4月(スピンオフ2)「おかん」への覚醒
【Episode:辰巳ユウ】
ユウは、試験会場であるアリーナの座席で、深くため息をついた。
周囲を見渡せば、いかにも「エリート」といった風貌の受験生ばかり。
体育科志望の自分にとって、この筆記試験の空気はあまりに重苦しすぎた。
(……場違いだったかな。こんな天才みたいな奴らに囲まれて、本当に喜多川でやっていけるのかよ……)
最初の筆記試験が終わり、答案用紙が回収される様子をぼんやり眺めていた。
周りの受験生は、緊張を解くためにトイレに行ったり外の空気を吸いに行ったりと、次々に席を立っていく。
下の段にいた優等生風の少年も、弾かれたように席を立ち、アリーナの出口へ駆け上がっていった。
(あんな賢そうなヤツは、絶対合格だろうな……)
ユウはすっかり自信を失いかけ、席を立つ気力もなく、机に突っ伏して目を閉じた。……その時だった。
下の段が、にわかに騒がしくなる。
「……なんだ?」
顔を上げると、どうやら誰かが筆記用具を盗まれたらしい。
(最悪な奴もいたもんだな……)
ユウは同情したが、所詮は見ず知らずの受験生同士だ。
声をかける勇気もなく、ただ傍観するしかなかった。
ほどなくして、前列の優等生顔の少年は教職員を伴って戻ってきた。
(先生を呼びに行っていたのか?)
だが、その直後の光景に、ユウの目は釘付けになった。
消しゴムを探す少年の隣に座っていた、驚くほど整った顔立ちの少年が、迷いのない動作で物差しを握った。
そして、料理人のような手つきで、自分の消しゴムを「スパッ」と二つに切り分けたのだ。
「ほら、それあげる!」
放り投げられた白い塊。それを受け取った(トウワ)少年と、太陽のように笑う(ソウシ)可愛い顔。
(……すげぇ。なんだあいつ……かっこよすぎるだろ)
女の子みたいに愛くるしい顔をしているのに、やっていることは誰よりも男らしい。
その圧倒的な「器」の大きさを目の当たりにして、ユウの胸に熱い火が灯った。
「……よし。俺も、あいつに負けてらんねーな!」
沈んでいたやる気が、一気に爆発した。
――――――――――――
ー4月 喜多川魔法学園・体育科ー
「……嘘だろ、あいつじゃん!」
入学式の日、クラスを見回してユウは思わず呟いた。
同じ体育科、しかも同じクラス。あの「消しゴムのヒーロー」――ソウシが、すぐ近くにいた。
間近で見るソウシは、自分よりもずっと華奢で、放っておいたらどこかへ消えてしまいそうな危うさすらあった。
けれど、中身はあの時のまま、真っ直ぐで豪快。
気づけばユウはソウシの周りをちょこまかと動き回り、アレコレ世話を焼くようになっていた。
周囲から『ソウシのオカン』と公認されるのが、今のユウには少し誇らしかった。
しかも……。
「ユウ! いつもありがとう。座学の授業、ユウがいなかったら俺ヤバかったよ!」
そう言って、天使のような笑顔を向けられるたびに、ユウは天にも昇る心地になった。
「そろそろパーティーを決める時期だよな。メンバーは科が同じとは限らないんだろ?」
「3年間同じって、気が合う子ならいいけど、そうじゃなかったら最悪だよな……」
ふーっと、ソウシが不安そうにため息をつく。
ユウは切実に願っていた。
ソウシと同じパーティーになりたい、と。
ユウはあの日、ソウシが消しゴムを二つに割ったところを見ていたとは、まだ言っていない。
何もできなかった自分が少し恥ずかしかったのだ。
でも、あの日、あの場所で心を射抜かれてから、ソウシの隣で過ごす3年間が、自分にとって最高の青春になると確信していた。
――だが、運命は非情だった。
「第15班! 前へ!」
呼ばれた番号に、ユウは肩を落とした。
ソウシは「第07班」。
あちらはキラキラした有名人ばかりが集まったような花形チームに見える。
対して、自分の周りに集まった面々は……。
「ユウ、よろしくな。お前がいてくれて助かったよ」
そう声をかけてきたのは、同じ中学出身のフドウだ。岩のように大きな体格の体育科だが、中身は驚くほど優しく、気が弱い。
「……フドウ、俺もだよ。三年間、よろしくな」
馴染みの顔にホッとしたのも束の間、残りの三人が輪に加わる。
「工学科のツネヒコだ。効率の悪い動きは嫌いなんでね。よろしく、脳筋諸君」
冷ややかに眼鏡のブリッジを押し上げた少年。
ユウは密かに『インテリ眼鏡』とあだ名をつけた。
「あ、あの……普通科のドッポです……足、引っ張らないように頑張ります、ひぃっ」
何に怯えているのか、小動物のようにおどおどしているのはドッポ。そして最後の一人は、特進科の制服を崩して着こなす不敵な笑みの少年だった。
「よお。俺はユージ。特進の落ちこぼれさ。エリートの空気が肌に合わなくてね、こっちで楽しくやらせてもらうよ」
(……なんだこのメンツ。カオスじゃねーか!)
ユウは思わずこめかみを押さえた。
優しすぎる大男、嫌味なインテリ、パニック寸前の臆病者、そして食えない落ちこぼれ。
正直、少しどころか、かなり悔しい。あっちの班でソウシをサポートしたかった。
けれど……。
「ソウシ! 教室に残ってたぞ! ほら、ノート!」
「おー、サンキュ、ユウ! ありがとう!お前の班も大変そうだな、お互い頑張ろうぜ!」
アリーナの隅で、班ごとに並ぶ移動中、ソウシはいつもの屈託のない笑顔で手を振ってくれた。
パーティーは違っても、同じ体育科。
そして、自分の班には自分がいないと即座に空中分解しそうな危うい連中が揃っている。
「……おいツネヒコ、嫌味ばっか言うな。ドッポ、泣くな。フドウ、お前もそんなにオロオロすんな!」
結局、ユウは今日もせっせと世話を焼いている。
ソウシの一番近くで彼を見守りつつ、この問題児だらけの第15班を立派なパーティーに育て上げてやる。
誰よりも「男気」のある、可愛い姫の親友として恥じない男になるために。
ユウの、別の意味で多難な三年間もまた、ここから始まるのだった。




