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4月(1)運命の悪戯?! 第07班



【Episode:イッセイ】


 満開だった桜の花も、あっという間に散ってしまった。


 僕は入学に浮かれることもなく、早々に始まった授業、宿題に予習復習、それに家事全般……必死で毎日のルーティンを作れるよう努力する日々を送っている。


 そんな毎日の中で、楽しみができた。


 朝、駅のホームでソウシと待ち合わせて、学校への長い階段を登ること。

そして……

夕食時になると「飯作るぞ!」と、学校帰りのソウシが嵐のように家に上がり込んでくるのだ。


 一人で食べる冷えたパンよりも、二人で囲む湯気の向こう側にある時間の方が、今の僕には何倍も価値があった。


 そんな学園生活が始まって、約二週間。


 一年生合同授業の初日。アリーナの中央の壇上に立った学年主任が、静まり返った生徒を見下ろして口を開いた。


「これより、卒業までの三年間を共にする『固定パーティー』を発表する。ダンジョン研修から共同研究まで、この五人組は一蓮托生だ。変更は一切認めない。この組み合わせこそが、君たちの運命だと思え」


 講堂内に、悲鳴に近いどよめきが広がる。


「君たちの端末にパーティーのメンバーの名前を送る。それぞれ端末の指示した場所へ向かうように!」


 手元の端末が震えた。

リストを確認した瞬間、僕はめまいを覚え、思わず天を仰いだ。


【第一学年・合同パーティー 第07班】


櫻川 イッセイ(特進科)


尾上 ジュリ(特進科)


宮地 トウワ(工学科)


速川 マナブ(普通科)


月読 ソウシ(体育科)


「……嘘だろ。これって、凄い偶然……」


 学校側がランダムに組み合わせるとはいえ、ソウシとトウワまでもが同じ班になるとは。

神様は本当にいるのかもしれない。

僕の思考が純粋な喜びに震えたその時、聞き慣れた弾む声がそれを遮った。


「イッセイ! 一緒だな、よろしく!」


 ソウシが、子犬のようなキラキラした笑顔で駆け寄ってくる。


 規格外の実力者で夢は冒険者、中身は誰より男らしい。だがその顔立ちはあまりに愛らしく、学園内では早くも「姫」と呼ばれ、本気で惚れ込む男子生徒が続出している。


 ……そして、僕自身もまた、その「本気」の一人であることを、誰にも悟られぬよう必死に隠し続けていた。


「……あぁ。よろしく、ソウシ」


 努めて冷静に答える僕の横に、もう一人の「姫」が音もなく並ぶ。


「確率的には奇跡に近いですよね。マジで冗談みたいな組み合わせ」


 工学科のトウワだ。

ソウシと同じく「姫」枠。

僕の耳にも、トウワが「工学科の白雪姫」と呼ばれていると入っていたが、その口から放たれるのは毒リンゴのような毒舌だ。


「やったねトウワ! 僕、トウワと一緒でテンション上がってきた!」


 すらっと背の高い男が、トウワの肩を親しげに叩いた。


「痛いですって、この馬鹿力! ……イッセイ、この人はマナブ。子供の頃に『ドラゴンの飼育員になる』とか言い出して以来、身体を鍛えまくってる変態なんです」


 トウワが顔をしかめて紹介する。

二人は幼馴染だそうだ。

マナブは優しげな垂れ目の奥に、底知れない強さを秘めているように見えた。


「カッケー! ドラゴンの飼育員!? マジでスゲーな!」


 ソウシが身を乗り出すと、マナブの顔が花が咲いたように破顔した。


「だよね! 分かってくれる? あれっ……君! いい目をしてるね!」


「俺はソウシ! 冒険者志望だ!」


「僕はマナブ。よろしく、ソウシくん!」


 早くも意気投合する「ナチュラル」コンビと、それをあきれ顔で眺めるトウワ。

そこへ最後の一人が現れた。


「……イッセイさん。ご一緒できて光栄です」


 息を呑むほど整った造作を持つ少年、ジュリだった。


 普段は「氷の微笑」と称され、その峻烈な性格にドMなファンがつくほどの彼だが、同じクラスの僕の前でだけは、借りてきた猫のように殊勝な態度を見せる。


「……ジュリか。よろしく頼むよ」


「はい。イッセイさんの指示なら、僕は従いますよ」


 ジュリは薔薇がほころぶように頬を染め、僕に陶酔の眼差しを向けた。


 ジュリは美しい顔をからかわれることを何より嫌う。

特進の入学初日に、クラスメートに顔のことで囃し立てられる姿を目撃して、僕がクラス全員に釘を刺したことがある。


『外見で騒ぐのは、自分の知能の低さを露呈しているのと同じだ。彼は正当な試験を突破してここにいるクラスメイトだ。誰にも彼の人権を踏みにじるような権利はないはずだ。この特進クラスの品位を落とすようなことはしないでくれたまえ』


 あの時の僕の頭の中は、体育科のガタイの良い連中の中にいたソウシの姿でいっぱいで、他の有象無象を黙らせることに一秒以上の時間を割きたくなかっただけなのだが……。

ジュリにとっては、あれが特別なことだったようで、それから何かと話し掛けられている。


「おいおい、イッセイだけ特別扱いかよ!」


 ソウシが笑いながら茶化すと、ジュリの表情が一瞬で凍りつく。


「ふん。野蛮な体育科が、イッセイさんと対等に並べると思ってるの? 身の程を知れよ」


「うーん、厳しいなー!」


 カオスだ。ガチガチの勉強ばかりしてきた自分。学園のアイドル「姫」二人に、魔獣マニア、そして自分にだけ懐く毒舌少年。


 この五人で、卒業まで。


「もしかして……前途多難?」


 僕はこめかみを押さえた。

だが、ソウシが「よし、リーダーはイッセイで決まりな!」と背中を叩いた瞬間、その掌から伝わる確かな熱に、僕の不安は「心地よい期待」へと書き換えられてしまった。


 「さて、パーティーが決まったところで、次は『共鳴の儀』を行う」


 学年主任の冷徹な声が響くと同時に、アリーナの壇上に刻まれた巨大な魔法陣が、鈍い銀色に発光し始めた。


「各自、パーティーごとに壇上に上がり、この魔法陣の中に入って貰う。五人の魔力が混ざりあい、この三年間で到達すべきパーティーとしての『理想の形』を、精霊が答えてくれる。【第01班】前へ出て来い!」


 ざわつくアリーナ。

第07班の五人は、互いに顔を見合わせて先陣を切る第01班の五人を見つめた。


 魔法陣に光が集まり、五人の真上に大きな盾が現れた。


「「「うおーーー」」」


 アリーナがどよめく。

自分たちのパーティーを精霊はなんと予想するのか、と期待と不安が入り混じったざわつきが広がった。


「……イッセイ、これって結構緊張するな」


 ソウシが少し真面目な顔をしている。


「あぁ。一人でも魔力を拒絶すれば何も映らないそうだ……大事なのは受け入れる気持ちだという。準備はいいか?」


 僕の呼びかけに、みんなが頷く。


「パッと見、僕たちの魔力波形はバラバラだけど……まぁ、やってみるしかないね」とトウワが分析的に言い、

「イッセイさんの魔力に触れられるなんて……」とジュリが頬を染めて呟き、

「面白そうだね!」とマナブが場違いなほど明るい声を出した。


「次、第02班!! 速やかに前へ!」


 次々と班が招集され、精霊はそれぞれ違う形を頭上に映し出していく。ワイバーンのような形、剣が合わさった形、チーターのような形もあった。それを元に自分たちのパーティーとしての本質を読み取り、道標とするのだ。


「第07班! 速やかに前へ」


 僕たちが、壇上の魔法陣の上に「せーの!」で足を踏み入れた瞬間……講堂を震わせるほどの轟音と共に、凄まじい光の柱が立ち昇った。


 僕の熱い炎。


 ソウシの水流と白いきらめき。


 トウワの大地を思わせる広がり。


 マナブの生命力溢れる緑の風。


 ジュリの鋭く凍てつく氷。


 それらが混ざり合い、激しく渦を巻き、やがてアリーナの天井近くで一つの「形」を結んだ。

それは、五つの頭を持つ『ヤマタノオロチ』を想像させる、巨大な龍の姿だった。


「……何だ、あれは」


 周囲のパーティーのような分かりやすい形ではない、第07班の上に現れた圧倒的な存在感に、他の生徒たちが息を呑む。


「……凄いバラバラ。五つの頭がそれぞれ独立して、主張し合っている」


 トウワが呆れたように、けれどどこか楽しげに眼鏡を押し上げた。頭は互いに噛み合わんばかりに猛々しく、それでいて一つの胴体で繋がっている。


「イッセイ……これが俺たちのチームの形!?」


 ソウシが興奮して僕の肩を掴む。

その熱が、混ざり合った魔力の残滓と共に僕の全身を駆け抜けた。


「……あぁ。個性が強すぎて一つにまとまれない、だけど根本は同じ、凄いパーティーになりそうだな」


 僕は、自分の魔力の中に、確かにソウシの「白く熱い光」が混じり込んでいるのを感じていた。


 その様子を見守る学年主任が、微かに口角を上げたように見えた。


「第07班、その形はリーダーである者の度量が重要だぞ!」


 学年主任の鋭い言葉に、僕は思わず唾を飲み込んだ。

リーダーとして「正解」を出すことには慣れているが、この荒ぶる五つの意志を導くのは、これまでのどんな問題よりも困難になるだろう。


 だが、隣で目を輝かせるソウシの横顔を見た時、僕の心臓は別の意味で激しく鼓動し、どうにかなりそうな……そんな予感もした。


――――――――――――――――


「……はぁ。結果はアレですけど、とりあえず形になってホッとしたね」


 駅へと向かう道すがら、トウワが深いため息とともに眼鏡を拭いた。


「『ヤマタノオロチ』なんて、学園の歴史上でも数例しかないんだって! 普通はもっと、分かりやすく精霊ちゃんは道標くれるみたいなのにさ!」


 そうマナブが続けると、「確かに防御を高めよう、とか攻撃力に特化したとか、目指す形がはっきりしてる方が簡単だよね」とジュリが少し疲れた様子で髪をかき上げる。


 前を歩くソウシがカバンを肩にかけて、弾むように振り返る。


「でも! かっこよかったよな。俺、あのデカい頭の一つが自分だと思うとワクワクする!」


「だよね! だよね!」とマナブがソウシを追いかけた。


「……五つの頭が互いに噛み合おうとしていたけどね……あれを統率するのは、並大抵のことじゃないと思うよ」


 トウワが同情するように、僕の顔を見上げた。


「ま、何はともあれお腹が空いた! 親睦を深めるなら、まずは同じ釜の飯じゃない? みんなで何か食べようよ」


 マナブの提案に結局、五人は駅のコンビニに立ち寄り、レジ横の肉まんに群がる。


「肉まん5つ! あと、飲み物!」


 ソウシが元気よく提案し、それぞれ飲み物を選んでいく。


 僕が「……僕がまとめて払っておく」と財布を取り出す。

リーダーとしての最初の仕事が、コンビニの会計になるとは思いもしなかったが、不思議と悪い気はしなかった。


 駅のホームが見える広場。

まだ少し肌寒い四月の夕暮れ、五人は円になって立った。

手の中にある肉まんは白く、柔らかな蒸気を立てている。


「じゃあ……これから三年間、よろしく。第07班に……乾杯!」


 僕らが掲げたのは、ペットボトルの炭酸飲料。


「乾杯!」


「乾杯だね」


「乾杯……」


「おー、乾杯!」


 プラスチックのボトルが中心でぶつかり、軽い音を立てる。


 僕は、熱々の肉まんを割り、一口頬張った。


 エリートとして育てられ、常に「孤高」であることを強いられてきた自分。

そんな僕が、コンビニの肉まんを片手に、賑やかな仲間と駅前で笑っている。


「……美味いな」


「だろ!? 運動の後はこれが一番なんだよな!」


 ソウシが口いっぱいに肉まんを詰め込み、リスのように頬を膨らませて笑う。

その隣で、ジュリが「少しは品良く食べられないの?」と毒を吐き、マナブが「ソウシくん、半分ずつ分けっ子しない?」と自分の分を差し出し、トウワが「同じ物食べてるのにどうなの……」と呆れている。


 カオスだ。

ヤマタノオロチの頭が、今まさに目の前で好き勝手に吠えている。


 だが、僕はその光景を眺めながら、こみ上げてくる笑いを堪えきれなかった。


「……前途多難、だな。本当に!」


 そう言いながら、僕は肉まんを口にした。


 第07班の、騒がしくも眩しい三年間が、

今、動き出した。


 

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