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オクターブ・ハント①

挿絵(By みてみん)


『ドンッ!ドンッ!カッチャカチャッ!』


『カッチャカチャカチャ、カッチャンッ、ドンッ!』


 聖王都に鳴り響く異質な音楽。

 あまりにも場違いで、あまりにも無粋な轟音が、洪水のように街を満たしていた。


 その中心で、上半身裸のガイツが大太鼓を叩き続けている。

 ドンッ、ドンッ、と腹の底に響く重低音。


 街の住民は足を止め、ただ呆然とそれを見つめるしかなかった。

 何が起きているのか、理解できない。


 中心地から離れた建物の影で、リオネルは広場を見据えていた。

 隣に立つリリアが口を開く。


「どうやらガイツと高藤ストレンジネスの間に仲間割れが起きたそうです。そしてこの騒ぎは、高藤ストレンジネスをおびき寄せるための作戦のようです」


 説明しながらも、自分で腑に落ちていない声音だった。

 逃げた相手を、祭り騒ぎで誘い出す。理屈として成立していない。


「ベルク、冷静になれ。これが好機か、それとも罠か。いずれにせよ、今日が聖王国の命運を決する1日になる」


 リオネルは視線を外さない。

 見ているのはただ一人――ガイツのみ。


 轟音と狂宴は、やがて“届くべき場所”へと届く。


 あの男、高藤ストレンジネスにも。


***



 王城前の広場。

 音に耐えかねた会計官が、ワンブリッジへ詰め寄った。


「いくら何でも滅茶苦茶です!横領犯がこんな音で炙り出せるなんて道理はない!ガイツ様はご乱心です!いいや、ずっと乱心続きだ!」


「フッ、君はわかっていない。ガイツという男を。そしてなにより、高藤ストレンジネスという男をね」


 ワンブリッジは静かに人差し指を天に向け、

 そのまま王城へ続く街道へと向ける。


 誰も信じていなかった。

 この狂騒が意味を持つなど。


 だが――


 会計官の視界に、ひとつの影が入り込む。


「ほ、ほんとうに…現れた…?」


 陽光を反射する金属光沢。

 アダマンタイト。


 その中心に立つ男は、まっすぐにガイツを見据えていた。


「ほら御覧よ、これで役者は勢ぞろいってわけさ」


 ワンブリッジは愉快そうに笑う。


 そこに立っているのは――

 アダマンタイトのギタリスト、高藤ストレンジネス。


「よぉ、豚野郎!この高藤ストレンジネスを差し置いて、なかなかどうしてデケェ音を鳴らしてくれるじゃあねぇか!」


「そういうがよ、ストレンジネス!てめぇ黄金税を使いこみたぁいい度胸!」


 距離が詰まる。

 互いの表情が見える位置。


 ガイツは撥を置き、歩き出す。


 周囲の人間が思わず身を低くした。


 対してストレンジネスは、


『ビィィィーンッ!』


 とギターを鳴らし、吐き捨てる。


「うるせえ、ガイツ!俺はビッグになるぜ。ドでかいステージにゃ、アダマンタイトのリフが要るんだよ!」


「ハッ、俺たちの間にこれ以上の言葉はいらねぇ!てめぇにはあの世のステージがお似合いだぜ!」


「上等ッ!天界ごと俺の音で揺らしてやるぜ!」


 次の瞬間、戦いが始まった。


 ガイツの踏み込みで石畳が割れる。

 粉塵が舞う。


 ――だが。


『ジャジャーン!ギュルギュルギュル!』


 音が走った。


 直後、無数の銃弾がガイツを撃ち抜く。

 血が噴き上がる。


「言ってなかったか?俺の射程は俺の音が届く範囲すべてだってな!」


「ハッ、なら耳栓でしまいだろうが、ストレンジネス!」


 ガイツは構える。


 届かない距離。

 それでも――拳を振るう。


 空間が歪み、圧が走る。


 見えない打撃がストレンジネスを吹き飛ばした。


「相も変わらずロックな野郎だな!」


「この拳であの世のステージに直送してやらぁ!天使たちとフェスでも開いてやがれ!」


 衝突。

 破壊。


 建物が崩れ、瓦礫が飛ぶ。


 戦いは広場を呑み込み、王城へと波及していく。


***



 その戦いを、リリアは見極めていた。


(これは本当に仲間割れ?それとも罠?)


 疑いは消えない。


 だが――


 打撃は重い。

 呼吸は乱れている。

 血は、確かに流れている。


 演技ではない。


 迷っている時間はない。


 ヴァレンタインは、見たものを次の勝ちへつなげろと言った。

 リオネルは、見えた勝ち筋を迷わず斬り開く人だ。


 なら、自分は――見たものを勝ち筋として差し出す。


 迷いが消える。


「いきましょう、リオネル様!これは天が与えた好機です!」


 リオネルが前へ出る。


 崩落する城壁。

 轟音の中、ただ一人、軸を失わずに進む。


 聖剣ルクス・ブレイドは、すでに抜かれていた。


 誰も声を出せなかった。

 だが窓の隙間から、瓦礫の陰から、人々は見ていた。

 この街が、まだ終わっていないことを誰かに証明してほしかった。


 ――その瞬間。


 閃光が走る。


 空を裂いたのではない。

 地上から、一直線に。


 ガイツとストレンジネスの間に、

 “斬撃”が突き刺さった。


 遅れて、衝撃が来る。

 石畳が割れ、空気が弾ける。


 ――その光景を、遠巻きに見つめていた者たちがいる。


 祈るしかなかった者たち。

 耐えるしかなかった者たち。


 国中の誰もが、この瞬間を待っていた。


 声には出さない。

 だが、誰もが同じものを願っている。


 終わってほしい。

 ここで、止まってほしい。


 その願いが、収束する。


 あの一振りへと。


 見えないはずの“重さ”があった。

 ただの一撃ではない。


 積み重ねられた祈りと、

 押し殺されてきた恐怖と、

 それでも手放さなかった希望。


 それらすべてを、

 ただ一人が引き受けている。


「な、なにがおきやがった!ちぃ、アダマンタイトに傷がついたぜぇ!」


「ハッ、とんでもねぇ一撃だ!てめぇ、ナニモンだ!?」


 二人の狂人が、同時に目を向ける。


 そこに立つのは、一人の男。


 構えは小さい。

 だが、その場のすべてを制圧している。


 空気が変わる。

 戦場の主導権が、音もなく移った。


 剣聖リオネル・ファーレンハイト。


 聖 王 国 最 強 の 剣 士 、 こ こ に 見 参 !


挿絵(By みてみん)

【次の話】

第13話「オクターブ・ハント②」

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