4月(2) 幼なじみが可愛すぎる件について
【Episode:マナブ】
これは、僕たちが『第07班』という奇跡のようなパーティーに割り振られる、少し前の話。
幼なじみである宮地トウワは、天才だが、ひどく危なっかしい奴だ。
喜多川魔法学園の入学式を終えた日の下校後、僕はいつものようにトウワの家に遊びに来ていた。
でも、せっかく僕が来ているというのに、彼は挨拶も上の空で必死に端末を叩き続けている。
その華奢な背中に随分と力が入っているのを見て、また何かにのめり込んでいるな、と僕は肩をすくめて近づいた。
「……トウワ、またそんな難しい顔をして。何をしてるの?」
「っ!? マナブ、来てたの? ……別に、工学科の課題だよ」
嘘だね。
端末を閉じる速度が早すぎる。
どうせまた、あの入試の日の『恩人』たちのことを調べているのだろうと、僕は容易に推測した。
受験当日、消しゴムを盗まれ、一文字も書き直せない恐怖に震えていたトウワを救ったのは、二人の受験生だったらしい。
あの日、不運にも熱を出して別室受験を余儀なくされていた僕は、トウワの窮地をすぐ傍で救ってあげられなかった。
その隙に入り込んできた『イッセイ』だか『ソウシ』だかいう男たちの名前を、トウワは事あるごとに口にする。
『イッセイ』の方は、今日、新入生代表として壇上でスピーチをしていた人物だ。
鼻持ちならないほど完璧な、特進科のエリート。
おまけに癪に障るほどのイケメンだ。
だけど、彼が試験官にトウワの盗難被害を告発してくれたおかげで、アイツは受験資格を取り消されたと聞いた。
(イッセイ。確かに、不正を絶対に許さないって顔をしてるな)と、壇上の彼を見て僕も納得した。
問題は、体育科の『ソウシ』の方だ。
トウワの話では、自分の消しゴムを豪快に半分に割って「それあげる!」と恵んでくれた、男らしい奴らしい。
入学式で新入生が退場する時、体育科の列の中にその『ソウシ』を見つけたと、トウワは子供のように目を輝かせて喜んでいた。
並み居る体格の良い生徒たちの中でも、まったく見劣りしない人物だったという。
しかも、筆記試験の時には鉛筆を転がしていたらしく、トウワは「ちゃんと受かったのかな、受験番号を聞いておけば良かった」などと健気に心配していた。
(……もし、筋骨隆々で、ニカッと笑ったら白い歯が輝くアメコミヒーローみたいな奴だったらどうしよう)
僕の知らないところでトウワを救い、その心の中に居座っているガタイの良い野蛮な体育会系。
想像するだけで、僕の胸の奥から黒くモヤモヤとした感情が沸き上がってくる。
「明日さ、普通に授業があるし……ソウシに入学の報告と、あの時のお礼を言いに行きたいんだよね」
「えっ……体育科棟って、工学科とは正反対の建物じゃん。どうやって会うの?」
「……体育科の校舎の前で待っていれば……そのうち出てくるんじゃない?」
(この幼なじみは、一体何を言い出すんだ)
トウワのように繊細で可愛い子が、あんな野獣の住処のような体育科棟に行くなんて、危険すぎて信じられない。
僕は思わず目を見張った。
「学科の違う生徒が用もないのにウロウロしてたら目立つよ」
「そうでもしなきゃ会えないし。まぁ……会えても、向こうは僕のことなんて忘れてるかもしれないけど……。でも、やっぱりちゃんとお礼は言いたいんだ」
そんな寂しそうな顔をされたら、僕にはもう反対することなんてできない。
「そっか。会えると良いね」
僕は引き攣る笑顔を隠しながら、そう返すのが精一杯だった。
――――――――――――――
次の日。
僕は、クラスメートからのカラオケの誘いを丁重に断り、体育科棟の入り口が見える植え込みに潜んでいた。
しばらくすると、予想通りトウワが足早に歩いてくるのが見えた。
――放っておけるはずがないだろう。
僕は緊張しながら、何かあればすぐに飛び出せるよう、息を潜めて様子を窺う。
体育科の校舎前からは、汗臭い男たちが次々と吐き出されていた。
そんな場所に、絵画のように繊細な美貌を持つトウワがポツンと立っているのだ。
案の定、柄の悪そうな連中が目ざとく彼を見つけた。
「おい、可愛い子が迷い込んでるぞ!」
「工学科か? 誰かを待ち伏せ? なあ、俺のこと待ってくれてたんだろ?」
すれ違う体育科の生徒たちにニヤニヤとからかわれ、トウワは耳まで真っ赤にして俯いている。
不快感が限界に達し、僕が飛び出してトウワを連れ去ろうとした
――その時だった。
「あー! あれ? もしかして、トウワか!?」
弾んだ、とても澄んだ声が響いた。
現れたのは……
僕が勝手に想像して戦々恐々としていた「漢らしい野獣」とは、似ても似つかない美少年だった。
「……え?」
トウワと並んでも遜色ないほどに華奢で、零れ落ちそうなほど大きな瞳がキラキラと輝いている。
とびきりキュートな顔立ちの男の子だった。
「名前、覚えててくれたんだ! 君が合格していてメッチャ嬉しいよ、ソウシ!」
「俺も! あれ? トウワ、体育科に何か用があった?」
「あの時のお礼が、どうしても言いたくて……」
トウワが満面の笑みを浮かべ、二人は嬉しそうに視線を交わしている。
なんだ、あれは。
可愛いと可愛いが、視界の中でわちゃわちゃと戯れ合っている。
「…………」
ふむ。
なるほどね。
あの子がソウシくんか。
僕は一気に肩の力を抜き、安堵した。
ソウシくんの外見に「アメコミヒーロー」的な要素が全くないと分かれば話は別だ。
むしろ、トウワを救ってくれた救世主として、僕も感謝しよう。
そう心に決めて、僕は静かにその場を後にした。
――――――――――――――――――
それから三日後。
再びトウワの家に遊びにいくと、彼は真っ白な灰のようになって机に突っ伏していた。
「……ダメだった。学園のセキュリティに弾かれた。……ソウシやイッセイと同じパーティーになりたかったのに。くそっ、ハッキング、失敗した……」
(……この子は)
僕と同じパーティーになりたいからではなく、あの二人のために、犯罪紛いのリスクまで冒そうとしていたのか。
僕はトウワの柔らかい髪を優しく撫でながら、心の中でどす黒い嫉妬を静かに燃え上がらせた。
「失敗して良かったよ、トウワ。犯罪者にならなくて済んだだろ?」
「でも……!」
「大丈夫。僕が神様に念じておくから。僕とトウワ、それにその恩人たちも、みんな一緒の班になれるようにさ」
「……バカ? そんな非科学的なことで運命が変わるわけないよ」
「まぁまぁ」と笑いながら、僕はトウワの髪の心地よい感触を指先で楽しんだ。
――――――――――――
そして迎えた、一年生合同授業の初日。
アリーナの中央、壇上に立った威圧感の塊のような学年主任が、生徒たちを鋭く睨みつけて口を開いた。
「これより、卒業までの三年間を共にする『固定パーティー』を発表する。ダンジョン研修から共同研究まで、この五人組は一蓮托生だ。変更は一切認めない。この組み合わせこそが、君たちの運命だと思え」
講堂内に、悲鳴に近いどよめきが広がる。
「各自の端末にパーティーメンバーの情報を送信した。指示された場所へ向かえ!」
一斉に鳴り響く新入生たちの端末。僕が画面に目を落とすと、そこには奇跡の羅列があった。
【第一学年・合同パーティー 第07班】
櫻川 イッセイ(特進科)
尾上 ジュリ(特進科)
宮地 トウワ(工学科)
速川 マナブ(普通科)
月読 ソウシ(体育科)
僕は自分の運の良さに、激しい高揚を覚えた。
いや、これは僕の執念の勝利だ。
急いで第07班の集合場所へと向かい、僕はトウワの姿を見つけてその肩をぽんと叩いた。
「やったねトウワ! 僕、トウワと一緒の班になれてテンション上がってきた!」
「痛いですって、この馬鹿力!」
トウワは大袈裟に顔をしかめて僕を睨むと、近くにいたイッセイくんに向かって口を開いた。
「イッセイ、この人、子供の頃に『ドラゴンの飼育員になる』とか言い出して以来、身体を鍛えまくってる変態なんです」
「ちょっと、なんて紹介の仕方をするんだよ〜!」
僕が苦笑いして口を尖らせると、意外なことに、隣にいたソウシくんが瞳を爛々と輝かせて僕を見上げた。
「カッケー! ドラゴンの飼育員!? マジでスゲーな!」
「だよね! 分かってくれる? あれっ……君、すごくいい目をしてるね!」
「俺はソウシ! 冒険者志望だ!」
「僕はマナブ。よろしくね、ソウシくん!」
「全く……なんて確率だ。あり得ない……」
トウワが信じられないといった様子で、珍しく激しく動揺している。
なんだか、最高に楽しくなってきた。
「これから三年間、一緒に頑張ろうね、トウワ!」
「はぁ……本当にアナタとは腐れ縁ですよね」
「だよね!」
何を言われても構わない。
僕はトウワの隣にいられることが、何よりも嬉しいんだから。
ありがとう、神様。
……僕の『念』を、正しく聞き届けてくれて。




