オクターブ・ハント②
アルセリア中央大聖堂で数名の市民たちが祈りをささげていた。
老婆が細い両手を強く握りしめ、神様に祈っていた。
「どうか、どうかこの国をお救いください」
老婆の目からは大粒の涙が流れ落ちていた。
隣にいたメリナ・ハチミツは老婆を優しく抱きしめた。
「おばあちゃん、大丈夫だよ。私たちの祈りは必ず届くよ」
メリナは心の中で思った。
(リリア…私たちの祈りを受け取って…)
***
崩れる王城の壁。広間に相対する狂人たちと剣聖リオネル。
「ハッ、剣野郎が来やがったか!」
ガイツが嬉しそうに吠え、ストレンジネスは舌打ちで弦を掻き鳴らす。
「ケッ、あのときのくそ剣屋かよ。気にくわねぇ、俺のライブを止めやがる!」
お互いにいがみ合っていた二人の狂人が、まるで示し合わせたかのようにリオネルに向かう。
「ガイツ、てめぇとの決着はこのくそ野郎をやってからだ!」
「上等だ!俺の拳は民主主義! 多数決は殴って決める!」
瞬時の共闘。ストレンジネスのギターが爆音とともに爆裂する。ガイツの拳がその音を超えてリオネルに襲い掛かる。
―その刹那、世界に少女の声が響き渡る!
「音、瞳孔開き・拳、重心左/斬撃一閃・横薙ぎ!」
「了解!」
光の剣が線となり、線は光の柱となり、二人の蛮族を薙ぎ払った。たったひと振りの剣撃に、ガイツは膝をつき、高藤ストレンジネスの腕は上がらなくなっていた。
「共に隙大/追撃一閃!」
「了解!シャイニング・インパクト!」
ルクス・ブレイドの剣撃は光の嵐となり二人の狂人に降りかかった。すでに消耗しきっていた二人の狂人は防御することしかできなかった。
「チィッ!ストレンジネス、あの目をなんとかしろ!」
「黙れ、豚野郎!そんなのできてたらとっくにやってらぁ!」
リリアの目と声が響き渡る度に、光の嵐が狂人たちを吹き飛ばす。
(リオネル様なら勝てる。しかし、まだ油断はできない。あの男が来る!)
突如、誘われたように二人の狂人の前に黒い影。久保田ジュウシマツが短刀を携え現れる。
「プラズマ枢機卿曰く―剣は折れれば唯の棒」
暴風のような勢いで久保田ジュウシマツがリオネルを襲う。リリアの声がいっそう強く響き渡る。
「影・右斜め下隙あり/切り上げ一閃!」
「了解!」
聖剣ルクス・ブレイドが久保田ジュウシマツを切り上げる。間一髪、短刀を間に入れ、久保田ジュウシマツはそれを防ぐ。しかし、光の嵐となった一撃は防御を貫く。久保田の顔から余裕が消える。
弾き飛ばされるように、久保田ジュウシマツは、後方ですでに回復しつつある二人の狂人と合流する。態勢を整えようとしたその瞬間だった。
「シャイニング・インパクトッ!」
リオネルがさらなる追撃を放つ。3人の狂人は光の爆発によって吹き飛ばされた。
しかし、爆炎の中から、狂った異音が響き渡った。
『グィィィィィンッ!ギュルギュルギュル!』
「イェア!ご機嫌斜めか、剣野郎!」
ストレンジネスのギターから反撃の銃弾が放たれる。リオネルの攻撃直後の隙をついた完璧なタイミングだった。
「リオネル様、下がってください!奇跡“神の盾”ッ!」
すぐ後ろに控えていたリリアが前に出て光の盾で銃弾を弾き飛ばす。
思わぬ伏兵にハトが豆鉄砲を食らったような表情のストレンジネス。
リリアの目はそれを見逃さなかった。
「音、隙大/最大攻撃!」
「任せろ!」
リオネルの剣撃がストレンジネスを完全にとらえる。血しぶきと共に吹き飛ぶストレンジネス。
しかし、その背後の死角から久保田ジュウシマツが飛び出す。
「プラズマ枢機卿曰く―攻防はコインの裏表」
久保田の短刀がリオネルを捕らえようとしたその瞬間、リオネルは片足で久保田ジュウシマツを蹴り上げた。
予想していなかった攻撃に久保田は防御が間に合わず吹き飛ばされる。
盤面は支配しつつあるものの、剣聖には焦燥の思いがあった。
決めきれない。成功したように見える攻撃ではあるが、津波のように押し寄せる狂人たちの攻撃への対処に手いっぱいになっていた。
砂煙の奥には3人の人影。
すでに立ち上がりギターを構える高藤ストレンジネス。
黒装束をなびかせ短刀をこちらに向ける久保田ジュウシマツ。
そして、余裕の笑みで仁王立ちするアンドリュー・ジャスティス・ガイツ。
リオネル・ファーレンハイトの前に3人の狂人。この状況は厳しい。それにリリアだけは気が付いていた。
しかし、希望の一手は用意されていた。
「リオネル様、ここで使います!」
リリアが天に向かって信号銃を打ち上げる。そう、これが合図だ。
国中に散らばった聖王国騎士団残党が一斉に祈り、その祈りは力を帯びて、黄金の鐘を鳴らす。そして、少女の声が周りに響き渡る。
「戦術級高等儀式魔法テトラ超動!」
黄金の鐘は聖王都全体を音で包んだ。―希望の音色を乗せて。
街中の聖遺物が鳴った。―反撃の意思を示して。
大聖堂・井戸・パン窯―三点が同時に音を刻む。
王城が輝く結界に包まれる。リオネルとルクス・ブレイドは黄金に輝いた。
(リオネル様…後は、後は頼みます……)
体力と魔力を使い果たし、疲労困憊、満身創痍。リオネルへの絶対の信頼からリリアの緊張の糸が音を立てて切れた。
倒れ込む寸前、リリアは見た。
三点の光が、リオネルではなく、どこか別のものへ引かれていく。
……今のは、何?
そう思ったところで、意識が闇に落ちた。
その場に倒れこむリリアを背に、剣聖は、国を汚した蛮族たちに正義の裁きを下す。
は ず だ っ た 。
突如、街中の聖遺物からそれまでとは違う異音が発せられる。
何かを吸い寄せるかのようなその音とともに、大聖堂の黄金鐘の前に白装束の男が立った。彼は指揮棒を抜き、タッ、タッ、タッ、タッと四分の四拍子を刻む。
「お膳立て感謝するよ、聖騎士諸君。さあ、フィナーレと洒落こもう。―虚数空間カタパルト、起動!」
次の瞬間、世界が抜けた。
―落ちてくる。
神罰の遺跡『グレイテスト・トランク』から引き抜かれた黄金の巨影。
空が一息で削ぎ落とされ、王城を破壊し魔神が立つ。祈りと悲鳴が、同じ高さに重なった。
誰もがおびえる中、腕組をして仁王立ちする男―アンドリュー・ジャスティス・ガイツ。ガイツは魔神の胸部コクピットへ吸い込まれる。
「ここからが本番だ!俺が呼べば応える腐れ縁!マシンギア『豪級帝羅我威都』・イグニッション!」
誰かが叫んだ。
「た、退避―」
リオネルは、意識を失い倒れたリリアに背を向け、聖剣ルクス・ブレイドを構える。
「聖王の名の下に―剣聖リオネル・ファーレンハイト、参る!」
光に包まれたリオネルはルクス・ブレイドと共に巨大な一刀となり、魔神に迫る。
リオネルに応えるように、魔神の腕部が展開。重なった装甲が花のように開き、明らかに何かを射出せんとする意思を全面に押し出す。
そこにワンブリッジの淡々とした声が響き渡った。
「第三昇華術式――『豪級帝羅魔愚奈無』」
わずかな沈黙。
「聖堂・井戸・窯――位相の錨は成立。剣聖リオネル・ファーレンハイト、君を中心に解を結ぶ」
楽しげな声が続く。
「美しいだろう?」
ガイツが咆哮する。
「拳で道を切り開く!
第三昇華術式――豪級帝羅魔愚奈無、発ッ射ッ!!」
白が走り、音が遅れ、空気が喰われる。
テラガイツの拳が外れ、光がねじれた。
リオネルは退かない。一歩、前。ルクス・ブレイドの光が一点に収束し――
音が、無い。
一瞬にして、剣聖の影は消え、刃の光だけが遅れて空へ薄く線を引いた。
誰も声が出ない。膝が抜ける。
一つだけ確かなこと。
それはガイツが勝利したということだった。
広場は沈黙し、民は祈り、ガイツは笑う。
「南無三!諸行無常だぜ!!」
まるで勝利の名乗りのように、その声は聖王国中を揺らした。
***
神罰の遺跡『グレイテスト・トランク』中央司令室。
白い室内。円環状の計器が静かに回転している。
ワンブリッジは書見台に腰掛け、リボルバーをくるりと回した。
それから胸ポケットから指揮棒を取り出し、空中に四拍子を刻む。
タッ。
タッ。
タッ。
タッ。
「さて、観測結果を整理しようか」
彼は楽しげに笑う。
「まず前提。この世界にはエーテルが存在しない」
指揮棒がくるりと回る。
「だから宇宙文明の兵器は原理的に動かない。少なくとも――そのままではね」
軽く肩をすくめる。
「しかし調べてみると、この世界には“マナ”という便利な代用品があった。性質は違うが、波形はよく似ている」
くつくつと喉の奥で笑う。
「問題は変換だ。エーテルとマナの変換には媒介が要る」
指揮棒が黄金のリングを指す。
「答えは黄金だ」
ぱちん、と指を鳴らす。
「黄金政策。あれはもちろん経済ではない。起動準備だ」
ワンブリッジは楽しそうに続ける。
「聖堂。井戸。パン窯。
聖王都に散らした聖遺物は位相の錨」
指揮棒が空中に三角形を描く。
「都市全体を座標固定装置に変える」
目を細める。
「そして中心点――」
彼は楽しそうに名前を告げる。
「剣聖リオネル・ファーレンハイト」
短い沈黙。
「美しい解だろう?」
くるり、とリボルバーを回す。
「都市。信仰。祈り。
すべてを使って砲台を組み上げる」
彼は満足そうに頷いた。
「これが“虚数空間カタパルト”」
指揮棒が最後の拍を刻む。
タッ。
「簡単な宗教的物理学だよ」
彼は笑った。
「さて」
椅子の背にもたれる。
「実験結果は上々だ」
モニターには崩壊した聖王都が映っている。
「文明一つ。見事に壊れた。しかし、それによって生まれたものもある」
彼は愉快そうに呟いた。
「やはり進化にはストレスが必要らしい」
そして軽く指揮棒を振る。
「さあて、次の観測に移ろうか」
乾いた笑いが、静かな司令室に響いていた。
***
王城の跡に魔神降り立つその惨状。
もっとも案じなくてはならない国の行く末よりも、メリナ・ハチミツにとっての最優先はリリアの行方だった。
混乱冷めやらぬ戦場跡で、メリナはただリリアの姿を探して走った。
(リリア…!どこ?…どこにいるの?)
瓦礫をかき分け、目を皿のようにしてリリアを探す。
すると、崩れた柱の上に、不自然なまでに丁寧に置かれたペンダントが目に入った
「リリアのペンダント…」
ペンダントを拾い上げる。首紐に羊皮紙の切れ端が結び付けられていた。
急いで切れ端を広げるメリナ。そこにはおそらく持ち主の血で書かれたであろう文字。
「持ち帰れ。次の勝ちのために」
メリナは涙を流さなかった。
これは遺言ではない。リリアはまだ生きている。彼女にはなぜかそう思えたのだ。
風は、涙の音がした。変わり果てた聖王都に、魔神が立つ。そう、この日、聖王国は完全になくなったのだ。
【次の話】
第14話「そして、世界は動きだす」
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