょうね、バルムドさん)
祈りは風に解け、空へと散っていった。
【次の話】
第19話「ゴルド・バーンフィスト」
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