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希望の三点

挿絵(By みてみん)


 リリアは聖王都・裏門近くの市井の通りを、外套を深くかぶって歩いていた。

 以前は聖王都を守る聖騎士として歩けたこの道も、今やお尋ね者として声を殺して歩かねばならない。NZMの情報操作により、リリアたちは前聖王殺害の濡れ衣を着せられていた。無論、ほとんどの人間がそれを信じてはいないが、暴力によって従わざるを得ない状況に陥っていた。


 外套の奥で、正四面体の聖遺物が微かに熱を持っていた。

古代の聖人が残した黄金の小片。

これを三点に据えなければ、テトラは起動しない。


 本来なら王家宝物殿に保管される代物、聖騎士とは言え簡単に手にすることができるものではない。それを今リリアが手にしているということは即ち、暴政に反逆の意思を示すものは、王城の中にもいるということだった。


(これが、あいつらを倒す鍵になる……)


 リリアは息を殺し、人影の少ない路地に身を溶かした。


***



 最初の設置点は、城下広場の井戸だ。

 広場は焼け跡の煙が薄く漂っていたが、人影は少なかった。徴税兵たちは夜勤明けで持ち場に戻ったらしく、見張りも手薄だ。


「……今だ」


 リリアは井戸の石垣に手を添え、聖遺物をそっと滑り込ませる。不可視化の魔法により石と溶け合い、聖遺物はそのまま気配を消した。


(ここは問題なし。あと2か所……)


 そのまま人通りのある大通りを避け、路地を抜けて次の設置点へ向かう。


***



 次の設置点は、パン屋『ハチミツ亭』だ。木造の屋根は煤で汚れていたが、店の前にはいつも通り看板が出ていた。

 店の中からは聞き慣れた声がする。


「いらっしゃいませ…って、リリア?」


 栗色の髪を三つ編みにした女性、幼馴染のメリナ・ハチミツが顔を出した。


「メ、メリナ!?まだ営業してたの?」


「してるんじゃないの、させられてるのよ…。ほら、税のための黄金パンとかいうの作れって」


「メリナ、ごめんなさい…私たちが聖王都を守れたら…」


 メリナはリリアの肩をぽんっと叩いた。そして、心配するなと言わんばかりの笑顔を覗かせた。


「大丈夫よ。私はあなたたち側よ。話は聞いてるわ。例のもの、あるんでしょ。こっち来て」


 店の奥、古いパン窯の陰に案内される。リリアは外套から聖遺物を取り出し、そっと窯の奥へ押し込んだ。


(ここなら、誰にも見つからない…)


「ありがと、メリ…」


 メリナへのお礼を言いかけたその瞬間だった。


 ズガァァァン!


 店の扉が吹き飛んだ。そして、ブィィィン!と砂煙を上げながら、聖王ガイツが、車輪付きハンマーに乗ったまま店に滑り込んできたのだ。


「エーテルが足りねぇからスピードが出ねぇぜ!クソが!」


 リリアの心臓が跳ねた。


(ア、アンドリュー・ジャスティス・ガイツ!な、なぜここへ?まさか嗅ぎつけられた!?)


 リリアの強い焦りをとっさに感じ取ったメリナは、一瞬だけ目を見開き、すぐに満面の笑顔に変えた。


「い、いらっしゃいませ、ガイツ陛下!!まもなく黄金の粉で焼いた黄金パンが―」


「なにぃ!? 黄金パンだと!?ハッ、こいつぁ初耳だ!縁起のいい代物だぜ!やるな、パン屋!」


(初耳ぃぃぃ!?昨日、自分で作れっての忘れてる!?なんていい加減なの!?)


 ガイツがずかずかと奥の窯へ近づく。

 ガイツの視線が、窯の奥へ滑った。

 リリアの背筋に、冷たい汗が落ちる。


「ま、まってください!まだ、焼けていません。後でお持ちいたします!」


 メリナは咄嗟に両手を広げてガイツの視界を遮る。


「い、いま窯を開けると黄金の香りが逃げてしまいます!」


「なにぃ!? 黄金の香りだぁ!?それは逃げるのか!?」


「はい!! 脱兎のごとく!」


「ダットォ!?まさか、古(いにしえ)の名車ダットサンのことか…!?ハッ、それなら仕方ねぇ!」


 ガイツは満足したのか、笑いながらハンマーにまたがるとそのままスイーと店の外に出て行った。


「黄金パン五つなァ!お代はそこの壁にツケておけ!!」


 バキィ!と店の壁に拳で穴を開け、ガイツは去った。

 リリアは全身の力が抜けた。


「メリナ……助かったよ……ありがとう」


 メリナはふぅ、と息を吐いた。


「国を救うんでしょ?任しなさいよ、このくらい幼馴染の務めだもの」


***



 同じ頃、崩れた王城の玉座の間。通称『黄金会議』と名付けられた―誰も救われない地獄の会議がはじまった。

 ワンブリッジが書見台に立ち、バサッと役人たちに資料をばら撒く。そして、書見台の前で、リズムよく木板を叩く。


「よろしい、諸君。今日から君たちは黄金政策の立役者だ。難しく考えず、四分の四拍子で覚えたまえ!」


 黒板には、T・S・P・Bの4文字が大きく描かれる。書き終えたワンブリッジは満足そうに微笑み、両手を広げて語る。


「取る(Take)、積む(Stack)、磨く(Polish)、建てる(Build)。略して TSPBだ。“突っ張れ”で頭に入る。脳にリズムで刻むと忘れない。さあ、やってみたまえ」


「は、はぁ……」


「あの、本日の議題である徴税官の安全確保は……?」


 ワンブリッジは最初から誰の話も聞く気はないといった感じで、TSPBのリズムを奏でていた。役人たちの表情は死人のようだった。

 その横で、高藤ストレンジネスは、宝物殿の鍵束を指で回しながら完全に別世界にいた。


(俺のギター、もっと硬くしなくちゃなぁ……やはり、アダマンタイトが必要だぜ!だが、支払いには金がまだまだ足りねぇ。―宝物殿…根こそぎいっとくか?)


 高藤ストレンジネスの目が邪悪に輝く。会議を1ミリも聞いていないのは誰の目にも明らかだった。

 すると、ワンブリッジが高藤ストレンジネスに声をかける。


「そうだ、ストレンジネス、丁度いい。君のギターでTSPBを奏でてはくれないだろうか?」


「ああ、うるせえな!支払いだったらちょっと待てって言ってんだろう!?」


「おやおや、彼はどうやら虫の居所が悪いらしいね!」


 狂気と狂気、全くかみ合わない不自然な会話だが、それがNZMナイトメアーズの日常だった。会議はそのまま何の問題もないかのようにスムーズに流れていった。

 そのとき、もう一つの狂気が扉を叩いた。


「ガ、ガイツ陛下!と、止まってください!ああ!!!」


 入口の扉が爆裂し、その奥からハンマーに乗ったガイツが現れた。かわいそうな衛兵はあたふたと対応に追われていた。


「いいか役人ども!! 黄金像はデケェほど勝ちだ!!」


 ワンブリッジが満足そうにうなずく。役人たちは震えながら頷いた。ガイツが壊した扉を眺めながら、ストレンジネスはニヤリと笑う。


(ハッ、扉があれば壊せってか。扉は扉でも、宝物殿の扉だがよぉ!)


 狂気と無関心が同じ空間に溶けていた。まさに地獄の会議がそこにあった。


***



 背中に夕日を浴びながら、リリアは最後の聖遺物設置のため、聖堂の鐘楼へ向かっていた。

 黄金鐘は、かつて聖王国の象徴だったが、今ではその黄金は狂った為政者のアクセサリーに成り下がっていた。

 リリアが聖遺物に光の加護を祈り込んだときだった。


「プラズマ枢機卿曰く―鐘は鳴らされる前に鳴っている」


 リリアの背後、手が届きそうな位置。久保田ジュウシマツが、影の中に立っていた。リリアは剣に手を伸ばす。


「……どういう意味?」


「フッ、お前たちは死ぬということだ」


 そう言いながらも、刀は抜かない。リリアのほうを一瞥もしない、久保田ジュウシマツ。数拍の沈黙。たまらず、リリアは息を呑む。


(なぜ……殺さない?)


 風が吹く。まるでそれにほどけるように久保田ジュウシマツはそのまま闇へ消えていった。


***



 その日の夜、レジスタンス拠点となった地下貯蔵庫に、リオネル、ベルク、少数の生き残りが地図を囲んでいた。


「テトラ発動の三点設置は完了。あとは発動のタイミングです」


 リオネルは静かに頷く。


「ベルク、油断するな。おそらく久保田ジュウシマツは……何かを知っている」


「……はい」


 リリアの胸に、得体の知れない不安が沈殿していった。


(それでも……次の勝ちを掴むために)


 彼女は剣を握りしめた。ここで引くわけにはいかない。聖王国奪還の戦いは、いよいよ幕を開けようとしていた。


挿絵(By みてみん)

【次の話】

第11話「亀裂の音」

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