10月(スピンオフ)いばら姫
【剣舞タクト】
その日、中学三年生の剣舞タクトは、鮮やかな色彩で彩られた喜多川魔法学園の正門を、欠伸を噛み殺しながらくぐった。
友人の佐藤に「喜多川の文化祭には、可愛い女子も沢山来るらしいぞ」と唆され、暇つぶし半分でやってきたのだ。
偏差値も、魔力量も。自分には一生縁のない、選ばれた人間たちが通う学校。
タクトにとって、そこはキラキラした「別世界」に過ぎなかった。
「おい、アリーナで『女装コンテスト』だってよ。見に行こうぜ」
佐藤に腕を引かれ、大きなアリーナの、薄暗い観客席へと足を踏み入れる。
――その時、タクトはまだ知らなかった。
自分の人生というレールが、これから音を立てて分岐していくことを。
ステージには魔法による演出で壇上を覆い尽くす、禍々しい茨の壁。
だがスポットライトが一点を射抜き、
「……ッ」
タクトの呼吸が止まった。
そこに立っていたのは、美しい女性。
プラチナブロンドの髪をなびかせ、凛とした佇まいで立つその姿は、
大女優・五月女レイカの再来か、あるいはそれを凌駕する「美の権化」だった。
タクトの母が前に、懐かしそうに見せてくれた昔のドラマのヒロイン。
それよりもずっと凛として鋭く、ずっと誇り高い。
彼女――いや、プログラムには「特進科1年・ジュリ」とあるその少年が、
優雅にカーテシーを決めた瞬間。
タクトの胸の奥で、何かが爆発した。
――それは恋と呼ぶにはあまりに衝撃的で、崇拝に近いものだった。
クライマックス。
最後に出てきた美少女が突如として客席に向けて
「行くぜ! 野郎どもー!!」
と、確かに男の声で煽ると
アリーナ中がから地鳴りのような、手拍子足拍子に包まれた。
『QUEEN』の有名な曲。
パンフには『体育科1年・ソウシ』とある彼が歌い。
他の4人はノリノリでエアバンドをしていた。
ジュリは不敵に微笑み、観客を「支配」していく。
タクトは、気づけば拳を握りしめ、腕を掲げていた。
ステージ上の彼らは、可愛いとか綺麗なだけではない。
中学生のタクトには、とてつもなく「男前」で最高にクールに見えたのだ。
――――――――
「おいタクト、出ようぜ。電車の時間もあるし、そろそろ帰ろう。」
佐藤に肩を揺さぶられ、我に返ったタクトはまだ夢心地だった。
「……俺、ここに入りたい」
「はぁ? 何言ってんだよ、お前の成績じゃ喜多川なんて逆立ちしても無理だろ。総合模試だって俺と同じ位だったじゃねーか」
佐藤の呆れた声も、もはや遠い。
脳内にはジュリの姿が焼き付いて離れない。
精神系の魔法に掛かったかのように、
タクトは翌日、夢見心地で進路指導室に直行し、「喜多川に行きたいです。」と切り出した。
進路指導担当である担任は、手に持ったペンを落とし。
「タクト、冗談はやめなさい。喜多川は筆記試験も魔法実技も全国トップクラス。今の君の偏差値では、無謀という言葉すら生ぬるい『幻想』だ」
「幻想でいいです。……俺、あの場所に行きたいんです」
「そうか、まぁ……頑張りなさい」
担任としては、受験学年だというのに遊び呆けているタクトが、僅かでもやる気を出したのであればそれも良いか……と、そう思っての言葉だったが、そこから、タクトの生活は一変した。
昨日まで夢中だったゲームは、初期化してクローゼットの奥へ封印した。
放課後のゲーセン通いも、佐藤からの遊びの誘いも全て断った。
「あいつ、喜多川の文化祭で精神系魔法に掛かったらしいぜ」
と揶揄される声が聞こえても、タクトの心は一ミリも揺らがなかった。
勉強机の角には、文化祭で買ったパンフレットが置かれている。
そこにはドレス姿ではなく制服を着て、出場した五人で並んで笑うジュリの写真も載っていた。
「待っててください、ジュリ先輩。俺、絶対に行きますから」
深夜まで、頭が知識でいっぱいになるまで参考書と格闘する。
眠くて頭がぼんやりすれば、冷水を顔に浴びた。
魔法実技の基礎を固めるため、早朝の公園で一人、魔力循環のトレーニングを繰り返す。
指先から魔力を糸のように紡ぎ出すだけの単純訓練だが、確実に出力は上がっていた。
冬の寒空の下、感覚のなくなった指先に何度も息を吹きかけ、血が滲むまで繰り返した。
あの日見た、ジュリの意志の強そうな瞳。
(先輩も喜多川に入る為に勉強したのだろうか?)と考えるだけで、タクトの体からはやる気の熱が溢れ出した。
冬休み前。模試の結果は少し上がり喜多川は「C判定」になった。
塾の講師からは「志望校を変えても、今ならそこそこ良い所に入れるぞ。」と告げられたが、希望校を変える気はなかった。
タクトは、最後の最後まで手を抜かず努力を続けた……
そして―――
満開の桜から溢れた花びらが、喜多川魔法学園の長い階段を薄紅色に染める頃。
タクトの努力が花開き、
今日の入学式を、無事に迎える事が出来た。
喜多川に合格した時。報告に行った中学で、担任だけでなく校長や教頭まで出てきて、万歳三唱をされた事は胸の熱くなる思い出だ。
ちなみにタクトの中学から喜多川に合格できたのは、自分一人だけだった。
彼が喜多川の門をくぐり、憧れの人「ジュリ」の後輩として、新たな波を起こすのは
……また、別の話で。
読んで下さってありがとうございます(^-^)




