冒険者
大地が、抉れていた。
木々はなぎ倒され、岩は砕け、空気は焼け焦げた匂いで満ちている。
その中心で――
ふたりの男が、立っていた。
いや、正確には。
まだ倒れていないだけだった。
バルムド・アークヴェイン。
全身が裂け、呼吸は浅い。
対するは――
レオナルト=ザイ=ビーストフォール。
獅子王族の末裔。
亜人を束ね、国家を築き、人類に戦争を仕掛けた王。
その巨躯はすでに血に濡れていたが、
なお――立っているだけで、場を支配していた。
「……人間」
低く、響く。
「まだ立つか」
バルムドは笑う。
「そっちこそな」
一歩、踏み込む。
だが、足が止まる。
限界だった。
互いに理解している。
――次で終わる。
レオナルトが、ゆっくりと腕を上げる。
その動き一つに、大気が軋む。
「貴様ら人間は、奪う」
静かに、言う。
「土地を、資源を、そして――生き方を」
黄金の瞳が、まっすぐ射抜く。
「ならば、奪い返すまでだ」
その声に迷いはなかった。
「力でな」
バルムドは、息を吐く。
「……なるほどな」
少しだけ、納得したように。
「そりゃあ、止まらねぇわけだ」
だが、剣を握る。
「でもな」
一歩、踏み込む。
「俺は“依頼”で動く人間なんだよ」
レオナルトが嗤う。
「理由を、外に置くか」
「便利だろ?」
バルムドも笑う。
その瞬間――
空気が変わる。
レオナルトの全身が、わずかに沈む。
来る。
理解するより先に、
視界に光が走った。
【最適未来指標】
『選択肢A:レオナルトの決死の一撃を回避し撤退→生存率88%【推奨】』
『選択肢B:レオナルトの懐に踏み込み仕留める→生存率28%』
時間が、引き延ばされる。
レオナルトの筋肉の収縮。
踏み込みの角度。
風の流れ。
すべてが、見える。
(……やっぱりか)
バルムドは、わずかに笑う。
(逃げろ、ってか)
視線の先。
レオナルトの一撃は、確実に自分を殺す軌道だった。
だが――
その奥。
“踏み込めば届く場所”がある。
(28%)
低い。
どうしようもなく低い。
だが――
バルムドは、足に力を込めた。
「……悪いな」
誰にともなく、呟く。
「俺、そういうの無視するタイプなんだ」
踏み込む。
同時に、
レオナルトが吠えた。
「来いッ!!」
世界が衝突する。
拳が振り下ろされる。
回避すれば生きる。
だが、バルムドは止まらない。
懐へ――突っ込む。
肉が裂ける音。
骨が軋む音。
それでも――
剣が届く。
「――終わりだ」
一閃。
時間が戻る。
巨躯が、崩れた。
沈黙。
風が吹き抜ける。
バルムドは膝をつき、荒く息を吐いた。
「……っはぁ……」
視界の端で、光が消える。
アセスメントラインが、役目を終えたように。
レオナルトが、かすかに動く。
その眼は、まだ死んでいなかった。
「なぜだ……」
絞り出す。
「なぜ……退かなかった……」
バルムドは、肩で息をしながら答える。
「簡単だろ」
一拍。
「そっちのほうが、“面白い”」
レオナルトが、わずかに笑った。
「……そうか」
そのまま、力が抜ける。
死んではいない。
だが、もう立ち上がる力は残っていなかった。
バルムドはしばらく動かなかったが、
やがて立ち上がる。
「……終わり、か」
空を見上げる。
そして、背を向けた。
ここから先の物語は、彼の選択で進む。
観測する者ではない。
導かれる者でもない。
選び、踏み込み、世界に介入する側――
冒険者、バルムド・アークヴェイン。
“最適”を無視して進む男の物語が、ここから始まる。
【次の話】
第16話「帰還」
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